女王ミサキ
俺たち四人は、一旦自室に戻って、
普段着に着替えてから、城の食堂へと向かう。
先日行ったところと同じ場所だ。
ちょうどお昼過ぎで、兵士たちでごった返していた
テーブルの空きを探して、何とか四人で座れる席を見つけた。
着席しながらアルデハイトが言う。
「ここは兵士たちが多いですし、高級官僚用の食堂もあるのではないのですか?
そちらに行った方が迷惑がないのでは?」
「んーそうかもしれないな。あとで誰かに訊いてみるわ」
「とりあえず食べようよー飯だ飯ー」
ミーシャが皿に配給を受ける列に並びにいった。マイカも続く。
アルデハイトは水だけ取りにいって飲む。
「行かないのか?」
「いや、私はそんなに食べなくても良いのですよ。
それよりもタカユキ様は行かれないのですか?」
「何か疲れたわ。ちょっと休みたい」
俺は椅子に身体を沈みこませる。
「まぁ、まだまだこんなものではないですよ。
領土とか制度、種族差なんていうものは、この世界のかわいらしい表の顔です」
「何かそれは分かってきたわ。
最近、微妙に思っていたのと違う面を見ることが多いからな」
「でしょう?八宝を使い、ライグァークや機械人と接触したなら分かったはずです。
勲章やら領土なんてものは序の口ですよ。
だから、人間が作った制度ごときから、
何を与えられても、気にしないでいれば良いのです」
「……少し、気持ちが軽くなった。ありがとな」
「いえいえ、以前も申しましたが、メンタルケアも大切な仕事ですよ」
アルデハイトは端正な顔で微笑んだ。
いきなり後ろの席の若い兵士が振り向いて話しかけてくる。
「おい、あんたらさ。今の話ほんと?何か、すげぇこと話してなかった?」
金髪をスポーツ刈りにして、肌がよく焼けた若者だ。
たぶん二十歳くらいだろう。少しお兄さんな感じがする。
「ただの与太話ですよ。お気になさらず」
と言ってアルデハイトは兵士に興味無さそうに水を飲む。
そしてもう一度顔をあげ、兵士の顔を見て、何かを理解した顔をする。
「ああ、ついてきたいのですか。よろしいのでは」
「え!?」
アルデハイトは何を言っているんだ。
「よいと思いますよ」
ニコニコとアルデハイトは、その兵士の椅子と皿を
こちらのテーブルに移動させるのを手伝う。
料理を皿一杯に盛って、テーブルに帰ってきたミーシャが
その様子を見て驚いた。
「誰!?」
「この兵士さんがついてきたいそうです」
アルデハイトはニコニコとミーシャに紹介する。
「ういっす。ジャンガス軍曹と言います。よろしくっす」
兵士は手を少しあげて、ミーシャに挨拶する。
「いや、アルデハイト、おまえさぁ……」
俺は困惑している。兵士さんたちも所属とかあるから
いくら本人が行きたいと言っても、勝手に連れ出したらダメなんじゃないか。
俺の困った顔に気付いたらしいジャンガスが
「ああ、飯食ったら、除隊届け出してきます。
どうせ城の庭警備とかしか仕事ないんで。クソつまんないし」
とあっさり言う。仕事ってそんな簡単に辞めていいものなのだろうか。
だいじょぶかこいつ……と思っているとマイカも戻ってくる。
皿の上には真っ青なマカルが十個くらい積まれている。飯は……お前……飯は……。
マイカはジャンガスの顔を見るなり
「ああ……いいね……」
とアルデハイトに呟いて、その隣席に座ってマカルを剥き始めた。
アルデハイトは笑顔でマイカに頷いて
困惑している俺たち兄弟に
「あとで効いてきます。この子は中々面白いですよ」
とニコニコしながら、水のお代わりを取りに行った。
俺は首を傾げながら、皿をおぼんの上に揃えて、配給の列に並びに行く。
食べ終わった俺たちは、食堂を出て女王の部屋へと向かう。
ジャンガスとはあとで城の中庭で落ち合うことになった。
「俺たちのタイミングで行っても大丈夫かな」
「……待ってる……大丈夫……」
マイカが俺に囁く。
アルデハイトも
「マイカさんが言ってるなら大丈夫ですよ」
と言葉を継ぐ。
ミーシャは何とも言えない顔をしている。
「どしたの?」
と訊いたら
