夜間飛行へ
二時間ほど、俺はそこで身体の回復を待った。
せっせとマイカが城から服に塗り薬やら食いもの、飲み物やらをもってきてくれるので
体内が回復してからは、飲み食いして回復速度を加速させた。
もちろんその間、タガグロと無意識の底で別れた後、
何があったかということを話し合った。
タガグロの話を要約すると、こんな感じだ。
帰ってからの3年間、ある程度、真面目に勉学して、武術も学んだ。
タガグロ曰く「大体やけどねー。ほら、うち出来悪いしー」
そしてリグ・ベイシャに事情を話して、俺を手助けするようにも頼んだ。
リグは快諾してくれたらしい、そして彗星剣を届けさせ、
その後はずっと人に頼んで監視をつけて、俺の動向を見守っていたらしい。
「冥界には入れんかったから、その間は、代わりに内紛起こしてたローレシアンを監視してた」
とダガグロは笑う。
その内、出来の悪い娘が、地上の政治問題に関心をもったと知った海帝が
玉座に呼び出して尋ねたそうだ。
「人間と同盟したいのか?もしや、何かコネでも出来たか」
そこでタガグロは初めて、意識の底で起きた話を洗いざらいぶちまけて
海帝の側近、海底連邦の高官や、自身の兄弟に驚かれたそうだ。
「いやー、気持ちよかったなぁ。兄さん姉さんのあの驚いた顔」
とケタケタ笑いながらダガグロは話を続ける。
そして娘が、流れ人の友達になったと知った、母親である海帝から、
正式にローレシアンと国交を結ぶことを許可されて
海底連邦の使節団の一員として、さきほど、中央城についたところを
焦ったマイカから拉致されて、この場に来たそうな。
「まぁ、私の、たっくん&にゃか再会計画通りになったんやけど、
まさか数ラグヌス(年)ぶりに会った、たっくんが燃えてるとはなぁ。
無事でよかったけどね」
タガグロから話を聞いた俺は、あの後、
意識の底で美射たちと何をしたかを大雑把に話しつつ
タガグロの陰ながらの助力に感謝した。
「ええよ。これからモルシュタインと戦うんやろ?
もちろん、うちも微力ながら助力するで。魔族が調子乗ると、水棲族も困るしな」
と真っ青な手を出してきたので、それを握り返して、力強く握手する。
事情を知ったマイカは「………見事……見事なり……」
パチパチと拍手していた。
身体もすっかり回復したので、相変わらず寝ているライーザにバスタオルを巻いて
背負い上げ、とりあえず俺の部屋に戻る。
そろそろアルデハイトも起きているころだろうか。
タガグロは割り当てられた客室に行くようだ。
「使節団の皆、心配させたないしな。また後でなー」
と手を振って別れる。なんと案内は要らないらしい。この日のために
中央城の複雑な構造を丸暗記してきたそうだ。
マイカはその話を聞いて唸っていた。
二人で俺の自室に戻りながら言う。
「……そろそろ……タカユキ様も……この城……覚えよう……」
「そうだな……タガグロに負けてられんしな」
「……同窓生……の頑張り……いい励みなる……」
「わかった。部屋帰ったら地図くれ。一週間で覚えてみせるわ」
俺のやる気に火をつけたマイカは、にっこりと微笑んだ。
部屋に帰ると、アルデハイトが起きていた
リビングのソファに座り、ワインと軽食を食べながら、
目を瞑って何やら意識を集中させている。
「どうしたの?」
部屋に入ってきた俺たちに気付くと
「起きたら、この城に水棲族の五百人ほどの大使節団が来ていたようで
何の目的か、聴覚を広げて確認していたところです」
正直に全てを打ち明けたアルデハイトに俺は少しホッとして
思念の部屋での修行や、タガグロのことに要約して説明して
情報を共有する。
「……ああ。それなら良かったです。
モルシュタイン閣下も退けられそうですね」
緊張を解いて、安堵のため息を吐いたアルデハイトは、
