第二王子領
翌朝、俺らは予定されていた女王や閣僚、将軍たちとの
会見は全てキャンセルにされて、南部へと向かう潜水艇の中へと
乗せられていた。
なんか大人たちの勝手な事情に乗せられて
都合よく使われているとはいえ、
これから激戦地に向かうわけで
俺は出発前に、着いて行きたいという有志を募った。
愕然とした表情をする全員の中で
素早く手を上げたのはミーシャとアルデハイトと
元盗賊団のザルガス、ミノ、そして老齢のナバ、
さらに女オークのセミーラの六人。
素早く王都に残ると言ったルーナムはメイド二人と、残りの元盗賊団たちを
俺が帰ってくるまで責任をもって面倒見ると約束してくれた。
マイカは「アルナ……監視……まかせろ……」
と俺の背中を叩いて、意味ありげにニヤリと笑っていた。
若干不安はあるが、とりあえず問題無さそうなので
二人に後のことは任せた。
潜水艇は東部から乗ってきたときの三倍の速度で王都の南部へと到着すると
東部とほぼ同じ鉄橋がかかった湖で俺たちを降ろす。
雨期が終わっていないので
相変わらず土砂降りのままである。
念のためにライオネルを王都へと置いてきた
レインコート姿のミーシャが
「ここからどうやって、行くんだろう?徒歩?」
と俺に不安げに言う。
「そこは何とかしてくれるんじゃないの?」
「あ、来たようですよ」
アルデハイトが分かっていたように、俺たちに告げる。
前方から煙を上げた戦車みたいな巨大な四輪装甲車が
走ってくる。
分厚い金属の装甲で覆われた全体は凹んでいたり
焦げた跡がだらけである。
上部のハッチがいきなりガシャン!と空いて
油と無精ひげに塗れた軍服のおっさん兵士が俺たちに声をかける。
「どうも!王都中央機甲軍のバルファーク中尉といいまさあ。
時間が無いので早く乗ってくださいな!」
全員言われたままにとりあえず乗り込む。
しかし定員オーバーで入りきれないので
俺とアルデハイトとセミーラは低い鉄の欄干に囲まれた
天井に乗っていくことになった。
後部から煙を出しているボロボロの装甲車に不安を感じながら
俺たちは南部へと向かっていく。
セミーラは王都で支給された武骨な長斧を両腕に抱えて
土砂降りの雨の中、レインコートで前方を眺めている。
素手のアルデハイトはボーっとレインコートのフード越しに
曇っている空を眺める。
「この装甲車って、マシーナリーからの支給品だろうな」
「でしょうねぇ……この大陸内なら結構な戦力なんですけどねぇ」
アルデハイトは興味無さそうに答える。
「ゴルスバウってどんな戦い方するの?」
「とにかく国家に対して狂信的です。戦術自体は大したことありませんよ。
兵士がその信仰心で、色々と思っても見ないことをやるわけです」
うわー。かなりめんどくさそうな相手だな。
……そう言えばゴルスバウに捕まったときも怖いこと言っていた気がするわ。
ローレシアンはわりとまともな国家ぽいし、
手を焼くのも何となく分かる気がする。
装甲車は雨の中、要塞化している南部関所をフリーパスで通り抜けていき
さらに南下していく。
「そろそろ南部へと入りますね」
「わかった。ありがとう」
「腕がなるねぇ」
武者震いしたセミーラをアルデハイトは睨みつけ
「足を引っ張らぬように気をつけろよ。豚が」
「ふんっ」
やはり仲は悪いようだ。
俺たちは土砂降りの中、無傷の村や城を左右に見ながら進む。
装甲車はスピードをあげたようだ。揺れと背後の煙が大きくなる。
「まだ戦火が及んでいないところは平和なもんです」
「どのくらいかかりそうだ?」
「このスピードなら戦場まで一日ってところでしょう」
「そうか。今日は何にもないんだな」
俺は少しホッとした。
そのまま装甲車は進み続け、お昼ごろには
大きな木陰に入った装甲車の天井のハッチが開き、乾パンが皆に配られる。
昨日、豪華なディナーを食べていたのが嘘みたいだ。と思いながら、
俺はもらった分の半分ほど体の大きなセミーラにあげた。
