地上帰還
※修正しました 瑞々しい水源→瑞々しい湿原
港を出て、
蓮の花が咲き乱れる湿原地帯に降り立った俺たちは
マイカの先導で、そこを奥へと進んで行く。
通り過ぎる様々な種族の人々は、皆穏やかな顔をしていて
幸せそうである。
「きれいなところだねぇ」
その人々を透過しながら、ミーシャがうっとりして言う。
「俺的に天国があるとしたらこういうところっす……」
ジャンガスも高揚で頬を赤らめながら続ける。
ここがその天国だよ。と言ったらまた興奮して面倒なことに
なりそうだったので俺は黙って頷く。
ライーザは今度は自ら、残った左腕で俺の右手を掴んでついて来る。
その手を引いた俺は、歩きながらマイカから
遠くに見える宮殿を指し示される。
「あれは?」
「胎動界支配者……閻魔……居る城……審判員たちも……」
「ネガラブルバグチャ・アル・ミガダラという長ったらしい
名前の城です。略してネガラ城と我々は言っています」
「あそこにアルナが居るのか?」
確かマガルヴァナの故郷は黄泉だとか言っていたはずだ、
どういう区分になっているのか分からんが
三途の川を抜けた先のこちらは、胎動界である。
マガルヴァナはどこだ?
その問いにマイカは答えずに、太陽の位置を見て、焦った様子で
「……アルデハイト……飛ぼう……もう時間無い……」
とアルデハイトの左足に縋り付く。
口を結んだアルデハイトは無言で頷いて、全員を自分の身体に絡めつかせると
翼を広げて、ネガラ城の方角へと高速で飛び出した。
アルデハイトが身体に近寄らせることを拒否したので、
ライーザは俺の手を握ったまま飛んでいる。
そして、アルデハイトは、5階層になっている
巨大な宮殿の最上階の水晶でできた透き通るようなバルコニーに着地した。
見回すと豪奢な宮殿は宝石で作られたように全体が色とりどりに煌いている、
「すっげ……」
と騒ぎそうになったジャンガスの口を
珍しくアルデハイトが素早く塞ぐ。そしてマイカに小さく尋ねた。
「閻魔の執務室はこの階ですよね?」
「……そう……ここ……タカユキ様……後始末……頼む」
「後始末?何の?閻魔って、あの閻魔大王?」
日本ではわりとポピュラーな、死者の罪を裁く冥界の王の名前だ。
ひげもじゃで王冠を被ったゴツイおっさんを俺は連想する。
というか後始末って何のことだ。俺は訝しげにマイカを見つめる。
「……スガ様……できなかったこと……」
目を逸らしたマイカは、ミーシャとジャンガス、そしてライーザにバルコニーで
迎えに来るから大人しく待っているように告げ、
俺とアルデハイトと三人でバルコニーの中から宮殿へと進む。
眩いばかりに煌くカーペットの敷かれた廊下を
俺たちは、マイカの先導で奥へと進んで行く。
迷路のように入り組んだ廊下には、化け物の肖像画や、どこかの風景画、
そしてキュビズムのような理解不能な絵が、等間隔で延々とかけられている。
「……これ……生命体の人生……記録……記憶……特徴的なもの……集められてる」
「気に入ったものがあったので、一枚貰っていきたいですが、
これらも宮殿そのものみたいなので、無理でしょうねぇ」
長い足で、大またで歩きながらアルデハイトが顎をさすりながらのたまう。
「……取り去る……記憶……消える……ダメ……」
マイカにやんわりと咎められたアルデハイトは、恥ずかしそうに頭をかいた。
絵を見続けながら眩い廊下を歩き続けていると
いきなり突き当たりに扉が現れる。
「この先?」
「そう……脇から……だが……執務室入れる……」
言うが早いかマイカはバンッ!!と扉を開け放ち、
その中のセピア色の部屋へと入って行く。
確かに脇からのようだ。
左側の壁には大きな扉がある。そっちが正面だろう。
誰も居ないその部屋の雰囲気は、亡懊宮とそっくりだ。
