聖都カエルム3
王宮地下には牢がある。昔、王の不興をかったものや謀反を起こした貴族などが閉じ込められていた。今は使われることはない。拷問に使われた道具とともに打ち捨てられている。だが、そのさらに地下深く、腐肉と骨に囲まれた薄暗い空間が存在する。王宮の下にある迷路のような洞窟にその部屋は存在した。鶏や牛の血で清められた漆黒の祭壇が燭台のゆらめく灯りに照らされる。
泣きわめく、女を引きずる影が揺らめく。
―――力が足りぬ。
もう少しで呪が破られるところだった
あの娘の呪いが解けてしまったら、すべてがこちらに返ってくる
力を半分以上失った
生贄を
影が錆びて古びた短剣を振りかざす
女の断末魔が高い天井に反響する。
ズシャ、ピチャッ、
血しぶきが飛び、むせかえるような鉄さびの匂いが広がる
これで何体目の生贄か
数えるのをやめた
―――力を取り戻すために、あの娘に残酷な死を
♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢
指に温かいものが触れる。
深い闇の底から意識が浮上する。泣いている少女と目がった。
「イザーク様!」
彼女の嗚咽が止まらない。壊れてしまいそうだ。どうすれば泣き止むのだろう。そろそろと手を上げると腹に激しい痛みが走った。一瞬顔をしかめる。大丈夫そうだ。
痛みをこらえ、彼女の銀糸の髪に触れる。頭をゆっくりと撫でる。これで泣き止むと良いのだが・・・。
♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢
「しっかし、びっくりしましたよ。あなたが大けがをして寝込むなんて初めてじゃないですか?」
ヴォルフが冗談めかして言っているが、知らせを聞いた時に彼は膝から崩れ落ちた。
イザークが目覚めてから、二日が過ぎた。生死の狭間をさまよったのが二日。明暗を分けたのは倒れた場所が神殿だった事だ。あのあとすぐに神殿内のヒーラーたちが招集された。
しかし、彼が助かった本当の理由は違う。ティアはそれを白髪の呪解師カミーユから聞いた。口外しないという約束で。
ティアは神殿に呼びだされた。カミーユは過労のため床に伏していた。しばらく仕事はできないそうだ。
「普通は即死だ、体に風穴があいたのだから。イザーク殿はカルディアの王族、もしくは王族の血を引く高位貴族であろう」
ティアは彼の出自をしらない。氏さえも。
「あの国は数百年前の建国の頃、王が人外と交わり子を残したと伝え聞く。何代かおきにその血が強いものが生まれるそうだ」
カミーユが何を言いたいのかは分かったが、イザークが何者であっても。ティアにとっては彼が生きていればそれでよいことだった。
イザークの瞳は時々色合いが変化する。彼が目覚めた日、瞳が青い光を放ったような気がした。なんとなく感じていたことなので腑に落ちた。
「時に、そなたもカルディアの貴族の子なのだろう?」
ティアは頷いた。
「その銀髪と紫の瞳」
「はい、家では忌み子とよばれていました」
生家では蔑まれた。それなのに王族にのぞまれた。
「なら、あとはイザーク殿に聞くのがよかろう」
「惜しいな、その髪色と瞳でなければ、私の後を継げたものを」とカミーユは悔しそうに小さく呟いた。神殿ではティアのアメジスト色の瞳はトワイライトアイと呼ばれ不吉なものの象徴とされていた。百歩譲って、神殿が認めたとしても信者が認めないだろう。あのような強い呪いを受けつつも汚されることのない彼女の魂の清廉さを思った。
「そして、最も注意しなければならないことは、カルディアには我らでも破れない恐ろしい呪法をつかう一族がいるということだ。まことに恐ろしい国だ」
そこでぶるっとカミーユが身震いした。それを見たティアの瞳が陰る。自分のため応戦してくれた神官二人も傷ついてしまった。普通の人間の彼らは今も床に伏している。
「そなたには二種類の呪いがかかっていた。一種類は表層的なもので、魅了と言われるものだ。カルディアの王族が得意としている。それを利用して、一族にとって有益な血をのこしてく。そなたには、ご丁寧に何度も重ね掛けしていた。だいぶ解いたところで、あの魂をも縛り付ける強大な呪いに気が付いた。だから、そなたの体に結果、二種類の呪いが弱体化した形でのこっておる。我らの力が足りなかった」
