忍術
「たっくんーうちがきたでー」
部屋で今日あったことを皆に話しているとワンピースにジャケットを着たタガグロが
大量の荷物を抱えて部屋に入ってくる。
「あれ?どうしたの?」
「この部屋広いやんか?寝室も一杯あるしー」
「うん」
「使節団の皆帰っちゃって寂しなったから、ここに間借りさせてもらうわ!!」
と言うが早いか、タガグロは空いている寝室を目ざとく見つけて
荷物を入れ始めた。その様子を皆で眺める。
「まぁ、常に近くに居たほうが情報伝達も早いですし
色々と良いかもしれませんね」
とアルデハイトが微笑みながら俺に頷く。
ほとんどシェアハウスの様相を呈し始めた元スウィートルームで
俺たちは皆に挨拶をしたタガグロも交えて、明日からの予定を話し合い始める。
まずは白い布に包まれた二メートルほどの長い棒状の物体をもったタガグロが
「約束の双雷槍バルヌウスなー。どうぞ」
と俺に投げ渡す。布の下の穂先が幅広いことが分かるその槍を
皆に当たらないように上手く両手でキャッチしながら訊く。
「白い布とってもいい?」
「いんや。今はやめとき。サーニャちゃんはこっちの金髪の美女?」
「美女かはわからないですが、私です」
とサーニャが顔を赤らめながら答えて、俺はサーニャに
布に包まれた槍を渡して、握らせる。
「……"穢れ"がない、機械槍みたい……」
「あ、俺も握ったときちょっとそう思ったわ……」
「ああ、彗星剣も双雷槍も
武器のランク的には八宝の一個上やで」
と立ち上がったタガグロはあっさり言って、冷蔵庫の中から冷えた水に
胸元から出した白い粉を少しまぶして、口をつける。
「それは……?」
と興味深そうな顔をして聞くアルデハイトに
「塩やらミネラルやらを混ぜた粉よ。危ないものじゃないで。飲む?」
「そのうちお願いします。今はお腹が一杯なので」
「うふふ。でな」
と座ったタガグロは再び話し出す。
「八宝はリスクが高い代わりに、尖った調整されてるのは知ってるやろ?」
確かに獄炎剣も機械槍も武器というより殲滅兵器に近かった。
「そっからリスク引いた分、性能落ちたけど
壊れにくくて常時使いやすいのが、その壁に立てかけてある彗星剣や、この双雷槍やで」
「つまり攻撃能力自体は八宝より低いが、
トータルで見ると性能が上なので、格上に分類されると?」
「そそそ!!うちが言いたいことはそれや!!アルちゃんやっぱり頭ええなぁ」
アルデハイトは照れくさそうに口を閉じた。
完全にタガグロペースで話は進み始める。にゃからんてぃは
さりげなくタガグロの懐に収まって寝始めた。マイカは機嫌良さそうにその様子を眺める。
ライーザは時々髪をくしゃくしゃとかきながら、興味深そうに黙って聞いている。
「でで、明日には、中央山外に待機している五十万以上の軍団が
北上し始めるんやろ?」
「そうですね。北部の第一王子領との境界付近にはすでに増援含めて七万の
ローレシアン軍精鋭と三人の八宝使用者が詰めているので
おそらくは六十万近い大軍団になるかと……」
「でも、聞いたところによると魔族は正規軍で七千もいるんやろ?」
「モルシュタイン閣下も怒りを漲らせて待機しているようです」
「正面衝突したら、タカユキ様以外殆ど死ぬなぁ……」
「だから、如何にして、その数を脅しに使うかを我々は考えました」
とアルデハイトはマイカの目を見て、大老ミイと
予め打ち合わせていた作戦を語り始める。
「国王領の北側境界線付近にマルグ平野と言う広大な平地があります」
「……そこに……ずらっと……横に……全軍を並べる……」
「ふむふむ」
「もちろん脅しです。魔族軍に見せる以上の効果はありません」
「……それ見た……魔族本国……監察官が……まず戦い……止める」
「できるん?」
「これは間違いありません。いかに魔族から見てタカユキ様以外が
六十万の烏合の衆だとしても……失礼……私はそうは思っていませんが……
一斉に襲い掛かられると、七千のうちの数百人は犠牲を覚悟しなければならないでしょう」
「さらに、予め全体の数の情報は入っていると思いますが、