ただ、この部屋の中は、所々に色のついたアンティーク調の家具が揃えられ、
真っ黒な本棚や頑丈そうなデスク、そして肖像画が天井近くの壁に何枚も飾られている。
おれがそれを見上げていると
「……先代……閻魔たち……」
と説明する。
「閻魔って交代するの?」
俺のイメージだとずっとひげもじゃのおっさんな感じなんだが。
「そうですよ。生者死者関係なしに、有能な者が交代するのです」
「今の閻魔……長すぎる……お……来た」
マイカは部屋の正面扉の前へと仁王立ちする。
アルデハイトは、俺の腰にある彗星剣を抜くように耳元で囁く。
自分が帯刀していたことなどすっかり忘れていた俺は
戸惑いながらルートラムを右腕で鞘から出し、抜き身にする。
外からは大きな話し声が聞こえてくる。
「……困ります……次の閻魔候補も、もう選出したというのに……」
「我、イマダ閻魔……サカラエバ斬る……」
「ひぃぃぃぃぃ」
扉の向こうで男が叫びながらドタドタと走り去って行く音がして
上半身裸で腰蓑のようなものをつけたアルナが扉を開け、入ってくる。
そして、自らの前に腰に手を当て、立ちはだかるマイカを確認すると。
ニヤリとした顔をした。
いや、っていうか胸の突起物丸出しじゃん。うわー服着せろよ!!
乗っ取った相手を何だと思ってるんだよ!!
めっちゃ見ちゃったよ。ばっちり見たさ。ああそうだよ悪くない大きさだったさ!!
てか、これでまた思念の部屋の美射から怒られるわああああああうわああああ!!
と明後日の方向でパニックになっている俺とは別に
アルナの姿をしたマガルヴァナは、不敵な顔でマイカを見つめる。
「ヤハリ……追ッテキタ……カ」
「……」
マイカはそれには答えずに俺を指し示す。
壁に寄りかかり足を組んだアルデハイトも抜刀した俺を指差している。
びっくりしていると、マガルヴァナは
「ワカッタ……広イトコロへ行こう……」
と俺たちを誘って、正面扉を潜り、宮殿内を奥へと歩いていく。
しばらく歩いた先の扉をマガルヴァナが開けると、だだっ広い真っ白な空間に出た。
通ってきた地獄の白夢に似ている。
入って振り返るとそこには開いた扉しかない。
この空間の広さは宮殿の大きさよりも遥かに広い。
どうやっているのかは分からないが、扉で空間を直結しているようだ。
「ジャマモノ……居ナイ……闘ロウ……コノ身体……最高ダ……」
マイカとアルデハイトは向かい合う俺たちから距離をとる。
マガルヴァナはアルナの身体から腰蓑も捨て去り、
全裸になって俺を恐ろしい眼で見つめる。
いやいやいやいやいや、不可抗力だろ。これ不可抗力だろ。
と俺は美射に全力で謝りながら
できるだけ首から上だけを見るようにする。
とはいえ距離は結構あるので、いやがおうにも全身が見えてしまう。
やりにくいなぁと困っていると、
それに感付いたらしいマガルヴァナが足を開いた股へと指をいれて
まさぐりながら、ニヤニヤした邪悪な顔を俺に向ける。
そこで俺は頭の理性の糸が切れた。
一般人マインドで平和主義者であくまでクソガキの俺だとしても、
あんま舐めんじゃねえぞ。
知能ある生き物として、やってはならないことの一線を
お前は今越えた。
怒りが湧き上がった俺は
頭がトランス状態になっているようで、
抜き身にしていた彗星剣を無意識に操られるように鞘に入れ、
その鞘ごと剣を両手持ちしてマガルヴァナに襲い掛かる。
マガルヴァナは俺の振り下ろされる渾身の一撃を
冷や汗を垂らしながら避けると
アルナの身体の裸の足で蹴りを横っ腹に入れる。
痛みはなかったが、凄まじい衝撃が全身に広がり
俺は横に十メートルほど吹っ飛ばされる。
アルナ……お前やっぱり流れ人と……肉体的強さが……。
と一瞬考えていると、マガルヴァナは再び、
跳躍しながら俺目掛けて蹴りを入れてくる。
