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悪女見習いと騎士のおはなし  作者: 市倉千歳
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舞踏会と悪の華:〈前〉

「さあ、来たわよ……今夜の戦場に!!」

 ホール内で踊る人々を前に、キアラは闘志を燃やしていた。

 パーティホールに通された途端、目眩を起こしそうなほどのざわめきが耳を打った。今夜の舞踏会、参加者はかなり多いようだ。令嬢・令息たちの派手な装いを見ていると、目がチカチカしてくる。

「キーラ、疲れた?」

 ヴィヴィアンが気づかってくる。ここに来る前に叔母の館で念入りにドレスアップされ、それだけでかなり気力を削られたのだが、未来の悪女はそんなことで負けてはいられない。

「大丈夫!なにせ今から戦いに赴くんですからね……!」

「……キーラは舞踏会をいったい何だと思ってるのさ……」

「気に食わない相手に嫌味を言ったり言われたりする社交の場よ、決まってるじゃない!」

「さようですか……」

 呆れ顔の騎士を尻目に、キアラは鋭い目で戦場を観察する。

 パーティホールはかなり広く、内装もきらびやか、壁や床はピカピカに磨き上げられている。季節の花々もあちこちに飾られ、参加者の目を楽しませていた。シャンデリアから放たれる蝋燭の明かりが生み出す陰影は、華やかさと同時に夜の秘密をひそかに匂わせる、舞踏会特有の空気を創り上げている。

 キアラは天井を見上げてわぁ、と声を上げた。

「ヴィヴィ、見て見て、照明!輝可石が吊るしてある!すごいね、お金かけてる!」

 はしゃぐキアラの目線を辿ったヴィヴィアンは、ふと眉根を寄せた。

 キアラの言うとおり、光源であるシャンデリアには、蝋燭だけでなく光を放つ石がいくつも取り付けられていた。

 輝可石は刺激を与えると一定時間発光する天然石で、軽く叩いたり、暖めたりすると光る。音楽を聴かせても光るので、〈歌う石〉とも呼ばれる。半透明で、稀に色がついているものもある。とても希少なので、価格は当然高価である。貴族であれば複数所持していてもおかしくはないだろうが……

「ちょっと多すぎない?」

 ヴィヴィアンは首を傾げた。数十個もの輝可石を揃えるには相当のお金が必要だろうし、そもそも輝可石は大量に流通すること自体が滅多にないはずだ。

 不審に思うヴィヴィアンと違い、キアラはそんなことは気にしていない調子で言う。

「長年かけてコレクションしたとかじゃない?」

「でも輝可石には寿命があるだろう?発光回数に限度があるし」

「こういう催しの時だけ使うようにしていたんじゃないの?こちらのご当主……ええと、アリエル卿?パーティ大好きって噂だし、娯楽にお金と手間は惜しまない主義なのかもよ?館自体は並だけど、このホールはかなり豪奢だし……あ、楽団だ!吟遊詩人いないかしら?」

 あっさりと関心を移し、うきうきと楽団の方へ行こうとするキアラをヴィヴィアンは慌てて止めた。見れば、ホールの一角で楽団の奏者たちが楽器の調整をしている。ぐずぐずしていたら演奏が始まってしまう。

「吟遊詩人なんて妖精なみに神出鬼没だから、一般の舞踏会には滅多に現れないよ。さて、キーラ。コルウェナ様からの伝言を覚えているかい?『フォックス夫人のご紹介する男性とダンスを踊ってきなさい』って」

