結果
マイカがナップザックの中から取り出した全員分のレインコートを着て
寒さをしのぎながら、俺たちは雪山を下山する。
アルデハイトが「飛んでいけばすぐ帰れるよな」という俺の提案に
首を横に振り「少し、色々と考える時間が欲しいです」と黙り込んで
マイカから受け取ったレインコートを羽織り
勝手に山を降り始めたので、俺たちも続いているのだ。
「同じ山だよな?」
「……その通り……半ラグヌス(年)……経った……だから冬なり……」
マイカが雪を踏みながら、分けの分からないことを言って、尋ねた俺は首を捻る。
「兄さん……雨期は?今ごろ、最後の大雨が降っているはずなんだけど……」
「すっげえええええ!!わけわかんねええええ!!!
やっぱタカユキ様たちすげえわああああああ!!んがんぐ……」
ミーシャはナチュラルにジャンガスの口を塞ぎ、
俺に心配そうな顔を向ける。
しかしそんな顔をされても俺にもさっぱり分からない。
確か、まだ洞窟内に入ってから二日くらいしか経っていないはずである。
どう考えても雪が降るわけがない。
しかし辺りは一面の雪である。雪雲から真っ白な粒が降り注ぎ
細い山道の周囲には雪が積もっている。
前を行くアルデハイトは、立ち止まってはブツブツと独り言を喋り、
そしてまた早歩きで山道を降りて、
再び立ち止まる、ということを繰り返している。
マイカはレインコートのフードを被って
「……冬……それは……篭りの季節……ここに……かまくらを……作ろう……」
などと分けの分からない独り言を呟いている。
ミーシャとジャンガスは痴話喧嘩から談笑に移ったようで
何よりである。
俺は背中のアルナの体温を感じながら、雪山を降りて行く。
一時間ほど歩くと山道を無事に抜けて
小さな村に出たので、俺たちは宿を探す。
「食費とか宿賃とかどうしよう」
と探しながら心配していると、マイカがポケットを漁り
「……金なら……燃やすほど……ある……天下の……まわりもの……だ……」
と札束をいくつも見せてくる。うん、三途の川の時に続いてありがたいけど、
お前それ、王都中央城からくすねてきたよね?そうだよね?
犯罪だよね?それ立派な窃盗罪だよね?内部犯なら横領だよね?
と色々な想いが交錯しながら、俺はあえて黙っていた。
とにかく今は、金がいるのである。
ジャンガスとミーシャが小さな民宿を見つけてきたので
俺たちはそこに金を払って、泊めてもらうことにした。
エプロンをした女将さんから、民宿の二階に案内され
部屋に荷物を置いて、アルナを寝かせる。
アルデハイトはマイカから札束をいくつか受け取ると
フラッとどこかへと出て行った。
「アルナに服着せるから、男子は出て行ってよっ」
とミーシャから部屋の外に出された俺とジャンガスは
廊下の窓から、雪を見つめながら雑談する。
「ミーシャどう?」
「気が超合っていいっすね。本気で、国に帰ったら、嫁に貰っていいですか?」
いきなりジャンガスは、真剣な顔をして俺を見つめる。
背丈が同じくらいの俺たちは、しばし見つめあった後
「いいよ」
と俺は言う。
アルデハイトとマイカが認めた上に
ミーシャ自身とも気が合うんだから、これ以上の相手はいないはずである。
「まじっすか……やった」
気楽に答えた俺にジャンガスはガッツポーズした後に
音を立てないように小躍りして、静かに喜びを爆発させる。
「あ、そうだ。ジャンガスの家は、金持ちなの?」
「別にふつうですけど、何でそんなことを?」
「この世界って、金持ちは妻何人も、もったりするんだろ?
