前夜
俺は、再び夢を見る。
今度はどこか知らない場面だ。
セーラー服の美射と俺は高い丘の上に腰掛けて
丘の下の広い灰色の荒野で人や、
骸骨、巨大なアメーバやドラゴン、機械や獣人などの人でないものたちが
混ざり合って殺しあっている最終戦争のような光景を見ている。
どこまでも広がる荒野の空は黒雲に覆われ、雷が鳴り響き続ける。
「ひどいな」
「そうだね」
美射は悲しそうな顔をする。
「ずっと前に菅君にも言ったんだけどね」
「ん?」
なんで菅の名前が出てくるんだ。
「守られてるから大丈夫だよ」
「何から?」
「んーまだ言えないかなぁ。でも大丈夫だよ」
美射はスカートの裾から足を伸ばしながら、雷が鳴り響く黒雲を見上げる。
「……そうか」
「ねぇ、但馬、私、あなたにずっと言いたかったことが……」
俺は隣にいる美射の顔を見ようとして
目覚めた。
目をあけると隣には、
俺の顔の前で、唇をチューの形にしたミーシャが抱きついていた。
うおっ、あぶねえ。
ミーシャを起こさないようにして
俺はその抱きついた腕をゆっくりと解き、
そしてベッドから降りる。
マッチで備え付けられていたカンテラの火をともす。
カーテンを開けると外は相変わらずの土砂降り雨で
まだ真っ暗だ。何時ごろかは分からない。
よく考えたらまだ何にも食べてないな。
腹はすいていないので
何も食べなくてもよさそうではあるが
二週間空気だけで生きるとか、
俺は人として嫌である。
探しても部屋の中には何も食べるものはなかった。
俺は扉をあけて、食いものを探しに行く。
えっと、確かこっちがアルデハイトが居る部屋だよな。
あいつ起きてるかな。とフラフラと城塞内の通路を歩いていく。
兵士たちは居ない。というか城塞内から起きている人の気配がしない。
昨日ゴルスバウ軍を追い払ったので
今はクラーゴンが一斉に休息を与えているのかもしれないと考えていると、
扉の隙間から微かに明かりが灯っている扉を見つけた。
お、起きてるじゃないか。
ノックすると、中から
「誰ですか。まだ生き物の正しい活動時間ではありませんよ」
と冷たい声がしたので
「俺だ。タジマだ」
と呼びかけると、すぐに扉が開いた。
真っ黒な寝巻きとナイトキャップを着たアルデハイトが
「ああ、起きられましたか。どうぞ、中へ」
と一瞬で全てを察したような顔をして俺を部屋へと導く。
カーテンが締め切られて
天井でカンテラの僅かな光が揺れる部屋の
中心のテーブルに、蝋燭を一本灯したアルデハイトは、
椅子に座った俺に乾パンのようなものを皿に乗せて、四枚ほど渡してくる。
「味はいまいちですが、お腹は膨れますよ」
そして緑色のワインをグラスに注ぐ。
「起き抜けのアルコールは毒ですが、タカユキ様なら体質的に問題ないでしょう」
俺は黙って受け取って、
「いただきます」と手を合わせ、乾パンとワインをモソモソ食べ始める。
「夢を見られませんでしたか?」
蝋燭を灯した机越しに、椅子の上に体育すわりして
折り畳まれた長い脚の膝の上に手を組んだ
アルデハイトが訊ねる。
「よく見る」
「悪夢ですか?」
「いや、変な夢が多い。前の世界の友達が出てくる」
「ふむふむ。"穢れ"の影響はやはりないようですね」
アルデハイトは興味深そうに俺を見つめ続ける。
「穢れ?」
「ええ。穢れは精神に侵入します。
まずは悪夢を見始めて、次第に幻聴、そして幻覚、
最終的に精神崩壊に移行していきます」
「……こわいな」
俺はモソモソと乾パンをかじる。
「タカユキ様がもし流れ人でないのなら
あの機械槍を持たされた瞬間から"穢れ"に汚染され始めます」
「つまり、あの機械槍の排出物による度重なる汚染で、
前の使用者のサーニャさんはおかしくなったわけです」
「そうなのか」
「はい。八宝は全て、破壊エネルギーを空気中の"共鳴粒子"からとっていますから
粒子が使用されて変質すると、汚染物質である……所謂"穢れ"になります」
「難しい話だな」
「とにかく"穢れ"は怖いということですよ」
とアルデハイトは呟いてから、
「我々……つまり、この世界の生き物たちにはね」
一言つけくわえる。
満腹になった俺はアルデハイトに礼を言い部屋を出る。
「少し寝ます。私も興味深いお話を聞けて、感謝します」
とアルデハイトは部屋の扉を閉めた。
そして思い出したかのように再びすぐに扉を開けて
「今日は、大作戦を敢行するので、宜しくお願いいたしますよ」
告げる。
俺は再びフラフラと城塞内を歩く。