 出掛けに叔母から散々聞かされた「母からの伝言」をまた繰り返されて、キアラはうんざりとした。

「うげー、今夜はお母様が一緒じゃないから、自由にできると思ったのに……」

「キーラ、君ね、うげーなんて。そんな言葉使いの淑女はいないよ……」

「ばかねぇ、ヴィヴィ。そんなのは幻想よ」

 やれやれ、と首を振るしぐさは彼女の曾祖母にそっくりである。

「あーあ、これまではお母様の監視が厳しくて悪女デビューどころじゃなかったから、今日こそはと思ってたのに。いったい何人と踊らなきゃいけないの?」

「僕にも分からないよ」

「お母様もずるいわよね。ぎりぎりまで伝えずにおくなんて」

「伝えたら君が逃げるからだよ……。コルウェナ様は、君に早く結婚相手を見つけて欲しいんだと思うよ。何かやらかす前に」

「冗談じゃないわ!まだ一人前の悪女にもなっていないのに、花嫁修業なんてしてるヒマある訳ないでしょう!!」

「だよねぇ」

 力強く同意するヴィヴィアンの眼前に、「そんなことよりも!」とキアラは立ちはだかった。

「ヴィヴィ、わたし、ちゃんとそれらしく見える?」

 くるりと一回転してみせたキアラが着ているのは、深紅色のドレスだ。アクセントでピンクベージュのリボンとレースがあしらわれ、襟や袖には金糸の刺繍がされている。派手すぎず上品だが、可愛らしさもあるデザインだ。ストロベリーブロンドの髪も綺麗に結い上げて、頼りなげなうなじがのぞいている。少し考えてから、ヴィヴィアンは頷いて言った。

「大丈夫、どこもおかしくないよ」

「そうじゃなくて」

「?……ちゃんと似合ってるよ?」

「そんなことはどうでもいいの!悪女らしく見えるかって聞いてるのに!」

 キアラは嘆かわしげに頭を振った。

「もー、ヴィヴィ、あなたはわたしの騎士でしょ。つまり悪の手先の筆頭なんだから、それぐらい察してちょうだいよ」

「…………」

 長い前髪の奥でこっそり情けない顔をしたヴィヴィアンだったが、すぐに満面の笑みで(見えないが)答えた。

「失礼いたしました、マイレディ。ええ、ばっちり悪女に見えますとも」

 嘘である。だが、本人のやる気を削ぐのはよくない……だろう、たぶん。

 ふいにヴィヴィアンが自分の肩のあたりに手をやって、そのままキアラに向かって小鳥を放つようなしぐさをした。

「ダンスの間、僕は側に付けないから、守護妖精に君を守らせるよ。もちろん、何かあったらすぐに僕が飛んでいくからね」

 その言葉に、キアラはいくぶん緊張した顔で頷いた。

「よし!じゃあ華麗に悪女デビューを果たしてくるからね!!」

「うん、頑張っておいで。ではお手をどうぞ、マイレディ。フォックス夫人はあちらにいらっしゃるから」

 いよいよ今夜の戦場へと赴くのだ。差し出された手に手をあずけ、キアラは期待と不安を込めて一歩を踏み出した。




 舞踏会は、未婚の者にとっては結婚相手を探す場でもある。

 キアラが舞踏会に参加したのは今夜で四度目だが、前三回は母であるコルウェナが同伴で、紹介された男性と次から次へ踊る羽目になり、ただただ疲れた思い出しかない。今夜は母が一緒ではないので安堵していたら、彼女はぬかりなく友人のフォックス夫人に世話役を頼んでいたのである。

(つ、疲れた……)

 休む間もなく踊り続け、ようやく開放されたキアラは料理が並べられているテーブルの間へ一目散に逃げた。果物のシロップ漬けがあったので、パクパクと口に放り込む。甘いものを食べたら少し元気が出た。

(やっぱり知らない人と踊るのは苦手だなぁ……)

 果実水を手に取りながら、キアラはぼんやりと踊る人々を眺めた。

 着飾った令嬢たちは心底ダンスを楽しんでいるように見える。年頃の娘であれば、華やかな舞踏会は心躍るイベントだろう。キアラにとってももちろんそうだ。なぜなら、舞踏会に悪女はつきものなのだから。これまでがひたすらダンスばかりだったので、今夜こそ、舞踏会に咲く悪の華になる決意を固めていたのだ。 だ が し か し 。

(おかしいわね、誰も嫌味を言ってこないわ……)

 何故だろう、とキアラは首をひねった。

(もっと身分の高い殿方と踊ればよかったのかな?)