「つきあいませんか……だって……」
「……ジャンガス……積極的……いいね……」
ミーシャはマイカを見て、首を横に振る。
「嬉しいけど、私には兄さんがいるしなぁ……」
ミーシャは俺の方をチラチラ見ながら言う。
いや、俺に拘らなくてもいいと思うぞ。と思いながらも
口に出すと絶対面倒なことになるので、聞いていないふりをした。
マイカの導きで、二回くらい隠しエレベーターに乗って
曲がりくねった通路を上がると、どうやらこの城の最上階のフロアに来た様だ。
アルデハイトは隠しエレベーターに乗れたのが嬉しかったようで
朗らかなメロディの鼻歌を歌っている。
最上階のフロアは通路がまずはとても幅が広かった。
通路の周辺の壁には賞状が入った額縁や肖像画、
鎧、そして刀剣などが大量に飾られている。
俺たちはそれらを見回しながら、奥へと進む。
「月影ですね。タカユキ様の力にも耐えられるのではないでしょうか」
アルデハイトが紫の鞘に収められた長刀を見て言う。
「……彗星剣……折れたら……貰おう……」
「そうですね」
彗星剣が折れる!?そんな日が来るんだろうか。
無いと思うけどな。と思いながら進んでいく。
再奥の扉をマイカがコツコツと叩く。
「そろそろ来るころだと思ってました」
カーディガンを羽織った白髪の大老ミイが扉を開け
「どうぞ」
と微笑みながら俺たちを通す。
アルデハイトは気を使ったのか「ここで見学しています」
と室内には入ってこなかった。
まぁ、あいつの聴覚ならわざわざ室内に入らなくとも
話の内容は聴けるというのもあるのだろう。
室内には相変わらず真っ赤な惚けた顔で天井を見上げている
女王が座っていた。俺の顔を見るなり
「キャ……」
と小さく悲鳴を上げて、窓際のカーテンの中に隠れる。
そんなに怖い顔かなと、若干傷つきつつも
大老ミイの手招きで、室内の高そうな黒皮ソファに座らせられる。
「ご足労かけて申し訳ありません。
タジマ様に大変重要なお話があります」
「……?なんでしょうか」
「ミサキ女王様は、あなた様とのご結婚を望まれています」
「……そうですか……え……今なんて?」
その瞬間、カーテンに怒りの形相のミーシャが向かっていこうとして
マイカに力ずくで押さえ込まれる。人体のツボを押さえた流れるような動きだ。
格闘漫画とかでよく見る達人的なあれである。
マイカ……つぇぇえええ、と俺は今言われた話を忘れて
その様子をボーッと眺める。
「タジマ様。タジマ様」
大老ミイの声で、俺は現実に引き戻される。
「ご結婚のお話、どういたしましょうか」
ミイは困った顔で、俺を見る。自分が包まったカーテンを少し開けて
女王はこちらを見ている。
「いや……結婚といわれましても……俺もまだ子供みたいなもんですし……」
俺の言葉を聞いて、カーテンの中から
女王が力なく崩れ落ちて、倒れこむ。
「ミサキ様!!」
大老ミイが慌てて駆け寄り、どこから取り出したのか
縄でミーシャをグルグル巻きにし終わったマイカも近寄る。
「ふむ……これは気の病……なり……原因は……」
マイカは女王をミイと共に介抱しながら、チラチラと俺を見つめる。
はぁ……分かったよ。何かしらんが俺のせいなんだろ。分かりましたよ。
何でこっちきてから変な女子に絡まれまくるのか。
近寄って、真っ白な顔をしている女王に話しかける。
「友達からで、どうですか?」
その瞬間女王の綺麗な頬に赤みが射して、ゆっくりと起き上がる。
「……はい!」
華奢な女王から両手を握られた俺は何とも言えずに
目を逸らす。
後ろでは縛られたミーシャがソファの上で暴れている。
その後、大老ミイの気遣いで、全員退出していって
俺と女王二人でしばらく話すことになった。
なんでや!!そんな状況にわざわざすることないやろ!
と心の中でエセ関西弁で怒りながら、
ソファに座ると、すぐに女王が隣に擦り寄ってくる。
俺の太ももをか細い手でゆっくり触りながら
「逞しい身体……」
と上気した顔で俺を見つめる。
いや、友達なんだから、まずは自己紹介とかそういうのからやろ!!