緊張からか、流れ人の体質的なものなのか、あまり腹は減っていない。
十分ほどですぐに、装甲車は進みだした。
またレインコートで雨に打たれだした俺は
腕を大きく伸ばして、アルデハイトに訊く。
セミーラは鉄欄干にもたれて土砂降りの中、逞しくも寝始めた。
「なあ、アルデハイト」
「なんでしょうか」
「勝算はあるの?」
俺には無い。というかおぼろげな戦場のイメージしかない。
「今考えているところですが、上手いこといけば
なんとかなるかもしれませんよ」
「そうなのか」
少し嬉しそうな顔をした俺を
「しかし、タカユキ様が十全に力を発揮するのが前提です」
とアルデハイトは細めた眼で見つめて釘をさした。
何とも言えない気持ちの俺は
腰のベルトに装備した彗星剣の鞘を少し触る。
真っ暗になるころに、
第二王子領中部の王子居城、ソーン城に俺たちはたどり着いた。
城内に入り、装甲車から全員降ろされる。
周りを見回すと、一般人もかなり居るが、なんと兵士と兵器の多いことよ。
乗ってきた装甲車と似たようなものも数台見かける。
忙しなく城門から小隊が出たり入ったりしている。
そんな気忙しい光景の中で
勲章のジャラジャラついた軍服に、頭はスキンヘッドで
顔に幾つも痛々しい傷がついた背の高い爺さんが戸惑う俺たちを出迎えた。
「第二王子補佐官リームスと申します。この度は流れ人様にご足労願い、
まことに申し訳ありません」
リームスは恭しく俺に頭を下げる。
「気にしないでいいですよ。それより一日戦車に詰め込まれてたんで
仲間たちを休ませて貰えませんか。食事もお願いします」
「了解しました」
「俺とここに居るアルデハイトは、休息十分なんで
さっそく戦況なんかを聞かせてもらえるとありがたいんですが」
「ふむ。さすがです。ルーナムの手紙で読んだ通りの
働き者の好青年であられるな……」
どっちも当たってないような気がするが、俺はとりあえず
愛想笑いした。早く終わらせることがもしもできるなら
終わらせたいだけである。
王都を出てから嫌な予感しかしない。
老人は配下に命じて、仲間たちをそれぞれの客室へと案内させる。
装甲車内で眠り込んでいたミーシャは俺がセミーラに任せた。
そしてリームス本人は、
俺とアルデハイトを城内中央の作戦会議室へと案内した。
石造りの武骨な広い部屋である。
照明はランプだ。王都城内のように電球はひとつもなかった。
どうやら機械はコストがまだ高いみたいだ。
長机にアルデハイトと座り、
人を呼んで来ると言って出て行ったリームスを待つ。
「文明レベルが、いきなり下がりましたねぇ」
「そうだな。王子の居城とはいえ、機械仕掛けは難しいんだろう」
同じ意見だった隣の席のアルデハイトと雑談していると
リームスがぽっちゃりした栗色の長い癖毛の青年の手を連れて入ってくる。
金の刺繍がしている紫のマントと、輝く黄金の王冠は
彼が王族であるということをはっきりと示している。
「若様、流れ人のタジマタカユキ様と、その従者アルデハイト様です」
ボーっと俺たちを眺める、その変わった青年はボソボソした声で
「大儀である……よきに計らえ」
とだけ俺たちに告げて、すぐに部屋から出て行こうとして
焦ったリームスから手で止められる。
「若様、しっかり顔を覚えてもらってくださいませ。
おそらく、この方が我が国の今後を左右されます」
「ん……爺……余は、かわいい女どもを待たせておるのだ……世事にかまう暇はない」
「はぁ……わかりました。爺が代わりにやっておきます……」
「いつもありがとう……では行く」
ぽっちゃりした王族の青年はリームスの手を解くと
通路を逃げるように去っていった。
アルデハイトが俺の耳に口を近づけると
「タカユキ様……あれが、暗愚で有名なマグラムール第二王子です……」
うな垂れてブツブツと独りで嘆いているリームスに
聞こえないように小さく囁く。
「……失礼しました。あのお方が、第二王子マグラムール・ローレシアン様です」
長机の相席に座ったリームスが、嘆いている表情を隠さずに話す。
