朝食
気持ちの良い目覚めだ。
なんか生まれ変わったような気分すらする。
無理やり身体に擦り付けた意識の底での修行の成果が
一晩寝て馴染んだ様な……と言うと言いすぎかな……そんなことを思いながら
俺は寝室のベッドから起き上がる。
左右には誰も居ない。うむ。侵入者は居なかったようだ。
着替えて、寝室のドアをガチャリと開けて出てみると、
ちょうどマイカがソファに座って、床に転がされた何かを
錆びた金色の万象の杖で、突いているところだった。
「……ああ……おはよう……早起き……清清しくていい……」
ピンクの水玉模様のパジャマ姿のマイカは
その芋虫のように転がるピッタリした黒いラバースーツの上を
縄でグルグル巻きにされた物体……というか人の身体を
杖の先でツンツンと突っついて、悶絶させている。
寝室にその声が聞こえなかったのは、
顔全体に布袋のようなものを被せられているからのようだ。
「あの……これは、一体……何を……」
「……ん……ああ……サーニャ……捕らえた……侵入してきた……」
やっぱりかあああああああああ。というかとうとうマイカに捕まったんかあああ。
俺はどう捉えたらいいのか分からずに、とりあえず
冷蔵庫の中から、ジュースを取り出してコップにに入れ
一気に飲み干す。その間も布袋を頭に被せられて縛られたサーニャは
床で突っつかれて転がりまわっている。
……とりあえず、聞いてみるか。
「ほっといた方がいい?」
「……うん……ご主人様が……誰か……覚えこませて……いる……」
マイカのやっていることに若干鳥肌が立ちながらも、
さすがに二回も自室に侵入されたので
俺も今回はマイカに任せることにした。
夜這い……っていったかな。さすがに何度もそういう危機に瀕したくない。
「もう少ししたら、ミーシャたちも起きてくるだろうから、
フロアの端の倉庫でやってくれない?」
この部屋のあるフロアの端に、モップやらの掃除用具を入れる小さな倉庫があるのだ。
「……おけおけ……行ってくる……任せとけ……仕上げてくる……」
「お、おう」
マイカは布袋を被せられて唸っているサーニャのグルグル巻きにされた足先を
手にもってズルズルと床を引きずりながら、
そのまま部屋の外へと出て行った。
サーニャの幸運を祈りながらも、俺は冷蔵庫から
食べられそうなものを出して少し食べておく。
というか、あとで落ち着いたら、たまには城の食堂利用してみるか、と思う。
確か、貴族や高級士官用の食堂があるという話をアルデハイトがしていたような……。
白黒のモニターは相変わらず様子の変わらない城外を映し出す。
窓の外は、冬の朝日が昇ってきていて眩しい。
今日は晴れるようだな。と窓辺に立って雲ひとつ無い空を眺めてみる。
マイカとサーニャのことはとりあえず忘れて、
この朝、一番早く起きて、誰も居ないひと時が好きだ。
世界が俺だけのもののような気がしてきて、贅沢なのだ。
窓辺で、コップをもってボーッと景色を眺めていると
鞘のついた剣を持った白いシャツと短パン姿のジャンガスが起きてくる。
「うっす!!師匠っ。はやいっすね。昨日はあざっした」
と頭を下げてくるジャンガスを俺は手を振って止める。
「殆ど何にもしてないよ。修行はジャンガス自身が頑張らないとね」
「うっす。ちょっと廊下で朝練してくるっす!!」
「無理しないでな……あとで皆で食堂に行こう」
「ういっす!!」
ジャンガスは両手を広げて曲げて、派手に挨拶して、部屋から出て行った。
続けて同じ寝室で寝ていたパジャマ姿のミーシャが起きてくる。
うむ、仲良いようで何より。
「あれ、ジャンガスはー?」
と寝ぼけ眼をこすって俺に尋ねる妹に外で朝練していることを告げると
「こらーっ!!抜け駆けはいかんぞーっ!」
と元気よく、壁に立てかけてあった鞘に入った彗星剣を手にとって、廊下へと出て行く。