 もしくは女性に人気のある独身貴族男性とか。キアラがダンスを踊った男性は皆あたりさわりのない、ほどほどの身分だったので、妬まれる要因などないのかもしれない。なんということだ。せっかく嫌味の応酬ができるように、台詞を考えてきたのに……。

(それなら、こっちから行くまでよ!)

 誰も嫌味を言ってこないなら、こちらから言いに行けばいいのだ。問題があるとしたら、知らない相手に話しかけるのは気後れするなぁ、という事だけだ。

(だめだめ、こんなことじゃまたひいおばあ様に、気が弱いだの情けないだの言われてしまう……大丈夫、できるできる!イメージトレーニングはばっちりだもの!!)

 今夜こそ、悪女デビューを果たさなければならないのだ。決意を固めたキアラは、果実水を飲み干し、再び人々の輪へと足を向けた。

(フォックス夫人が、商家のお嬢さんも何人か参加しているって言ってたから、狙うならそのあたりかな……)

 キアラは周囲のご令嬢たちを物色しながら算段を立てる。

 それにしてもまあ、ご令嬢たちの美しいことといったら!金装飾や宝石を縫い取った豪華なドレス、手の込んだ髪型に華やかな化粧、優雅な身のこなし。

 ちなみに最近は動物をモチーフにしたデザインのドレスが流行で、腰部分に尻尾が付いていたり、もふもふしたウサギやネコの耳を頭に生やしている(どうなっているのだろう……)女性たちがちらほら見受けられる。美しいかどうかは別として、目立った者勝ちの舞踏会でその効果は抜群である。

 キアラは自分が、嫌味を言われるほど目立っていない気がしてきた。

(そ、そんなことはないはず……ないわよね?それよりも、なんて嫌味を言おう?あなた程度の身分の者がよく顔を出せたものですわ……とか言うのがいいかしら)


「あなた程度の身分の方が、よくこの場に顔を出せましたわねぇ」


 わたしの台詞―――!!!

 計ったように丸かぶりの台詞が耳に飛び込んできて、キアラは慌てて声の主を探した。すると、十歩と離れていないところに、数人の女性とそれに対峙する一人の女性、そのとなりに所在なげに立っている男性を見つけた。

(うう、先を越された……)

 さりげなく近づいて聞き耳をたてると、どうやら商家のお嬢さんが貴族男性と踊ったのを、貴族のご令嬢が見咎めたらしい。

 まさにキアラが求めていたシチュエーションなのだが。

 それよりもまず、難癖をつけているほうの令嬢の格好があまりにも奇抜なので、ついそちらに気を取られてしまう。彼女は頭に、大きな赤いギザギザした帽子のようなものを縦向きに被っている。もしかしてあれは……鶏のとさか……なのだろうか?見れば、ゴールド生地のティアードドレスも羽の連なりを連想させる形状をしており、派手な色の大きな羽が袖や裾にたくさん縫い付けられている。極彩色の鶏だ。ものすごく派手でものすごく目立っている。通り過ぎる人々も二度見している。

(なんて思い切ったセンス……すごいわ)

 逆にとても感心してしまったキアラだが、女性を観察するその目は次第に真剣になった。

 鳥のご令嬢はキアラより二つ三つ年上そうで、きつめのまなざしに居丈高な雰囲気、化粧も格好に劣らず派手、そのうえとりまきも従えてと、いじわるなご令嬢のこれぞお手本、といった風情なのだ。

(ふ、ふーんだ、わたしだって負けてないもんね)

 キアラが悔し紛れにそう思っている間も、お手本令嬢(仮名・とさか装備)の嫌味は続いている。

「あなた、商家の方なのでしょう?ご自分が蝶の中に混ざった蛾だって分かっていらっしゃるの?」

 キンキンした意地悪な声音までお手本のようだったが、この嫌味にキアラはおお……と感銘を受けた。

(今のはなかなか独創性のある嫌味なのでは?あとで『悪の語録』に書き留めておきましょう!)

