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宿りし少女と異世界成り上がり戦記  作者: 新雪 ふみ
第1章 運命の人
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第2話 ブーケトスは誰が為に

「ペンギンは鳥類で、残念な環境のせいで飛べなくなった。で、クズ男は飛び方を思い出したペンギンだって言いたいの?」

「ああ。それに、飛び方を覚えたのか思い出したのか、その違いは主観にしか無いんだよ。つまりはただの思い込み、認知の歪みなのさ。」


 自分を動物に例えると、という、退屈な窓ふきと対になる他愛ない雑談テーマ。

 この屋敷に来て、手際が悪すぎるという問題を残しつつも、仕事を一通り出来るようになった俺たちは、まるで倦怠期のカップルのように毎日だらだら話し続けている。


「そうなんだ。哲学的だね。」


 結局、俺の存在は隠すことにした。なので、必然的に日中は彼女の中に潜んでいる。

 この時代の人間には想像もつかないだろうが、情報は力だ。

 つまり、存在を認知されないで、一方的に敵を知ることができるというのは、一言で言うとチート能力である。

 わざわざ実体化し、「私はカレンの精霊です。」などと自己紹介するメリットは何一つ無いのだ。


「独り言?口を動かす前に手を動かしなさい!」

 背中からいつものように醜い音が。屋敷のメイド長をしている声の主は、まさに「ガミガミ」という擬音の化身である。


「はい!すみません!」

 恐縮するカレンは、人一倍手を早めた。


「まったく、カレンもそろそろキレていいんだぞ。」

「子供じゃないんだからこれくらい我慢しなさい。」

 カレン・・・不幸はかくも人を老けさせるんだな。

 だが、実体験として、老いは幸せに繋がっていない事を俺は知っている。


「実際、まだ子供だろ、幼児体型。それに、俺の女が侮辱されて黙ってられるかよ。」

「クズ男はわがままね。それに、私の事が好きなら、もう少し好かれる努力をしなさいよ。」

 悪態をつきながらも、表情が明るくなる。こんな魅力的な仕草を見たら、彼女に夢中になる理由が誰でもわかるだろうに。


 彼女の問題は、猫かぶり、というよりは自己肯定感の低さにある。つまり、周りに好かれたいというよりは、自分は好かれるに値しないという思い込みが病理なのだ。

 そんな歪みを、俺は愛してしまったのだ。そして、愛は賢人をも愚かにする。


「約束、言い出したのはカレンだからな。」

「え?」

 会話で注意を逸らした隙に身体を乗っ取る。

 元より彼女の中に居るので、外から入るのと違い、一瞬で完了する。


 汚らしい手元のぞうきんを窓際に置き、テーブルを拭いているメイド長の後ろ姿へ歩み寄る。

 がつんと言ってやる。


「質問です。他のメイドは雑談しながら仕事していますが、なぜ私の独り言は駄目なのですか?」


 後ろで束ねた髪を翻し、それと同じ黒の瞳で俺を見下すと、音程がほとんど上下しない無感情な声で説教を始めた。

「言い訳をするほど、あなたは偉いの?」

「レイト様から見たら、私たちは対等かと。」

 彼女の目が一瞬鋭くなる。煽り耐性は低いようだ。


「恩を受けておいて、文句まで言うつもり?」

「それはあなたの言葉ですよね?レイト様ではなく。」

 眉がびくんと一瞬だけつり上がった。二言で沸点に達したのか?この瞬間湯沸かし器め。


「私はレイト様に長年仕えてるの。」

 低く、小さい声。そして火山は噴火する。

「この屋敷は私がレイト様に代わってお守りしているの!私の言葉はレイト様の言葉と思いなさい!」


