褒賞
「どうすんだこれ……」
「こうなったからには……急いでも……しかたない……まずは報告……だ」
俺とともに大きく開いた穴を見つめているマイカは
妙に冷静にアドバイスをする。
「お、おう……」
確かに言っている通りだ。今から小雨の降る夜のなかを
マイカとともにアルナを追っていっても
おそらく菅やマイカの話の感じでは追いつけそうも無い。
マガルヴァナに乗り移られたアルナを追いかけるのは
仲間たちや城の人たちに顛末を話して朝が来てからでいいだろう。
俺は息を吐き出して、一旦落ち着く。
今は慌てて、勝手に行動しても周囲に迷惑をかけるだけだ。
「ありがとう。落ち着いたわ」
「行こう……報告は……早いほうがいい……」
俺はミーシャを背負って、マイカに先導され
思念の部屋への通路近くの兵士たちの待機部屋へと向かう。
ついでに途中で置き忘れていた厨房から貰った食料の入った袋を回収した。
待機部屋に入って、何が起こったか、大体の事情を説明すると
その部屋に居た数人の兵士たちはすぐに各所へと連絡に行ってくれた。
俺たちは兵士に連絡して、我々の部屋へと戻る。
「大変な一日だったな」
アルナも心配だが、もういい加減休みたい。
身体が強くなっているせいか疲れはないんだが、精神的な疲労が
出始めているようだ。
「……寝る……大事……」
マイカは短く答えて、俺らの部屋へと案内する。
本当に巨大で複雑すぎて、一人では覚えられないなこの城は
と思っていると、マイカが道を逸れて十分ほど歩き、脇の暗く小さな通路へと入る。
マガルヴァナから隠れたときに入ったのと似た奴だ。
「ここから……直通……」
「ホントに!?」
「昇降装置……ある……たぶんずっと……誰も使ってない……」
要するにエレベーターということか。すげぇな。
菅はちょっと城の造りを懲りすぎではないか。
埃を被った鉄の扉をマイカが触ると、「ブーン……」
という電子機器の起動するときのような音がして
扉が左右に自動で開く。
「どうぞ……」
マイカが俺を誘い入れて、二人で狭い鉄の部屋に入ると
扉が閉まり、勝手に上昇していく。
というかエレベーターに乗って上昇していく感じがする。
そしてすぐにそれは止まり、扉が開いた。
マイカとともに出るとそこは、確かに俺たちの部屋があるフロアの通路だ。
壁に擬装されていたらしい。
「はよ言ってくれよ……さっきもこれ使えば楽だったような……」
いつの間にかスヤスヤと寝ているミーシャを
背負って食料品の袋をもったまま、マイカに文句を言うと
「手順ある……急がば……回れ」
と彼女は意味ありげに呟き、俺たちの部屋の扉へと歩き出した。
部屋の中に入り、ミーシャをベッドに寝かせる。
マイカにパジャマを着せるように頼んで、俺は寝室から出た。
リビングのソファに座ってホッと一息吐く。いやそんな状況じゃないんだが
ちょっと色々忘れて休まないと本気でヤバイ。
クローゼットの中に用意されていたパジャマに着替えて
この部屋にはある冷蔵庫から飲み物を取り出して
貰ってきた食料を袋から取り出してかじりながら
ボーッと俺は城の外の様子を映し出された白黒のモニターを見る。
テレビ番組やゲーム機は無いが、まるで元の世界で自宅に居る時のようで
俺は少し、心に余裕を取り戻す。菅も疲れたときはこんな感じだったのかな。
と何となく頭に過ぎった。
ミーシャを寝かせ終わったらしいマイカが寝室から出てきた。
「……ああ、最後の仕事だ……タカユキ様……1ダール(時間)後に人がくる……」
出てくるなりマイカは俺の隣に座り、
テーブルの上に散乱している食料品を手にとり
モグモグ食べながらそう告げる。
「だと思った。忙しい日ってのはとことん忙しいもんだもんな」
「その通り……よく……わかってるな」
マイカはメイド服の襟をしめた。俺はもうパジャマでいいや
と心を決める。
マイカの言う通り、1時間後に
部屋にノックが響き「どうぞー」と言うと
ザルガスと大老ミイと、そして何と手に手錠かけられてうな垂れたアルデハイトが入ってくる。
アルデハイトの服装は分かれた時と変わらないが、薄汚れていて
