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今回は短め。
ベアトリクスが来てから数日が経ち、本日は日曜日。
いつものように早い時間から朝食を作り終え、今日も仕事のある母みゆきに弁当を作る真幸。父一弘は部活の顧問ではないので、毎週日曜日は休み。
一方のベアトリクスも事前調査で日曜日が休日という事は知っており、現在はテレビのリモコンを占領中。
「はい、弁当出来たよ」
「はいよー。んじゃ今日もビシバシ逮捕してきまーっす!」
「「いってらー」」「いってらっしゃいませー」
そして時刻は朝の8時30分。
真幸は台所で洗い物をしており、一弘はリビングのソファに座り新聞を広げる。
その足元にいて、テーブルに胸と肘を乗せつつザッピング中のベアトリクスが、とある番組に目を留める。
「マサユキ、これは?」
「んー?」
画面はアニメ番組になっており、女子高生2人組が仲良く歩いている。
「あー、そのチャンネルならアスタルテかな?」
「あすた……なんですって?」
「望力旋士アスタルテ。同じ時間にやってるプチピュアに対抗して始まった変身ヒロイン物のアニメ。4クールなのに初っ端から視聴率ボロボロでプロデューサーがクビになったって噂。あと3の倍数回がエロ回だったかな」
「よく分かりませんが……15話だそうですよ?」
それを聞いて嫌な予感のしている真幸と、ポーカーフェイスで新聞を読みながら、エロ回と聞き心躍っているダメオヤジな一弘。
なお真幸はアニメオタクという訳ではなく、情報だけは持っているというニワカであり、その情報源はあの鈴木悠児だったりする。
ベアトリクスはアスタルテとプチピュアとを往復し、結果アスタルテを選択。
(ベアトリクスさん空気読んで! 教師と男子高校生の前でエロ回なんて見ないで!)
だがその祈りが届く事は無い。
番組は後半に入り、主人公アスタルテが女子高生姿からスカート付きレオタードに白いメカニカルパーツを纏った戦闘服へと変身。
今回の敵は青い円柱に一つ目で、いくつもの触手をウネウネと操るローパー。
(うわー触手って……あー突っ込んじゃダメだって!)
「おぉー! そこだー! いっけー!」
複雑な心境で無言の応援をする真幸。一方ベアトリクスはかぶりついて見ており、まるでヒーローショーに来た子供のように声を出して応援中。
だが2人の応援むなしくアスタルテはローパーの触手に絡め取られ、体と腕、そして両足を縛られYの字に張り付けられてしまう。更にはその股の間にも触手がコンニチハしており、アスタルテは若干赤面しつつ苦しさで顔が歪む。
触手はなおもウネウネとアスタルテの体を擦り回り、敵幹部の笑い声と共にアスタルテの喘ぎとも取れる悲鳴が上がる。
『くっ……あっ……こ、このままじゃ……ああっ……』
「わ、わわ! マサユキ! エロですよ!」
「あなたが言わないでください!」
「マサユキ!」「知りませんって!」
付き合いきれないと判断した真幸は、洗い物を切り上げ自室へ逃亡。そして一弘も父として教師としての威厳が崩壊しかねないので。ベアトリクスに気付かれないように退室。
その頃番組では、アスタルテの友人女子高生の投石がローパーの目にヒットし、右手の触手が外れた事から一転攻勢。
「おぁー……なるほど、目を狙うのですね。マサユキ! 目を狙って……っていない!?」
『ありがとう、助かった。もう……テメェら許さねーからな!!』
「アスタルテさん、口悪っ! でもわたくしは結構好きかも」
アスタルテは主要武器である2メートルを越すバトルハンマーを振り回し、無事にローパーを撃破、番組はエンディングへ。
結局エロ回を堪能したのはベアトリクスだけで、男2人はその後も気まずくて、お昼までリビングへは近付けなかった。
そんな事があった翌日。
「チッ、まさか授業中に現れるとは。しかもよりによってローパー」
「やられる側にはならないでくださいね?」
「アスタルテで予習済みです……って追加!?」
「囲まれましたね……」
3時間目の授業中だった。教室のドアから黒い霧が入り、それに気付いたベアトリクスが石畳のバトルフィールドを召喚。気付けばやはり何故か真幸も巻き込まれていたのだ。
今回の相手は、前方には緑の円柱に一つ目、4本の黄色い触手をウネらせているローパー。後方には人の顔ほどという小柄な身長に、黒い体に顔だけ健康的な肌色、そして黒い翼を持ち常に浮遊している、三つ又フォーク状の槍を持つ小さな悪魔、その名もミニデビルが2体。
「マサユキ、逃げられますか?」
「持久力は無いので、追われると厳しいかも」
「チッ。……ならば、絶対に離れないで下さい」
2体のミニデビルはキキキと奇妙な笑い声を上げ、左右に体を振りけん制。一方ローパーは体と触手をウネウネとさせたまま、こちらの様子を伺っている。
(チッ、後ろがチラチラと煩くて集中できない)
「来た!」
真幸の声に、ローパーから目を離すベアトリクス。
しかしその声は真幸を真似たミニデビルのものであり、それに気付いたベアトリクスが振り返れば、そこにはローパーの触手が!