「もう全ての国民が知っての通り、私の教育が間違っておりましてな。
はぁ……若様がもう少しご賢明ならば、こんな事態には……」
「気にしないでいいですよ。全然問題ないです」
俺はすぐにフォローしておく。
第三王子ラングラールの変態有能イケメンっぷりが印象に新しい俺からしたら、
一目見ただけで分かるダメさを持つ、マグラムールの方が親近感が沸く。
今でこそ流れ人とか言われてるが、俺だって元々は誘惑に弱いただの一般人だからな。
美射には小学校時代から付きまとわれていたが、他の女からモテたことはないし
野球も下手ではなかったが、菅と比べると明らかに才能は無かった。
それにここには、テレビもゲームも漫画もスマホもネットも無いから、
自分の世界に篭らずに、たまたま上手くやれてるだけだと思う。
もし子供のころからこの世界で王族なら、余裕でマグラムールみたいになってた自信がある。
「すいません。……そう言って貰えると救われますわい」
リームスは老体を屈めて、俺に手を合わす。
「ラングラールみたいな完璧超人より全然いいですよ。人間臭くて」
あ、いらんこと言ったかも。と思うより早くリームスは破顔した。
「……あなた……思っていたよりも、本当に素敵ですな」
"ラングラールみたいな"というセリフが
この老人には効いたのはすぐにわかった。
あいつ、確かに有能だから、他の王子関係者には脅威だろうな……。
すっかり陶酔した顔で俺を見つめてくる強面の老人に俺が
いやいやいや。何か気に入られてしまったみたいだけど、違うんすよ。
と恥ずかしさで背中をかいていると
俺たちのやり取りに、痺れを切らしたアルデハイトが言い放つ。
「その地図を見せてもらってよいでしょうか。
我々の今後の方針を決めたいので」
丸まっている地図を指し示されたリームスは
素早く好々爺から軍人の顔に戻り
机の上に大きな第二王子領の地図を広げると
俺たちに現状を説明し始めた。
「ここにあるマルガ城がゴルスバウ軍の侵攻で、
そしてルクネツア城が巨大竜ライグァーク襲撃による被害で
それぞれ、落ちています」
確かに南端の二つの城にバッテンがつけられている。
東部の関所でクラーゴンと聞いた話と同じだ。
「ゴルスバウ軍は、そのまま北進を続けて、
今はここクァーク要塞を昼夜問わずに攻めています」
「どのくらいもちそうですか?」
アルデハイトは顎に指を当てて訊ねる。
「ローレシアン八宝"バグラムの機械槍"の使い手であるサーニャが
"凶"率いるゴルスバウ軍の侵攻を防いでいますが、
"穢れ"の蓄積が酷いので、果たしてどのくらいもつかは……」
「ルクネツア城近辺はどうなっています?」
「城周囲を破壊しつくしたライグァークは、
ルクネツア城の廃虚の中で眠りについています」
よかった。止まっているらしい。
「空気中のエネルギーを取り込んでいる最中か……」
アルデハイトはそう呟いて、立ち上がり、部屋中を歩き回りながら
「"レインメーカー"の位置分かります?」
とリームスに訊ねる。
レインメーカーとは数日前に見た空中城のことか。
俺は意図がわからないので、黙って聞く。
「マルガ城付近の高空で停止していると報告を受けましたが……それが何か?」
「……やはりか」
アルデハイトは立ち止まって意味ありげに呟くと
意図がつかめない俺とリームスに
「勝機が見えてきました」
とにっこり微笑む。
翌朝、俺たちは
相変わらずの土砂降りの中、
クァーク要塞へと向かうことにした。
提案者のアルデハイト曰く「まずは楽なほうから」
ということらしい。
中央部から南半分はゴルスバウ軍に虫食い状に領地をとられているので
装甲車二台で警戒しながらの南進である。
今度は二台なので全員車中での移動だ。
時折、助手席に座っているアルデハイトが
装甲車の運転手に方向転換を支持して、車が進む向きを変える。
「なにやってんだろ?」
俺とともに後部座席の隣にいるザルガスに訪ねてみる。
