話し合いと彗星剣ルートラム
縄で縛り上げられた老ゴブリンのナーズルを背負った俺と、
同じく縛られた女オークのセミーラを背負ったアルデハイトが
旅館のロビーに現れると、ザルガスは煙草を落としかけ
ルーナムは絶句する。
驚いている従業員さんたちにルーナムが素早く
「先ほど話したとおり、
我々は政府のものなので心配はありません。通報は必要ありません」
とギリギリの笑顔で札束を渡し、
青くなった従業員が必死に頷き返す。
さらにルーナムが旅館の空いている全部屋を借り上げて
空いている大部屋へと俺たちを案内する。
ザルガスは元盗賊団たち全員に集合をかけにいった。
俺たちはゴブリンとオークを部屋に降ろし、
部屋の中心の床に座り込んで、全員が集合するのを待つ。
アルデハイトは早くも二人に興味を失ったようで
天井を見ながら、何か他の事を考え始めている。
室内に最初に入ってきたのは、意外にもマイカだった。
気絶したままのゴブリンとオークを見回して
「うん……それでいい……あとは、タカユキ様ががんばれ……」
と俺の肩を二回ポンポン叩いて、部屋の隅に歩いて行き
体育座りしてこちらをジッと見つめる。
続いてルーナム、ザルガスに率いられた元盗賊団たち全員が入ってくる。
「うぉ!マジでやったんすか」
「すげぇな。このオークねぇちゃんじゃねえか。人間みたいにやれんのかな」
ミノや元気の良い盗賊たちが驚きながら、縛り上げられた二人を見回す。
ライガスは鎧を取り去られ、ムチムチの身体で
下着姿になっているセミーラに興味をひかれているようだ。
「旦那、こいつ、"老練"のナーズルです。
表に滅多に出てこないゴブリン界の老将だわ……」
モーラが興味深そうに老ゴブリンに眼を細める。
「よーし!お前ら、旦那達の邪魔をしないように周囲で大人しくしろ」
「うっす」
ザルガスの言葉に全員ゾロゾロと部屋の壁側へと歩いて行き
俺たちと二人のゴブリンオークを遠巻きに囲む。
ハッと意識がこっちへと戻ったらしいアルデハイトが
「起こしましょうか?」
と二人の縄を縛りなおしながら、尋ねる。
ちょうどルーナムも入ってきたところだったので
ザルガスとルーナムの顔を見ると、二人とも察して素早く頷いた。
「おい、起きろ下等生物ども。流れ人様が貴様らを尋問する」
冷徹な声色のアルデハイトが、二人の頬を交互に撫でるように叩く。
すると「うぅーん」という唸り声で二人は眼を覚まし
多数の人間に囲まれている周囲の状況を見て、一瞬絶句する。
そしてすぐに覚悟を決めた顔で
「殺せ」
と同時に呟いた。
「殺さない。ひどいこともしないから安心してくれ」
俺はこちらを睨みつける二人を安心させるために
手を開いて、なだめて落ち着けようとする。
隣のアルデハイトは興味無さそうに二人を眺めている。
「少し、話を聞きたいんだ」
俺としてはマイカの話がずっと気になっているのだ。
「……」
「この方は流れ人だ。正直に答えろ下等生物」
アルデハイトが俺を指し示して、やる気のない平坦な声で言い放つ。
「隣の方は魔族ですかな」
白髪で片眼が潰れている老ゴブリンのナーズルが俺の顔を見ながら
口を開く。
「そうだな」
「……信用できませんな」
「何が信用できない。魔族は優秀な種族だ。下等生物は我等に従えば良い」
アルデハイトはゴミを見るような目で二人を見下す。
ふーん。こりゃダメだな。相性悪いわ。
「ちょっと、後ろに下がって見ててくれるかな」
俺はアルデハイトを下がらせ、
代わりにザルガス、モーラ、ルーナムとマイカを手招きして
前に出てもらう。全員俺より少し後ろに座り込む。
「魔族の彼は、後ろで見てもらうことにした。
ここに居るのは人間だけだ。これでどうかな?」
「……」
老ゴブリンはマイカをチラッと見て、何かを考え込む。
セミーラはさっきから口を閉じたままだ。
「どうだろう?少し話をさせてもらって良いか?」
