思念の部屋
「引きちぎってください」
女兵士はいきなり俺に言い放つ。
「ん……え、あ……?」
「この発光する鉄の鎖を素手で引きちぎってください」
アタフタとしている俺に更に言葉を畳み掛ける。
言っている意味が分からないので、脇に居るミーシャの顔を見ると
「……?」
同じく意味が分からないという顔をしていたので
後ろをふりかえり、マイカにもアドバイスを求める。
「……元気があれば……何でも……やれる……」
マイカはそれだけ呟いて、
扉に何重にも巻きついた緑に発光する鉄鎖を指差した。
つまりは言われたとおり引きちぎれと……。
「では、我々は離れますので」
そう言うとすぐに女性兵士は
ミーシャとマイカを廊下十メートルほど後方まで連れて行った。
俺はしばらく扉絡みついた発光する鉄鎖を見つめたのち
意を決し、まずは扉の端に巻きついている部分に右手を触れた。
バチバチッと電気が激しくショートするような派手な閃光が腕全体に走る。
しかし痛くも痒くもない。
そのまま思いっきり手前に引っ張ると、
ガグシャア!!という大きな音をして端の部分の鉄鎖は剥がれた。
うん。いけそうだ。
俺は両腕を閃光で発光させながら、次々に重なった鉄鎖を取り払っていく。
一分ほど、目や耳に悪いその作業を続けると、すべての鉄鎖は取り払われた。
床に転がるそれらは、真っ黒に変色して焦げた跡のようになっている。
俺はそれらをさらに脚で軽く蹴り左右に避ける。
気づくと両手の服の袖は焦げてずいぶん短くなっていた。
「取ったけど……?」
女兵士を振り返ると怯えた表情で
「は、はい。どうぞ中へ。で、では私はここで」
と逃げるように廊下の奥へと早歩きで去っていった。
取り残されたマイカとミーシャは相変わらずワクワクした顔をしている。
「入ろか」
「やったー!」
ミーシャが喜び勇み、マイカがボソボソと
「……行けばなる……行かねば……ならぬ……このロード……電気ですかー……」
呟きながら、二人はこちらへと駆け寄ってくる。
俺は慎重に扉の凹んだ取っ手に手をかけて
ギギギという重い音をさせながら扉を開けていく。
真っ黒な部屋は、俺が一歩足を踏み入れると
"ブーン……"
というコンピューターの起動音のような音が響き、真っ白な明かりが点いた。
そして三人が入った途端に
"ヒミツホジノタメ、ロックシマス"
という機械の合成音声みたいな声が鳴り響き、扉が自動的に閉まる。
ミーシャがドンドンと扉を叩き
「開かないねぇ……だいじょぶかな」
と不安そうな顔をした。
「……だいじょぶだー……たぶんな……」
マイカが部屋中を見回す。俺も部屋の様子を調べる。
窓は無い、狭い部屋だ。壁は白一色、
その材質は鉄や木でない柔らかな何かである。
約十メートル四方の床と二メートル半ほどの高さの天井をもつ
室内は綺麗に清掃されている。
そして何も無い。床と背後で閉まった扉以外は何も無い。
「ものがないな」
「……」
「うー、お腹減ったよー」
マイカは注意深く周囲を見回しているが
拍子抜けしたらしいミーシャはお腹を押さえて横たわる。
そういえばもう夕飯の時刻である。
「ハンバーガーとか長いこと食べてないな」
ふと俺は思い浮かんだので言ってみた。すると
手の中にポンッとできたてのハンバーガーが出て来たではないか。
「それなにっ!」
と立ち上がって俺の手元にかぶりついてきたミーシャに渡す。
「うんまぃ!」
どうやら味もついているようだ。
ミーシャは初めて食べるハンバーガーに感動しながらがっついている。
「……思念の部屋……」
マイカが不思議なことを呟く。
「思念の部屋?」
「……流れ人である……タカユキ様の……想いに……反応するよう……できている」
「ああ言う風にものが出てくるのか?」
「兄さん……味はするけど、お腹膨れないよ、これ」
ミーシャが自分のお腹を指差しながら、床にへたり込む。
よくわからんけど、つまり俺が考えたら実体として色々と出てくるって事かな。
じゃあ、試しに……。
「あ!但馬!久しぶり!」
おお、櫻塚高校の学生服を着た美射が出た。
「だれ!?」
ビックリしたミーシャが俺の腕に絡みつく。
「そこ……私のところなんだけどなぁ……」
美射は上目遣いで、ミーシャに控えめでやりにくそうな抗議をする。
おお、マジで本物っぽい。元気よさ気だが、
実は俺がいないと、他人に対してかなり気弱なのだ。美射は。
「これ、新しくできた妹。仲良くしてやって」
会話できるのかな。
