後始末
「あとは、あの魔族の方と、地上へお戻りください」
リサは東西南北へ向いて一通り呟いた後に
俺に首をかしげて微笑む。
いや、実際は穴しかなく表情のない頭なんだが、
なんか微笑んだような気がした。ってのが正しいか。
「今から、一時間五十六分後には、戻ってきますわ」
リサはお腹の辺りの表面をパカッと開け、中から虹色に輝くレインコートを取り出す。
以前アルデハイトが着ていたのと同じものだ。
そして、俺の身体に温かい手でそれを着せた。
おお、急に身体が快適になった。あいつこんないいもの着てたのか。
「これでしばらく、直接、関わることはないと思いますが、
我々は、空や様々なところから貴方を見守っています」
フードを俺の頭に被せながらリサは話す。
「こちらが準備ができたと判断したら、再び連絡しますので、
そうしたら、ライグァークさんとの決戦に赴いてください」
「う、うん」
怖いけど、約束したものは仕方が無い。精進するだけである。
「うふふっ、当分先の話ですよ。では私はこれで」
とリサは再び城内に去ろうとして、
「あの魔族の方の言うことは、全て鵜呑みにせぬように」
と釘を射してから下降していった。
俺は平べったい城の上部でしばらく呆然とする。
巨大なドラゴンも、銀色のマネキンのような機械人も
すでに夢の話のようだ。
眼前には黒雲と小雨が広がっているだけである。
そして一人になった俺は色々なことを整理する。
まず、ライグァークは説得が功を奏して、南の棲み家へと去った。
そしてライグァークといつか決戦をしないといけないことになった。
おそらく一対一だろう。……強くならないといけないな。
あとはアルデハイトが"凶"をゴルスバウの国都に置いて戻ってくるのを
待ってから、今起こったことを話せばいいのか。
あいつ、どんな顔するんだろうな……。
と俺はレインメーカーの上部に座ったまま考える。
リサのくれたレインコートのおかげで
本来なら厳しい環境のはずのここでも過ごし易い。
二時間近く俺は、色んなことを考えて過ごした。
帰ってきたアルデハイトは、
ライグァークがいないことに、呆然とした顔をしていた。
俺は丁寧に何が起こったのか話して聞かせる。
もちろんアルデハイトを批判していた部分は伏せて、である。
「……機械人が出てきたのなら仕方ありませんね」
アルデハイトはあっさりと理解して、ため息を吐き、座り込んだ。
「ライグァークにゴルスバウ国を破壊しつくしてもらって、
その後、弱ったタイミングでローレシアンに攻め込んで占領してもらい、
一気にタカユキ様のご威光を強めようと思ったのですが……」
「まぁ、ライグァークが帰っただけでも良しとしましょう」
アルデハイトは雨で濡れてクシャクシャになった髪をかきあげる。
「"凶"はどうだった」
「ああ、監禁室から連れ出したとき、かなり再生してましたよ。
まちがいなく"流れ人"です。
人間の形はまだしていなかったですが、筋組織から見て、おそらく女性ですね」
「女なの!?」
戦ったときの感触は、どう見ても恐ろしい男だったんだが……。
「とりあえず、移送しているとき、ずっと、
"ライグァークと戦うのがお前の使命だ"、"タカユキ様こそがお前の真の主人だ"と
催眠術で言い聞かせておきました。効いてるかはわかりませんが」
アルデハイトはそう言って立ち上がり
