脳内世界での修行へ
俺はミイからつけられた兵士の人の案内で
思念の部屋へと向かう。もちろん取り憑いているライーザも一緒だ。
しかし、長い一日である。戦場、様々な人との雑談、魔族の司令官との会見……。
最後は思念の部屋か。
美射の説教は怖いが、もうこの際そんなことは言ってられない。
ザルグバインの言ったことが本当なら、俺は殺されるか
それに近いことをされるだろう。
……例えば培養液につけられて保存されるとか……。
痛いのも、グロいのも嫌である。
何とか、思念の部屋の菅が、モルシュタインを封じ込める策をもっていることを願う。
広い城内を兵士に案内され、足早で俺たちは思念の部屋の扉前まで辿りつく。
「私が居たときと、構造かなり変わってますね。迷路みたいだ」
ライーザが窓から全体を見回しながら言う。
「ほんと覚えられませんよね。あ、ここでいいです。
良かったら、少し待っていてください」
頷いた兵士の人に、頭を少し下げて、思念の部屋の扉を開ける。
すぐに部屋の明かりがつき、背後で扉が自動で閉まる。
「ゴライホウ、オマチシテオリマシタ。カイスウハ、サンカイメデス」
といういつもの声が響いたあとに
「メイカイタンサクカクニン。ロックレベルヲ、フタツカイジョシマス」
機械音声が続く。
いつものように、菅が部屋の奥から現れて近寄る。
今度は以前出たときよりもっと若い。二十代前半くらいだ。
次の瞬間、ライーザが菅に駆け寄って飛びついて強く抱きつく。
泣きじゃくるライーザのその頭を撫でながら、菅は
「連れて帰ってしまいましたか」
とニコニコしながら俺に言う。
「俺たちに憑いてきたらしい。今日は美射居ないな」
俺たちはライーザの背中越しに話し合う。
「今は"ここには"居ませんよ」
「……?お前ら、俺の思考や部屋のプログラムから作られた
実体あるホログラムみたいなもんじゃないの?」
「私に関してはそれで合っていますね。
美射さんについては、ロックレベルが高いのでお答えできません」
「よくわからんけど。居ないならいいや」
美射は怒るが、女子の裸とか下着とか見まくるのは完全に不可抗力である。
だいたいロ・ゼルターナ神のせいだ。そろそろエロ・ゼルターナ神に改名しろ。
「あ、それどころじゃないんだが!!」
「モルシュタインですね。ふーむ、怒らせてしまいましたか」
俺の思考を読んだらしい菅は、ライーザを抱きしめたまま考える。
「ライグァークと相撲がとれるくらいなら、
あれとまともに戦うことも可能ですが……先輩はまだまだですからね」
「何とかならんか?」
「修行してみます?かなりしんどいですけど」
「いや、修行って……明後日には兵団が集まるから、北に向かって決戦なんだが」
そしてそれは、元々戦う予定ではなかった。
あくまで、あるだけの特殊戦力と数で脅して、魔族を引かせる作戦である。
しかし、どうやらモルシュタインと俺は決戦しないといけなくなったのである。
「この部屋のシステムの中に電極がついた椅子があるんですけど、
それと先輩の全身の筋肉を繋いで、薬を飲んで貰います」
「どんな薬なんだ?」
「脳内の時間間隔を千分の一にする薬です」
「……?何の意味があるんだ?」
「流れ人と言うのは、最初にこの星に来た時点で全てを持っています」
「ふむふむ」
「あとは、いかにその強靭な能力に身体を慣れさせていくかと言うだけの話なのですよ」
「それでなんで電極と薬なんだ?」
「千倍に加速された脳内でトレーニングを積み、その経験が身体にフィードバックされるとしたら?」
「あ……何となく分かったわ」
つまり超短時間で修行を完結させてしまうという便利な装置があるということか。
「この装置は脳や肉体に強い負荷がかかるので、いかに流れ人と言えど、何度も使用はできません」
「分かった。一回で仕上げてこいということだな」
「理解が早くて助かります」
そう言うが否か、菅はライーザを抱きしめていない方の左手で
俺の目の前に電極に繋がった鉄製のゴツイ椅子を呼び出す。
……なんかに似てるなこれ……あ、電気ショックで死刑にする椅子だ……。
映画とかで見たことあるぞ。
「地球にある電気ショックで死刑にする椅子と、作りはほぼ一緒ですね。
一般人が座ると普通に死にます」
普通に死にます。じゃねええええええ。こえええええええええ!!!
