調印式
自室と高級士官用の食堂は近いので、
案内は要らないということで、調印式の時間が近いタガグロとは別れて
俺の自室に向かう。
食堂から出るとすぐににゃからんてぃは姿を現した。
「便利っすねー」
「ぐぬぬ……兄さんの肩を取られているのは悔しいが……守ってくれるならばしかたない」
ミーシャは謎の納得をする。
サーニャ……自業自得とは言え、正気だったらいいんだが……。と心配しながら
部屋のドアを開けると、普通にソファに座ったサーニャとマイカが並んで談笑していた。
「……朝食……食べたか……」
と冷蔵庫から取り出したらしいジュースを飲みながらマイカが微笑む。
いや、え……ちょっと……あれ?
「サーニャさん大丈夫だった?」
と訊いてみても
「なんのことですか?私はずっとマイカ様と喋っていただけですけど」
と首を傾げる。というかマイカ"様"って……。
洗脳した上に催眠術で記憶を消したのか……。
立ち尽くして何とも言えない顔をしている俺に、アルデハイトが
「必要悪と言う言葉があります……今がそれです」
と耳元で囁いて、俺の背中を叩いて、テーブルを挟んで反対側のソファに座る。
「タカユキ様の付近に新たな人、そして戦力が集まってきたので
自然と、人員や人間関係の整理が進んでますね」
とアルデハイトはマイカに話しかける。
俺もアルデハイトの隣に座って、向こうに座るサーニャを注意深く観察する。
俺の肩から降りたにゃからんてぃは欠伸をしながら、ソファの上で丸まってしまった。
ジャンガスたちはさっそく着替えて、鞘に入った剣をもって廊下へと出て行った。
「……そろそろ……いい時期……タカユキ様……女難の鎖から……解き放たれる……」
「さすが、わかってらっしゃる。大老ミイも仰っていましたが
決戦と、そして新たな旅立ちの前に、後顧の憂いは必要ありません」
「お前ら、何とも客観的だな……」
物事を俯瞰的に見すぎである。サーニャはさっきから妙に大人しい。
基本的にニコニコしているが、時々気付いたように
真っ赤な顔で隣のマイカを上目遣いで見つめる。
……何となく感づいたことはあるが、見ないふりをしつつ
俺はマイカから、ローレシアン中央城の構造を精密に書き記した地図を貰う。
「……これ……覚えろ……そしたら……城行き来……自由……」
「ありがとう。宣言通りに早めに覚えるわ」
「……前向き……いいこと……頑張れ……」
マイカは髪の毛を揺らして、微笑んだ。そして部屋のドアを見て
「ああ……来る……このままだと……調印式揉める……」
と顔を顰めた。その言葉に気付いたアルデハイトも
「大国間の同盟の調印が、すんなり行くわけはないですか……」
と厳しい顔をして立ち上がり、俺を立つように促して近づいて
埃を掃い、襟を直してくれて、見た目を整える。
すると、ドアの外から兵士の声が響く
「タジマ様!!至急調印式に出席してほしいとの大老ミイ様からのご要望です!!」
「分かりました!!先に戻ってすぐに行くとお伝えください!!」
俺はドアを開けずに部屋の中から、大声で伝える。
「ありがとうございます!!直ちに伝えます!!」
と兵士は走り去って行った。
「魔族の私は居ない方がいいかと」
と俺の見た目を整え終えたアルデハイトは言いながら
マイカとサーニャに「あとは任せました」と告げて
冷蔵庫から冷えたお茶の入ったコップを出して
