現実への帰還
次の瞬間、
白髪で丸眼鏡の男はほぼ予備動作なしで、俺に巨大な炎の塊を放ってきた。
隣に居る美射も巻き込みそうな大きさである。
とっさに飛び上がって、幽鬼斬を放ち、その塊を中心から二つに割って回避する。
左右の大地に着弾したふたつの炎の球は、
塩化ビニールを焼いたときのような嫌な臭いをさせながら
周囲をしばらく焦がし、そして消えた。
その様子を見た丸眼鏡の男は
「はははははははははははは。きゃきゃきゃきゃきれいきれいーっ!」
とこちらを指差して、甲高い裏返った声で狂い笑っている。
美射は男を見て、ため息をついて
にゃからんてぃが背中によじ登ってきて、肩の定位置に座った俺を見る。
「何となく、わかったでしょ?」
「ああ……魔法も、魔法使いもヤバイというのは分かったわ」
「魅入られてないわね。合格。続けますか」
と美射はパチッと指を鳴らして、男を俺たちの前から消す。
「タージキンス・アガナル。というのが今の男の名前よ」
「イカレ野郎だったな……」
「そうね。炎系の魔法を修めた大魔道だけどね。
性格が凄く悪くてね。いわゆる放火が趣味の犯罪者だったの」
「燃える龍が昇る空の果てには魚屋が挨拶をすると申します。
幾何学的な空間と幾多の関数を暗算した結果です」
にゃからんてぃが悲しそうに首を振りながら話す。
「何て?」
「『放火魔というのは、実際に火の魔力に魅入られている人が多いのです。
それがあのような強大な力を持った場合、最悪の結果しか生みません』て」
「その通りだわ……」
あんなのが居る世界に住むのは俺は嫌だ。
「心と身体の準備が出来たら、次いくけど?」
美射は俺たち二人を見て確認する。
「あんなのばっかり?」
「どうだろ。強烈な執着は皆あるけど、狂気の種類はそれぞれ違うわよ」
「……うわー……魔法のこと知りたいって言ったの、後悔してきた……」
「止める?」
「いや……何となく、全部見ておいた方がいい気がするよ」
「分かった。次いくわね」
美射はパチッと指を鳴らして、次の捕えられた魔法使いを召喚する。
黒い薄汚れたローブのフードを被った陰気で小柄な老人が出てきた。
座り込んでいて喋らない。
俺はいきなり襲い掛かられなかったのにホッとして
そして、座り込んだ老人を、動かずに観察する。
何かを呟いているようだ。なんだろう。聴覚に気力を集中する。
ん……。
「ミンナ……ネバ……イ。ミ……シ……イイ……」
と言ったことを小さく呟いている。
横に腕を組んで立っている美射を見て、俺は説明してもらおうとする。
「静かにしてて……あまり刺激しない方がいいわ」
「いや、というか……」
と言いかけると、急に立ち上がった老人が俺の方を見て
細かく震える細腕から伸びた指をさして、激しく恫喝する。
「おいっ!!クソガキ!!今、私のことを笑っただろう!!みんなそうだ
みんなみんなみんなアアアアああああああああああああああーっ!!!!」
激しく空へと吼える老人を中心に光り輝き、そして
闘技場全体が、観客席まで激しい爆裂に巻き込まれる。
俺はにゃからんてぃを身体から降ろして、座り込んだ美射と二人をかばい
背中でその爆風を受ける。あちっあちちち……おし、痛覚カット来た。
痛みはなくなったが、おそらく、背中は焼け焦げ続けているだろう。
しばらく続発する爆発に耐えて、それが収まったころ
俺はゆっくりと振り向く。
俺の背中は焦げた皮膚の修復を開始したようで、シューシューと音を立てながら
白い煙が出ている。
爆裂で炸裂した周囲はまたも塩化ビニール焼いたような臭いがする。
今度はさっきよりもっと強烈に臭い。
その中心で、陰気な老人は、また座り込んでブツブツと何かを呟いている。
美射が立ち上がり、パチッと指を鳴らして、老人を消した。
「……心の病気の人?」
「そうね……しかも、その妄執を原動力にして、爆裂系の魔法を極めた
歩く爆弾と呼ばれたカイル・マカマンドよ」
「本当に、やばいのしかいないのか……」