一応、由緒正しい名剣のはずだが、朝練に使われる彗星剣……。
ま、いいか、と思っていると、いつの間にか足元に
にゃからんてぃが立っていた。今日のマントの色は黄色だ。
「明け方と早朝は邪気が祓われるのです。生体の自律神経に
朝日は有益なものです。それは早寝するのと同義です」
と俺に告げて、背中を素早くよじ登り、肩車されると左肩を叩く。
「うん。おはよう。昨日寝ていた間の話はいらん?」
ポンポンと左肩が二回叩かれる。
「おっけー。聞いていたんだな」
左肩が一回優しく叩かれる。長く寝て機嫌が良くなったようだ。
俺はにゃからんてぃを肩車したまま、窓辺で昇っていく日と
朝の王都の風景を見下ろす。
「あとはアルデハイトだけだな」
と言っていると、アルデハイトが最奥の寝室から出てきた。
いつもの真っ黒な格好に着替えている。
「ああ、おはようございます。皆さん、起きられているようですね」
アルデハイトはニッコリ笑って、挨拶する。
「おはよう。高級士官用の食堂いかん?」
「よいですね。皆でいきましょうか」
「あ、マイカは……」
「分かってますよ。サーニャさんを躾けているんでしょ?」
「……うん。助けたほうがいいだろうか」
さすがに心配になってきた。
「性癖やそれに纏わる欲望なんてのは、まぁ、言うなれば
雲のようなものですから、扱いに手馴れている方に
お任せした方が良いのでは」
微妙な言い回しのアルデハイトの顔を見つめる。
真面目な顔だ。冗談や悪意はなさそうだ。
……仕方ない、任せるか。マイカとこいつが同意見ということは、
サーニャを暴走させたままにしておくと、後々憂いになるのだろう。
とりあえず、出かけるかと廊下のミーシャたちに声をかけに行くと
「兄さんは私のものだーっ!!誰だ貴様はーっ!」
とミーシャが青いショートドレス姿のタガグロを指差して、吼えていて
ジャンガスがそれを必死に止めている。
「あ、たっくん、にゃか!!ミーシャちゃんが私のことわからんでなぁ」
俺の顔を見たダガグロが助けを求める。
「たっくん!?慣れなれしく呼ぶなーっ!!」
さらにヒートアップしたミーシャに、慌ててタガグロのことを詳しく教える。
「……兄さんの学友……う、うらやましい……」
とミーシャは、ジャンガスに無理やり頭を下げさせられながら呟く。
「ほんと、失礼したっす。水棲族の皇族の方に何とお詫びをいったらいいか……」
「いやーええよー。うち、どうせ海帝にはなれんし、出来悪くて鼻つまみもんやからね」
とタガグロはケタケタ笑いながら、部屋へと入っていく。
そしてソファに優雅に座って、水を飲んでいるアルデハイトに
「どうも始めまして。タガグロ・シーズと申します。聞いていたと思いますが
直接会うのは初めてですよね。あなたの優秀な知略はタカユキ様から聞かされています」
長身のアルデハイトは立ち上がって、小柄なタガグロと握手を交わすと
「タカユキ様から聞いています。その節はお世話になりました。
海帝の第四子とお会いできるとは光栄です」
と丁寧に頭を下げる。
うわー、二人とも大人だー。おーとーなーだー。と思いながら
普段見せない二人の姿に見惚れていると、いつもの言葉遣いに戻ったタガグロが
「堅苦しい挨拶はこの辺にしてー、なあなあアルちゃん」
「ア、アルちゃん!?」
「この城って海水ないのよなー」
「え、ええ。そうですね。海から遠いですし」
いきなり慣れなれしく親友のように話しかけるタガグロにアルデハイトは
戸惑いながらも答える。
「うちの美容液をさー燃えているたっくんの消化に使っちゃってなー」
「ああ、それはご迷惑を……あ、食堂には料理用の食塩があるのでは?」
「それや!!一杯貰ってきて、うちの家臣のマデーオスに調合してもらおう」
「さっすがアルちゃん。たっくんを補佐してきただけあるなー」