ソファに優雅に座りなおす。
「……うむ……行こうか……タカユキ様は……霊刀と……彗星剣もっていけ……」
「はい、マイカ様……」
と、いつの間にか主従関係になってしまった二人が俺を促して
壁に立てかけていた霊刀シュガヌーンを手に取り、廊下に二人と出ると
外で素振りをしているミーシャに話しかけられる。
「兄さんどこいくのーっ!?」
「調印式が揉めてるっぽいから助けてくる。あ、彗星剣渡して貰える?」
と素振りに使われていた彗星剣をミーシャから受け取りながら
フロアの端の隠しエレベーターに進む。
「頑張ってー!!」
「がんばっすよ!!」
と二人から声をかけられながら、
スッと後から入ってきたにゃからんてぃを入れた
エレベーターの扉は閉まり
そして女王ミサキの居る執務室に上昇し始めた。
にゃからんてぃは俺の肩の上によじ登る。
執務室の前の通路に出ると、室内から大きな怒声が響く。
「おまんら、わしらを散々馬鹿にしといてそれはねえやろが!!」
「それはもう終わった話じゃと言うておるだろが!!」
「マーキィー落ち着いてや!!大老ザルグバイン様も収めてください!!」
ザルグバインと、もう一人のしわがれ声の男が大声で揉めていて
それをタガグロが必死に抑えているようだ。
ドアを開けて、執務室に入ると
軍服を着た大老ミイに押さえられた虹色の鎧姿の巨体のザルグバインと、
ドレスを着たタガグロに押さえられた真っ赤なタコのような顔をした
何本も手がある鎧を着た水棲族が睨みあっていた。
天井が高い執務室なので何とか入っているが、マーキィーと呼ばれたタコ男も
三メートル近い大男だ。その周囲を女王ミサキや
肌の青い水棲族の人間型の人たちや、魚の頭に人の顔がついた
人たち、そしてローレシアンの高官たちがオロオロと動き回っている。
「……うむ……豪将マーキィー・ベイシャ……ベイシャ族一……ツワモノ……」
とマイカは、俺に教えてくれる。
えーと、確かベイシャ一族は流れ人の家系だったよな。
始祖はスウォームル・ベイシャで俺が意識の底で戦った相手だ。
つまりローレシアンにとっての、スガ家みたいなもんか。
「あ!!たっくん、何とかしてや~老人二人が頑固でなぁ~」
「誰が年寄りじゃ!!」「まだ若いわ!!小娘が!!」
困り顔のダガグロの背中から巨体の老人たちが一喝して
驚いたダガグロは横にパッと飛び退く。
そして、俺は巨体の老人たちから見下ろされることになった。
「……あ、どうも、流れ人のタジマ・タカユキと言います……」
と時が止まったように、俺の方を見ている全員に挨拶する。
「……タカユキ様のメイドの……マイカだ……よろしくな……こいつは……」
「ローレシアン国軍のサーニャ中佐です」
ついでに何故か、マイカとサーニャも皆に挨拶した。
マーキィーは恐ろしい形相についた二つの瞳の瞳孔を萎めて、
にゃからんてぃを肩に乗せた俺の顔を見つめる。
そして腰に帯刀した彗星剣と、背中に挿した霊刀に目を細める。
「……あんたが……スウォームル様の回顧録に載っている、タジマ様かね」
マーキィーは顔の赤みを多少減らして、俺に話しかける。
「……ええ、確かに手合わせさせてもらいました。回顧録のことは知らないですけど」
「意識の底か……若いころは、どうしても行きたかったが、
とうとう俺には縁が無かったでなぁ……その式神や、この小娘ともそこで知りおうたんやろ?」