ゆったりとワインを傾けて、飲み出した。
久しぶりに見たが、変わってないな。と思いながら俺も
冷蔵庫からジュースを取り出して、ジッとアルデハイトの顔を見る。
「なっ、なんですか……」
と目を逸らすアルデハイトに
「いや、久しぶりだと思ってな。脳内だけど、八百日くらい修行してたからさ」
「ふーむ……身体の筋組織と骨の強度がまた上がりましたね」
「わかる?」
「はい。はっきりと強化されてますよ。式神も手に入れたのでしょう?」
「うん。今は遊びに行ってて行方不明だけど、飽きたら戻ってくると思うよ」
「どんな能力ですか?」
「予知能力だね。少しだけ先のことが見えるらしい」
「……とんでもないですね……」
「そうなの?たかが、ちょっと先じゃない?」
驚愕するアルデハイトに俺は尋ねる。
マイカは黙ってマカルを剥き続けている。
「戦いと言うのは、一瞬の判断の積み重ねです。
もちろん正誤の判断の誤りは、どんな強靭な武人にもあります」
「ふむふむ」
「その判断が全て正しい方を選べるとしたら、実力がかなり上の相手にも
勝てるようになるのですよ」
「美射も何かそんなこといってたわ。強さが三割くらい増されるらしい」
美射換算でレベル50→70だから三割以上か。
「……タカユキ様は、いつも私の推測以上のところを御行きになる……」
「いや、何かさっきマイカにも褒められたし、むず痒いなぁ」
俺は頭をかく。未だに褒められ慣れてないので、恥ずかしくなってきた。
七個ほどのマカルを剥き終わったマイカが、
芸術的に青い皮を高く積んで、中身を食べ始める。
三人でゆっくりしていると、コツコツとドアが叩かれ
「今良いでしょうか」
と聞きなれた声が尋ねる。大老ミイだ。
「どうぞ」
ローブのフードを目深に被った女王ミサキも一緒だ。
「あの……想定外の事態になっていまして……」
と困惑した顔のミイとミサキにソファに座るように勧める。
ミサキはフードを脱いで、嬉しそうに俺の隣に座り
ミイは俺と対面のソファに座った。
横にのいたアルデハイトは俺側の端でワインに口をつける。
「水棲族の大使節団が、先ほど、我が城に到着しまして……」
「海底連邦代表の海皇の第四子と名乗られる方が
我が国との同盟締結を求めております……」
「ああ、友達です。その代表ってタガグロですよね」
「なんとっ……タカユキ様のお友達でしたか……」
「明日にでも、同盟結んであげてください」
「……分かりました。大兵団の纏めもせねばならぬので
時間的にギリギリですが、後顧の憂いはできるだけ、無くしておきます」
大老ミイはそれだけ言うと、一礼してすぐに部屋から去った。
あの……女王は、大切な女王忘れてますよ……。
と俺が言う間もなく、部屋のドアが閉められる。
反対側のソファに座りなおしたアルデハイトが
「で、女王陛下の方は何のお話ですか?」
ニヤニヤと尋ねる。楽しそうだ。マイカもマカルを食べながら
ニヤリと笑う。ちくしょう、帰ってきてさっそくこれかい。
ミサキは俺に身体を寄せながら
「今日朝に会いに行って、セイさんとお話したんですけど、仲良くなれそうです」
「……マジすか!?」
「使っているお化粧用品で、お話が合いまして……」
女王は俺の驚いた声にびっくりして声が小さくなる。
「あははっ」
アルデハイトが堪えきれずに噴出す。
「これで、色々と未来に繋がる芽が出てきましたね」
「……お膳立て……整った……あとはタカユキ様……やるだけ……」
「うむ。頑張らないとな」
とりあえず目前のモルシュタインを退けないと
美射と関係するらしいリングリングの居る国までいけない。
窓を見ると、夕暮れだ。
明日早くから調印式でしかも兵団が到着し始めるだろうから、
今日はゆっくり……あ!!