直接見て、その数の多さと威圧感に驚いた、戦場の素人の監察官は腰を抜かして、
本国へ逃げ帰り、政府へと報告します」
「うーん、そうなるか。確かに長いこと、魔族は本格的な戦争してないからなぁ」
タガグロが納得しながら唸る。
「……すぐに……臨時国会……開かれる……」
「おお、ええね」
「最低でも五日は足止めされます。その間に、タカユキ様には、
恐らく堪忍袋の緒が切れて、個人的な決闘を挑まれるはずの
モルシュタイン閣下を退けて頂いて、そして退けたモルシュタイン閣下に
セイさんの返還をもちかけて、軍ごと魔族国まで撤退の流れにしてもらいます」
「その後は、ゆるゆると様子見ながら、大軍を北上させて、
裏切った第一王子を折檻するわけやね。上手い流れやなぁ」
「その通りです。上手く行くはずです」
マイカが俺を見つめて言う。
「……タカユキ様……」
「なんだマイカ」
「ミシェルと……ミャグル・マ・ナンキ……参戦無理?……それら居れば……勝ち確定……」
「ダメだろうな……ミシェルさんなんか、むしろミャグルに
ローレシアン王国滅ぼせと嗾けてたくらいだからな……」
顔を右手で押さえたアルデハイトが恥ずかしそうに
「おばさんらしいです……本心ではないと思うので、お気になさらぬように……」
と俺にフォローしてきたので、頷いた。
「ミャグルは何か絵描いたり彫刻彫ったりするのに忙しいみたいなことを
ミシェルさんが説教のときに言ってたわ」
「あの竜は……暢気で気まぐれで有名ですからね……暇を持て余して芸術家の真似をしています」
「竜の芸術家!?会ってみたい!!たっくん戦い終わったら行こうなぁ」
いきなりテンション上がったタガグロが俺の手を握って飛び跳ねる。
「いいよ。でもまずはモルシュタインを何とかしないと」
「全体の戦術より、そっちの方が問題ですね」
「ん?にゃかを肩に乗せたたっくんと、その槍もったサーニャちゃんと
あと、うちで何とかなるんやないの?」
タガグロは何でもないことのように言って、俺たちは呆然とタガグロを見つめる。
「全盛期のスガ様に、少し劣る程ですよ?魔族最強ですよ?」
「そうなん?だいぶ耄碌してるてマーキィーからは聞いたで?」
アルデハイトは唖然とした顔でタガグロを眺める。
「……とりあえず……今日は……寝よう……夜遅くなった……」
「この子、けっこう強いよ。信用していいと思う」
今まで黙っていたライーザがタガグロを見て、口を開いて、
そのまま扉を開けて部屋を出て行った。
「会うの二度目やけど、やっぱ瞬きのライーザさんかっこええなぁ」
タガグロは憧れの目でライーザの歩いて行った先を見つめる。
「そう言えば、アルナは?」
「……もう……私の部屋で……寝てる……いくぞ……サーニャ……」
白い布に包まれた双雷槍を手にもったマイカが
心なしか頬を赤らめたサーニャの手を引いて、
いつのまにかマイカの自室にされている寝室の一つへと去って行った。
三人残った俺たちは
とりあえずタガグロにどんな武術を修めたか聞いてみる。
「うちさ。身体ちっこいやんか」
「水棲族にしてはそうですね」
「な。だからな、素早さを基調にして立ち回れって教わったのよ」
「そうなんだ」
「そそ。でさ、たっくんは意識の底でスガ様と戦ったことある?」
「あるよ。でたらめに強かった。実力差ありすぎて、最後は武器捨てられたわ」
「ええなー。……いや、それはええとしてな。
分身してなかった?あれはこの星では、うちら海底連邦の技なんやけど」
「してた……ってかそうなの?」
「うん。"忍術"言うてな。何かスガ様の元居た世界の国発祥なんやけど
どういうわけかうちらの秘伝として伝わってたんよ」
ということは日本か……日本発祥の忍術ってまさかあれか……
手裏剣投げたり屋根の上を走ったり
敵大名や悪代官を暗殺したり、畳返ししたりするあれか。
「複雑な話ですね……」
「そやろ?何かコウガ家とかイガ家とかの忍術の名家の相の子で生まれた
天才児の人間が、なぜか遥か昔にうちらの水棲族の国に流れ着いててな。
秘伝としてずっと残ってたんやけど、なんせうちらって私以外戦う人らは大きいやろ?