「へぇー、妹さんなのかぁ」
おおお、ちゃんと会話できる。すげえええええ。
「ミ、ミーシャっていいます」
「ミーシャちゃん、よろしくね!私、鈴中美射っていうんだ!」
美射はツインテールを揺らして微笑みながら、手を差し出す。
「よ、よろしく。向こうの世界では兄さんがお世話になってます」
「こちらこそっ。こっちの世界で但馬のことよろしくねっ」
ミーシャと美射が手を握り合う。
不思議な光景に俺は頭がボーッとしてくる。
すると美射の身体が透明になり薄れてきた。
「あ、もう時間が無いみたい。ねぇ、但馬、私、あなたに言いたいことがまだ……」
何かを言いかけて、美射は不意に消えた。
「消えちゃった……手、あったかかったのに……」
目の前で消えた美射にミーシャは愕然としている。
「あれも……タカユキ様の……心の中の想い……だけど本物に限りなく……ちかい」
マイカはミーシャの背中を優しくさする。
「そっか……でも美射さんに会えてよかったな……」
こりゃ、重いな。簡単に呼び出さないほうがいいようだ。
いきなり消えた美射に意外とダメージを喰らった俺は
これからどうしようか考えて、ふと気付く。
「マイカ、ここって多分、菅が作ったところだよな」
「……そうだとおもう……だから……タカユキ様……つれてこられた」
不思議な話だが、その答えで腑に落ちた。
ということはだ。
次にこの国を訪れた流れ人の故郷での知り合いを呼び出して、
郷愁に浸らせるのが目的ならわざわざこんな部屋を作ったりしない。
俺がもし菅と同じ立場だったら次の流れ人へのメッセージを残すために
ここに連れてくるようにする。
そして、そのメッセージを託されているのは
菅本人のイメージつまりは、思念がその形になった
思念体でしかないんじゃないか?いやこの言葉で合ってるかは分らんけど。
とにかく考えてみるか。
見たことも無い、この国の英雄になった後の菅のことを。
俺は目を閉じる。高校時代の彼をまずは思い出し、
そしてルーナムやランハムに聞いた
その後の彼のことを考える。想像してみる。
俺の目の前に出て来い菅……
……
……
「おお……兄さん……すご……」
「みごと……タカユキ様……おみごとなり……」
二人の驚嘆の声に眼を開けると、そこには
部屋の隅で、肘たてのない簡素な椅子に座り、
黄金の鎧を着た、白髪の坊主で真っ白な無精ひげを生やした大男が
ゆっくりと拍手をしていた。
足を組んでリラックスした彼は、俺たち三人を見つめる。
「正解だよ。新しき流れ人殿」
拍手を止めた彼は、低く、良く通る声で俺たちに語りかける。
「思念の部屋程度に迷い、取り込まれてしまうような弱き者なら
我が国にはいらぬのでね。多少、試させてもらった」
……あれが菅なのか……顔こそ多少面影があるが
全体的にまるでまったく別人のような、重く深い雰囲気だ。
「思念体である我の精査を経た上で"段階順"だが、我が秘伝を貴殿に与えよう」
「さあ、その賢く、勇敢な顔を良く私にみせてくれ」
黄金の鎧を着た菅は立ち上がり、そして重々しく俺の近くまで歩み寄ると
少し立ち止まり、その重々しい雰囲気が揺らぐ。
「まさか……」
「菅、ひさしぶりだな」
「但馬先輩……なのか……」
思念体でも俺は認識できるらしい。
よっしゃ、色々と話してみよう。
「ああ、お前と百年近いラグとかでこっちにきたらしい。
こっちについてからは、まだ二ヶ月弱くらいだ」
「なんと……生きているうちに先輩に会いたかった……。
ここに居る私は、生前の記憶の集合体でしかないですから」
悔やんでいる菅を見つめる。
そうか、こいつは本物じゃないからな。
後ろを振り向くと、ミーシャとマイカはじっと俺たちを注視している。
「なぁ、菅、なんで俺たちはこの世界に呼ばれたんだ?」
「……先輩、それについてはまだ明かせません。
かなり上の段階でロックが解除されるようになっています」
「そうか……」
プログラムみたいになってんのかな。
無理に訊き出そうとするのは時間の無駄な気もする。
だったらストレートに訊ねてみるか。
「今の段階のお前が俺に伝えられることは何なの?」
「我々、流れ人の体力的な成り立ちです」
「いいぞ。聞こう。ぜんぶ話してくれ」
最初の重々しい雰囲気はどこへやらの
すっかり大人しい後輩面になってしまった白髪のおっさん菅を床に座らせ
俺も向き合って座る、ミーシャとマイカも恐々と俺の背中付近で座る。
「私の収集したデータや実体験によりますと、