「はい……そうですけど……」
「そうか……もう時代は変わるのか……なぁ、ザルグバインや」
「何だタコ野郎」
「……今はそれ許すわ。俺らの時代は、ようやく終わったみたいやな……」
と言いながら、何かを悟ったマーキィーは巨体を床に座り込ませる。
ザルグバインも力を抜いて、座り込み兜を脱いで、マーキィーに話しかける。
「瞬きのライーザをタカユキ様が、冥界から連れ帰ったのは知っているか……」
「おまん、なしてそれをはよ言わん!?後で会わせえや」
「ああ。お前だろう?彼女を東部大陸に連れて行ったのは。
スガ様は、そのようにずっと推測なされて、晩年悔やまれていたぞ」
「ああ……惚れてしもてなぁ。もう言いなりよ。
一応止めたんやで?でもライーザちゃん全然聞かんでな……」
二人はすっかり落ち着いて、昔話を始めた。
大老ミイはその機を逃さずにテキパキと、調印式を進め始める。
俺は、襟を整えなおした両国の高官たちが、
調印式の手順をスムーズに進めていくのを、邪魔をしないように
部屋の端でマイカたちと立って眺める。
一時間ほどすると、女王ミサキと大老ミイが笑顔で力強く握手を交わし
相変わらず話し込んでいる巨体の老人二人以外が、二人に向けて大きな拍手をした。
俺たちも部屋の隅で小さく拍手をする。良かった……無事に終わったようだ。
俺を横目で見ては、小さく頭を下げていきながら、
ゾロゾロと部屋を出て行く両国の高官たちに、礼を細かく返していると
最後に部屋に残ったのは、女王ミサキと親しげに話し込むタガグロと
爆笑しながら昔話をする巨体の老人二人と、それに俺たち三人だけになった。
「帰ろうか」
「……うむ……サーニャはどうする?……」
「ザルグバイン様と、一段目の戦後復興についての打ち合わせがあるので。ここで」
「……よかろう……夜はタカユキ様ではなく……私の寝室に来い……」
「はい……マイカ様」
サーニャは顔を赤らめて、俺たちと別れた。
俺は談笑している人たちを邪魔しないように、
そっとマイカと共に扉を開けて部屋を出て行く。
通路を歩きながら、
「……サーニャさん、本当に大丈夫なんだろうな?」
とマイカに念を押す。催眠術だけじゃないだろ、あの感じは……。
何か色々とやばい領域に入っている気がしないでもない。
マイカは隠しエレベーターのボタンを押しながら
「……うむ……初のシモベ……大事する……壊さない……」
と微妙に答えを誤魔化した。
「頼むぞ……本当……」
「……おけおけ……任せておけ……」
俺たちはエレベーターに二人で乗って、俺の自室へと戻る。
エレベーターから廊下に出ると、廊下で素振りするジャンガスに
型を教えていたミーシャが
「兄さんーっ!その木刀と彗星剣貸してー!!」
とサッと駆け寄ってきて、俺の腰と背中から器用に二本の剣を取り去って
ジャンガスの所へもっていく。そして二人は鞘に入った彗星剣と霊刀で素振りを始めた。
うん……二本とも結構由緒正しい剣なんだけどね……。
いや、まあいいか……と思いながら、俺がマイカと部屋に入ると
リビングのソファで、アルデハイトがライーザと話し込んでいる所だった。
「ちょうどよいところに」
と振り向いたアルデハイトは俺たちに話しかける。
「ライーザさんが、女王執務室に行ってもいよいかと訊かれてますよ?