そんなことになったらミーシャが可哀相だなと思ってさ」
菅がでたらめな数の妻と子供をもっていたことは
俺の記憶に新しい。
「俺はもう……ミーシャさん一筋っすよ。
城の食堂で一目見たときから、この人しか居ないって思ってました」
「その言葉、信じるぞ」
「だいじょうぶっす。言ったことは守る男ですよ。俺は」
ジャンガスは綺麗な緑の両目で俺を見つめる。
「いいよーっ。男子たち入ってきてーっ」
俺たちの会話を知らないミーシャが能天気にドアを開けて
部屋の中に呼び入れる。
ベッドにはパジャマに着替えたアルナが横たわっていた。
ミーシャたちも温かいポンチョのようなものを着ている。
俺たち二人も、部屋の中にあるものを着込んで
温かい格好になって一息つく。
まぁ、流れ人の俺はおそらく全裸で雪山に放り出されても
まったく大丈夫だろうが、
それでも雰囲気と言うものが、人間大事ではなかろうか。
そして四人で車座になって、食料の残りなどを食べながら
今後について話し合うことにする。
乾パンを齧りながら、俺は一番疑問に思っていたことをマイカに訊く。
「なんで半ラグヌス(年)も時間が経ったんだ?
洞窟入って、まだ二日だろ?おかしいじゃないか」
「……代償……」
「……生者が……違う階層……下りると……」
「……下……向かう……ほど……時間……とられる……」
マイカは言葉を区切りながらゆっくりと説明して行く。
俺たちは聞き漏らすまいと、耳を傾ける。
「……大きな……代償なければ……秩序……崩れる……」
「……説明しなくて……悪かった……人生の……半ラグヌス……大きい……」
「……でも……急がなければ……アルナ……完全に……乗っ取られて……いた……」
そこでマイカは口を閉じて、皆に頭を下げる。
「いや、謝らなくていいよ。アルナもちゃんと取り返せたし
色々変なものも見られたから、少し賢くなった気がする」
「過ぎたことよりも、見たものの方がでかかったっす。
姉御ありがとうございます」
ジャンガスは律儀に姿勢を正してマイカに頭を下げ返す。
「弟もできたからね」
ミーシャが嬉しそうに言う。
颯太のことはビギネメス夫妻に預けよう。子供の世話なんて
俺にとっては途方も無いことである。
「あ!兄さん!」
ミーシャが嬉しそうに
「半ラグヌス経ったなら、私、もう十五歳だ!!私の部族では成人だよ!!」
「おお、じゃあ、お酒も結婚もいいの?」
ジャンガスが近寄って、訊ねる。
「うん!!これで兄さんと結婚できるね!!」
満面の笑みのミーシャに、ガクッとジャンガスが頭を落とす。
「いや、兄弟は結婚しないもんだよ。血の繋がりがなくてもそれはダメだろ」
と俺は助け舟を出して、ジャンガスに"行け"と目で指示する。
「ミーちゃん、いやミーシャさん」
いきなり正座して、キョトンとしたミーシャに見つめられたジャンガスが
「国に帰ったら、結婚しよう」
とミーシャに両手を差し出す。
「……」
ミーシャは一瞬絶句してから、大笑いしだす。
「あっはははははははは!!みんな冗談が好きだなぁ」
ジャンガスは俺の顔を見ながら、
"失敗したっす"と情けない表情で首を横に振る。
まぁ、確かにもう長い付き合いのようなような気がしているが
まだジャンガスと会って三日だもんな。いくらなんでも強引過ぎたか。
そう思っていると、マイカが意外な助け舟を出す。
「……ミーシャ……両方と結婚しては……どうだろう……」
「両方?」
「……まず……ジャンガス……先……」
「……飽きたら……タカユキ様……本番……」
「そうか!!うちの部族も、強い女の人は多くの夫をもっていたよ!!」
そうか、逆の発想か。一夫多妻ではなく、一妻多夫である。
地球でもそういう国があるとはネットで以前見た気がする。
「……ミーシャ……強い……激しい運命の……タカユキ様に……よくついてきてる……」
「……大領主の……流れ人の妹……強い女……そろそろ……家族もって……いいころ」
「……強い女……強い子供……作る……必要……」
「そうかぁ。そうかもねぇ」
ミーシャは腕を組んで、考え込んでいる。
マイカが明らかにミーシャをおだて上げているのは
誰にでも分かるが、本人のミーシャは
単純で純粋なので、完全に乗せられている。
ジャンガスは涙目で神でも見るような目でマイカに両手を合わせる。
「よし、分かった!!帰ったら結婚しよう!!