俊敏さが必要なこの武術を、誰も使えんでなぁ」
「使節団で来られていたマーキィー・ベイシャ様が、小柄なほうですからね。
水中で成長するので、戦士系の方たちは特に発育いいですもんね」
あの三メートル近いのが小さい方なのか……いや、確かにリグはもっと大きかったな……。
「そうなんよ。ま、うちは、特別小さいお陰で他種族に紛れられるから
今はこの身体に感謝してるけどな」
たしかに人間としてみれば普通の女性のサイズである。
「でで。まぁ、長いこと使う人いなかったんやけど、
スガ様が世界探索している途中で、海底連邦の辺境に残った忍術の秘伝書を見つけて
自分も習得するついでに、それを我が国に、
マイナーやけど、正式に武道として残してくれたのよ」
「それで忍術の中から分身を覚えたと……」
話の内容を先読みしたアルデハイトが恐る恐る言う。
「そゆこと。たっくんにも時間あるとき教えるわ。コツさえ掴めば簡単やで。
残像残しながら移動するだけや。一人五役するイメージやね」
「いや、何かダガグロがすげぇことは分かった……あと菅も……」
「たしかに……」
「そうかなぁ。うちは出来が悪いってばかり言われて育ったから
あんまり実感わかんけどなぁ」
と言いながら、胸元から短いナイフを二本取り出す。
「これうちが、忍術で戦うとき使うんやけど、こっちが"斬影"こっちが"流れ朧"で
たっくんやサーニャちゃんたちの彗星剣とかと同じランクの武器やね」
皮製の鞘から抜くと、黒光りする刀身の短剣と、冷たい雰囲気の蒼い刀身の短剣だ。
「それはどこから?」
「国宝収めた帝都の大倉庫から拝借してきたわ。
うち以外には小さすぎて、どうせ他に使える人おらんからええやろ」
アルデハイトはタガグロの二本の短剣を見つめる。
「いけるかもしれませんね……」
「やろ?そやろ?みんなでかかれば、耄碌した魔族くらいわけないで」
ダガグロは嬉しそうに鞘に収めた二本の短剣を再び胸元に収める。
「さ、水浴びして、美容液つけたら寝るかぁ」
満足気なダガグロが寝ているにゃからんてぃをソファに降ろすと
立ち上がって、寝室へと入り、小さなバックを抱えて
洗面所の中へと入っていく。
俺はテーブルに並べられた食べ物をぼうっとしながら食べる。
しかし、いくらなんでも一日が濃すぎである。
ゴブリンやオークたちの大移動をミシェルさんにどやされたり
ドラゴンに見つめられたりしながら身体を使って手伝って、
何とか収めて帰ってきたら、今度は新事実だらけの話を聞かせられた。
驚くことが多すぎて感覚が磨耗しそうである。
とりあえず、そこそこ食べられたので、
俺も歯を磨いたりしようと思ってバスルームが併設された
広い洗面所に入る。
広いバスタブのあるバスルームの中から「使ってるからなぁ。覗かんでよー」
という水浴びをしているタガグロの声が響く。
「おっけー。顔とか洗ったら出て行って、寝るよ」
「たっくんかー、なら覗いてもいいでー?水浴びしている人魚の尾ひれが見れますわよ」
どうやらタガグロの言う『足の擬装』を解いて、
尾ひれを出して、水浴びをしているようだ。
