聖都カエルム1
聖都カエルム、各国から、神に仕える者が集まる国。
そしてここは神官、僧侶が行き交う大通り。少しばかり目立つ4人組がいる。フードとマントで全体的に姿を隠した少女。赤味がかった茶色い髪の大柄でハンサムな騎士ふうの男。金髪の美しい魔導士。小山ほどある大きさ、浅黒い肌を持つ筋肉ムキムキの女拳闘士。
「俺は、武具屋に行きたい」
「僕は魔道具を見に行きたいですね」
「私は、武具屋に興味はあるが、まずは腹ごしらえだな」
ノーラの発言に「さっき朝食とったばかり」と全員からツッコミが入った。
これはティアがどこに行きたいかを皆に聞いてみた結果だ。見事に行きたい場所が全員違う。みなティアの行きたいところでいいと言ってくれたが、それでは悪いと思い聞いてみたのだ。
ちょっと個性的な気がした。なぜ、誰も神殿に行きたがらないのだろう?聖都カエルムに来たらむしろそれがメインでは?とティアは疑問に思ったが、取りあえず三人の意見をまとめる。
「では、まず、武具屋にいって、魔道具屋に行って、食事に行くのはいかがですか?」
とティアが提案してみる。
「いかがですかって、ティア嬢はどこに行きたいんです?俺は別にティア嬢のいきたいところでいいですよ」
とヴォルフ。
「僕もです。というかヴォルフ、武器屋にいってどうする。ここは宗教都市だ。剣は置いてないよ?」
「メイスとフレイルが見たい。ここの品は素晴らしい。あれはもう芸術品だな」
というヴォルフの目が輝いている。
「なら、全員、今すぐ行きたい場所に行くといい。あとは私に任せてくれ。」
そこに割って入る声。
「イザーク様!」
ティアが駆け寄る。
「ずいぶん早くつきましたね」「仕事は片付いたのですか?」と口々に言う三人を「御苦労だったな」とねぎらう。
「とりあえず、お前たち、かなり目立っているぞ。それぞれ行きたい場所に解散だ」
呆れたようにイザークにいわれ、みなそれぞれの方向に慌てて散っていった。救いを求めに、または観光にと旅人は多いが、あの三人が街中で揃うとどうしても注目を集めてしまう。
「そなたは行きたいところはないのか?」
と散っていく三人を確認しながらイザークがいう。
久しぶりにあった元気そうなイザークに聞きたいことはいっぱいあったような気がするが、いつも通り淡々としゃべる彼に調子を狂わされてしまった。
「私は、神殿を見に行きたいです」
素直にこたえる。
「一番、オーソドックスだな。じゃあ、観光でもするか」
というイザークの後をついて歩きつつ、けがもなく無事な姿のイザークにやはりほっとする。
「イザーク様は行きたいところはないのですか?」
「いろいろとあるが、ここに来たら、まず神殿だろ」
意見が一致した。人ごみの中、イザークがティアとはぐれないように彼女に手を差し出す。二人は自然に手をとり歩き始めた。不思議と昔から、彼とはこうして歩いていたような気がした。そんなはずはないのに。不思議な既視感がティアを包む。
「あの。イザーク様。紛争はどうなったのですか」
「今のところ収まっている。しばらく血が流れることはないから安心しろ」
「しばらくですか?」
ティアは心配になった。ヨークス王国がそれなりに好きになっているので、紛争も嫌だが
イザークがまた行ってしまうのも嫌だ。
「今の第一王子が軍部をどれだけ押さえつけられるかにかかっている」
雑踏に紛れながら小声でつづける。
「陛下はどうなさっているのです?」
ティアは、王宮にいるとき、王族と貴族の権力闘争があるのはある程度気づいていたが、常に蚊帳の外に置かれていた。
「内政に興味があるのか?」
「それは、少しは・・・」
内政に興味があるというより、ティアが国外追放になってから、ずっと守ってくれていた彼がカーライルの一言で、簡単に紛争に巻き込まれてしまうのが心配だった。それに彼だけではなく、ノーラ、ヴォルフ、サフィラスも大切な人たちだ。王族の一言で皆が何かに巻き込まれてしまうのかと思うと不安でいてもたってもいられなかった。
「これは秘匿されている情報だが陛下はあまり長くない」
イザークがさらに声を潜める。
「え?」
ティアは目を瞬く。
「しばらく前から、政務のほとんどを第一王子が代わって執行している。彼が軍部を掌中におさめられれば今回のような紛争は二度とおきないだろうな」
どうやら、ティアがヨークスにいる間に祖国は大変なことになっているようだ。ティアが難しい顔をしていると
「知りたければ、話はするが、今はそんなことより自分の身に降りかかっていることを片付けるほうが先だろう」
と言われた。一抹の不安は残るものの、ティアは気持ちを切り替えた。