「はなし……したほうが……いい」
マイカが俺の隣に出てきて、二人の顔を見ながら話しかける。
「いま……チャンス……まってる……ひと……きた」
その言葉で老ゴブリンと女オークが顔をあげて
俺とマイカの顔を見つめる。
「この方が……?」
「そう……しんじていたのは……にせもの……」
うん。まぁ、なんか良く分からんけど会話が進んでいるので
とりあえずマイカに任せることにした。
ルーナムは"また始まりました"と言った顔で、俺とザルガスに
お手上げのジェスチャーをする。
いわゆる中二病を発症しているお年頃なのか。
そういえば美射も中二のころは酷かったな……。
「まさか……騙されていたとは……」
「ロ・ゼルターナ神は……うそ……ゆるさない……」
老ゴブリンは女オークと見つめ合って
アイコンタクトで会話する。
「分かりました。あなた様を信じましょう」
「うん。ありがとう」
マイカの中二病会話が、よくわからんけど功を奏したようで
老ゴブリンは俺を見つめて頷く。
「いくつか訊いていいか?」
マイカは二人の縄を勝手に解いていく。
止めようとしたルーナムは俺が手で制した。
話をするにも、縛られっぱなしじゃ気分悪いだろうからな。
「何なりと。マイマスター」
「マスター?」
「我々は、今日からあなた様に恭順いたします」
老ゴブリンと女オークは俺に土下座してくる。
「お、おう、まぁとにかく、質問させてくれ」
俺はそれを何かの勘違いだと思い、流しつつ、
二人に顔をあげてもらって、気になっていたことを訊いていく。
「なんで、ミルバーン城に攻め込んだんだ?」
「我々がマスターだと思い込んでいた者から、
そうするように命令されたからです」
「兵士が弱く防備が薄いから、東側側面を突けば簡単に落とせると。
実際攻め込むと、その通りでした」
「その者とは?」
「"凶"と名乗っていました。ゴルスバウと繋がっていると言っておりました」
「顔とかは分かるか?」
「いえ、全身に恐ろしげな漆黒の鎧を身に纏っていて、性別や顔などは……」
「強そうだった?」
「ええ。小指だけで我が種族の勇士が捻られました」
下着の上からジャケットをマイカに羽織らせながら、セミーラが俺に教える。
つまりあのデカいオークの、特に強いのを簡単に捻ったってことか。
少なくとも魔族以下の力じゃないな。
と俺は、さっきのオークやゴブリンに対するアルデハイトの無双状態を思い出す。
「ゴブリンやオークを元の故郷に平和に戻すことはできる?」
「……我々は負けましたから……いずれ新たな指揮官が
再び"凶"の指示でローレシアンへと攻め込むでしょう……」
「ありゃ……」
ダメか。元の鞘に収まればみんな幸せかと思ったんだが。
そこで再びマイカが口を開く。
「……ふたりを……帰せばいい……ふたりに、ほんとうを……ひろめてもらう」
そこでアルデハイトが割って入ってくる。
「冗談じゃありませんよ。こいつらはタカユキ様の初の戦功です。
王都へと連行して、きっちり処刑してもらうべきです」
顔に怯えを過ぎらせた二人に「大丈夫だ」と言いきかせ、
俺は、アルデハイトを手で優しく押し返して壁の方へと
再び下がらせる。
そして、成り行きを見守っている大人の意見を聞いてみることにした。
「ルーナムさんとザルガスはどう思う?」
「難しいですね。でも、もし二人を信じるのであれば、
このまま帰せば、全て丸く収まるということになります」
「俺もルーナムさんと同意見だな。王都へと連れて行っても、
どっちにしろ厄介ごとの種にしかならねぇと思うわ」
ザルガスとルーナムの意見が一致した。
「じゃあ。そういうことで決まりだな。
二人は、明日にでも故郷へと連れて帰る」
「いいな?」
見回すと、周囲の元盗賊団たちも同意したようで
皆一様に俺に頷いてくる。
老ゴブリンと女オークも再び土下座した。
ふーガキの俺が、話をまとめるのは大変だ。
とにかく収まりそうで良かった。