思い出した。やばいやばい。早く行かねば。
「なぁ、アルデハイト、国王領の関所の北部に大森林が広がってるだろ?」
「ええ。ありますね」
アルデハイトはすぐに理解して頷く。
「そこの中心地帯に魔女ミシェル・ランツヴァハァーって魔族が居て」
「……!?」
「その人の家の倉庫に霊刀シュガヌーンって木刀が転がってるから」
「……」
「今から一緒に貰いに行っていい?明日は時間無さそうだし」
「ちょ、ちょっとお待ちください。その情報源はどこから?」
アルデハイトはまったく知らなかったようで、かなり混乱している。
「無意識の底で出会った人からだ。信頼できる人だから、間違いないと思う」
「わ、わかりました。魔女も霊刀も我が国から消失して長いのですよ。
まさか、今ここでその行き先が出てくるとは……」
「私も行きます!!」
頬赤らめた女王ミサキが大きく手を上げてアピールして、マイカも
「……面白そうだ……わたしも……行こう……」
とニヤリと笑う。
そこで、閉められた窓をガラッと開けてにゃからんてぃが
部屋に飛んで入ってくる。自然に俺の肩に着地して
「秋刀魚は旬の時期を逃しても秋刀魚である考えます。
旨い不味いなどと言うものは、絶対的な趣向を超えられません」
と皆を見回して言う。
一瞬何が起きたか分からず、ポカンとしていた三人は、
すぐに三者三様の反応を示す。
「ああ、これがタカユキ様の式神ですか。
『不確定要素が多くて、あぶないから守る』て言ってますよ」
「……うむ……凄まじい……よくぞ……手に入れた……」
「か、かわいいーっ!!抱っこさせてください!!」
にゃからんてぃをミサキに渡すと、両手で身体を優しくすりすりされていた。
にゃからんてぃは気持ち良さそうに目を細める。
身体の強くない女王も居るので、
アルデハイトの身体に皆を縛り付けるのは止めて、
マイカの提案で、大きなゴンドラのようなものをアルデハイトが吊って、
飛んでいくことにした。
「今から作るのは無理じゃないか?」
と尋ねる俺にマイカはにゃからんてぃを指差し
「……教えてもらおう……」
と意味ありげに呟いた。
その言葉を聞いて、すぐににゃからんてぃは、ミサキの肩に上がり
部屋の周囲を見回し始める。
そして
「方角と言うのは我武者羅に見ても仕方がありません。
二次元の地図になおすと北が上、東が右と覚えるべきです」
とアルデハイトに話しかける。
「この城の二階東側の倉庫に、求めるものがあるそうです」
言葉を理解できるらしいアルデハイトに従って
俺たちは部屋を早速出る。
歩きながら、再びフードを目深に被ったミサキに尋ねてみる。
その肩にはにゃからんてぃが肩車されている。
「この面子なんで、安全上の心配はいらないですが、
女王が夜間に出歩いていいんですか?」
「私の代わりなんて沢山いますし、
有能なミイに任せておけば、国政は問題ないですから。
それよりも私……初めて王都を出られます」
そうか……。生まれてからずっと、王都に居るって以前話してたな。
「初めてのお友達もできましたし、お城の外にも出られるなんて……」
期待に輝いているキラキラした目で俺を見てくる。
まぶしいっ、まぶしすぎる、純粋さが俺には眩すぎて
少し顔を逸らした。初めてのお友達はおそらくセイのことだろう。
あいつもミサキにいらんこと吹き込まないように何とかしないとな……。
いや、悪意を吹き込むほど、知能が無い可能性もあるが……。
と思いながら、俺たちはマイカが導いた隠しエレベーターに乗って
二階東側の倉庫近くに降り立つ。
通路を通り過ぎる兵士やメイドたちは、
戦争の準備と、水棲族の大使節団への接待にてんてこ舞いらしく
俺たちの目もくれない。
すんなりと、俺たちは、薄汚れた鉄扉の前にたどり着き、
錠前もされていないその扉を押し開ける。
「……ここ……廃棄寸前……ものたち……置かれている……」
マイカの説明を聞きながら、俺たちは散らばって
広い倉庫内を探す。
様々なものが積み重ねられ、雑多に置かれている。
割れた盾や、首の無い仏像……。そして曲がった鉄の建材
使えそうで、微妙に使えないものばかりだ。
「ありましたーっ!!」
というアルデハイトの呼びかけに皆で集まる