だがそんな場合でも冷静な真幸(本物)は、自身が倒れ込む力でベアトリクスの腕を強く引っ張り、この触手攻撃をギリギリで回避。ベアトリクスは姿勢が若干崩れながらも片腕で剣を振り、ローパーの触手を2本切断してみせた。
だがローパーの触手はまだ2本残っており、それを回避しようと一歩後退したベアトリクスが、なんと倒れ込んでいた真幸の背中を踏んでしまう。
動きが一瞬止まり、そのせいで剣を持ったまま両手首をひとまとめに縛り上げられてしまうベアトリクスと、なおも左足で踏まれたままの真幸。
「お、おも……くはないです……」
「チッ! 余裕あり過ぎですマサユキは!」
(でも、早く避けて。僕にそういう趣味ない……)
「って後ろ!」
「チィッ!」
ベアトリクスは大股を開き真幸を跨ぎ、腰を落とし全体重を左足に掛けつつ反時計回りに触手を思い切り引っ張り、ローパーごと振り回した!
「ぅおおおるぁああっ!!」
(雄叫び!?)
ベアトリクスの声に驚く真幸。
この振り回したローパーが1体のミニデビルに直撃し、触手が外れ諸共吹っ飛んだ。
残ったミニデビルは槍を構え突っ込んできたが、ベアトリクスは既に姿勢を戻しており、これを難なくカウンターで撃破し、残り2体。
ベアトリクスが避けたので真幸も立ち上がり、ベアトリクスの雄叫びに驚いた事がバレないように平静を装う。
「あと2体ですね」
「……失念していた事がありました。このバトルフィールドには、ダメージになるほどの石がないのです」
「え? 石? 何が?」
困惑する真幸を置いてベアトリクスは、触手をバネのように使い大きく跳ねながら向かってきたローパーに、一気に肉薄し一刀両断。跳ねていたのでローパーの隙が大きくなり、その隙をしっかり狙ったのだ。
残りミニデビル1体。
ミニデビルは最後の抵抗として高く飛び上がり、真幸へと急降下、特攻を仕掛けた!