「魔法は本人の心が捻じ曲がってるほど、強力なのよ」
「……そうなのか……」
魔法か……。俺には無理だな……。あまり目指したくはない代物だ。
かなりテンションが落ちているところで美射が
「じゃあ、次ね。今度は話せるのを呼ぼうか」
美射は再びパチッと指を鳴らす。
闘技場の中心にチェスや将棋のようなボードゲームの台と
座り込んで、それを眺めている男が現れる。
スポーツ刈りの黒髪で、黒いあごひげを生やした
浅黒いマッチョな男だ。筋肉にピッタリと合うような
黒いタンクトップとゆったりとした黒のカーゴパンツを穿いている。
こちらに気付くと、
「ああ、リングリングさん。お久しぶりです。
そちらのお方は?」
と冷静に俺が誰かを尋ねる。
「私の従者よ。魔法が知りたいらしいから連れてきたの」
「……ふーん。それ嘘でしょう」
男は瞬時に見破ると、ジッと俺たちとにゃからんてぃを
顎に手を当てて、眺めて
「あなたの親友以上の流れ人と、その式神ですな」
と即座に看破した。そして手招きする。
「どうぞどうぞ。魔法使いのことを知りたいのでしょう?
話せないやつが多いですからね。それで私を呼び出したのでしょう?」
「鯖の缶詰をあけるときの手を切ってはなりません。
慎重に開けるためには修練を必要とするのです」
にゃからんてぃが珍しく語気を荒げる。
「……まあまあ、そう仰らず。私も暇でしてね。話のひとつもしたいのですよ」
俺が美射の顔を見ると、厳しい顔をしたまま頷いたので
俺たちは男と共にボードゲーム台を囲む。
「私は暗黒の奇術師と呼ばれたファウェル・エグナードと申します。
悪意王マルケスのまぁ、側近というやつでしてな」
男は一人でボードゲームを指しながら話し始める。
「主人はオギュミノスの罠にはまり、
肉体が消滅する間際にここに逃れた私は、そこにいらっしゃる
リングリングさんに上手く捉えられたというわけです」
「……」
「ここで出会った流れ人さんらから、良いのが居たら
新しい身体などを拝借しようと思っていたのですけどね。
まぁ、この有様ですな」
「わっはっは」と笑ってファウェルは俺たちを見つめる。
「喋りませんね。何か質問でもありませんか」
「……」
「私の能力は、精神汚染や洗脳ですね。所謂暗黒魔術というやつです。
相手を操れます。操った相手は短期間で壊れますけどね」
「親と子、弟子と師匠、王と家臣。上下よりも金や親愛の情で繋がれます。
物事の大小を見た目で判断してはいけません」
にゃからんてぃは珍しく光る鋭い眼でファウェルに何かを問いかける。
「ああ、私がマルケスを操っていたのではないか。という疑問ですか……。
そうですね……難しいですよそれは」
「時にはマルケスは進んで私に操られ、そして私も操りながらも
常に彼に操られていた……と言った方が正しいでしょうか」
「ふぅ……まぁ、そんな感じですね」
鋭い視線を外さないにゃからんてぃに、ファウェルは両手を手を広げて
怖気づいたようなポーズをわざととる。
そこで美射がパチッと指を鳴らして、ファウェルを消した。
にゃからんてぃが美射を見上げて
「宇宙はダークマターで埋め尽くされていると言われていますが
実際は未知の物質だらけなのかもしれません。常にそうであるべきです」
「……ごめんごめん。元神様だから、大丈夫だと思って任せてたら
にゃからんてぃにもちょっと入っちゃったか……」
「入った?」
「オブジェクトが置かれ、重力や生体反応が計算された隔離された仮想空間に
しゃくとり虫が這っています。それは不自然ではありません」
「……蝶にならないように監視しててね」
にゃからんてぃは頷いた。
「……あいつと会話すると、あいつの一部が入り込むことがあるのよ」
「……?」
「暗黒魔法って言うのは、常に糸を張っている蜘蛛の様な物でね。
あいつのあらゆる行動に関わった人間を、
取り込んで操作するために常時発動し続けているの」