「いや、本当に大丈夫?俺の脳ミソ焼けるんじゃない?」
「それくらいが、流れ人にとってはちょうどいいのですよ。
臨死体験に近いほうが、より強くなって舞い戻れますよ」
「お前の言ってる意味はもう分からんが、これしかないというなら信じよう」
「服は脱いでくださいね。下着くらいはつけてても大丈夫ですよ」
「あ、待った外に居る兵士さんに、事情を話して皆に教えててもらっていい?
あ、そうだ、俺、どのくらいここで過ごす感じ?」
「一日くらいだと思います」
いきなり俺がいなくなると周囲が大混乱するのは今リアルで体験中である。
俺は菅に思念の部屋の扉を、少しだけ開けて貰い、
外で待機していた兵士に、一日ほどここで過ごすことを
大老ミイや俺の仲間たちに伝言して貰う様に頼んだ。
伝言が終わり、背後で扉が再び閉まる。
俺は本格的に恐怖心が出る前に、全身の服や腰に下げていた彗星剣を
素早く脱ぎ捨てて、電気椅子に勢いをつけ、ドカッと座る。
すると椅子が勝手に電極を身体の各所に、貼り付け始めた。
全身電極だらけになった俺は、椅子の脇にかけてあった
これまた電極まみれのヘッドギアを被り、
菅が投げて寄こした虹色の薬の瓶の栓を開け、飲み干した。
甘ったるい薬の味に、頭がボーっとなってくる。
目の前の景色が薄れて、俺は意識を失った。
……
「起きてよーっ。ねえ起きてよー」
夏用のセーラー服を着たツインテールの美射が俺に呼びかけている。
「ああ、何だお前か」
目を開けて立ち上がる、周囲は世界の終わりのような荒野がずっと広がる。
「何だ、お前かじゃないですよーっ」
美射は頬を膨らませながらも、かなり嬉しそうだ。
「んとね。但馬が飲んだ薬の効く時間が大体一日だから
千倍で、千日一緒だね」
「……お前と?」
「そゆことー。何しよっか」
「いや、修行をしないとだな。モルシュタインを倒さないと」
「そんなに焦っても先は長いよー千日だからね」
美射は腕を組んでくる。
「とりあえずデートね」
「いや、デートする様なところが……」
美射は腕を振り上げると、世界の終わりのような周囲の光景を
青空の下でアトラクションと人で溢れた海沿いのテーマパークに一挙に変貌させた。
「……何ここ?」
「昔、お父さんやお母さんと行ったところ」
周囲を見回すと、たしかに人々の髪型や服装がどこか古い。
電話している人たちが手にもっているのは皆ガラケーだ。
何か釈然としないまま、俺は、腕を組んだ美射に誘われるがままに観覧車に乗せられる。
「俺の脳内だろ?何でお前の記憶なんだ?」
こんな所、行った事も無い。
観覧車の外に広がる長閑な風景を眺めながら訊く。
「こういうのずっと夢だったんだよね。但馬と一緒に遊園地に行くの」
俺の問いには答えずに、嬉しそうに美射は、窓からテーマパークを見下ろす。
そうか。こいつとちゃんと遊んだりとかしたこと無かったな。
学校ではいつも一緒だったが、
家に帰ってからはメールを散発的にするくらいで距離を置いていた。
美射からもこういうところに誘われたことは一度も無い。
「昔さ。小5の時だったかな。一度だけ、夏祭りに誘ったんだけど
きてくれなかったじゃない?」
「ああ、そんなこともあったな」
バカップルとクラスの皆に囃し立てられるのが本気で嫌だった時期である。