構わずベアトリクスが指をパチンと鳴らす。するとミニデビルの周囲に、手の平サイズのごく小規模な爆発が3度起こり、ミニデビルが力なく落下。
「……魔法?」
「魔術です。空気中の塵を錬金術の要領で火薬に書き換え、指を鳴らす事で着火したのです。これでも小声で詠唱していたのですよ」
「いやぁ……さすがです」
感心する真幸に背を向け、瀕死のミニデビルへと歩み寄るベアトリクス。床に這いつくばるミニデビルに剣を向け、ベアトリクスはこう一言。
「魔王ベータに伝えなさい。授業中は襲ってくるなと!」
真幸とミニデビルが同時に(え、そっち?)と思った。
しかし見逃されたと理解したミニデビルは、現れた時と同じ黒い渦を召喚し、その中へと消え、戦闘は終了。
しかし真幸にもベアトリクスにも、お互い言いたい事があるので、バトルフィールドはまだ顕現したまま。
「ベアトリクスさん……まずは怪我ありませんか? 特に手首」
「強く締められたので赤くはなると思いますが、捻ったりなどはしていませんのでご心配なく。マサユキこそ、踏んでしまいましたが大丈夫でしたか?」
「これでも男の子なので大丈夫です」
ベアトリクスを安心させるために笑顔を見せる真幸。
しかしベアトリクスは不機嫌そうな表情のまま。
「男の子ですか。ではその男の子がわたくしに跨がれたご感想は?」
「えっ……と、見てませんよ。誓って見てません。というかブーツがめり込んで結構痛くて、そっちにしか頭が行ってませんでした」
「……そうですか。失礼致しました」
不機嫌そうな表情はそのままだが、雰囲気から刺々しさが消え、溜め息をつくベアトリクス。
「あ、戻す前に僕からも。さっき授業中には襲うなって言ってましたけど、もう来るなって言うべきだったんじゃないですか?」
「もう来るなと言って『はいそうですか』となる魔王ならば、マサユキは命を狙われなどしません。しかしわたくしの知る限り、魔王ベータはある程度の譲歩はする人物ですので、せめて授業中は集中させろとした訳です」
「へえ。ならば納得しました」
「では解除しますね。戻っても5秒ほどは時間が停止されますので、その間に席に座って下さいませ」
「分かりました」
そしてバトルフィールドが砂のように崩れ、教室へと戻る2人。
しかし真幸の不幸が、ここが狙い目とばかりに真幸を転倒させた。
無常にも時が動き出し、何故かいきなり転んでいる真幸は、周囲から大笑いされるのだった。
お昼休み。
またも悠児と一緒に、中庭のベンチに座りお弁当を広げる。なお真幸のお弁当はひっくり返っている。
「あ、そーだ。さっき何かあったのか? 真幸いきなりコケてただろ」
「うん。3対1だった。ローパーとミニデビル? それが2体」
「うへぇ~」
するとベアトリクスが箸を置いて一旦立ち上がり、真幸に対し頭を下げた。
「マサユキ。あなたの体を張った機転がなければ、今頃わたくしは張り付けにされたまま、マサユキが命を落とし世界が闇に飲まれるのを、ただ見ているだけしかできなかったでしょう……。マサユキ、今回は本当に感謝致します」
「いいですって。命を助けられてるのは僕なんですから、これからは軽く『ありがとう』で構いませんから」
「……分かりました。では今後はそのように致します」
小さく微笑んで、改めてベンチに座るベアトリクス。
その会話で、悠児もおおよそ何があったのかを想像できた。
そして想像できたおかげで、エロ妄想にも繋がった。
「なーなーな! もしかしてベアさん、触手プレイ食らったの!?」
「手首だけです! アスタルテで学んでおいて正解でしたよ、全く」
鼻の下が伸びている悠児だが、アスタルテと聞いて顔色が変わった。
「アスタルテって、あのアスタルテ?」
答えたのは真幸。
「そう。あのアスタルテ。昨日なんてかぶりついて見てたんだから。ベアトリクスさん、僕の知識は悠児から来てるんですよ」
「あら、そうなのですか? 失礼ながら、全く似合いませんね」
「ひでぇ直球投げられた! っても俺も似合わないのは自覚してるけど。俺これでもインドア派なんだよ。マンガ読んでアニメ見てゲームしてってさ。だから運動系の部活には入りたくねーんだけど、現時点で全部の運動系から誘われてる」
「……そんな方が、何故アスタルテを?」
この質問には、真幸も悠児も微妙な表情。
「聞いてはいけない質問のようですね。失礼致しました」
「いや、いいよ。アスタルテの偽名って水畑なえなんだけど、俺の元カノもなんだよ」
「元カノ、という事は……申し訳ございませんでしたっ!」
「あっはは! いいって。綺麗に別れたし、友達に戻っただけだから」
焦り謝罪するベアトリクスに、笑ってしまう悠児。
その頃真幸は、ミニトマトを地面に落とし洗いに行き、蛇口が壊れて頭から水をかぶっていた。
そして――。
「みぃつけた……ふふふ……」
遠くからずぶ濡れの真幸に微笑む、何者か――。
※別作品にも書いたんですが、2月中は大幅に投稿ペースが落ちます。もしかしたら1~2話の投稿で終わるかも。