自覚
アルデハイトが屋敷の玄関から、王都中央城の裏庭へと飛んで行き、
俺はミシェルからマイカが診察されている間、
応接間で暇を潰す。
ソファに座ってボーっと色々なことを考えていると、ミサキが起きてきた。
寝たままのにゃからんてぃを膝に乗せて
隣に座ったミサキに、ミシェルの話やゴンドラの仕組みを
色々と説明する。目を輝かせて聞いていたミサキは
そしてとんでもないことを口にした。
「ミシェル様を、我が国の顧問としてお招きできないでしょうか……?」
「……止めといた方がいいと思いますけど……」
「私、できるだけ色んな頭の良い方に、ローレシアンを助けてほしいと思っています」
「それは良い考えだと思いますが……」
「ミシェル様のような経験豊富な方が居れば、
我が国も安泰だと思うのですが……」
「見た感じ、他種族を見下してはいないと思いますけど、
なんていうか……上級者過ぎて、ふつうの人間には付き合いづらいと思いますよ……」
遠まわしに、ミサキを止めていると
フラッと、部屋に赤やら緑の液体がベッタリついたエプロン姿のミシェルが入ってくる。
どうやら聴覚を広げて、俺たちの話を聞いていたらしい。
そしてニヤリと怪しく笑い、
「ちょっとータジマ君ー。困るなぁ。勝手に私へのオファーを止めてもらったらー」
とニヤニヤしながらミサキに近づき、そしてわざとらしく傅いて
「女王様、お受けしますよ。でも一応、大老ミイ辺りには話し通してくださいね」
「……はい。最初は、私の個人的な顧問ということでよろしいですか?」
「入り込む切欠があれば、最初は何でも良いですよ。
短期間で、魔族国に負けない強国に作り変えてみせます」
「あっはっは」と高笑いしながら、ミシェルは再び部屋を出て行った。
マイカへの診察がまだ終わっていないようだ。
「……大丈夫ですかね……『入り込む切欠』とか言ってましたよ……」
「タカユキ様」
ミサキは真面目な顔をして、俺の目を見つめてくる。
「ローレシアン王国は、政治は大老ミイ、そして対外的な武力はタジマ様の
お二人に頼りきっていて、まだまだ人が足りません」
「……ええ、はい。その通りですね」
何かそんなことになっているのは、薄々理解していたが
面と向かって、国一つの武力が俺だのみとか言われるとやはり重いな……。
「なので、できるだけ、私のできる範囲で、短いかもしれませんが、
私が在位している間に、様々な優秀な人材を入れたいのです。
ミシェル様はその第一歩に過ぎません」
「……」
「もっと自由で人々が暮らし易い国に、ずっとしたいなと思っていました。
そのためには他種族の方々の力も、これからは借りなければなりません」
「国内で争っている場合ではないのです。皆で力を合わせて変わった
この国が世界の自由と平和の起点になるような、そんな大きな夢を密かにもっています」
この人について、ずっと前にマイカが「信念の人、補佐が現れれば変わる」と言っていたのが
何か俺にも今やっと分かった気がする。
おそらく、器がとんでもなくでかいのだ。本人がか弱く見えるくらい。
この広さは、空の大きさだ。何となくそんな気がする。
色んな化け物や、他種族を見たが、
真剣な表情のこの人から感じる雰囲気の広さは別格だ。脳内世界で会った美射に近い。
いや、美射はどこか生きるために諦めて、
無理やり自分の許容量を広げ続けていた感じがしたが
この人は、ナチュラルにでかいようだ……。
他王子たちは読み間違ったな……。これから延々とこの人の時代だわ……。
俺たちがモルシュタインを退けた後に、付け入る隙なんか無いだろう。
俺は気付いたら、ソファを降りて、ミサキに傅いていた。
「ちょ……やめてください……貴方は言うならば客将であって、私の臣下ではありません……。
大体、愚鈍な私に臣下を持つ資格があるのかすら……」
戸惑っているミサキの手をとって、俺はキスをした。
気取ってるみたいだが、何か今、そうしないといけない気がしたのだ。
臣従の証……いや、違うな。何だろう。
知り合いの菅の創り上げた、ローレシアンの王として正式に認めた。というのが正しいか。
「ローレシアンはこれから、あなたのものですよ。ずっとあなたの時代です。
あなたの夢を守る為ならば、俺はいつでもあなたの剣になりますよ」
その意味をすぐに理解したらしいミサキは、僅かに悲しそうに
「……タカユキ様、少し見ない間に、変わられましたね……」
と目を伏せる。俺もその意味が分かりかかったが、考えないようにして答える。
「だいぶ、意識の底で揉まれましたからね」
そうなのである。こっちではたかが一日だが、俺にとっては
その間、八百日も有象無象や美射の底なしの想像力に揉まれ続けた日々なのである。
自分でも気付かないうちに、色々と成長していたようだ。
「私は今、ローレシアン国王として何をすべきか、分かった気がします」
悲しみを吹っ切ったミサキの全身から一瞬、覇気がみなぎる。
すると、ちょうどマイカを連れてきたミシェルが
パチパチと拍手して、
「泣けますねー。まぁ、人材のことなら私にご相談してくだされば
様々にご用意できますわよ」
と何とも言えない表情のマイカをソファに座らせて、ニヤニヤしながら、
