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あなたのことは愛していますが、今回は辞退しようかと思います  作者: 別所 燈
第一章 逃避行 ~エスケープ~

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海の見える教会

 ティアは老女の手を引いてファサードを抜け、ステンドグラスを通して日の差す身廊まで来たところで老女に別れをつげた。

 自分の姿が見えないとヴォルフが心配すると思い、踵を返す。するとそこに出口はなく、果てしない身廊が続いていた。


 振り返ると老女はどこにもいない。


 ティアは、魔導で編まれた結界に取り込まれてしまった。



 さて、これはどうしたものだろう?ヴォルフに動くなと念をおされたのに、とんだ迷惑をかけてしまった。ティアは途方に暮れた。あわてて走り回ってどうにかなるものでもなかった。彼女は一応扉があった場所へ向かって歩いてみたが、ただひたすらに身廊が続くだけだった。仕方なく方向を変え、チャペルへ向かって歩いた。するとぽつりとついた燭台の炎の先に人影が動いた。

 ティアは身構えた。


「ティアラ、久しぶりだな」


 優しい笑顔を浮かべたカーライルがたっていた。信じられなかった。彼がここにいる。ティアはその姿を見た瞬間、驚きで金縛りにあったように動けなくなった。


「ずっと会いたかった。辛い思いをさせて悪かったな」


 そう語りながら彼がゆっくりとティアに近づいてくる。そして、ティアがずっと聞きたかった言葉をくれる。ティアは淑女の礼をとることも忘れていた。呆けたように立っていた。彼がまた一歩、近づいてくる。嬉しいはずなのに、ティアは反射的に後ずさりしていた。

 これは魔導が見せる幻影だろうか。それとも彼女の妄執だろうか。


 震える彼女の頬に温かい手が触れた。それは僅かに熱を帯びていた。


「どうしたのだ、ティアラ。嬉しくないのか?」


 深いブルーの瞳、まぎれもなくカーライル本人だった。


「なぜ、ここに殿下がいらっしゃるのですか」


 そういうティアの声が震え、鼓動が高鳴った。嬉しさと今更なぜ?という混乱で心は千々に乱れた。


「ティアラ、どうしてそんなに警戒しているの?私からの誕生日プレゼントは受け取ってくれたのだろう。私の気持ちは君と初めてあった日から、少しも変わらない」


 ティアはもう一歩後ろへ下がる。頬から彼の手が離れた。彼女の頭の中で、アナベルと仲睦まじい姿のカーライルが浮かぶ。


「なぜ、今になって?」


 ティアのアメジストの瞳に涙がせりあがる。


「ティアラ、それは違う。最初からだ。そなたを無事に隣国へ逃がすようにイザークに頼んだのは私だ」


 カーライルのその言葉にティアは、なぜだかとても胸が苦しくなった。


「イザーク様が?そんな・・・」


 不敬だということも忘れて、カーライルの言を疑う言葉が唇から漏れた。彼に裏切られた、そう感じた。彼がティアに「信じるな」といったことが頭の中をぐるぐる回る。

 ティアのその言葉にカーライルの瞳が翳りをみせた。


「ずいぶん彼を信頼してしまっているみたいだね。可哀想なティアラ。永らく、そばにいてやれなくて済まなく思っている」


 といって憐れみと慈愛を含んだ美しい笑みを浮かべ、また一歩近づきティアの美しい銀糸の髪に触れる。


「すぐにでも君に会いたかったのに。イザークが君の居場所を教えてくれなくてね。安全のために知っている人間は少ない方がいいって。ひどいよね。私は表立っては動けなかったけど、影を使って必死に君をさがした」


 カーライルの影というのは王室に使える諜報員だ。


「アナベル様はどうしたのですか?」


 ティアが硬い声で問う。カーライルは首を軽く傾げた。美しい金髪が燭台の光を映し輝く。


「アナベル?彼女に私の心はないよ。私が関心があったのは彼女の父であるオズロン伯だ。彼のことは知っているだろう。私は彼の動向を探りたかった。できればかの一族を私の派閥にいれたいと」


 オズロンは伯爵家ではあるが、侯爵に迫る勢いの権力を持ち始めている。そして一族には黒い噂が絶えない。


「君も少しは気づいていただろう?第二王子である私を次期国王にと推す動きがあることに」


 ティアは頷いた。カーライルは年若いにも関わらず外交手腕は見事なものだった。カルディアにはそういう人物こそが必要と考える者たちもいた。彼女は若くして頭角を現した彼を尊敬していた。

 ティアは問う。それならばなぜ?


「なぜ、私を捨てたのですか」


 彼女の疑問はぐるぐるとそこに行きつく。するとカーライルが驚いたように目を見開く。


「違う。私は君を捨ててなどいない。本来なら君は牢屋に入れられていた。それが、何を意味をすることか、侯爵令嬢として育った君にはわかるまい」


 ティアにはわかり過ぎるくらいわかっていた。もう、それは前回の人生で経験済みだ。記憶がよみがえり、目の前が真っ暗になっていくような気がした。カーライルはなおも言葉をつぐ。


「私が奔走して、それを防いだのだ。そして国外追放後も君をまもった。私の愛を疑うのか?ティアラ」


 悲し気にティアの手を取り強く握る。


「君がもう少し、私の母である王妃とうまくやっていれば、王宮での立ち位置も変わっていただろうに」


 悔しそうに呟くカーライルの言葉がティアの心を刺し貫いた。やはり、私が至らなかったのだ・・・。ティアの心が一瞬騒めき、その後は哀しみと後悔と自責の念に沈んでいく。


「だから、ティアラ、待っていてはくれないか?」


 カーライルのその言葉に反射的に顔を上げる。


「私がカルディアを治め、君を迎えに行くまで」


 それは正妃としてだろうか?そんなことが可能なのだろうか?