「……なにそれ……怖すぎるんだが」
「コントロールフリークっていう言葉があって、ありとあらゆることを
自分で気の済むように操作したい病的な人たちのことなんだけど」
「あいつがまさにそうだと……」
「だね。だから暗黒魔法の使い手になったのよ」
そこでいきなり、闘技場が揺れ始める。激しい揺れだ。
震度五くらいはあるかもしれない。
「……なに?地震か……今度はそういう魔法?」
美射は残念そうに首を振る。
「どうやら時間切れみたい、誰かが、現実の但馬を揺らしているのね。
……身体のダメージが限界に達したのかな」
「マジか……。魔法の学習まだなのに……。
いや、怖いから、続けたいかは微妙なところだけど……」
「じゃあ、手遅れになる前に、にゃからんてぃを思念の部屋に送るわね」
頷いたにゃからんてぃは、美射の手を握ると、すぐに真っ白な閃光を放って消えた。
「但馬……何度も言って悪いけど……」
「分かってるって。探しにいくよ。
菅も入れて、みんなで地球に帰ろう」
「ありがとう……」
美射はそれだけ言うと、俺の手を握り、そして周囲が真っ白な光に包まれる。
……
「おーい。起きろー!!うちがきたぞー!!」
「……起きていけ……裸で寝たまま……風邪引く……ぞ……」
目を開けるとメイド服を着たマイカと
真っ青なスリムドレス姿のタガグロが、俺の顔を覗き込んでいる。
天井は真っ白で、まだ思念の部屋の中のようだ。
「あ、ああ。タガグロとマイカか……。二人とも久しぶり」
「たっくん、全身真っ黒やけどだいじょぶかぁ!?」
「……ん?」
見回してみると、シャツは殆ど焼け焦げて、触ってみると頭も髪が全然無い。
手足も黒焦げで焼け爛れている。
「うわっ……なんだこれ」
上半身だけ起こして、周囲を見回してみると、例の電気椅子も焼け焦げて
殆ど形が残っていない。
「ああ、そうだ。にゃからんてぃは?」
「但馬の無事を確認して、
ちょっと、外の世界の様子見てくるって言って、出かけて行った」
「そうか。ならよかった」
「……あぶなかった……爆発炎上してた……」
「そうなんよ!!この城来て、すぐに出会ったマイカちゃんに、
連れ去られてここ来て見たらびっくり」
マイカならこの思念の部屋に自由に入れても驚かないが
それよりも……。
「爆発炎上……?」
「入ったら、なんか爆発しながら燃えとる椅子にすわっとる、
妙に安らかな表情の黒焦げの人おって
うちの美容用の海水つかって、慌てて消化してなぁ」
タガグロは何本もの空のボトルを見せてくる。
「あれ……菅は……?思念体がいなかった……?」
「思念体?いーや、いなかったよ。
でも、妙にすっきりした顔の全裸のおねぇちゃんは寝てたから
タオルかけといたで。近づいてみてわかったけど……あの人幽鬼やね」
部屋の端には、確かにバスタオルをかけられているライーザがスヤスヤ寝ている。
「……」
「マイカちゃんの話では、管理者とおねぇちゃんがとても夢中やったから
燃え上がったたっくんの異常にも、気付かなかったんやないかと……」
タガグロが少し頬を赤らめて、言いにくそうに告げる。
「……う、うん。何となく分かった」
要するに二人で何かに夢中になりすぎて、
椅子の上で爆発炎上している俺にも気付かなかったわけだな……。
いや、まぁ、色々追求するのもアホらしいし、ライーザさんも久しぶりに
菅に会えたから、気持ちが燃え上がったんだろう。
とりあえず無事に帰れたからいいや。
俺の真っ黒に焦げた身体は、シューシューと白い煙を立てながら
火傷を高速回復させ始めた。
心配そうだったマイカは、その俺の身体の様子を見て、初めてホッとした顔になる。
「便利やねー。いいなその身体ー」
タガグロが煙を立てている身体を覗き込む。
「あ……たっくん。下隠してや……」
そして気付き、恥ずかしそうに長いタオルを渡してくる。
俺は一瞬下半身を見て、全部燃えて何も穿いていないことに気付き。
タオルで股の間を即座に隠した。