「潜伏している敵兵を避けてるんでしょうな。
ムカつくやつだが大したもんだぜ」
俺から見てザルガスの逆隣のミーシャが
「魔族の聴覚ってすごい広いらしいよ。それ使ってるんでしょ」
と俺に教えてくれてやっと思い出した、
二人でミルバーン城襲撃したときに
そういえば、何か似たようなこと本人が言ってたわ。
後部座席の俺たちを振り返ったアルデハイトは
「自爆テロなんて喰らったら、最悪ですからねぇ」
と楽しそうにニヤニヤしていた。
アルデハイトの助けにより
最大速度で進みだした装甲車二台は、半日ほどでクァーク要塞の北部へとたどり着く。
近くの丘で装甲車から降ろされ、高いそこから見ると全貌が理解できた。
そうか、高い崖の段差を利用した天然の要塞なのか
東西に数十キロ広がる五十メートル以上はある高い崖の下から
ゴルスバウ軍が攻めあがろうとして、上で待ち構えているローレシアン兵士に
矢や石で、落とされていっているようだ。
崖には石造りの低い城壁が地形に沿って作られている。
鉄壁の全面と反対に、後部に当たる北部側は防備が相当薄い。
とりあえず造りました。といった感じの低い土塁のような城壁に囲まれている。
丘を下った俺たちは、その土塁壁の間にある開け放たれた城門を潜り、
だだっ広い要塞の中へと入っていく。
現地の兵士たちの案内で
雨よけのためのテントが大量に立ち並ぶ中を
中心部の城塞目指して歩いていると
いきなり聞いた事のある声が響く。
案内の兵士はその声の主を見るなり、直立不動で敬礼をした。
「あら、また会ったわね」
「うお、クラーゴンさんか」
顔見知りのザルガスも気付いて、即敬礼をした。
クラーゴンは士官が着る真っ白な軍服に同じ色の軍帽で
真っ黒なとんがったブーツを履き、その厳しい装いの上に、
なんと広いピンクの水玉の傘をさしているのが怖い。
本人はチャームポイントのつもりかもしれない。
「あははっ。さっそく激戦地に配属されたわ。ホント人不足みたいでねぇ」
「兄さん知ってる人?」
ミーシャが野太い声でオネェ言葉を話す、この怪しい高級士官を訝しがる。
興味無さそうなアルデハイト以外、
皆クラーゴンを不思議そうな顔で見つめる。
「憲兵長のクラーゴンさんだ」
「げっ、憲兵……しかも、長……」
「今はちがうわよー。昨日、ここの一番上が戦死したから、
着任早々、残った中で一番地位の高い私が代理司令官に昇格してねぇ。
つまり今は私がここの要塞の主ね」
「死んだの?」
洒落ならんことをサラッというなこの人は。
怯えてきったミーシャは俺の背中に隠れた。
「ええ。そこの崖から興奮しすぎて、滑って落ちたらしいわ。
雨期じゃなかったら踏み止まれたのに、運が無いわよねぇ。
兵士から落とされたとかいう目撃談もあるんだけど……うふふっ。
まぁどう見ても無能だったから、私はどっちでもいいんだけさあ。
ささ、我が城へようこそ」
うん。この人やっぱり怖過ぎるわ。完全にイカれている。
できればこんなところに長居はしたくないな。
そう思いながら俺は、中心部の高い城塞へと
傘を回しながらスキップ気味に上機嫌に進むクラーゴンから案内されて
仲間たちと歩いていく。
「サーニャちゃん、さっき壊れちゃったからちょうどよかったわあ♪」
クラーゴンは鼻歌を歌いながら
俺の全身を舐めるように見つめてくる。
その性的な視線に俺は全身にゾゾゾッと鳥肌が立った。
普段なら「兄さんの……!」と言い放つミーシャも
クラーゴンに対しては強く出られないようで
俺の背中に隠れたままだ。
「クラーゴン様、私はタカユキ様の従者アルデハイトと言います。
八宝使用者が壊れたとは?」
怖気づかずに横から質問してくる細身のアルデハイトを
長身のクラーゴンは歩きながら、しばらく無言で観察した後に
「ふむ……やはり魔族だわねぇ……ま、使えそうだしいいか」
そう呟いてから
「見たい?八宝使用者の末路を」
と言い放ち、にこやかに近くの
大きな四角いテントへと方向転換して進み始めた。