「それまでは、この国に家をあたえよう。幸い、私はこの国に外交でよく来る。そこで暮らすと良い」


「え?」


 カーライルは何を言い出すのだろう。最初は意味することがわからなかった。


「それでは、私の立場は・・・?」


 彼が静かに首を振る。わかっていないなというように。


「君はわが国では咎人だ。だから、妻として迎えることはできない」


 つまり正妃はおろか、側室としても迎えることはできない。


「私は愛妾ということですか」


 ティアの瞳から悲しみもわずかに宿った希望の光も消え失せる。


「なぜ、そこまで自分を卑下する。私はその呼称は嫌いだ。ティアラは私の愛する人なのだから」


 そういってカーライルは美しい眉根を寄せる。ティアラは後ずさった。

 その時


 ガターーーンッ!

 ドゴッ!


 教会に大音響が響き渡った。


「もう来たか」


 カーライルの端正な顔に一瞬焦りの色が浮かぶ。教会内部に激しい剣戟の音と複数の足音が入り乱れる。


「結界が破られた。私はもう行かなければならない。ティアラ約束してくれ、私と一緒になると」


 ティアは力なく、かぶりをふる。前回そしてその前から、ずっと彼への愛を貫いた悲惨な人生の末路が、走馬灯のように彼女の頭に浮かんでは消える。悲しみと恐怖で彼女の心が満たされる。


「痛いのも・・・辛いのも、もう嫌なので。・・・今回は辞退しようかと思います」


 震える彼女がうわごとのように囁く言葉に、カーライルの瞳が驚愕に見開かれた。

 ティアから拒絶されるなど考えてもいなかった。

 彼はティアとの距離を一気に詰めた。


「なぜだ?私を愛しているのではないのか!」


 彼の叫びに、ティアの美しいアメジスト色の瞳が揺れる。握り締めた手から彼女の震えが伝わる。カーライルは焦った。


 そのときカツーンと身廊に足音が響いた。黒いマントを羽織った男が近づいてくる。


「カーライル殿下。お戯れもそこまでに」


 怒気をはらんだ声が礼拝堂に響く。


「イザーク様!」


 ティアが彼に駆け寄ろうとした瞬間、カーライルに肩を強くつかまれ引き戻された。ティアは痛みに顔をしかめた。


「イザーク!貴様、不敬だぞ!」


 カーライルが吠える。そしてあろうことか、イザークに向けて巨大な火球を放った。


「いやーーーっ!」


 カーライルは、叫ぶティアを抱きかかえてチャペルの地下へと連れ去った。聖遺物の置かれた部屋を抜けるとカタコンベに入った。両側にしゃれこうべが置かれた薄暗く死臭漂う通路を、ティアを抱えて走り抜けた。


「やめてください。下ろしてください。殿下、なんてことを!イザーク様が」


 ティアの瞳から大粒の涙がこぼれていた。


「馬鹿な。何をいう?もう別の男に移ろったのか」


 カーライルの柳眉が逆立つ。ティアにはそれが恐ろしかった。殿下はこんな人だったろうか、穏やかで優しい人ではなかったのか?彼女の混乱と悲しみは続いた。

 すると彼はティアを腕から落とすように乱暴におろした。そして無理やり手を引くとカタコンベの出口にある扉をひらいた。その先には階段があった。ティアは引きずられ登らされた。擦りむいた足から血が流れた。体のいろいろな場所に痛みが走る。

 間もなく地上にでた。冷たい夜気が体にあたった。地上は昼間と違い、黒々とした海が不気味に広がっていた。


 後ろから、赤々としたひかりに照らし出された。振り返ると教会が炎を上げていた。


「イザーク様!」


 彼が心配だ。ティアは無意識に教会に戻ろうとした。強い力でカーライルに引き戻され、抱きしめられた。彼女は今やっと・・・あれほど恋焦がれた彼の腕の中にいる。


「ティアラ!まだ、言うか!あの男がいいのか?もう、私を愛していないのか?」


 その瞬間。彼女の頭は真っ白になった。


「違います。私の気持ちは移ろってなどいません」


 まるで自分がいった言葉ではないように。ティアは自分の声を遠くから聞いた。

 そして、彼女はカーライルを見つめた。夢にまで恋焦がれた瞳を。



 気付くとティアはカーライルの手を優しくとっていた。


「あなたを今でもお慕いしています」


 ティアの体が心を置き去りに勝手に言葉をついだ。まるで外側から自分の行動をみているようだ。


「それは本当か?」


 カーライルがティアの心を確かめようと彼女の瞳をのぞき込む。

 そのとき物陰から複数の影が動いた。ティアたちに向かって強烈な攻撃魔法が放たれた。


 ティアが身に着けていたブルーのアミュレットが眩い光を放った。





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