ラングラール
「歓迎します。救世主様、そしてその妹様」
王宮の謁見室で、真っ青なドレスを着て、王冠を被り
銀色の柔らかそうな髪を伸ばした
優しそうなおっとりとした壮年の女王と俺たちは顔を合わせる。
左右には屈強そうな衛兵たちや、真面目な顔をした大臣たちが居並ぶ。
全員どこかにも顔や腕に包帯を巻き、足を引きずり杖をついている人もいる。
総出で戦っていたのだろう。
ミーシャが跪いたので、俺も真似して跪いて頭を下げる。
「頭を上げてください。貴方様たちは、我が国存亡の危機を救ったのですから」
段上の玉座から女王が降りてきて、俺たちの手を取り立ち上がらせる。
「礼なら妹に言ってやってください。女王陛下のことを俺よりも気にしていました」
「にににに、兄さん、わっ、私何にもしてないよっ……」
慌てる妹と、謙遜する俺を優しい瞳で見比べてから
女王は少し微笑んで
「歓迎の準備があります。夜になるまで、
我が城一番の客室でごゆっくりしていってください」
そう俺たちに告げた。
城内でもっとも高い場所の
隣同士の個室をそれぞれに与えられた俺たちは、
ホッと一息を吐く。さっそく俺の部屋に入ってきたミーシャが
テラスに出て、風に吹かれながら夕暮れの城外の景色を眺め、俺を誘う。
「いい眺めだ。兄さんも見ようよ!」
「そうだな。見てみようか」
俺もテラスに出て、眺めると、
俺等が越えて来た東側の山とは反対の、西側の景色が一望できるようだった。
ここから手前右側……北の方角には微かに海が見え、
そして逆の南の方角には平原が続いている。
テラスの柵によっかかりながら、西の方角を上機嫌で眺めていた
ミーシャの顔が不意に曇る。
「あぁ……、向こうの城もその向こうの山城からも……煙みたいなものが出てる!!」
「ん、どこだ?」
俺には全然見えない。
「私、みんなより眼がいいから……」
そう言えば、俺が読んでいた漫画で
遊牧民は視力2.0以上ある人もいると見たことがある。
「信じるよ。ところでミーシャ」
「なぁに?」
「ネーグライクって領土どのくらいなんだ?」
「詳しくはわかんないけど、向こうの山城くらいまでだと思う」
「山城までの距離はどのくらい?」
「たぶん二十キルロンくらい」
おそらく二十キロだろうと、俺は勝手に解釈した。
「小さな国なんだな」
「うん。村のみんなとここに来たとき、村長がそう言っていた」
俺は考え込む、読んでいた漫画や、見ていたアニメの通りならば
こういう国を侵略するのは、他国を飲み込もうとしている大国だ。
つまり、占領された近くの城を放っておいたら、
この小さな国はそこから次の襲撃を受け、瞬く間に消えてしまうだろう。
「なぁ、ミーシャ。この国、俺たちを歓迎している暇なんてないんじゃないか?」
「うん……そうだと思う」
次の瞬間、頷きあった俺とミーシャは部屋から飛び出て、
通路で適当な衛兵を見つけると、女王と再び会わせてくれと頼み込む。
「どうなされたのですか?そんなに急がれて」
女王陛下はまるで、その状況に気付いていないように
俺たちに上機嫌でおっとりと対応する。
「いきなりすいません」
「ミーシャから聞いたんですけど、山の向こうの城までが領土なのは確かですか?」
「ええ……ナージャス城からも、パスカー砦からもここ数日連絡がありませんが……」
「恐らく、もう落とされています」
「ああ、そんな……」
女王はよろめいて、左右に待機していた侍女たちが支える。
「歓迎会は延期で良いので、俺に兵士を貸してくれませんか?