「そういうことですね。承知いたしました。では仕事に戻ります。」

 話を切り上げ、踵を返し、急ぎ足で部屋を出る。権威主義者に平等を説くほど暇ではない。







「メイド長、話は聞かせてもらった。カレンをいじめているそうだな。なぜだ?」

 やり方は前回と同じ。頼れるのはレイト様だけなので、解決法は必然的に「泣きつく」である。


「反省しております。でも、私はレイト様の力に少しでもなりたくて!」

「ならば、次からは仲良くな。」

「っ・・・はい。」

 唇を噛み、悔しそうにするメイド長。

 今回はこれで良いが、何もかもレイト様頼りでは将来的に積みそうだな。

 一刻も早く魔術を身につけねば。




「クズ男、またレイト様に迷惑かけたの?」

 いつの間にか、俺の中のカレンが目を醒まし、呆れ声。


「幸福追求権も人権なんだぞ。当然の権利を行使したまでだ。」

「それ、前も言ったけど、私にはわがままにしか聞こえない。」

 まあ、この時代の平民からしたら贅沢な屁理屈だろうな。


「で、奴の顔を見た感想は?」

 さあ、存分に幸せを味わってくれ。


「まあ、悪くは無いかもね・・・って違う!」

「ちっ、惜しいな。もう少しで墜ちたのに。」

「闇墜ちさせようとしないでよ!」


 俺の色に染めてやるぞ、ぐふふ。





 メイド長が部屋から出て、二人きりになった。

 最近、レイト様は忙しいようで、ここ数週間はほとんど家へ帰っていない。

 せっかく良いアイデアが思いついたのに、今日まで実行が遅れた原因である。


「レイト様、魔術を学ぶために学校へ行きたいのです。そして、私のような少女をこの手で救いたい。」

 ありきたりな志望動機だが、実体験が伴っているので説得力はあるだろう。

「そうか、もうやりたいことが見つかったのか・・・ふふ、少し安心したぞ。」


 あっさりと認められた。レイト様は変な男に騙されるタイプだろうな。いや、俺の面接力がずば抜けているのか。

 まぁともあれ、これで魔術を学べる。

 

 一週間前、俺たちは仕事を終えると、いつものように部屋でだらだらと雑談していた。

 カレンがカーテンを閉めると、俺は実体化し、彼女とベッドに座る。


「そうそう、魔術師はね、戦争では主力なの。」

「じゃあ、なんで剣を持った騎士が現役なんだ?詠唱時間が長い?魔力切れ?」

 現代人の俺は当然、ゲームの知識しかない。


「魔術って難しいんだよ。学校卒業しても、魔術師になれるのは一握りなんだから。」

日本の義務教育における英語みたいだな。


「逆に言うと希少性があるのか、狙い目だな。」

「き?なんて?」

「難しい事ほど価値が高いっていう意味。」


 名医の執刀もドラッグストアで薬を売るのも、人々の健康に資する仕事だ。しかし、前者には億の値がつき、後者は最低賃金だ。彼女によると、魔術も前者に含まれるだろう。


「でも、私にできる?」


 子供なんだから、「やってみたい!」で良いのに。心も年の差か。年下は俺の方だけど。


「やらない手は無いだろう。それに、俺に任せた方が人生上手く行ってきただろ?」

 ぐぬぬ、と整った目鼻を顔の中央に寄せ、可愛さという麻薬で俺を酔わせる。

「言い返せないのが悔しいっ・・・・!」




 登校初日。カレンが歩く校舎までの道は、パステルカラーで描かれたようにのどかで、枯れ木の隙間をコウモリが飛ぶ、いかにもな魔術学校のそれとはまるで違っていた。


「普通の学校だな。」

「どういうのを想像してたの?」

「うーん・・・ハロウィン?」

「何それ?」

 現代文化のうんちくをたれていると、あっという間に教室の席へとたどり着いた。

 

