仕事を辞めた。主人公になる。
とある事件があって仕事を辞めた市川遼一。
焦燥感に駆られる中、夢に出てきた天使とおぼわしき女の子が発した「主人公」という言葉。
人生の主人公は誰なのか、主人公は何をやるのか、どういう人間なのか。
様々なことを考え、行動し、成長していく姿を書ければと思っています。
「この世界ではあなたが主人公ですよ。だから…行ってらっしゃい…」
そう天使は言うと、笑顔で俺を送り出してくれた。
目映い光に包まれ、俺は主人公として生まれ変わる…。
という、盛大な夢オチだった。
朝、いつもの部屋、いつものベッドで俺、市川遼一は目覚めた。
1kの冷蔵庫とテレビとベッドしかないような小さな部屋。
辛うじて射し込む朝日を嫌うようにカーテンをきっちりと閉め、暗くなった部屋で身を起こす。
昨晩独り自分を慰めたせいか、部屋は生臭い匂いに包まれていた。
「仕事……は、そうだ、辞めたんだった…」
未だに抜けない仕事のリズム。
仕事を辞めて約2週間。
目覚ましをセットしていなくても、起きる時間はいつも通り6時。
ベッドから立ち上がり、昨晩のゴミを片付けながらテレビをつけると、ニュース番組の中でキラキラとした面持ちの人達が映る。
「主人公って…ああいうことなのかなぁ…」
ふと、今朝の夢を思い出して独り呟やいてしまう。
皆の注目の的になり、色々なことを発信していく人間は、主人公と言えるのではないか。
我ながら情けないと思いながらも、ああいう感じで天使と出会って、異世界に召喚とか、過去に戻ってやり直しとかできたらいいなと思ってしまう。
そしてその人生では、ちゃんと自分が主人公を演じるのだ。
「ま、そうなっても変わらないか」
諦めに似た感情を吐き出し、くだらないことを考えるのをやめた。
珈琲を淹れ、菓子パンを頬張る。
「今日は…ハロワで書類を提出して…その後どうすっかな…」
仕事をしているときは仕事の疲れをとるための休日、明日からの仕事を乗りきるための休日を過ごしていたから気が付かなかったが、何も予定がない日、そして次の日も仕事がないという日は1日がやたらと長い。
当分仕事はしたくないと思って辞めたのに、最近は何かをやらないとという焦燥感に駆られるようになった。
朝食を終え、汗臭さと生臭さが残った身体をシャワーで洗い流し、ボサボサだった髪を整える。
干してあった白のTシャツと黒のズボンを身に付け、クローゼットからジャケットを取り出してはおった時点で、7時30分。
まだハロワの開始時刻までは1時間ほどある。
「……散歩でもしてくるか」
頭をポリポリとかきながら、鞄と財布、スマホを手にして家を出る。
「主人公……か…」
玄関を開ける直前、ドアノブに手をかけたまま立ち止まる。
「この世界ではあなたが主人公ですよ…」
夢だったというのに、やけに鮮明にそのシーンを思い出せてしまう。
天使のような格好をした彼女は確かにそう言った。
この俺がその世界では主人公なのだと。
24年間生きてきて、どんなときでも役割さえ持てなかった自分がその世界では主人公なのだと。
「そんな世界があるなら…行ってみたいな…」
そんな想いと共に、ドアノブをひねりドアを開け、朝の光へと、いつもと少し違う光へと身を任せるのだった。
ドアを開けて光に包まれた遼一はこれからどうなるんでしょうかね。僕にも分かりません()