"凶"
「ザルガスさん、我々はしばらく下がりましょう。
このままだと巻き込まれます」
アルデハイトが冷静にザルガスに忠告して、二人はかなり距離をとった。
漆黒の鎧を纏った"凶"がギラギラと刀身が光る
諸刃の剣をチラつかせながら近づいてくる。
大きく見えるが鎧でかさ上げされている分を引けば
身長は俺と同じくらいだろう。
殺気というか、意志を全然感じないが、
恐ろしい使い手なのは、雰囲気だけで分かる。
俺は距離をゆっくりと詰めてくる"凶"と向き合う。
周囲の兵士やアルデハイトたちは、かなり距離をとってくれているので
おそらく全力で衝撃波を放っても、被害が出ることはないだろう。
俺はこの周辺の罠を張ったポイントを考えて
そこに誘い込むことに専念することにした。
まずは小手調べである。
彗星剣を一振りして、俺は"凶"に軽く衝撃波を放つ。
残像を残して瞬時に横に避けた"凶"は鎧の下でニヤリと笑ったような気配を見せ、
同じように剣を振るってまったく同じ衝撃波を俺に放ってくる。
ちょ!!!何この恐ろしさ、俺はこんなん生き物に放ってたのか。
師匠……ラングラール……すまん……と懺悔しながら
俺は衝撃波を剣で縦に受けると、何とか彗星剣で空へと弾き飛ばした。
そして前方へ視線を戻すと"凶"が居ない。
「後ろですぜ!!」
ザルガスの野太い声が後方から響く、
背後から、頭部を狙い、縦に斬りつけてきた"凶"を
俺は身体をずらして、ギリギリ避けて、頭を蹴り上げた。
吹っ飛んでいく"凶"はクルクルと回りながら空中で態勢を立て直し
体操選手みたいに綺麗に着地する。
こりゃ、強いぞ……罠に誘い込めるのか……。
と俺が考えている途中で、
背中で振動がさっきより酷くなっている機械槍の存在に気付いた。
ええい、なるようになれ!!
俺は"凶"に注意しながら、彗星剣を素早く鞘に収めると
背中の機械槍が包まれている白い布を破る。
その異様な装飾の付いた三又の長槍を見て、"凶"は動揺したようで動きを止めた。
「……敵性ミィーティアノイド確認……パターン、ブルー……。遭遇十七回目。
再分析開始します……使用法の選択を願います」
穂の手前に付いた薄緑色の顔型の装飾が俺を見開いた目で見つめながら
何かを頼んでくる。
んー……わからんが、たぶん昨日ミーシャが言ってたあのことか。
「オートモードで頼む!」
「了解しました……本機は……サテライトスタイルへと移行します」
そう言うか否か、機械槍は俺の手から離れて、空中を飛び出した。
装飾からはいつの間にか大きなノズルが伸びていて
ジェットのようなものを噴出している。
いや、勝手に飛ぶなよ。お前槍だろ。武器として使わせろよ。
と俺は思いながら、彗星剣を慌てて再び抜いた。
その瞬間、
"凶"が態勢の整っていない俺へと、跳躍して距離を詰めて
衝撃波を三発放ってくる。
二発、彗星剣とその鞘で何とか弾いた俺は
一発を避け損ねて、左足に喰らう。
そして再び視界から消えた"凶"を探す。
「下です!!」
遠くからアルデハイトが叫んで、足を見ると
開いた股の下に入り込んでいたらしい"凶"が寝たまま縦に剣を振るう。
あ……避けられねぇ、股から半分になって死んだ。と思ったのもつかの間、
俺は気付いたら上空へと上がっていた。
機械槍からいつのまにか伸びていた二本の金属製の
細い腕が俺を抱え込んだらしい。
「再分析完了……ロックオン……デストロイドスタイルへ……移行します」
機械槍はそのやたら力強い細腕で、俺の左手を強引に、
自らのグリップの中心あたりにもってきて、握らすと
二本の腕を装飾部分に綺麗に折り畳んで引っ込めて
ノズルを眼下の"凶"と逆方向へと思いっきり噴射する。
凄い勢いで"凶"の方向へと向かっていく槍と俺を
"凶"は寸でのところで避けたが、俺が彗星剣を脊髄反射で横に払って
その衝撃波に当たった"凶"の右腕が
握った剣やガントレットごと綺麗に切り落とされ
鮮血がドバーッと吹き出る。
うわわわわ。人の腕、切っちゃったあああああ!!!
と俺が思う間もなく、突進の衝撃で地面を抉った機械槍は、
再び、俺とともに今度は水平に"凶"の方へと突進していく。
「再突入後に……自爆します……退避推奨です」
ぎゃあああああ、いま、なんつったあああああああ!!