「帰りましょうか」
と座っている俺に手を伸ばす。俺も手を握り返した。
雨雲の中、俺たちはクァーク要塞へと飛んでいく。
「ちょうど雨期だったので、ライグァークの力が削られていて助かりました」
その最中にふとアルデハイトが呟く。
「ん?」
「本来はあんなものではないです。頭こそ悪いですが」
いや、怖いので、しばらくその話題はいいわ。
決戦するのは決まってるからな。
俺は顔をそらして、口を結んだ。
要塞へと戻り、中心部にある城塞へと入ると
正面口付近でずっと待っていたらしいミーシャが飛びついてくる。
「うまくいったんだよねっ!!」
と元気な顔で俺に訊ねてくるので
「うん。何とかなったよ」
と笑顔を作って返す。
「よかった!!クラーゴンが司令室で待ってるよ」
とミーシャは俺たちを上階へと連れて行く。
途中で俺はアルデハイトに尋ねる。
「なぁ、機械人に関してはクラーゴンに言っていいんだろうか」
「どうですかねぇ。人間にとってはわりと衝撃的な話ですからね」
「なんの話?」
ミーシャが目を真ん丸にして訊ねてくる。
「あとでミーシャには話すよ。ザルガスにも」
俺を信じてここまでついて来てくれた妹や、元盗賊団たちには
できるだけ正直に色々と話しておきたい。
司令室に入ると軍服のクラーゴンが満面の笑みで両手を広げて立っていた。
「で、どうだったの?」
俺はリサから話してもらった部分をかなり省いて、
できるだけ詳細に起こったことをクラーゴンに話していく。
機械人との遭遇という部分は話そうか迷ったが、
言わないと話の辻褄があわなくなるので、最小限にとどめて話す。
俺たちと低いテーブルを囲んで座ったクラーゴンは考え込みながら
一言も話さずに聞き入った後にこう言った。
「タカユキ様は、本当にロ・ゼルターナ神の化身かもしれないわね……」
アルデハイトは小さくため息を吐いて手を広げる。
魔族である彼が、他種族の信仰心を軽んじているのはもう何となくわかる。
「で、要塞にとりついたゴルスバウ軍をまだ追い払っていないのですが、いかがいたしますか」
クラーゴンの感慨を振り払うようにアルデハイトは訊ねる。
たしかにここまでライグァークを連れてくる算段だったが
俺のルクネツア城跡での失言から、
アルデハイトの最初の作戦は大きく狂ってしまった。
「"凶"が居なくなったからかもしれないけど、ここ一日ほどは襲撃が完全に止んでるわ」
クラーゴンは真面目な顔で俺たちに教えてくれる。
「今日の夜にでも、背後から、相手軍の陣地に回り込んで夜襲をしかけようと思うんだけど……」
クラーゴンはチラッチラッと俺の方を見てくる。
しかたない、失言したのは俺だしな。
後始末くらいは手伝わないと。
「……良いですよ。追い払うだけでしょ?」
「助かったわ。じゃ頼むわね」
「私も行くよ!!まだ兄さんのために戦ってない!!」
ミーシャが立ち上がって自己主張する。
「その心意気や良し!!良馬を与えるわ。存分に戦いなさい!」
クラーゴンも拳を握ってミーシャの気持ちに応えた。
俺は若干心配だが、ミーシャのやりたいようにやらせようと思った。
その後、ザルガス、ナバ、ミノ、セミーラにも夜襲の話が伝えられ
全員がすぐに了承した。
遅めの昼食を食べ、その後、要塞内の士官を集めて
作戦会議をして、夕食をとった我々は
日が暮れるのを待ち、武装した俺たちと要塞内の兵士たちから