『悪の語録』とは、キアラが悪役の台詞に使えそうな言葉や嫌味の数々を採集したノートである。悪役の台詞はどうも没個性になりがちだと気づいたキアラは、語彙力を高めるために記録をとるようにした。一流の悪女は創造力に富んでいなければならない。コツコツ書き溜めた『悪の語録』は現在三冊目に突入したところだ。

 思わぬ収穫に浮かれ、もっとよく聞こうと場所を移動したキアラは、その拍子に争いの一因である貴族男性とうっかり目が合ってしまった。――その瞬間。


 バチバチバチッ。


 キアラと男性との間に見えぬ火花が散った。

 目を合わせたままかたまった二人は、次の瞬間、ほぼ同時にわざとらしい笑顔を浮かべた。

「おやこれは、キアラ嬢ではありませんか。一瞬誰だか分かりませんでしたよ。顔を忘れかけていましたので。ハハハハ」

 垂れ気味の目を細めてそう言った青年に、キアラも負けじと口を開く。

「ほほほ。お久しぶりですわね、カルヴィン様。こんな所でお会いするなんて」

 ともすると引きつりそうになる笑顔をなんとか上品に保ちつつ、キアラは言葉を続ける。

「それに、こんなお美しい方々に囲まれて、羨ましいことですわね。ああでも、ご婚約はまだなのですよねぇ?もう十六歳で、名家のご子息でいらっしゃるのに。何か問題でも?性格とか」

「ハハハ、モテ過ぎて決められないだけですね。そういうそちらもご婚約はまだでしたね。何か問題でもおありで?」

「まあ、問題なんて何もございませんわよ、ほほほほ」

「ハハハハ」

 突然満面の笑みで嫌味の応酬を始めた二人に、それまで剣悪だった女性達はたじろいで黙ってしまった。お手本令嬢(仮)が戸惑い気味に口を開く。

「あの……カルヴィン様、こちらの方は?」

「ああ、失礼。こちらはベルダリア伯爵の次女、キアラ・モルゴース嬢です。僕の父と彼女の父が仕事で親しくしていたので、幼少の頃から多少の交流がある、というだけのただの他人です」

 そう説明した青年の名はカルヴィン・ロエル、カロイア伯爵家の跡取り息子である。

 ダークブラウンの髪と瞳、かすかにそばかすが浮いてはいるが、それなりに整った顔立ち。見事な刺繍の施された豪奢な服に身を包んだ彼は、名家の子息らしい気品と存在感を放っており、女性達の視線を多く集めている。

 キアラにはまっっっったく理解できないが、教養も地位もあり、容姿も良しときて、カルヴィンは令嬢たちの間でひそかに人気が高いのだそうだ。難点があるとしたら、少々背が低いところだろうか。

 幼馴染の間柄になるキアラとカルヴィンだが、この二人、出会ってから今まで仲が良かった事が一度もない。

 会うたびに嫌味を言わないと気がすまない仲なのである。幼少時は取っ組み合いのケンカまでしたことがあるくらいだ。

 こんな時に会うなんてタイミングが悪い……とキアラが考えていると、カルヴィンがたいそう気の毒そうな声で言った。

「まさか貴方にお会いするとは、僕も思っていませんでしたねぇ。ダンスはあまりお好きでなかったと記憶していますので。昔、ダンスの練習をご一緒した事がありましたけど、よく足を踏まれ……いや失礼、ハハハハ」

 おのれ、このちんちくりんめ。キアラはこめかみがひくついた。

「あらぁ、ありましたかしら?そんなこと。ああでも、エスコートの相手次第で、踊りやすさに天と地ほどの違いがあるのは確かですわねぇ」

「ハハハ、どういう意味でしょうね、ハハハハ。なんならどうです、一曲。まったく気は進みませんが」

「いいですわね、もちろん受けて立ちますとも。ほほほ」

 売られたダンスは買わねばならぬ。

 凶悪な笑顔でダンスホールへ向かう二人を、令嬢たちはぽかんとした表情で見送る。

 火花を散らしながらキアラとカルヴィンは踊り始め、取り残された彼女らは気まずく立ちつくす羽目になったのだった。



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