なんか怖いことが聞こえた気がするが気にしないことにして
俺は右手から大量の血を流しながら逃げていく"凶"へと、
高速で突っ込んでいく機械槍に振り落とされないように手を強く握る。
吹っ飛んでいく槍に必死にしがみつく俺は
たぶん周りから見たら、とんでもなく間抜けな光景じゃなかろうか。
機械槍は、高く跳躍して城塞方向へと逃げようとしていた"凶"の
鎧の背中部分を、空中で三又の穂で思いっきり突いた。
"凶"はその衝撃でさらに上へと吹っ飛ばされていく。
俺も狙えそうな脚へと思いっきり剣を振って、強い衝撃波を放つ。
すると左足が鎧ごと太ももからスパッと切れた……。
切り離された足は地面へと落ちていき
真っ赤な鮮血が空へと撒き散らされる。
また切った……俺の剣技で人の身体が切れた……。
と一瞬愕然とした俺は、飛んでいる機械槍から手を滑らせて落ちてしまう。
俺が落ちて軽くなり、そのまま、ノズルを再噴射して飛んだ機械槍は
吹っ飛ばされた"凶"のわき腹に突き刺さり
そして次の瞬間、"凶"を巻き込んで
空中で派手に自爆した。
鈍い衝撃とともに爆風で飛ばされた俺は地面に叩きつけられる。
痛くはない。立ち上がろうとしてこけそうになりビビる。
左足が何とかくっついている状態だ。
かなり深く切られていて動かない。
真っ赤な血もドバドバと流れている。
つまり立ち上がれるはずがない。痛みがないので、全然気付かなかった……。
駆け寄ってきたザルガスが
すばやく持ってきた包帯を左足に巻いてくれて
肩を貸してくれて、何とか立ち上がり、
そして兵士たちのテントが立ち並ぶ中へと落ちていった
"凶"と機械槍の方を見つめる。
後ろから素早く駆け寄って来たアルデハイトが
「ここからは、私とミノさんたちと、現地の兵士にお任せください」
と俺の肩をポンッと叩いて、テントの方角へと走っていった。
その言葉で俺たちは立ち止まる。
「旦那、ほんとによくやりましたよ。
あとは、あのいけ好かないクソ野郎が、"凶"を罠に追い込むのを見ていましょうや」
「そうだな。邪魔したら悪いしな……足、うごかんし」
広い感覚を持つアルデハイトなら
手足を失くした"凶"をあそこで捕まえるのも簡単だろうな。
俺はその場に座り込み。動けない俺の代わりにザルガスが周囲を警戒してくれる。
"凶"が落ちた付近のテント群の中では
「逃げたぞー!!」
「そっちに追い込めーっ!!」
「片手、片足だ!!恐れるな!!」
という兵士たちの激しい怒声が響く。
そしてその様子をしばらく見ていると
「かかったぜ!!」
と崖側の方向でミノの大声が響き、
兵士たちの大きな歓声が周囲へと響き渡る。
いつの間にか俺たちの背後に居た
ピンクの水玉傘をさしたクラーゴンが
満面の笑みでその様子を眺めながら、
「そろそろ、反攻しようかしらね。
タカユキ様、アルデハイトちゃん借りるわよ。ザルガスもおいで」
と俺たちに声をかける。
「……あ、ああ。いいぞ、好きにしてくれ」
「サンキューよ」
俺に水玉の傘を渡し、投げキッスをしたクラーゴンは
緊張したザルガスを引き連れて、テント群の方へと歩いていく。
俺は早くも血が止まった包帯が巻かれた左足の、
大きく裂けた切り傷がある部分をしばらく眺めた後に
ボーッとした頭で土砂降りの空を見上げた。
次に気付いたら、泣き顔のミーシャが
俺の顔を心配そうに見つめているところだった。
「ごめええええええええん!!寝てなかったらよかった!!」
目をあけた俺に涙を流しながら謝り倒すミーシャに
「いや、無事だったから気にするなよ」
と安心させて、ここがベッドの中なのを気付く。
「どこだ、ここ?」
「城塞内の私たちの部屋だよおおお!!」
またミーシャは泣き始める。
「泣かないでいいって、ところで今、外はどうなってるの?俺はどうしてここに?」
「ひっく……兄さんが雨の中、一人で倒れていた所をセミーラが見つけて
そのあと……お医者に見せて……ひっく……」
「大丈夫。大丈夫だから」
布団の下から手を伸ばして、鼻水と涙塗れのミーシャの頭を撫でる。
どうやらクラーゴンたちは動けない俺のことを忘れて
戦いに夢中だったらしいな。
まあ、強靭な流れ人だから自分でどうにかするとか、思っていたんだろう。
布団をめくって、左足の傷跡を確めてみる。
なんともう繋がっていた。傷跡はまだ残っているが
足指も全て問題なく動くし、早くも歩けそうだ。
まぁ、自分のことではあるんだが、呆れるほどの回復力である。
「戦いはどうなったの?」
やっと落ち着いて、顔をタオルで拭っているミーシャに訊いてみる。
土砂降りの窓の外はもう真っ黒である。
かなり長い間、寝ていたようだ。
「アルデハイトとザルガスが、兵士たちと頑張って、さっき敵軍を追い払ったよ。
でもまたすぐ来るって、クラーゴンは言ってた」
「"凶"は?」
「罠にはまったから地下室に捕えてあるよ。アルデハイトの装置が効いてるみたい」
「装置?」
「再生阻止とか言ってた。私にはよくわかんないけど」
大体、今の状況が理解できた。
つまり作戦の一つ目は成功したってことだ。
俺自身は"凶"を倒したっていうよりは、
暴れまわるバグラムの機械槍に、ただ振り回されてただけな気がするが
結果よければ、まあ……かっこ悪くても別にいいよな。
「アルデハイトが、明日の早朝には
ルクネツア城にライグァークを騙しに行くから
兄さんも着いてきてって言ってたよ。あと機械槍も無事回収したって」
「……分かった」
「私は、明日も兄さんを待ちぼうけかあ……」
「危険だからな。みんなが俺みたいに身体強くない」
「じゃ、その分、今から添い寝するね」
といきなり脱ぎだしたミーシャを大慌ててで止めて
せめて何か着てくれと頼み込んで
綺麗な寝巻きを着直したミーシャに抱きしめられながら寝る。
うむ。健全さと言う意味では、なんか凄く間違っているような気がするが、
色々と心配させたからしょうがないだろう。
と自分に言い聞かせている内に……再び意識を失うように
俺は眠りへと落ちた。