中学あがってからは慣れた。というか周囲にそういうキャラとして定着したので諦めた。
「あれで誘えなくなった……断られるのが怖くなってね」
「そうか……ごめんな」
今考えたら、悪いことしたなと思う。
俺のために色んなことをしてくれた美射とたかが遊びに行くくらい。
もっとしてあげればよかった。
「いやいやいいよー。……ウザい女でいつも、ごめんね」
しんみりしたところで、観覧車が下へとたどり着いて、俺たちは降りる。
近くのアイスクリーム屋で、ソフトクリームを買って
ベンチに座って青空を眺めながら、二人で食べる。
「今だったらね。言えることも沢山あるよね」
「そうだな。変な経験沢山して、少し大人になった気がするよ」
「私もねー」
と言いかけて美射は口を閉じる。
「あ、まだダメだった。危ない危ない」
「ん?なんのこと?」
「気にしないで。とりあえず今日は遊ぼうよ。まだまだ長いからね」
美射は俺の手を引っ張っていき、二人で様々なアトラクションを乗り回す。
「疲れたねぇ」
日が暮れて、二人で海の見えるホテルにチェックインしながら
美射は話しかけてくる。
「同じ部屋にしたからね」
「意見はあるが、まぁ、今日はお前に合わせるよ」
「やった。ダブルベッドのスウィートルームね」
「いいけど性的なあれは無しでな。もう沢山なんでな」
「分かってるって。何もしないよ」
鍵を受け取り、俺たちは綺麗なエレベーターで最上階に上がり、
豪華なスウィートルームの扉を開ける。
海がテラスから見える。
「いい景色だね」
「そうだな」
夜景に煌く海がゆっくりと揺れている。
「夢かなっちゃったなー。よかったあ」
美射は両手を空に上げて、背伸びをするように喜ぶ。
「地球のリアル世界だったら、大人になってお金ないとできないことだからな」
「そうだね。ここはイメージの世界だからね。それだけが残念だねー」
「いつかさー。本当に一緒に行かない?」
「行けたらな。帰れるかどうかすら分からんし」
「そうだね。あー帰りたいなー」
と言って美射はとっさに口を押さえる。
「……?」
「言ったらいけないこと多くてねぇ。ほんと嫌になる」
「そうなのか。まぁ深くはきかんけどさ」
「助かるよ。ところで、明日からの修行はどんなのがいい?」
「ミッチリやりたいな。多少辛くてもいいわ。しっかり強くなって帰りたい」
「分かった。じゃあドラゴン討伐コース百日からしてみるね」
「……何だその怖そうなの」
「あらゆる種類のドラゴンと毎日戦い続けるの。
ライグァークみたいなのは居ないから安心して」
「……心が折れないギリギリで頼むわ」
「もちろんよ。但馬を一番近くで見てきた、美射さんの腕に任せなさいっ」
美射は細い腕を折り、プニッとした力瘤を作って笑った。
その後、食堂に行って外国料理のフルコースを楽しんだ俺たちは
寝る準備和してダブルベッドで、間に枕を並べて挟んで
反対側を向きながら横たわる。
「この枕、いらないんじゃないー?」
「いやいや、一線は引いておこう」
「えー。抱きつくくらいよくない?」
「無事に地球帰ったら、何してもいいから今はやめてな」
「ほんとっ!じゃ!今は諦める!!」
つい言ってしまった俺の言葉を聞いた美射は
嬉しそうな声をあげて、すぐにスヤスヤと寝始めた。
明日からの修行の日々に、若干の不安を感じながら
俺も目を閉じた。