昔馴染みの匂いがするそうです」
「マイカ、どうかな?」
「……すごく……良いと思う……幽鬼だから……一人でも……匂いで辿れるだろう……」
「マイカがいいって言ってるから、俺もそれを信じるわ」
「とのことです。さっそく会いに行くのはどうですか?」
「ありがとうございます。行ってきます」
真っ黒なロングカーディガン姿のライーザは短く答えると風のように
部屋から出て行った。
「……これで……海底連邦と……絆……深まった……」
マイカはソファに座りながら言う。
「少なくとも後ろから刺されるようなことは、もうありませんね」
「……うむ……タカユキ様の……周囲も整理したし……
……国内の兵団は大老ミイが纏める……あとは……」
「下等生物どもの兵団をタカユキ様と私が、北へと先導するくらいですか」
アルデハイトが顔を顰めながら言う。
「……うむ……それには……アルデハイト……必要……」
「飛ばなければ、移動時間のロスが大きいですからね。
仕方ありませんね。補佐も必要でしようし」
とアルデハイトはやる気無く立ち上がった。
「……関所の通行や……兵団への補給は……大老ミイに……言っておく……」
マイカも立ち上がり、すぐに部屋を出て行った。
「え?もうやんの?」
「早いほうがいいでしょう。午後には国王領全体に各地の兵団が溢れますから。
下等生物どもには、迂回路を取らせて、混乱を避けなければなりません」
「通行許可の旗はゴンドラに巻きつけちゃったけど、飛んで大丈夫?」
「スペアも何枚か貰っていますよ。大老ミイは思ってたより
視野が遥かに広い人のようです」
「そうか……」
最初は人間を馬鹿にしていたアルデハイトも最近は差別意識がなくなってきた。
それどころか人間を褒める事が多くなっている。
人間社会に慣れてきて、その多様性を知って丸くなってきたのだろうか。
そんなことを考えながら、アルデハイトと廊下に出た俺は
素振りをしているミーシャたちから彗星剣だけ受け取って
「ちょっと飛んでいって、ゴブリンとオークたちの兵団を先導してくるわ
午後には戻るつもり。なんかあったらマイカとタガグロを頼ってくれ」
とついでに言付ける。
こうやって、一言言っておくだけで、
俺の行き先が分からなくて混乱することが防げるはずだ。
にゃからんてぃは、ミーシャの肩の上に飛び乗ってスルリと収まった。
今回は留守番したいらしい。
旗を紐で自分の身体に括りつけたアルデハイトとその腕に
自分の腕を縛りつけた俺は、自室の窓から二人で飛び降りる。
即座に翼を広げたアルデハイトが、ぶら下がる俺と共に
晴れた冬の午前の空へと上昇していく。
ゴブリンとオークの兵団が居る南東側に向かって飛びながら
「ところで、セミーラとミノってどうなったの?」
とアルデハイトに尋ねてみる。
「……それを私に聞きますか……」
と若干やる気がそがれた声でアルデハイトは
「結婚した二人は、生まれたばかりの十二人の子供を育てながら、
中央山三段目で元気にやっているようですよ」
と答えた。
「……!?子供できんの?というか十二人て……」
この間、ミノに会った時は一言も教えてくれなかったのは、照れくさかったからか。
それとも忙しい俺に気を使ってくれたのだろうか……。
「詳しく話すと長くなりますが、下等生物どもは人工的に創られたという説があるんですよ」
「……それも初めて聞いた気がする」
「そしてその説は、やつらのベースは人間であったのではないかと説いています」
「その根拠が、下等生物どもは人間との相の子を残せるからです」
「それにしても十二人は多くないか?」
「他種族基準で言うと、間違いなくそうですね。
大体オークは妊娠して半ラグヌス(年)弱で出産します。
そして一回の出産で三体から十五体一気に生みます。生む個体の生命力が強いほど
数が多いそうです。ゴブリンも似たようなものです」
アルデハイトはめんどくさそうに説明する。
「元首領のセミーラは強いから、子供が多いのか。でもそんなんだと……」
「世界が下等生物だらけになるのでは?という疑問ですか」
「そうだな。物凄い増えるはずだろ」
「やつ等は寿命が人間の半分なんですよ。そして病気にも弱いです。
さらに殆どの個体は、知能が低いので長生きできません」
「思うように増えないのか……」
「そして一生のうちで出産できるのは一回です。
一気に大量に生むので子宮や子宮口がもたないからです」
「結構、過酷なんだな。もっと生命力に溢れていると思ってた」
「ふっ。下等生物どもに同情は無用ですよ。
人間の血が入った相の子はそれなりに強いですし賢いです。
おそらくセミーラも、人間との相の子ではないかと思われます」
「それで、他オークより、人に近い姿してたのか……」
「まぁ、どうでもいいですけどね。これらの知識も忘れたいくらいです」
とアルデハイトは吐き捨てて、晴れた冬空の下、南へと飛行を続ける。