 生徒は全5クラスそれぞれに20名ほど。

 ガイダンスによると、テストの成績が良ければ、飛び級して士官学校に行くことができるらしい。

 授業は座学と、実技、それに教養科目。3:2:1ぐらいの比率で行われる。

 学生生活、カレンは同年代との交流を楽しみ、俺は魔術の魅力に没頭した。

 そんな、屋敷と学校の行き来を3ヶ月ほど繰り返し、本日は初のテストだ。


「では、下級魔術Ⅰの試験を始めます。杖を構えて!始め!」

 実技のテストなんて人生初めてだ。俺はカレンの身体を乗っ取り、炎の魔術を詠唱し、魔法陣を描いた。


 余裕過ぎてあくびが出る。競争相手は思春期のガキ。しかも、カレンの中でひたすら勉強していた俺は、教科書はおろか、図書館にある魔術書すら読破済みだ。


「焼き尽くせぇ!リスキーキャストォォォ!」


 幼少期に憧れたヒーローのように技名を叫び、魔術を行使する。

 俺の起こした爆炎は、あまりに強力で、風圧でドライアイになりそうなほどだった。

「ふふん。決まったぜ。」


 周りの生徒は目を丸くし、試験官の先生はあごが外れたようにあんぐりとしていた。

 筆者に感謝だな。あれを町の図書館で見つけた偶然にも。



 「下級魔術の応用」という、上級魔術偏重の魔術師業界に異を唱えた本がある。

 いわく、「下級魔術を制するもの、決闘を制す」のだとか。

 発動までに長い詠唱時間が必要な上級魔術よりも、即座に反撃出来るので実践向きである、という理屈を端的に表した格言。


 これにひどく影響された俺は「リスキーキャスト」を産みだした。

 本来必要な分の200倍の魔力量で、強烈な下級魔術を放つ奥義。

 余分に積み上げる詠唱と魔法陣はモジュール化しているため、いつでも発動可能であり、威力と取り回しの両立に成功しているのがキモである。


「ぜぇ・・・ぜぇ・・・」

 まぁ、その分消耗も激しいのだけれど。技名通り、危険な詠唱というわけだ。



 このテストで飛び抜けた成績を勝ち取った俺たちは、在校期間半年足らずで士官学校へと飛び級した。

 この時、俺は全能感に満ちていた。魔術に、レイト様への恩返しにと、日々を二人で、子供のように夢中で追いかけて。


 だが、あの日から、俺たちの関係に亀裂が入った。いや、元々あった「ヒビ」に気が付いたのだ。露わになったそれは、あっさりとくさびを受け入れ、ついには崩壊した。







「悪かった・・・あああ、助けてくれぇぇぇ。もう学園で麻薬なんて売らないからぁぁぁ!」

 道路にへたりこみ、少女の殺気に怯える男。彼は同級生だ。


「死ね。お前に選択肢は無い。」

 結末を正直に教えてやるのは、最後の哀れみだ。


「待って、殺す必要は無いんじゃない?」

 中に居るカレンが苦言を呈す。


「カレン、学園で不埒な事があったら、全部学長のレイト様に責任が押しつけられるんだぞ。」

 だから、念のため殺すべきなのだ。

「でも・・・。」


 今日に限って強情なカレンにひどくいらついた。

「父親を殺した女が今更何を言ってるんだよ。」

 つい口を滑らせてしまう。

「それは私じゃない!」


「そうだな!お前はそれを望んでいるだけで、何もしてこなかったな!」

 顔が熱い、自分が感情的になっている事すら認識できないほどに。

「望んでなんか・・・。」

「下手に言い繕うな。くだらん。」


 この時の俺は、なんというか、必死に生きていて、他人の意見など聞ける状況では無かった。


「俺はできる。世界一大切なお前の為だったら悪魔に成れる。」

「じゃあ・・・。」


 彼女が言葉を紡ぐ前に、肉体強化魔術により緑色に光った左足で、奴の頭を蹴り飛ばし、首から上を消した。

「いや、レイト様の為にこいつは殺した。」

「っ・・・、なんて、ことを。」


 それから、仲良く探偵ごっこをしていた頃が想像できなくなるほど、俺たちは口をきかなくなった。

 