と心の中に住むエセ関西人の俺が悶絶しながら突っ込んでいるが
あくまで平静を装いながら、
「そうですか?ふつうですよ」
と返す。えらい。偉い俺。あくまで紳士である。
「あなたの……子供が……欲しいのです。一目見てそう思いました」
この世界の愛の告白はこんなに直接的なんか……。
もう少し、人間ならこうなんていうか、
甘い幻想に包むとか、間接的に言ってみるとか、人格を褒めるとか
そういうアレをだな。と思いながらも
「常に紳士でありたいと思っています。自己紹介とかからどうですか」
よく俺もこんな人生で一回も言ったことないキザなセリフが
出てくるもんだと心の中でセルフ突っ込みしながらも、冷静に俺は返した。
「すてきです……大好き」
女王は薄いドレスを着た華奢な身体で抱きついてくる。
おいおいおいおい。あぶねぇ。この展開はあぶなすぎる。
気を抜いたら、合体まですぐにいきそうな感じである。
まさか、大老ミイはそのつもりで……うわ、あぶねぇ。
今、気づいてよかったわ。
迂闊になんかしたら、性格の悪いアルデハイトが
その最中の声とかを聴いて、一生言ってきそうである。
思念の部屋の美射や菅もおそらく何か言うだろう。
マイカも感付くだろうし、ミーシャからも問い詰められる。
そんな地獄はもちろん御免である。衆人環視の中でどうこうする性癖は俺には無い。
俺はあくまで合体はせずに、どうしたら女王を傷つけずに満足させて
この状況を切り抜けられるか、頭をフル回転させ始める。
よし、これだ。
「女王陛下は、旅に出られたことはありますか?」
「いえ……ずっと王都で育ちました……何も……知らないのです」
恥ずかしそうにミサキ女王は顔を伏せる。
「これからこの世界と、俺が元居た世界のお話をしていきます。
どうぞリラックスして、お聴きください」
その後、一時間弱ほど、
知らない世界の話に目を輝かせる女王に
俺が今まで体験してきたことを話して聞かせた。
大体話し終わった後に
「私……あなたと……行きたい……私の知らない世界に……」
と女王は俺に抱きついて懇願してくる。
うむ。ここまでは想定内である。今こそ決めゼリフだ。
「あなたは貴方の役目を果たしてください。俺は俺の役目を果たしてきます」
「絶対、また会いましょう。その時はもっと面白い話をもってきますよ」
よし、決まった。これでいいだろう。
恥ずかしさで頭の中がすでに沸騰しているが、
おそらく顔には出ていないはずだ。これで切り抜けられる。
ホッとしてソファから立ち上がろうとすると、女王が素早く俺の膝の上に乗り
そして俺の唇めがけてキスをした。
「……!!」
「絶対に帰ってきてくださいね。
……私、もうあなたがいないと、生きていけそうにありません」
頬を真っ赤に染めた女王が、目を潤めて悦んだ表情で
驚いている俺を真っ直ぐに見つめた。
フラフラになりながらも、とりあえず、扉を開けて通路へと出る。
二人で話していたらしいアルデハイトとマイカが
ニヤニヤしながら出てきた俺をチラチラ見る。
縛られたままのミーシャは床に転がされて猿轡をされムグムグ言っている。
大老ミイが駆け寄ってきて
「果たされましたか!?」
と訊いてくる。果たす?決闘か何かの話か?
「……何をです?」
「ああ……そうですか。御武運をお祈りしています」
と残念そうなミイは、一礼をして部屋に入っていった。
「何の話?」
近寄ってきたアルデハイトとマイカに訊ねる。
「タカユキ様、高度に文化が発達した我々の世界とは違って
この程度の文明社会では、性とはもっとカジュアルなものなのですよ」
「……しちゃえば……よかったの……だ……挨拶がわり……」
ああ、合体的な意味だったのね。
ならする気はないわ。なんで好きでもない女とつきあわにゃならんのか。
やれれば誰でもいいんかい。
「あのなぁ。人事だと思って楽しみすぎだお前ら」
一国の女王と流れ人の俺が下手に合体したら、
老獪な大老ミイ辺りに丸め込まれて、そのまま結婚させられるに決まってるじゃないか。
そんなん高二の俺にでもわかるわ。世の中はそんなに甘くないのだ。
「うふふ。若さとは素敵なものです」
「……良いではないか……他人の色恋……楽しい……」
アルデハイトはミーシャの縄を解いて、素早くツボをいくつか押した。
縄で長時間縛られた身体をほぐす目的らしい。
「すいませんねぇ。タカユキ様には大事なことだったのですよ」
身体が動くようになるとミーシャはすぐに
女王の部屋へと突進していきそうになり、俺たち三人に止められる。
「兄さんは私のものだああああ!!貴様には渡さんぞ!!」
俺から背負われてむりやり階下へと連れて行かれるミーシャの
魂の叫びが通路中に響いた。
その後、一旦自室に戻り、武装や各人の日常品などを纏めて持つと
俺たちはジャンガスの待つ城内一階の庭園へと向かう。