すぐに城を取り返してきます」
下手な親切心でつい言ってしまった言葉に、真剣に後悔するのはすぐだった。
馬の乗り方も、兵法も何もしらないガキなのに、何を言っているんだ俺は。
しかし時すでに遅く、尊敬した眼差しの女王が上目遣いに俺を見つめて
ミーシャが驚愕の表情で俺を見た。
「わかりました。直ちにまだ戦える者を集めましょう」
そして困った俺は、苦し紛れに思い出したことを女王に聞いてみる。
「あの将兵は、まだ生きていますか?」
「はい。救世主様に言われたとおり、牢に生かして繋いでいます」
「話をさせてもらえますか?」
「はい。案内させますわ」
あいつから、現状を突破する何かを聞き出せるかもしれない。
俺はそれに賭けてみることにした。
ジメジメした地下牢に降りていった俺とミーシャは
もっとも奥の牢屋にふんどし一丁で筋骨隆々とした身体を晒して
鎖で手足を繋がれているその男と顔を合わせる。
「……殺すのか」
端正な顔立ちの長身の男は、うな垂れ、目を長い金の前髪に隠してそう述べる。
「いや、殺さない。代わりにいくつか質問していいか」
俺は不思議なほど頭がクリアで、やるべきことがはっきりしている自分に
少し驚きながら話を進める。
「……答えられることなら、答えよう」
「まずは、すでに知っているが一応確認だ。お前は誰だ?」
ウソだ。実は何も聞いていない。
「ラングラール・ローレシアン……ローレシアン王国の第三王子だ」
ローレシアン……師匠から習った剣術と同じ名前だ。
何か関連があるのだろうが、俺はとりあえず続ける。
「なぜ、ここを攻めた。これも確認だ。我が国の者からすでに聞いている」
「……ゴルスバウ王国に対抗するためには、もっと国力が必要なのだ……」
いのいかれた国か、村長が確かこの辺りでもっとも力を持つ国だとか言っていたな。
「そうか。強大な戦力をもつ、我が国と同盟を結ぼうとは思わなかったのか?」
「……お前のような達人や、隠された二万の兵が居るとは知らなかった……」
どうやらこいつは、血だらけになりながらも俺の話を聞いていたらしい。
「我が国と同盟を結ばないか?」
勢いで言ってみる。
「……」
「今から、俺と俺の配下の二万の兵士がナージャスとパスカーを取り返しに行く。
降伏をしてもしなくても、我が国を侮辱した罪で全員殺す」
漫画のセリフを引用してみた。何かこうやって脅していた気がする。
「……」
「ただし、お前が占領兵に自国まで引くように言ってから同盟を結べば、
俺と二万の兵は怒りを収めるだろう」
"きまった"と俺は思った。セリフまわしは完璧である。
「兄さんは、ロ・ゼルターナ神の生れ変わりの鬼神だ。
ドラゴンに修行をつけられ、三思の加護すら受けている。
貴様ら常人がかなう相手ではない」
ミーシャが不自然に低い声色で、えっへんと横槍をいれる。
金髪の男はそこで噴出した。
「ふっ……あっははははははは!!」
「何がおかしい!!」
ミーシャが顔を真っ赤にして怒る。
「お前らの話に、あまりにも真偽が入り混じっていてな、はははっ!」
一人の端正な青年の顔に戻った男は言い放つ。
「二万の兵など居ないのだろう?」
「……う」
図星の俺はのけぞってしまう。やっぱりばれていたか。
男の変貌ぶりにびっくりしたミーシャは俺の背中に隠れた。
「しかし、お前が常人でないのは本当のことだ」
男は口を結んで、一瞬思考すると
「いいだろう。我が軍はすべてネーグライク国領土から引こう。
言われたとおりに同盟も結んでやる」
繋がれているのに俺とミーシャは男の妙な威厳がある語り口に圧倒されている。
「ただし……」
男はそこで妙な間を入れ、俺とミーシャは緊張で唾を飲む。
「お前は、ローレシアン王国に私と来て貰う」
男は金髪の前髪からギラギラ光る青い両目で、俺を見つめる。
「囚人のクセに、兄さんにえらそうに!!」
怒りで俺の背中から出てこようとしたミーシャを手で抑え
「その言葉にウソはないな?」
と確認する。
「ローレシアン王族である私に、二言はない」
「……お前を信じるぞ」
俺はミーシャに女王へと今の内容を伝えに行くように告げて走らせ、
そしてラングラールに気になっていることを聞く。
「もしかしてお前が総司令官なのか?」
「そうだ。私がこの地方占領軍の総司令官だ」
「そうか」
どうやら素人のまぐれ当たりで俺は総司令官を生け捕りにしたようだ。
ラングラールも聞き返してくる。
「お前はどこ出身なのだ、人間であることは分かるが、
お前のような雰囲気の部族は見たことがない。
本当は、この城の者でもないのだろう?」
少し考えた後に
「"流れ人"らしいぞ。俺も、実はまだよくわかってないんだけどな」
ペラペラ喋るのはたぶんよくないが、ここで噓をついても仕方ない。
「死んだと思っていたら……なんという幸運だ……ロ・ゼルターナ神感謝します……」
男は神に祈ってから、涙を流しはじめた。
よくわからんが、何か混みいった事情がありそうだな。
そう思いながらも会話に集中しすぎて疲れてきた俺は妹と共に
一旦、牢から立ち去った。