所々ドロが付いている。
通路には数人の兵士が居る様で、その人たちは中に入っては来なかった。
「あ!タカユキ様!この方たちに私が味方だと……」
「おだまり!!」
ピシッと一喝した大老ミイの言葉で再びアルデハイトがうな垂れる。
ミーシャが起きてなくて幸運だった。
起きていたらきっと笑いすぎて変な雰囲気になっていただろう。
大老ミイは少し服を手で掃うと、俺たちの反対側のソファに座った。
アルデハイトはその後ろで手錠をかけられたままうな垂れている。
そしてテーブルの上の散乱している食べ物を片付けようとしているマイカを
優しい笑顔で「そのままでいいのよ」止める。
「はい……了解した」
マイカは小さくなって俺の隣に座りなおす。
珍しく空気を読んでいるようだ。
大老ミイと少し距離を開けて、隣に座ったザルガスが
小さくため息を吐きながら
「マガルヴァナとかいうのが、アルナ嬢に憑いた話は聞きました。
明日でも旦那とあと数人を編成して、王国西部へと向かいましょう」
「すまない、ザルガスは無理しないでいいぞ」
「……そうさせて貰うかもしれません。旦那に与えられる褒賞が
ちょっと破格すぎるので、俺がこっち残らないと
かなりの混乱が起きる可能性があります」
「……?」
「そのお話は私からします」
大老ミイは咳払いをして真面目な顔になって話し始めた。
「明日の正式な謁見式で、タカユキ様には
王都中央山の二段目と三段目が、我が国から与えられます」
「……街とかがあるあれですか?あれ全部?けっこう広いですけど」
あまりに急で俺は間抜けな答え方をしてしまう。
「はい。そしてネーグライク国からも正式な申し入れがありました。
養子縁組で若いタカユキ様を正統な後継者として迎えたいそうです。
あの国の女王は子供がいませんからね」
「……」
話がでかくなりすぎてちょっと理解不能である。
「つまり旦那は小国の王子と、大国の大領主になったってことです」
ザルガスが髭もじゃの顔をクシャクシャにして嬉しそうに微笑む。
いや、ちょっと理解するのが難しい話である。
この前までただの高二だった俺が、王族とか領主とかできるわけがない。
黙って口を閉じたまま、混乱していると
「その辺りは俺たちに任せてください。
領地内の統治は、俺と俺の有能な仲間たちで何とかできるはずです」
「私もやらせ……」
後ろで手錠をかけられたまま、立たされているアルデハイトが口を開こうとして
再び大老ミイの「魔族が人間に口を出すな!」という恐ろしい一喝で
しょげて黙り込む。
俺は見てられないので、アルデハイトを助けることにする。
「手錠外して貰っていいですか?
困った奴ですが、俺の頼りになる仲間です」
「……しょうがありませんね」
大老ミイが鍵を取り出して、立ち上がろうとすると
アルデハイトが自力で鉄製の手錠を軽くねじ切って外し、床に落とす。
「すいません……いつでも脱出できたのですが、タカユキ様に会いたくて捕まりました……」
とうな垂れている。
いや、うな垂れているふりだこれは。心の中ではミイを嘲笑ってるわ。
こいつは、そんなに真面目な奴ではない。と俺は即座に気付いて
アルデハイトをきつく睨んでおく。
その視線に気付いたアルデハイトは
逃げるように俺に一礼して俺側のソファの端に座る。
「よいお部屋ですね」
「……そうだろう……スイートルーム……と……いうやつだ……」
ソファの端で、マイカとアルデハイトはコソコソと会話している。
額に血管を浮き上がらせた大老ミイは
何とかにこやかな表情を崩さないようにしながら
「お仲間はお返ししました。ですが、領土の統治には他種族には口を出させぬように」
「分かっています。それは信頼できるザルガス達に任せようと思います」
ザルガスが深々と頭を下げる。隣で大老ミイも頷いて微笑んだ。
「だーいじょうぶですかね~人間ってかなり欲深いですよ?」
わざわざ明後日の方角を見ながら、余計な一言を言い放つアルデハイトを
俺は無視しながら、大老ミイに話しかける。
「明日の謁見式は早いですか?」