とアルデハイトの背中を自然に押したタガグロは振り返って
「いくで」
と輝く笑顔で、俺に告げる。
あ、はい。という感じで俺もタガグロ後を追って部屋を出た。
廊下でミーシャとジャンガスも合流して
そのまま全員で、タガグロの案内で、城の高層にある高級士官用の食堂に行く。
あ、俺も城の構造覚えるとマイカに宣言したんだった……頑張らないとな……。
と思いながら、意外と俺の部屋があるフロアのすぐ下にあったその食堂に入る。
「おお……」
朝日が差し込んでくる天井の高い食堂は、シャンデリアが吊るされ
朝の一息を吐きに来た紳士淑女たちが、ゆったりとした間隔をとったテーブルに座り
軽食を楽しんだりやコーヒーを飲んでいる。
高級料理というか、高級カフェテリアといった雰囲気だ。
汗まみれの顔をタオルで拭きながらジャンガスはその様子を見て
「ちょ……ちょって着替えてくるっす」
とミーシャの腕を引っ張って部屋に戻って行った。
にゃからんてぃは瞬時に自分の姿を消した。
他の人にペットを連れ込んでいると思われないように気を使ったようだ。
ショートドレスのタガグロは、そのお洒落な雰囲気に気圧されることなく
ズカズカと奥の厨房へと入り込んでいき、事情を話して
塩を大量に貰ってきた。
「こういう時、身分がはっきりしてると便利やねー。物事進むの早いわ」
とニコニコしながら、アルデハイトと俺を奥の空いている角席へと
連れて行き、座らせる。
座るとすぐに近寄ってきたウェイトレスが
「ご注文は?全て無料になっております」
と丁寧に冊子になったメニュー表を渡してくれる。
おお、読める。読めるぞ。と相変わらず字が読めることに感動しながら
俺はパンとサラダとカフェラテを頼む。
「同じのでーうふふー」
とタガグロが微笑んで、アルデハイトはコーヒーのみ頼んだ。
「陸上の生活もこういうお洒落なとこ知ってると楽しいな」
とタガグロが窓の外に広がる王都を見ながら言う。
よく考えたらこの景色を常時見れてる俺の部屋って……。
と思いながら、俺も眺める。
「ところで、タガグロ様は、この後どうなさるので?」
「呼び捨てでええよー。ああ、本国から呼び戻されるまで
ずっとたっくんと一緒に居るわ。ええよね?」
「さん付けにしときます。さすがに呼び捨てにはできません」
とアルデハイトは断ってから
「居てくれるのは助かります。相当お強いでしょ?」
「いやいや、そんな強くはないよ。兄貴たちと比べて、ほんとに出来悪いからなぁ」
ウェイトレスがもってきた料理には、ハムサンドやら
肉料理やら何かおまけが大量についていた。
「あの……これ……」
と俺が戸惑っていると、食堂に居る紳士淑女たちが全員立ち上がり
「ロ・ゼルターナ神の化身、英雄タジマ様に栄光あれ!!」
と声を揃えていってから全員でパチパチと拍手しだした。
「ほら、たっくん。国民が期待しとるで、立ち上がって頭さげときー」
とタガグロから促されて、俺は立ち上がり
「どーも、どーもありがとう」
とギクシャクしながら百八十度くらい回転しながら頭を下げまわる。
そうしているとやがて拍手は止み、皆も朝のひと時に戻った。
アルデハイトは「ふっ」と冷笑を浮かべてコーヒーを飲み始め
タガグロはニコニコと座った俺に向けて微笑む。
「ありがとう……何か、まだ慣れなくて……」
「うちもああいうの苦手よ。でも皇族に生まれたからには
注目浴びるのは仕方ないと割り切っとるよ」
「そうか。生まれながらの皇族でもそうなんだ」
「そそ。まーそういうのは有名税だと思って、楽しみましょか」
「うん……」
三人でゆっくり朝食を食べていると、着飾ったジャンガスたちが
やっと食堂に戻ってきて、俺たちのテーブルの空いている椅子に座る。
「おお、なんか旨そうなものが!?頂いていいっすか?」
「すごーいっ」