大量の鉄くずの中に確かに、
ロープウェイのゴンドラのようなものが傾いておかれている。
観光地にあるようなあれだ。狭いので恐らく八人ほどが限界だろうが
確かにゴンドラにしか見えない。
「なんでこんなもの造ったんだろうな……」
「因果律と亜空間、ディラックの海それらはあくまでモチーフであります
そこに真実を見てはいけません。幻想は使いこなせば有用です」
「『空中移送のために造られたのではないかと推測されます』ですって」
にゃからんてぃの解説をアルデハイトがすぐに翻訳する。
「とりあえず、鉄くずの中から引っ張りだすわ」
俺は、皆を下がらせて、思いっきり力を入れ
ゴンドラを無理やり鉄くずの山から引っ張り出した。馬鹿力なので簡単である。
ガラガラガラと物凄い音をして、くすんだ鉄色のゴンドラが出てくる。
確かにロープウェイのゴンドラそのものである。
無いのは、頂上に張られているロープだけだ。
「ふむ。ちょっと重いですね。多少鉄や中の座席を引き剥がしてもらっても?」
というアルデハイトの提案で、俺たちは全員で
ゴンドラの内部から、座席を取り外したり、上部についている
ロープとゴンドラを結ぶための鉄の太い支柱の周囲の取り外したりした。
汗だくになって、ミサキも作業に参加している。
1時間半ほどで、作業は終わり、かなりスリムになった鉄製のゴンドラを
俺たちは満足気に眺める。マイカが最後の仕上げとばかりに
"ローレシアン公認飛行物体。大老ミイ"と書かれた旗を後部に括り付けている。
俺はその字がもう余裕で読めることに感謝しつつ、仲間たちの様子を見回す。
ミサキ以外は汗一つかいていないが、汗だくのミサキはへたり込んでいる。
その様子を見て、アルデハイトは
「我々がこれを倉庫の裏口から城の裏庭に出しておきますから、
マイカさんはタカユキ様の部屋から食料や着替えなどをとりに行って貰えますか?」
と尋ねる。マイカは頷いて、すぐに倉庫を出て行った。
ミサキはにゃからんてぃと休憩させておいて、俺とアルデハイトは
倉庫の裏口の巨大な木製の扉を開けて、もう日が暮れかけている裏庭に
ゴンドラを二人で持ち上げて、移動させていく。
怪力な我々のこの様子を、他人が見たら腰を抜かすだろうなと心配していたが
真っ暗な裏庭には誰居なかった。
学校のグラウンドの五倍くらいありそうな巨大な裏庭には
草木が生い茂り、あまり整備されていないような印象を受ける。
空からは微妙に粉雪が降って来ている。
何となく俺は、足元に滑走路の跡のような者を見つけて
アルデハイトに尋ねてみる。
「ああ、恐らくはマシーナリーから提供された軍事用以外の、
何らかの飛行装置をもっていたんでしょうね」
とアルデハイトはカンテラに火をつけながら、ゴンドラ内部の整備を始める。
それを俺も手伝いながら、話しを聞く。
「菅様が封印なされたんでしょう。もしかするとこのゴンドラも
その一部かもしれませんよ」
「それがあればアルデハイトに苦労かけなくても飛べるようになるな」
「そうですね。私もいつか、くつろいだ空の旅を出来る日が来るかもしれません」
そう言いながら、アルデハイトはゴンドラ上部の鉄製の支柱を無理やり曲げて
手に下げられるように形を変えていく。
「軍事用の飛行機は借りたら、兵士さんたちに迷惑かけるからな……。何かいい手はないかな」
「マシーナリーが新たに技術を提供してくれれば良いのですが、
彼等は基本的には自分たちから、他種族に手をだしませんからね」
「菅が特別だったと」
「何らかの理由があったのでしょう。窺い知れませんが」
倉庫からもってきた箒で内部を清掃し終わったアルデハイトが、一息つく。
カンテラをもち、鞄を背負ったマイカが、ミサキたちを倉庫内から連れてきて
俺たちは、少しの休憩の後に、ゴンドラ内に乗り込み
翼を出したアルデハイトがそのゴンドラを持ち上げて、夜空へと上昇を開始する。
外部に設置された三つのカンテラに照らされた旗がゴンドラの後部にはためくのを
俺は後部の窓越しに眺めながら、次第に小さくなっていく王都の光を見下ろした。
室内は真っ黒でよく見えないが、ミサキははしゃいでいるようだ。