「そうするつもりです。お仲間のために、午後には発たれるのでしょう?」
「できれば、そうしたいですね。すいません」
「分かりました。そう致しますわ。では、夜分に失礼しました」
大老ミイはそれだけ告げると、素早く部屋から出て行った。
続いてザルガスも
「おいクソ野郎。旦那に迷惑かけるんじゃねえぞ」
とアルデハイトに一言告げてから、俺に頭を下げて出て行った。
ソファに座ったアルデハイトは腕を広げ、ため息をつきながら
「はぁー行った行った。封建社会って嫌ですねぇ。
パワーゲームばかりで、ぜーんぜん法治や人権というものを重視しない。
王族や貴族とかの上級国民の物言いひとつで、法まで曲げてしまう」
「……気持ちは分かるが、世の中って言うのはそういうもんじゃないのか?」
「人間の国民が無知で怠惰なのがいかんのですよ。
革命でも起こして、王政なんて取っ払っちゃえばいいのに」
「……それ以上は……いけない」
マイカがアルデハイトを見つめて止める。
「わかりましたよ。
タカユキ様の元の世界は、民主主義でした?まさか王政?村社会?」
「民主主義だよ。自慢できるほど綺麗なものではないけど」
新聞とかネットではそう見る。実情は知らない。
高校生の俺でも真実っていうのは白と黒どちらでもないというのは
何となく分かる。同級生や親たちから話しを聞くところによると、
俺の小さな町ですら表と裏の顔があるのだ。
何が正しいかは実際関わって考えてみないと分からない。
「まあ、タカユキ様は好きですけどね。清濁併せ持っておられる」
とアルデハイトは呟きながら、勝手にクローゼットの中から
パジャマを取り出して着る。
「少し、小さいですが、良いでしょう」
と言いながら、冷蔵庫から飲み物を取り出し、ソファに座りなおして
「明日の探索には参加させてもらいますよ」
とテーブルの上に広げられた食べ物をかじりながら、ワインを飲む。
「……おまえ、変わらないな」
「そうですか?私は常に変化していますよ」
「居ると落ち着く……いや、落ち着かないが、居ないのも寂しい」
何となく漏れた俺の言葉に、急に顔を真っ赤にしたアルデハイトが
「そういうご好意はいりません。あくまで……ビジネスライクです……げほげほっ」
と珍しくむせだした。隣でマイカがその背中を叩く。
一通りむせたアルデハイトがいつもの顔に戻り
「余った寝室を貸してくださいね」
とミーシャが寝ている寝室へと入っていった。
うん……その部屋でミーシャが寝てるって教えてもいいけど、何かもう疲れた。
あいつのことだし、気付いて勝手に出てくるだろ。
俺は洗面所で歯を磨いて顔を洗うと奥の寝室へと歩いていく。
マイカはネグリジェを抱えて別の寝室へと入っていった。
アルナは心配だが、寝てしまおう。
ベッドに飛び込んだ俺は、数秒で眠りに落ちる。
不思議な夢を見た。
俺は気付いたら海中で眠り続ける大きな龍だった。
そのあまりに巨大すぎる身体の上にできた細長い島で、
人々や生き物たちが営みを続けるのを
じっと、遥か奥の海中で俺は聞いている。
何十万年も、何億年も。ある日、俺は気付く。
自分が誰だったのか、なぜ、ここに居るのか。
だが、動くことはできない。
なぜならば、自らの上には沢山の生き物が居る。
俺が身体を少し揺らしただけで、それらは死んでしまう。
再び、目を閉じた俺は、ずっと考え続ける。
どうすればこの状況から抜け出せるのか、
どうすれば誰も傷つけずに、動き出すことができるのか
何十万年も考え続ける。
考え続けて、延々と月日は経っていく。
救いも無いまま、延々と自己対話だけに慣れていく。
ある日、幻覚を見た。
自分が海中で二つに分かれた。龍の姿ではない。
小さな人の姿だ。それはさらに三つや四つに分かれ
それぞれに姿をもった。
人や水棲族、魔族、マシーナリー、ドラゴン、幽鬼。
善良なもの、悪意のあるもの、どちらでもないもの
子供、大人、身勝手なもの、慎み深いもの
それらは蜘蛛の子を散らすように、
海中から世界中へと飛び立っていった。
俺はその様子を眺めた後に、考えるのに疲れ、再び
永い眠りに落ちる。