「どぞどぞ、食べようや。せっかくやし、たっくんのご利益にありつこ」
ミーシャは頬が膨らむまで、頬張って食べて、それを飲み込んでから
タガグロに話しかける。
「皇族なんだよね?兄さんと居ていいの?」
「うちは第四子やから、まあ兄さん姉さん達のスペアみたいなもんやな」
「病気とか戦争で兄弟が皆亡くなったりしたら、海帝?」
「こらっ、ミーちゃん皇族の方に失礼っすよ」
ジャンガスがミーシャを言って、その様子をタガグロはケタケタ笑いながら
「ミーちゃんの言ってる通りよ。ま、そんなことには滅多にならんけどね」
と微笑む。
「うちは、国内に居ても暇やから、せっかくの人生やし、
同窓生のたっくんの補佐でもしたいなぁと思って、やってきたんよ」
「兄さんへの恋心はないの?」
「ぶっ、ミーちゃん……ちょっと……」
ジャンガスが食べ物を噴出しそうになりながら、ミーシャを嗜める。
「無いと言えば嘘になるけど、どっちかというと人として興味があるかなぁ」
「どゆこと?」
「流れ人の一生って何なんやろなと。アルちゃんもそうやろ?」
「まぁ、それもありますね」
コーヒーを飲みながら、話を黙って聞いていたアルデハイトが短く答える。
俺は会話は四人に任せて、ひさしぶりのゆったりした時間を味わっている。
姿を消したまま、肩に乗ったにゃからんてぃは沈黙している。朝食は食べないらしい。
「だからねーミーちゃん、できるだけ海底連邦から支援を引っ張り出しつつ
たっくんの傍に居て、その生き様を見ときたいのよ。わかったかい?」
「うむ……兄さんを取りにきたんじゃないのは分かった」
「ってかさミーちゃん」
いつの間にか親しげになっているタガグロがミーシャの目を覗き込みながら言う。
「たっくんの女は、恐ろしいで。あれと対抗するつもりなん?」
「……兄さんの……女……?誰……?」
「いないいない、そんなの居ないって!!」
何とか会話に割り込んで止める。美射の存在を知るのは恐らくまだ早い。
修行の話も、実は、大きく関わっていた美射の存在は暈して話したのだ。
俺だってあいつが実際の世界でどんな状態なのかは想像もつかない。
「あーやーしーいー」
と俺を見るミーシャに平静を装って
「あまりミーシャをからかわないでくれよ。すぐ信じ込むから」
とタガグロにさり気なく釘を刺す。タガグロは微笑みながら頷いた。
その後、一時間くらいかけてゆっくり朝食を食べ、
雑談をしながら楽しい時間を過ごした。
腕時計を覗き込んだタガグロが言う。
「あ、調印式まで、一ダール(時間)切っとる」
「もう始まるの?」
「うん。時間が無いから簡易的に女王陛下の執務室に集まってするんだと」
「午後には兵団も到着し始めますし、
使節団も戦闘が始まる前に国外に退避した方がいいかもしれませんね」
「そやね。うち以外は早めに帰らせるつもりよ。
あ、そや、たっくんとの約束どおり、国宝の双雷槍バルヌウスもってきたんよ。
すっごいで。ちょっと振ったら雷がビュンビュン飛ぶよ」
「それ、私に頂戴!!」
「あ、俺でもいいっすよ!」
と食い入るようにダガグロを見つめた二人を見て、彼女は首を振り
「ふたりにはまだ早いなー。もうちょい強くなったら
君らに合った得物が、自ずと近づいてくるはずよ」
と軽くかわすと、俺の顔を見てさらに説明しだす。
「でな、リサーチしたらたっくんの仲間では、サーニャちゃんと言う元八宝使用者が槍を……」
「あ……」
「どしたん?」
タガグロは水に食塩を少し入れながら飲む。
「サーニャさん、大丈夫だろうか……」
アルデハイトは朝日を見ながら、コーヒーを飲んで
「そろそろ、終わったころですかね」
と意味ありげに呟いた。俺は再び不安になる。
選択を間違ってなければいいんだが……。
姿を消して、俺の肩にのったままのにゃからんてぃが
左肩をポンポンと二回叩いた。