でも飽きたら、離婚して兄さんと結婚するからね!!」
「それでもいいっす!!やったああああああああああああ!!」
今の話に俺の意見は、何ひとつ取り入れられてはいないが
まぁ、結果良ければなんとやらである。
これで重度のブラコンからも卒業してくればいいんだが
と俺は小さくため息を吐きながら、二人の前途を祝福した。
その後、三日ほど俺たちはその村に泊まり続けた。
マイカによると、アルデハイトが戻るまでは
ここを動かないほうが良いということである。
俺はミーシャたちの痴話喧嘩を聞いたり、民宿の女将の料理を
皆と舌鼓を打ちながら食べたり、回復したアルナと温泉に入りに行ったり、
この辺りの生活の話を聞いたりしながら、
流れ人であることや戦いや領地のこと、菅のことなど、
地獄や黄泉で起こったことも含めて、全て一旦忘れ
その三日間をゆっくり過ごした。
でたらめな事ばかり起こって、荒廃していた精神が
だいぶ安定してきたころ、フラッと雪まみれのアルデハイトが民宿に戻ってきた。
ちょうど、ミーシャとジャンガスは二人で外でデートの最中である。
すっかり元気になったアルナは買出し中だ。
彼は肩に積もった雪を掃って、
出迎える俺とマイカの顔を見るなり
「予想通り、ローレシアンで内戦と分裂が始まっていました」
と告げる。そして矢継ぎ早に
「東部のラングラール殿下が、1ワンハー(月)前に、突如反旗を翻し、
大老ランハムを殺し、王都中央山へと攻め込んでいます」
「……!?」
あの人の良さそうなランハムを?
何で?本当にあのラングラールが殺したのか……。信じられないが。
というか王都中央山に攻め込んだって、なんじゃそりゃあああああ!!
「……だろうな……タカユキ様……突如……行方不明……混乱……極まる……」
マイカがアルデハイトを部屋へと案内しながら、呟く。
「北部のヴァルナガル殿下は独立しました。我々魔族と同盟を結んだようです」
階段を登りながらもアルデハイトは喋り続ける。
「ザルガス殿は、良く領地を保っておられるようですよ」
部屋に入ってから、マイカに差し出された水を一気に飲み干して
俺に顔を向けて、微笑む。
良かった。それは唯一、良い知らせである。あいつはやはり誠実な男だったようだ。
「第二と、ここ第四王子領は沈黙を保っています。様子見しているようです」
「……マイカ……」
「……なんだ……タカユキ様……」
「これ、お前、こうなると、分かった上で黄泉に連れて行っただろ……」
自分で言いたくは無いが……国家を左右するレベルの重要人物の俺が
いきなり仲間ごと半年も消えたから、国内がぐっちゃぐちゃになったのは
すぐにわかった。しかしマイカはわかっていたはずである。
「……人の……真実の……姿……非常時……分かる……」
「……逆らう獣……からは…………牙……抜くべし……今こそ……審判の……時……」
「要するに、いい機会だからラングラールとヴァルナガルをぶちのめせと……」
マイカは表情を変えずにコクンと頷いた。
恐ろしいやつだこいつは。確かに言っていることは正しい。
しかし、人として、筋が通っているかと言うとどうだろう……。
分かっててやったのなら、殆ど嵌め込んだも同然ではないか。
国家に反逆したとはいえ、ラングラールからは後ろ盾も頼まれていた俺だしな。
いや、しかしザルガスたちは本当に心配だ。
大老ミイは老かいだから心配するまでもないだろうが
ミサキ女王の方は一応は心配だな。
どうしたらいいか分からない俺が頭を抱えて混乱していると、
「ラングラール様からいきましょう」
アルデハイトが真面目な顔で俺に頼んでくる。
「何でだ?ああ、兄貴のほうは魔族と同盟したからか」
「そうですね。魔族国の市民としては微妙な立場になります」
眉を潜めて、アルデハイトは腕を広げる。お手上げか。
俺がラングラールを攻めるとしたら、理由はランハム殺しくらいだな。
いや、むしろそれで十分なのか。戦には大儀が要ると
戦国時代漫画には書いてあった。よし。戸惑うのはもういい。
分かった。さっさと片付けよう。
「ラングラールを完膚なきまで、叩きのめす策を教えてくれ」
マイカとアルデハイトは、すぐに幾つかの身の毛もよだつエグい作戦を
俺に提案した。こいつらホント悪魔だな。
と思いながら俺は機械人のリサにまた怒られないように
二人とじっくり話し合いながら、そこからエグさを慎重に取り払っていく。




