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あなたのことは愛していますが、今回は辞退しようかと思います  作者: 別所 燈
第二章 帰還 ~リターン~

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続 ご令嬢、大図書館の秘密を知る 上

「イザーク様!まってくださーい」


 ここはメラニア修道院の敷地内。夕暮れ時、イザークは畑を超えて、野道を大図書館に向かう途中

 だった。


「なんだ?」


 ティアが転げるように走ってくる。旅装だとかえって目立つので、彼女はここいる間、修道服を着ている。


「ヴォルフさんに聞きました。お約束しましたよね」


 ティアが詰め寄ってくる。

 そういえば、前に彼女を連れて行ってやると約束した覚えはある。


「それほど、面白い場所ではないぞ。それに私は、ちょっと置いてきたものを取りに行くだけだ」

「置いてきたものって何ですか?」


 ティアの目が輝く。


「ダンジョンマスター」


 サクッと口にする。


「え!今から倒しにいくんですか?というかそれって、まだダンジョンの攻略終ってないってことですよね」


 かなりワクワクしているようだ。これでイザークが一人でサクサク行くという選択肢が消え、ティア連れ一択になった。


「いや、前回倒した。その時、卵にもどったんだ」

「!」


 ティアはそれほど魔物の生態に詳しくはない。イザークに聞くと強い魔物は倒れる前に弱体化して卵の戻ることがあるという。卵はもう孵っているころだから、彼はそれを回収しようとしている。


「回収してどうするんですか?」

「使役するんだ」


 どうやって魔物を躾けるのだろう?ティアは益々興味がわいた。





 大図書館についた。まずは封印したダンジョンの結界を解いてみろとイザークに言われた。彼女は見えない結界を難なく見つけ出し、封印もあっという間に解いてしまった。かなりの腕前だった。

 ティアが先走って、ダンジョンの入り口に突っ込もうとしているのを引きずり出し、後からついてくるよう指示した。好奇心が溢れすぎている彼女を連れて行くのは少々気がかりだった。

「むやみに突起やレバーにはふれないように」などと子供にするような必要最低限の注意をしてから、出発した。





 階段を降りるとひんやりとした空気とともに、甘ったるい血の匂いがした。死臭が鼻につく。その瞬間ティアは恐怖と、若干の後悔を感じた。見学用に整備されたダンジョンとは全然違う。

 中には不思議な苔が生えていて、薄明かりに包まれていた。地下には視界の悪い狭い通路が広がっていた。しけった空気が纏わりついてくる。ティアは子供の頃に通った王宮の抜け道を思い出した。しばらく、イザークの後ろの隠れるようにおっかなびっくり歩く。


 びしゃっ!


 ティアは腐肉を踏んだようだ。あまりの気味の悪さに焦ってよけた。しかし、避けた場所が悪く、死んだ魔物の体液でツルッと足がすべった。こんなところで転びたくない!絶対にっ!ティアは慌てて壁に掴まった。すると掴まったはずの壁がガタンとへこみ、床から地響きがした。次の瞬間体がストーンと落ちた。


「ひっ」


 落とし穴に落下していく体をガシッと掴まれ、ティアは穴に落ちたウサギのように引き上げられた。


「入る前に注意しただろ。もう忘れて馬鹿なのか?」


 怒っている。ティアが縮こまっていると抱き上げられた。そのまま、彼はずんずんと奥に進んでく。


「へ?ちょっとおろしてください。一人で歩けます」


 恥ずかしくなって、ティアが焦っていう。


「いやだ。その方が面倒だ」


 仏頂面で、聞く耳を持たないようだ。意識しているのが自分だけでティアは余計恥ずかしくなった。かくして彼女は文字通り彼のお荷物になってしまった。


 ダンジョンは、昔、魔導学院で見学したところのように整備されていない。魔物の骸と骨が死屍累々と転がっている。彼が言う通りいいものではなかった。それに強引についてきた手前言えないが、本当は不気味で凄く怖い、早く帰りたい。