流れ人である我々は、体力が元の世界に居たときの約百倍になっています」
「ひゃく……!?」
「先輩もその身体に慣れて、全ての力が解放されたら
百メートルを一秒以下で走れるようになりますよ」
うひゃー、この世界で人間のオリンピック開催したら毎年優勝は全て俺だな。
なんて馬鹿なことを考えながら菅の話の続きを聞く。
「もちろん肉体的にも異常な強靭さがありますが、
何よりも特色的なのは……」
「体の防御反応や、痛覚も器用になっていて
気を失うような一定以上の衝撃にはほとんど反応しません。
なので多少の負傷程度ならば、気にせずに戦い続けることが可能です」
これは何となく、経験してきたから分かる。
強くなったからといって日常生活には差し支えないのが感じだ。
痛覚を強度によって使い分けてるというか……。
「エネルギーの分解力も異常に強まっているので、酸素を吸うだけで
二週間ほど生存可能です」
すげぇなあ。しかし自分から試したのか、それともそういう状況に置かれて
しかたなく理解したのかは怖いから訊かないでおこう。
「二週間って何?」
ミーシャが不思議な顔をして訊ねてくる。
「この世界的にいうと半ワンハーだな」
「先輩に通じる単位を優先的に使用しています。ご理解ください」
おっさん菅はそう断ってから、再び話し始める。
「腕力は特に強化されています。先輩はすでに
それに耐えうる剣を手に入れたようですが……」
菅は俺の腰の彗星剣を見つめながら
「もしも、他にも必要な場合は、
この城の各所に強力な武具を封印や配置しているので、必要に応じてお使いください」
「ありがとう。しかしな、疑問があるんだが」
「なんでしょうか」
「現実のお前はなんで死んだの?」
菅は俺の質問に苦笑して、
「老衰でしょう。この思念体は私が七十八歳の段階のものですが
おそらくこの二年後には体の限界で多臓器不全が起き、急死していると思われます」
そうか。最後は身体に一気にガタがくるのか。
しかし白髪以外は七十八には見えない若々しさだ。
どうみても四十後半程度にしか見えない。
この二年後に死んだというのは本当なのだろうか。
「他人から殺されることはないの?」
「殺されかけたことは何度かありましたが、
その度にこの身体がより強く再生して、相手を圧倒しました。
それは、老齢になってからも変わりません」
……うん。何か漫画とかアニメの主人公みたいな感じなんだな。
傷つけば傷つくほど強くなるみたいな。
ところで、もしかするとだが
「例えば、トカゲみたいに指切られたりしたら
再生するとかあったり……?」
「ははっ、頭以外はまさにそんな感じですね」
微妙に色の違う右手の五本の指を見せてくる。
新しいものは色が白めで、古いものはよく日焼けしているのが分かる……。
訊かなきゃよかった……。
「頭は……?」
うわーききたくねえ。でも訊かずにはいられねぇええええ。
「そもそも切られませんよ。胸から上は異常に頑丈ですから。
傷くらいはつきますが」
よかった……俺はため息をついて胸を撫で下ろす。
頭まで再生するとかだったらそれはもう
俺の考えではモンスターとか単細胞生物の仲間入りである。
「以上です」
「もう今の段階では無いのか?」
「はい。あとは娘のミイにお尋ねください。
次にこの国に来る流れ人が、邪悪でないようなら
国の行く末を全て預けよ。と子供のころから申し付けてあります」
「えらい重い話だな……」
要するにローレシアン王国は今後、俺のやり方次第なわけか。
皆完全に忘れてるみたいだけど、俺高校生のガキなんですけど……。
周囲の世界にはいい加減、俺が若年だという自覚をもってもらいたい……。
などと訳の分からないことを考えていると
「すいません……まさか先輩が来るとは……知っていたらもう少し
色々とやり易いようにしたのですが……」
黄金の鎧を着たおっさん菅はすっかり恐縮している。
「まぁ、話してみるよ」
「最後にもうひとつだけ、訊いてもいいか?」
「はい、なんでしょうか」
「この装置ってマシーナリーが造ったの?」
「その通りです。この質問は、訊かれたら答えるように設定されています」
そして、おっさん菅は深々と一礼をして、俺たちの目前から消えた。
同時に部屋に再び機械の合成音声が響き渡る。
"ロックカイジョシマス。マタノオコシヲ、オマチシテオリマス"
同時に再び真っ暗になった部屋の中を
俺たち三人は背後で開いた扉から射す、明かりの方へと歩き出す。