「やめてくれ。もう女難は散々味わったからな……」
「あははっ、人間の女の子は積極的やから、そやろねぇ」
とタガグロはケラケラ笑う。
「美射ちゃん怖いから、別に見んでもええよー」
タガグロは女友達として、ちょうど良い距離感でいいな。
と思いながら歯を磨いて、顔を洗い、洗面所から出る。
この部屋は水も豊富だから、タガグロも過ごし易いかもしれないな。
と思いながら、ソファに座って優雅にひとりワインを飲んでいる
アルデハイトに「寝るわ。何かあったら起こしてくれよ」
と言付けて、頷くアルデハイトを背中越しに感じながら
寝室に入って、着替え、ベッドに入って目を閉じた。
……
「どもども」
「うわっ、ビックリした」
気付いたら俺は高校の校舎の屋上に居る。
隣にはツインテール姿で夏服のセーラー姿の美射が座っている。
「ビックリしないでよー」
「いや、何か数々のデートの悪夢が……」
「えー地球に帰ったらあの千倍はいくのよ?」
「……お前とのデートで人生終わりそうだな」
「まま、それはいいとしてさー」
「うん」
「明日は決戦だねー」
「そうだな」
「……気をつけて……思ったようにはいかないわよ……」
「……?」
「そうとしか言えないわ。これ以上干渉すると
ルール違反になるからね……」
寂しそうな美射の横顔を見ながら、俺は
気になっていたことを訊いてみる。
「この夢のお前って、本物のお前なの?」
「……どうだろ……空や宇宙のさー……」
「うん……?」
「空の色や雲の形や、星の位置の変化があっても
それは全体から見たら些細なことでしょ?」
「……話がわからんが」
「但馬が言っているのはそういうことだよ」
「なんかのポエム?」
「うふふっ。知ーらないっ」
スカートの裾を翻して美射は立ち上がり、
屋上の安全柵がある端まで駆けて行く。
俺もゆっくり立ち上がり、その背中を追う。
「ここでは夏だけど、今冬なんだよね」
「そうだな。明日雪降らないといいがな」
「……それだけは止めとこうか……本当はズルだけどね」
「できんの!?」
「気圧配置の関係的にちょっと弄れば、雪雲散らせそうだなぁ」
「どうやって?」
「ふふっ。でも但馬はもう、そのやり方を知ってるよ」
「いやいやいや、気象変化なんかできないから」
「そうだね、まだ早いね。でもいつかはね」
「まてまてまてまてまて、できたとしてもそれは生き物としてどうなのよ……」
「頭固いなぁ。理性ある善意の力なら、いくら大きくったって大丈夫だって」
「……ま、まあ、とにかく、お前と会えてよかったわ
でも、またしばらくは来れないんだろ?」
「いーや!これからも定期的に夢に会いにきますからねーっ。
タガグロちゃんによろしくねーっ」
舌を出してアッカンベェーした美射は俺の前から消えた。
美射も寂しいのかな……いや、というかまだ意識の底で別れてから
数日しか経ってないから、寂しいも何もないような気が……
いや、俺はここ数日が濃すぎて、もう一ヶ月くらい経った気はしてるが……。
そんなことたちがおぼろげに頭を過ぎりながら
俺は目を開ける。平和な早朝の寝室の天井だ。
今日は決戦に向かう日である。