 そんな、ある日の事だ。


 座右の銘を「泣きっ面に蜂」と決めたのはいつだったか。

 ともかく、60歳までその言葉を肝に銘じ続けた。

 だが、人間というのは愚かな生き物で、そんな大事な事すらあっけなく忘れてしまう。

 こんな精霊みたいな暮らしを続けていると忘れそうになるが、俺もその内の一人だ。



「ああ、行ってくるよ。屋敷を頼む。」

 メイド達はお通夜ムードだ。あるものは号泣し、ある者は現実を受け入れられず、退室した。


「戦争って・・・帝国と?勝てるわけが・・・。」

 呆然とするカレンが呟く。


「だからこそ、行かねばならんのだ。騎士の誓いを果たす時が来たんだ。」

 彼女はいつものように毅然と、凜々しい顔を崩さなかった。

 これ程誇り高い人間に説得は無意味だ。その高潔さを穢さないよう、俺は口をつぐんだ。



 その日の夜、カレンが「久々に話しましょう」と誘ってきたため、実体化してベッドに座る。

「距離、遠くないか?」

 いつも隣に座っていた彼女は、イスに浅く腰掛けた。


「ねえ、戦争、私たちも行きましょう。」


 真剣な眼差しとは対照的な、あまりにも頓珍漢な提案に驚き、思わず質問を投げつける。

「何の為に?」

「決まってるじゃない!命をかけてレイト様を守るの!」


 ため息をつき、頭をかかえてしまう。

「はぁ・・・俺たちって、戦場で役に立てるの?」

「見殺しにするなんて、ありえないじゃない!」

 強情な彼女。内容はともかく、自分の意見をしっかり言うなんて、まるで俺みたいじゃないか。


「日々成長しているな、カレンは。偉いぞ。」

 頭をなでようと立ち上がり、頭へ手を伸ばすと、パチンとはじかれた。

 彼女は言葉を続ける。


「ねえ、クズ男。大切な人の為なら、悪魔に成るんだよね?」

「ああ。」

「だったら!レイト様を守ってよ!」

 渾身の叫び。彼女の音圧が身体に響く。


「いや、無理だから。レイト様自身が望んでないし。」

「私だって!父を殺してなんて望んでなかった!」

 また蒸し返すのか。本題とは関係無いので無視しよう。


「俺たちは優秀な魔術師だけどさ、一人で戦況を覆す程の大魔術師ではないんだよ。」


 俺の言葉にうつむく彼女は、まるで自分の心を守るかのように、祈りを捧げるかのように、堅く手を組んでいた。

「何もかも計画通り、自分さえ良ければそれで良いの?」

「まあ、究極的にはそうだろうね。他人なんて、所詮駒だよ。」


「そう・・・じゃあ、最後にその言葉をあなたから学ぶことにする。戦場で会いましょう。」


 呟く。瞬間、俺の実体化は解かれた。あまりにも一瞬だったため、声すら出せなかった。


「どういう事だよ。」


 俺は身体のコントロールを奪おうとした。だが、まるで効かない。

 次に、実体化して逃げようとするも、全く出られる気配が無い。


「どういう、事だよ・・・。」


 こうして俺は、彼女の身体に閉じ込められた。



 それからは、夜通し旅支度をするカレンを、その気持ちをひたすら考えた。

 答えは出ない。苦手なのだから当然だ。恋で盲目になり、少しの間忘れていただけ。

 そう、俺が社会に馴染めなかった理由はこれだ。

 正直で理性的。裏を返すと、遠慮が無く、共感性が欠如しているクズ男。


 今まで何をやってきたんだろう。何の為に生きてきたのだろう。

 60年間、何一つ成長してこなかったツケで、最愛の人を失うなんて。


「はは、あははは。ははは、はははは。」

 嗤った。嗤うしかない。醜いね、まったく。

 俺なんて、後悔の海に溺れて死んでしまえば良い。




 朝になり、昨日と変わらないはずの空を見上げる少女。

 見納めとばかりに、背伸びをし、その勢いで草むらの毛布へと倒れ込み、太陽と向かい合う。


 風が吹く、笑い合ったあの日々が嘘のように。戦場の陽光は不気味なほど眩しく。


 少女は大切なものを守る為、地獄に咲く花となる。

 老人の、命を賭した戦いが今、始まろうとしていた。


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