白亜の巨大な神殿の中を見学した。天井が高く、修道院と違いステンドグラスがない。その代わり、外光が強く差し、厳かながらも開放的な雰囲気だ。光と影のコントラストがはっきりしている。
白衣に身を包んだ神官や様々な国々からやって来た旅人が巨大な神殿内に行き交っている。聖遺物も公開されていた。
ティアは物珍しくきょろきょろし始めた。すると前方に神官を先頭にした白装束の乙女の行列が見えてきた。皆が道を開ける。美しい少女ばかりがしずしずと歩いてくる。
「あれは、聖乙女と言って、聖女の見習いだ」
ティアが引き寄せられるように見つめているのに気づき、イザークが説明してくれる。
「聖女様の卵ですか!すごい。きれいな方ばかりですね」
ティアは憧れに目を輝かせた。王宮図書館にあった大神殿の絢爛絵巻のよう。今それが目の前にいる。そこにあった多くの書物には、聖女について、選ばれし者、類まれなる聖なる力と奇蹟が記載されていた。
「実際は、多少、回復魔法を使える程度の貴族の令嬢や有力な商家の娘だ。そなたの方がよほど優れている」
「はい?」
ティアは今、褒められたのだろうか?それとも聖乙女がけなされたのだろうか?軽く首を傾げ、イザークを見つめる。
「あれは、この神殿の観光の目玉だ」
とんでもない舞台裏を暴露されてしまった。ティアががっかりしてため息をつくと、「あれらに何を期待していたのだ。ただの人よせだぞ?」とイザークに怪訝な顔をされた。どうやらそれが常識らしい。周りの人々も道は開けつつも目には好奇心の光だけで、誰も心底あがめている様子はない。
今更ながら王宮で必死に勉強して得た、多くの知識に疑問を抱き、虚しさを感じるティアだった。
「さてと、観光はここまで。神殿の本来の機能の一端を見に行くか」
と言うとイザークは袖廊下に入っていった。どんどん進むと人がまばらになっていった。周りが閑散としてきた中をさらに進むと、関係者以外立ち入り禁止の区画の前についた。
止める間もなくイザークが侵入する。彼に手を引かれていたティアは空間に僅かな抵抗を感じた。それも一瞬のことで、狭くて少し薄暗い通路にでた。どうやら結界を通り抜けたようだ。
「ここは、入ってはいけないのでは?」
ティアは恐る恐る聞いてみる。
「安心しろ、私たちは客だ。神殿が本気で拒めばあの程度の抵抗では入れない」
いつものように淡々と事実だけを告げるイザーク。
長い回廊を歩く。静寂に包まれたこの空間には二人きりしかしいない。足音だけが響く。会話もなく歩いているとティアはイザークに引かれた手が気になった。なんだか、二人きりで手をつないで歩いているようで落ち着かない気分になった。
「イザーク様、手をはなしてください・・・。ここならば、はぐれることもありませんし」
「わかった」
そう言うとイザークはあっさりと繋いでいた手をはなした。
すると不思議なことに、途端に心細くなった。ティアはさんざん傷つけられてきたせいか自身の感情に鈍感だ。イザークと手をつなぐことで安心感を得ていたことに遅まきながら気が付いた。彼が結界内の空間でティアが不安にならないよう気遣ってくれていたのだ。イザークはいつも淡々としていてティアに下心などあるはずもないのにと、ティアはへんに意識してしまったことが恥ずかくなった。彼の優しさにはいつも遅れて気付く。後悔したが今更手遅れだ。もう一度手をつないでくれと言う勇気はなかった。
入り組んだ回廊をしばらく行くと、古びた大きな扉の前で立ち止まった。
「あの、ここは?」
ティアの声が広い回廊に反響する。それが彼女の不安を煽る。
「神殿の裏の顔だ」
ティアが口を開く前にイザークはその扉を押し開けた。
戸口には神官が二人おり、イザークが名を告げると奥に通された。ティアはフードとマントを脱ぐように指示された。
銀糸のつややかな髪とアメジスト色の瞳が現れた。神官たちが、彼女の美しさに見惚れたことにティアが気づくことはなかった。そばでみていたイザークが渋い表情を浮かべる。
中は広い空間が広がっており、赤いじゅうたんが引かれている。柱が立ち並ぶ広間の最奥の祭壇には白い光沢のある衣まとった。老女が一人いた。
「ティア、前へ」
いつの間にか足がすくんでしまったようだ。イザークを見上げると
「私は、ここで待つ。そなたは奥へ」
と促された。どうしてここへ連れてこられたのか何の説明もない。彼のことは信頼しているが、胸が騒めく。ティアは無意識でイザークの腕に縋った。
「私も一緒で構わないか?」
イザークが神官に問うと、奥から老女の声が響いた。
「構わぬ。早くこちらへ」
二人は祭壇に向かった。白髪に深紅の瞳の老女が祭壇からゆっくりと降りてきた。
「私は、呪解師カミーユ。呪いを解くものだ」