 黒い森とはまた違う雰囲気で、死の臭いが閉鎖空間に充満しているようだ。彼女はイザークの腕の中で縮こまった。ここは大人しくお荷物として運んでもらうことにした。


 狭い通路からでて、天井の高い広い通路に入った。いくらか圧迫感が薄くなったような気がした。薄暗い中をしばらく行くとダンジョン内の裂け目に遭遇した。床がぱっくりと割れている。とてもティアを抱いたまま越えられるものではなさそうだった。


「降ります」

「お前にこの距離は飛べないだろう?」


 そういいつつも降ろしてくれた。割れた床を覗き込むと、底には先の尖った水晶がびっしりと並んでいた。落ちたら確実に串刺しだ。


「風魔法をつかいます。ジャンプを補助すれば越えられるはずです!」


 ティアが自信たっぷりにいう。それに胡乱な視線をおくるイザーク。


「やったことはあるのか?」


 ティアがぶんぶんと首をふる。経験はないが理論上は可能なはずだ。


「却下だ」

「ひっ!」


 イザークにあっさり切り捨てられ、ティアが顔を引きつらせる。ここで一人、置いて行かれるのはかなり怖い。しかし、もうすでに彼の足手纏いになっている。ここは従うしかない。ティアがぶつぶつと祈りの言葉を口にしながら、覚悟を決めているとふわりとまた抱き上げられた。


「へ?」


 次の瞬間、彼は魔法の力も借りずに彼女を抱いたまま軽々と飛び越えた。ありえない!?ティアが目をぱちくりさせていると。


「私が人外の血を濃く引いていると聞いただろう?」


 感情の読めない声でいう。


「そういえば、カミーユさんが、そんなこと言ってました」


「結構、便利なんだ。人からは怖がられるがな」


 イザークが怖がられるのは人外以前の問題な気がした。初対面の彼は怖かった。優しさが妙にわかりにくい。


「私も忌み子と呼ばれていたので、お仲間ですね」


 ティアが「ふふふ」と笑う。


「そのような言われ方を」


 イザークの声に僅かに怒気が孕む。ティアはそれに気付かなかった。


「私の家では銀髪にアメジスト色の瞳を持った子は、人外の血を濃く引くと言われています。私の曾祖母の妹がそうだったようです。もっとも、若くして、結婚もすることなく、亡くなったようですが・・・。不思議ですよね。魔力が強いともてはやされるのに、それが大きくなりすぎると、外見的特徴とともに忌まれてしまう」


 イザークが黙りこんでしまったので、ティアが話題を変えるように言う。


「そういえばカミーユさんがいってました。髪の色と瞳の色を変えて後を継がないかって」

「失礼な。あの呪解師、何を考えているんだ」


 苦々しい口調でいう。


「ティアは、そのままでいい。姿を変える必要などない」


 きっぱりとした口調で言う。


「ふふ、どうでしょう?そろそろフードで顔を隠すのも飽きたので、髪を染めようかと」

「やめておけ」

「やめません。私、昔から、やってみたかったんです」


 ティアが楽しそうに浮き浮きしながらいう。


「なら、好きにすればいい」と呆れられてしまった。


 ティアは子供のころから、別の人間になりたいと思っていた。髪と瞳の色を変えれば、どれだけ楽かと。だから、カーライルにそれを褒められたときは嬉しかった。初めて自分を肯定できたような気がした。


ふいに心の奥に沈ませていた記憶がよみがえり、また彼を思い出して、心臓がどきどきしてきた。前みたいに、頭の中が彼との思い出でリピートして止まらなくなったら、どうしよう。しかし、そこまでで、彼女の心は乱されることもなく、すぐに鎮まった。あの切ない思いは、本当にすべて呪いだったのだろうか?つないだ手の確かな温もりを覚えている。





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