カミーユはそれが心残りだといった。結局、呪いは弱体化しながらもイザークの体を通り抜け、ティアの体に戻ってしまった。カーライルの呪いの欠片は心がけ次第で解けることもあると言われた。もう一つについては方法がないわけではないが、それはとても困難で、どう決着つけるかはイザークと相談すると良いと言われた。
「おい、ティア、大丈夫か?ぼおーっとして間抜け面になってるぞ」
ノーラの呆れたような声でティアは回想から戻った。ここは大神殿のそばの観光客や旅人が集まる大きな食堂である。ここならばこのメンバーでも目立たないだろうと選んだ店だ。ティアはカミーユと話したあと皆と合流したのだ。
「やだ。どれくらいぼーっとしてました?」
ティアは恥ずかしさに頬を染めた。
「そうだな。みな食べ終わっているが、そなたはスープに口をつけただけだ」
イザークが淡々と事実を報告する。目覚めたときは頭をなでてくれたのに、まるでそんなことはなかったように以前のままだ。
ティアは慌てて食事をし始めた。
「大丈夫ですよ。ティア、そんなに慌てなくも」
とサフィラスが柔らかく笑う。
「そういえば」と思い出しように言って、ティアはもっていた袋をガサゴソとさぐる。
目当てものものを見つけると引きずり出した。複雑な文様が刻まれ繊細な細工が施された琥珀色のアミュレットだった。全員の目がそれに引き寄せられた。
「ティア、展示品もってきちゃだめじゃないか」
ノーラが呆然として言う。
「違います。カミーユさまから、お土産としてもらったんです」
「嘘でしょ?」
そういうサフィラスが顔色を失い、お茶を持つ手が震えている。
「これはまた高そうなものを、俺の剣が何個買えるか」
などとヴォルフが呟く。
無言のイザークをみると渋い表情をしている。ティアは彼が喜んでくれるかと思っていた。
「それで、呪解師殿はそれをどうしろと?」
「肌身離さず身につけろと」
「なら、袋なんぞに入れず今すぐ身につけろ。そして二度と人目にさらすな」
怒鳴りこそしないが、彼が怒っていることはわかった。ティアは馬鹿呼ばわりされる前に慌てて身に着けた。
「これ、貴重品なんですか?」
ドキドキしながらイザークに聞いてみる。
「国宝級だ。国によっては国家予算に匹敵する」
「イザーク様、私、そんな貴重な物を持ち歩くのは嫌です!」
「安心しろ、そなたより丈夫にできている」
「いえ、でも失くしたりしたら・・・」
「それも、大丈夫だ。失くしても持ち主のもとに戻る。つまり今そなたの手にあるということは、そなたが持ち主だ。試しに投げてみろ、戻ってくるぞ」
「「「「ひっ」」」」
その場の全員がドン引きした。
「いやです。追いかけてくるみたいで、怖いです!呪いのアイテムみたいじゃないですかあ~」
ティアが涙目で必死にイザークに訴える。
「いまのお前には必要だろ?」
面倒くさくなってきたのか、イザークの言葉使いが粗雑になる。
「はあ?」
ティアが首を傾げて聞き返す。
「おい、なんで、何もわかりません、という顔をしているんだ。効果はきいたのだろう?」
「イザーク様に聞けと言われました」
イザークの眉間にしわが寄る。
「ちっ、あの呪解師。呪解に失敗したからといって、こんな物をティアに与えて、後は私に丸投げか」
ティアの聞き間違いでなければ、いまイザークは確実に舌打ちをした。何やらどす黒いオーラが出ている。普通に怖い。そんなイザークを見てヴォルフが慌てて腰をうかせた。
「とりあえず、酒だな!おねーさん、ちょっとこっち!」
ヴォルフが空気をかえるように酒を注文し、ノーラがつまみを選ぶ。おそらくアミュレットの価値がわかっているだろうサフィラスは、お茶を持ったままで、微動だにしない。硬直してしまったようだ。
イザークはすっかり遠くを見る目になっている。
ティアはとりあえず目の前の食事を片付け始めた。
これから先、どうなるかはわからない。
とりあえず今は皆無事でよかった。
ティアはそう思った。