選りすぐられた三千人がクァーク要塞の北門から
ひっそりと西側へと進み始める。いうまでもないが土砂降りである。
雨で足元の悪いが、都合よく雨の音で行軍が隠されているのは、運がいい。
「防衛も考えると、これが割ける最大人数ね。
敵の数を考えると、もう少し欲しかったけど」
クラーゴンが馬上から、徒歩の俺に話しかける。
虹色に鈍く光る俺のレインコートは進軍先の目印代わりになっているようだ。
道を知っているクラーゴンが先導して、その後ろ隣りを俺が歩き
その後ろをザルガスたちや兵士たちが進んでいく。
アルデハイトは偵察も兼ね、飛行して先回りしていった。
「相手軍は十万人くらいいるのか?」
「少なめに見て、そんなものね」
今更だがいくら夜襲とはいえ、三千人で十万人を追い払うのは無理じゃなかろうか。
織田信長と今川が戦った桶狭間でも、もう少し人数差が近かったような……。
少し怖気づいた俺に気付いた、クラーゴンは
「あなたの"声"とアルデハイトちゃんの力があるからね。
厄介な"凶"も消えたことだし、人数のことは目を瞑りましょうか」
と弱気を吹き飛ばすように野太い声で笑った。
俺はさっき決まった作戦を思い出して頭の中で反芻する。
俺たちと三千の兵士は、そのまま二時間ほど西側に進み続け
崖と要塞の城壁の途切れた辺りから坂を下り、南側に降りて行く。
とはいえ、けっこうな急斜面である。
転落しないようにゆっくりと降りて行く徒歩の俺たちや
歩兵たちの横を馬に乗った
クラーゴンとミーシャが一気に駆け下りていく。
「上手いな」
「戦場長い人と、遊牧民族ですからね。そりゃあ」
ザルガスが俺の言葉に応えながら、足元を見ながら進む。
無事に全員降り終えた俺たちは、再びそろりと進み始める。
今度は東側のゴルスバウ軍の陣地を目指してである。
「陣地は東西に広がってるいるから、すぐに相手の左翼側にたどり着くわ」
そこでアルデハイトが土砂降りの空から降り立った。
「どう?」
「中央の陣地でずっと作戦会議していますね。
"凶"が戻らないので身動きが取れなくなったようです」
「よし、じゃあ作戦決行しましょうか」
クラーゴンはアルデハイトに指でオッケーサインをだす。
「兄さん、頑張ってね!私も頑張るから!」
ミーシャが馬上から弓を構えながら、声援をくれた。
アルデハイトは俺を抱えて空へと飛び上がる。
「叫ぶセリフはゴブリンやオークどもの城を襲った
前回と同じく私が囁きますので、言う通りにしてください」
そこで俺はリサの言葉を不意に思い出した。
"俺がアルデハイト操られている"みたいなこと言ってたな。
んー、ちょっと試しに言ってみるか。
「自分で考えた言葉でいいか?お前に任せっきりなのも悪いしさ」
「……よろしいですよ。自らの頭で考えるのも大事なことです」
アルデハイトはすぐに俺の提案を受けいれた。
よし、アルデハイトのものよりは脅し効果が低いかもしれないがやってみよう。
要塞の西側の崖から一キロほどの距離を置いて立てられている
アルデハイトに抱えられたまま
ゴルスバウの左翼陣地の上空にたどり着いた俺は
その木柵に囲まれた何千ものテント群に向かって叫ぶ。
「我はロ・ゼルターナ神の化身なり!!
"凶"は厳しい裁きを受けさせ、すでにゴルスバウの国都へと帰した!!」
「我の使者であるライグァークはマルガ城を襲った!!