女王に再び傅いた。
それからしばらくして、
城の裏庭に装置を埋めて、ゴンドラを試運転しながら帰ってきたアルデハイトは
応接間で聞いた、女王がミシェルを雇うことにしたという話に一番愕然としていた。
「おばさんが……ローレシアン城にくるのですか……」
「まぁ、採用されたらそういうことになるわね。こっちとゴンドラで行き来しながらだけど。
アル坊、何か文句でも?」
紅茶をがぶ飲みしながら、ミシェルはアルデハイトを睨む。
「タカユキ様……中央山外に我ら専用のお城でも造ってもらいませんか?」
「顧問として、そんな税金の無駄遣いは却下しまーす。それに無闇な築城は内乱の火種でーす」
「うぅ……」
虹色の長髪を揺らしながら勝ち誇るミシェルに、アルデハイトは頭を抱える。
「まぁ、中央山内の俺の領地内に、アルデハイトの住む家を貰えばいいんじゃない?」
「そうします……」
「即行特定して、監視を二十四時間つけまーす」
「まぁまぁ、あまり苛めずに、みんなで仲良くいきましょう」
「大事なクライアントがこう言ってるから、まぁ、今は許してあげるわ」
ミシェルは、にっこりと微笑んで、女王に頭を下げる。
「……そろそろ……帰ろう……夜遅い……」
とネイサンから錆びた金色の、万象の杖を受け取ったマイカが言う。
「私は内乱が終わったら、そっち行くわ。
女王陛下は、大老ミイに私のお話をよろしくお願いします」
とネイサンと玄関まで見送りにきたミシェルは恭しく、ミサキに頭を下げる。
「任せてください。反対されても絶対に雇いますから」
ミサキは腕をグッと突き出した。
俺たちは雪が降り止んだ冬の夜空の下に出て
屋敷の庭西部付近の広いスペースに停まっている
アルデハイトが乗ってきたゴンドラを横目に見ながら
ミシェルの屋敷の庭の端に行って
「我移動せんと欲す。行き先、ローレシアン中央城裏庭」
とアルデハイトが教えてくれた通りに全員で空に向けて言う。
彼が裏庭で試したところによると、実は行き先も言わないと使えないようだ。
「おばさんは、微妙に不親切ですからね……」とアルデハイトは愚痴っていた。
上空に光の線がローレシアン城方向へと長く伸びていき
向こうに停まっているゴンドラが光り始める。
みんなでそこまで歩いていって、ゴンドラに乗り込むと
ゆっくりとゴンドラが空中へと上昇していく。
「うわーっ。今度も凄いなぁ!!空飛ぶの、私好きです!」
と眠り込んでいるにゃからんてぃを抱いたミサキが喜び、
ガシャンという音がしてゴンドラが
光の線と接続されると、音も無く、東側のローレシアン城へと滑るように動き始めた。
「内装、だいぶ取っ払っちゃいましたからね」
「そうだな。また付け直すか」
「そうしましょう。中でゆったり座ったり、眠れたりすると
空の旅が楽しくなりますよ」
アルデハイトは、やっとミシェルから離れられて、
しかも今回は自分が飛ばなくても良いので、いきなり機嫌がよくなった。
ゴンドラはスルスルとローレシアン城内へと進む。
ゴンドラの背後の壁には
「ローレシアン公認飛行物体。大老ミイ」といういつもの旗がパタパタと
明るい光の線に照らされて揺れている。
それを見ながら俺は、大老ミイに一応
これで安全に国内を飛行する許可もとらないといかんな。と思い
女王に告げた。ミサキは笑いながら「もちろん言いますよっ」
と力強く頷いた。
草が伸び放題な中央城の広い裏庭の端にゴンドラは着地する。
俺たちはそそくさとゴンドラの扉を開けて、外へと出ると
裏庭から通じている倉庫の扉を開け、そこから城へと入っていく。
そのまま一旦、俺の部屋までマイカの先導で向かって
部屋の前で女王と別れる。
「では、私はこれで、大老ミイに今夜中に色々と話もしておきます」
「……私……一応……護衛する……よいなら……話も補足……できる……」
マイカは女王から渡された眠ったままのにゃからんてぃを
俺にさらに手渡しながら言う。
「ありがとうございます。では、いきましょう」
マイカを従え、テキパキと動く女王を見て、俺は
ああ、脳内世界で成長した俺と同じように、彼女自身も
ミシェルを引き入れて、俺に傅かれたのを切欠に自信を手に入れて
変わろうとしているんだなと思った。
俺はアルデハイトと部屋に入ると、知った顔が三人待っていた。
「兄さん!!会いたかったーっ」
「うっす!マイカさんに言われた通りに第四王子様に全軍出してもらって
さっき、先行して来た俺たちが先についたっす」
「あれ、タカユキ様、マイカは?」
勢い余って被っているバンダナのずれたミーシャに抱きつかれながら、俺はその身体越しに
旅装を着たジャンガスとアルナを見つめる。皆、何か本当に久しぶりだなー。
アルデハイトは抱きつかれている俺をスルーして冷蔵庫に直行して
お酒とつまみを中から取り出すと「では、私は寝室で一人、ゆっくりするとしますか」
と気を使ったのか、もっとも奥の方の寝室へと消えた。
俺はとりあえず、胸に抱きついたミーシャを背中に回して、背負って
そのままリビングのソファに座る。
そして三人に、今まで何があったのか、
手の中で気持ちよく眠るにゃからんてぃを撫でながら、
ゆっくりと話して聞かせた。時間は、もう真夜中である。