俺はそれを余裕で避け、飛びのいて距離をとる。
本気でこいつをぶちのめしたい俺は、
早くもマガルヴァナのスピードに目が慣れてきた。
こいつの攻撃が一辺倒で、
動きがトリッキーだった"凶"よりも遥かに組し易く、
そして威圧感はライグァークの足元にも及ばないということも見切った。
よく見極めたらクソ雑魚だわ。せっかくのアルナの身体の持ち腐れだバカが。
恐らく次の攻撃へのカウンターで致命傷を与えられるだろう。
しかし当たり所が悪いと、アルナの身体ごとぶっ壊しそうなんだが……。
と思いながらマイカをチラッと見ると、
彼女は自分の胸の中心部を指差している。
分かった。そこを狙う。
自分が圧倒的優勢だと勘違いした邪悪な笑みで
再び俺へ蹴り掛ってきたマガルヴァナを
ヒラリと避けて、思いっきり俺はアルナの二つの胸の突起物の間を
鞘に収めた彗星剣の剣先で突く。
鞘の先から青い閃光が飛び散って、全裸のアルナの身体全体に拡散していく。
「ヴゲァアァァァァァァァァァァァァ!!!」
とマガルヴァナは大きく呻いて、
大きく開けられたアルナの口から真っ青な透けた身体で出てくる。
地面でのた打ち回る全身羽飾りだらけの仮面をつけた男に向けて
俺は鞘から、彗星剣ルートラムを抜いて迷わず、怒りに任せて、縦に一閃した。
両断されたマガルヴァナは、細かい金色の光の粒となり、背後の開いたままの扉へと
吸い込まれるように消えて行った。
それを見て立ち尽くす俺の前に歩いてきたアルデハイトが
「あらー殺っちゃいましたか」
自分の着ていた虹色のレインコートを
裸のアルナに着せながら何とも言えない顔で言う。
「ちょっと……強引だが……最悪の結果では……ない……」
マイカも首を横に振りながら続ける。
怒りが覚めて、ふと我に返った俺は気付く。
「ああ……マガルヴァナ殺しちゃったのか……」
大失態である。どちらかといえば話し合えば何とかなる精神の俺が
あの世の生物とはいえ、殺したのか……。
戦いは一瞬で、マガルヴァナの事情を聞く間もなかった。
菅から受けた仕打ちに対して言いたいこともあっただろうに。
近寄ってきたマイカは腕を伸ばして、俺の肩をポンポンと叩き、
「……形失い……輪廻へ……向かった……あれでいい……少なくとも……遺恨消えた」
「面倒なことになる前に帰りましょう」
レインコートを着たアルナを背負った俺と二人は
扉から出て宮殿内に戻る。
マイカが来た道を正確に覚えているらしく、先導して
素早く執務室までたどり着く、そこから脇の扉を出て
バルコニーまで戻ると、ライーザが居なかった。
ミーシャとジャンガスは、俺の背中に背負われたアルナを見て
騒ぎながら喜んでいる。ライーザはそもそも見えなかったので
どこかへ去っても気付かなかったのだろう。
「……気になるが……もう……時間……無い……」
マイカは指をパチッと鳴らすと
「……はやく来て……終わった」
と空に向けて呟く。
すると空間に不意に真っ暗な穴が開き、
巨体のビギネメスがその中から身体を折り曲げて出てくる。
「地上へお連れします。ふーむ。ジャスト半ラグヌス(年)ですね」
とマイカに何かを話しながら、六本の腕で別の穴を空間に空ける。
ビギネメスに促されて全員で潜り、出ると、そこは雪山の中だった。
強い吹雪が吹き付けて、俺たちを出迎える。
「なんじゃこりゃあああああああああああ!!!冬だあああああ」
ジャンガスは驚いている。ミーシャはその隣で言葉も無く、呆然としていた。
アルデハイトとマイカは分かっていたようで落ち着き払っている。
穴の向こうからビギネメスが「では、いずれまた」
と深く礼をして、穴を閉じる。
俺は皆と一緒に吹雪にうたれながら、一面の雪空を見て立ちつくす。
背中にはアルナの気持ち良さそうな寝息が微かに聞こえていた。