いずれここに到達するであろう!!」
「貴様らも命が惜しくば、直ちに陣を退け!!」
「すぐに神の軍勢が貴様らを襲うであろう!!」
自分でもビックリするくらい威厳のある声が空から眼下の陣地に降り注ぐ。
しかしよくスラスラと脅し文句が出でくるもんだ。
恐ろしすぎるライグァークと出会ったことで、肝が座ったのかもしれない。
前回と同じように俺の言葉に共鳴するように
黒雲から雷が鳴り響き始めて、周囲は稲光で明るく照らす。
「早くも、逃げ始めましたね」
アルデハイトがテント群を指差す。
雷光に照らされた大量の兵士たちが南側へと走って逃げていく。
同時に陣地の西側からクラーゴンたちが
大声を上げながら突っ込んでいくのが見える。
「ダメ押ししましょうか。それでこの陣地は終わりです」
アルデハイトのアドバイスに俺は頷き、再び地上に向けて大声を上げる。
「我は神罰の執行者である!!」
「その神を恐れぬものには末代まで天罰が下るであろう!!」
アニメとか漫画でたまに見るようなセリフである。
どうだろうか。眼下を眺めていると効いたらしい。
兵士たちの脱走の速度が増した。ギャーギャー悲鳴をあげながら
土砂降り中ゴルスバウ国のある方向へ走っていく。
「効き目十分です。さあ、クラーゴンさんたちが
到達する前に中央陣地を脅しておきましょう」
アルデハイトはゴルスバウ兵たちが恐怖で阿鼻叫喚になっている眼下を一瞥すると、
俺を抱えたまま、更に西側へと飛んでいく。
さらにテントの多い、その陣地の中央へと向かい、
俺は再び空中から叫ぶ。
「我は、ロ・ゼルターナ神の化身である!!この地から立ち去れぇ!!」
なんか気持ちよくなってきた。
調子にのって脅し文句を叫び続ける。
「"凶"はここには戻っては来ぬ!!立ちされぇ!!」
すると中央にある大きなテントから数人の将官らしき
軍人が出てきて、こちらを指差して何かをぎゃあぎゃあ叫んでいることが分かる。
「見つかりましたか。叫んでいる内容から推測するに、あれは司令官でしょう」
アルデハイト"チッ"と舌打ちすると、そのテントへと急降下していく。
「ちょっと待て。戦うの?」
「はい。見つかったからには、司令官を殺しておかないと
態勢を立て直され、攻め込んでいるクラーゴンさんたちが危険です」
ぐぬぬ。怪我させるのは嫌だしな。
地上へと降り立った俺たちを、数百人の兵士たちが一斉に取り囲む。
アルデハイトそれをうざったそうに見つめて
「タカユキ様、彗星剣をあの旗に向けて一振りしてください」
と近くの三メートルほどのポールの頂上に、
かけられているゴルスバウの旗を指差す。
俺は言われたとおり素早く剣を抜いて、衝撃波を旗へ向けて放つ。
予想通り旗は衝撃波で切り刻まれて、派手な音をたてて倒れる。
「よし。あの正面の兵士に剣を向けて
振る真似をしてください。実際に振らなくても構いません」
言われたとおりにすると、兵士たちが恐怖から左右にザザッと引いて
道ができていく。
「ここで、一押しです。何でもいいから脅してください」
俺は頷くと、前方に向けて声を張り上げた。
「我はロ・ゼルターナの化身である!!我の邪魔をするものは誰だ!!」
俺の異様によく通る大声が周囲に響くと、
一斉に囲んでいた兵士たちが逃げ始める。
そのまま失神した者や、腰を抜かして失禁した者も見える。
俺たちの進んでいく先に居る司令官たちは何とか踏みとどまっているが
恐ろしさで顔が青くなっているようだ。
アルデハイトが冷たい声で訊ねる。
「司令官は、誰だ。教えよ」
中央の王冠を被って装飾のジャラジャラついた貴族服の太った男を、
恐れおののいた周りの将官たちは一斉に指し示す。
「では、ご主人様。なんなりと」
アルデハイトは俺にうやうやしく一礼すると、一歩下がった。
周囲は全て大人ばかりなのだが、不思議と緊張しない。
本当にライグァークを見たことで鍛えられたらしい。
俺は殺すことはないよなと、少し考えてから
「軍とともに、ゴルスバウへと帰れ!!」
できるだけ低い声を出して、その男を一喝した。
衝撃で泡を噴きそうな男が涎を垂らしながら
必死に何度も頷くのを見るのと同時に、アルデハイトが俺を抱えて素早く飛び上がる。
そのまま北側の要塞内へと俺を降ろすと
「少し、甘いような気もしますが、もうよろしいでしょう。
予想より早めに片付きそうで、よかったです。
私はクラーゴンさんへと作戦成功を伝えてきます」
そう告げて、東側へと飛び立っていった。