アルコールはまったく効いていないようだ。酔っ払った感じがしない。
日本では未成年の飲酒は禁止されているが
この世界ではどうなんだろうな。と思いながら階段を降りて
気付いたら地下通路へと進んでいた。
"凶"が監禁されている部屋があるはずである。
地下へと入ると酷い臭いが鼻につく。なんだこの肥溜めみたいな臭いは。
地元の山奥で昔ながらの有機農法をしている山下のじいちゃん家の畑脇を思い出す。
地下通路を奥へと進むと、
セミーラとミノが頭の鼻と口にタオルを巻きつけた臭い避けのマスクをして
頑丈そうな金属の扉の前で警備をしているのを見つける。
「あら、起きたのかい。左足はもういいみたいだね」
「旦那ぁ。くせえってアルデハイトに文句言ってくださいよ」
二人は同時に俺に声をかけてくる。
俺は鼻をつまみながら
「あ、二人ともありがとな。昨日は助かったよ」
と感謝してから、扉を見つめる。臭いはこの先からである。
強烈な悪臭が漏れてきているので分かる。
「しかし、なんだこの臭い……この中に、もしかして"凶"がいるのか?」
まさか違うとは思うけど一応聞いてみる。
どう考えても、そんなわけないだろうけどな。
「そうですよ……アルデハイトの野郎、ほんと悪魔ですよ」
「……?」
「城中の兵士たちの排泄物や、腐った食物、
そしてカビた服とかをこの中に積んで
そこに鎖でがんじがらめにした、手足のない"凶"を放り込んだんだよ……」
ほんとに中に居るらしい……。
セミーラが首を振る。
「わざわざ残った手足も切り落としてからですよ……あいつ、マジでクズだわ」
「なんでそんなことを?」
「病原菌の山ん中に放り込んで、身体の再生速度を遅くするためらしいっすわ」
ミノが「わけわかんねぇ」という表情で頭をかく。
「捕まえたとき"凶"はどんな様子だった?」
「全身真っ黒こげで片手で這い回ってて、お化けみたいでしたよ」
「そうか……」
俺は無我夢中だったので気付かなかったが
"凶"は相当痛めつけられていたらしい。
しかし、俺が"凶"の立場でなくてよかった……。
いくら再生するとはいえ、全身焦げて、手足を失くして縛られ、
排泄物や菌の山の中にぶち込まれるという体験は……絶対にしたくない。
「機械槍はどうなった?」
「真っ黒焦げになって、二つに折れてます。
元の部屋に戻していますが、再生にはしばらくかかるそうです」
ミノが教えてくれて、セミーラも補足する。
「……槍を"凶"と一緒にこの肥溜め部屋に入れると
"凶"の巨大な生命力を吸って再生も早まるし、
"凶"も一時的かもしれないが穢れに汚染されるしで
一石二鳥の可能性があると、アルデハイトが提案したけど
クラーゴンが即座に却下してたよぉ」
「……何かそれはわかるわ……」
さすがに排泄物の山の中に放り込まれた槍は、俺は使いたくない。
まあ、とにかく上手くいったらしいなと安心して
鼻をつまんだままの俺は二人に
大変な場所での警護の感謝を告げ、地下室を去る。
そうか……ミーシャもあれの作業をしたのか……。
いや、しかし、機械槍の布の方かもしれない。
そうだ。たぶんそうだろう、
あの部屋の方は城の兵士さんたちが頑張ってやってくれたのだ。
と、俺は自分に思い込ませながら自室へと戻っていく。
部屋に入ると、ミーシャはベッドで良く寝ている。
俺もその下に寝袋を敷いて、中に入った。
目を閉じると、すぐに眠りにつく。
夢は見なかった。
寝袋の中に入ってこようとする
下着姿のミーシャの妖しい吐息に気付いて、目をあけた。
「あ!……兄さん、おはよう!」
ミーシャは挨拶で誤魔化して、さっと脇に避けて
着替えようとしているふりをする。
俺は起き上がり、窓の外を見る。
雨は降り続いているが、明るくなっている。
夜は明けたようだ。
「お腹すいただろ?何か食べようか」
「そ、そうだねっ」
何も言わなかった俺にミーシャは少し挙動不審気味に返して
脚にズボンを引きあげる。
「寂しくさせて、ごめんな」
「きゅ、急にどうしたの?」
「何か言いたくなった。最近、色々あったからな」
「いいよっ。それより何か食べようよ!」
俺の言葉で元気になったらしいミーシャは
上着を羽織ると、
タンスにかけてあった服を素早く畳んで俺に渡して
「食堂で何か食べ物もらってくるよ。
兄さんは着替えててっ」
と外へと鼻歌を歌いながら出て行った。
俺は寝袋からゆっくりと出ながら、
今日は、大変な日になりそうだと、
ボーっとした頭で考えていた。