「まーた私が連れて行くんですかぁ?下等生物を?」
壁に寄りかかって一人、あからさまに不満顔のアルデハイトに
「お前の苦労は覚えておくよ。
ちゃんと、やってくれたら魔族がもっと好きになるかも」
と声をかけると、頬を赤らめ
「……じゃあ、しかたありませんねぇ……」
とブツブツと呟いて了解していた。
とりあえず全てが収まったので俺は着替えに自室へと戻る。
ナーズルとセミーラの二人は、
マイカと、志願してきたモーラを監視役兼聞き取り役にして
明日の朝まで大部屋で待機してもらうことにした。
扉を開けて入ると、ミーシャはベッドで寝入っていて
その隣の椅子でアルナも眠っている。
俺は起こさないように静かに着替える。
まだ地球で言ったら十九時くらいだ。
夕食は部屋にもってきてくれるとルーナムさんが言っていた。
ボーっと窓の先の土砂降り雨を眺めていると
小さな真っ青な女小人が窓枠に立って
外から窓をコツコツと叩く。
「リグ・ベイシャ様の使者でございます」
リグ?ああ、森でであったあいつだ。人魚っぽいでかくて青い女の人。
俺は窓を開けながら
「どうしたの?」
と尋ねる。土砂降りの雨だがその小人は
室内に入ろうとしない。雨が着替えたばかりの服や顔に降り注ぐ。
「雨期は我等水棲族は移動が容易いので、
私ごときが僭越ながら、タジマ様を訪ねさせていただきました」
「う、うん」
「我が主リグからは、あなた様の動向をしばらく観察した上で
慎重に考察して、そして良いならば、あるものを手渡しせよと云われておりました」
「……」
振り込んでくる雨で俺は濡れまくっていく。
それにしても話の前置きが長い。
「なので窓の外から先ほどのやり取りを注意深く観察させていただきましたが」
「さすがの名采配でゴブリンとオークたちの悩みを
収められそうで、私としてもここに祝辞を贈らせていただきます」
「おめでとうございます。本当に素晴らしいことを為されました」
朝の全校集会の校長の話かなんかだろうか。
パチパチと手を叩く青い小人に見つめられた俺は
すっかり着替えた服がびしょぬれである。
「おっとお忙しいあなた様に、話しすぎてしまいましたね。
短い挨拶で恐縮なのでありますが、
ここにリグからの贈り物を手渡しいたします」
女小人は窓の下から自分の数倍の長さの、
蒼い鞘に金色の装飾が施され、銀色の鍔とグリップを持つ剣を
引き上げて、ドンッという音と共に部屋の中へと落とした。
ガラーンガラーンという金属音を響かせて
落とされた剣は床で鞘ごと揺れている。
預かったものにしてはえらい雑だな。いいのか。
「あら、私としたことが、とはいえこの剣は我等が至宝、
"彗星剣ルートラム"でございます。
多少のことでは鞘ですらも傷などつきません。」
「そう言えば鞘を盾代わりにして戦ったという言い伝えすらございます。
抜いてみてください。青色に煌くその刀身の何と美しいことか……」
「うん……ありがと。リグによろしくね」
俺はそこでピシャッと窓を閉めた。
真っ青な女小人は窓の外で、まだ喋りたそうな顔をしていたが
すぐに一礼をして去っていった。
俺はとりあえず、床に落ちていた剣を手にとる。
うん、言われたとおり見事な装飾には傷一つついていない。
鞘から剣を抜いてみる。
煌くような青色の本当に美しい刀身が姿を現した。
その異様な美しさに、しばらく見惚れていると、部屋の扉をトントンと叩く音が聞こえ
俺は、剣を鞘に戻して窓際に立てかけ、ゆっくりと扉をあける。
頭巾を被った猫背のモーラが普段見せないような困った顔で
「すいません、いきなり」
「オーク女のセミーラが旦那に惚れちまったみたいです。
旦那とやらせろと俺たちに頼んでくるんで、旦那がビシッと言ってやってください」
「う?うん?」
話がさっぱり分からないが、とりあえずモーラが困っているようなので
俺はびしょぬれの身体をタオルで大雑把に拭いて、
モーラと共に二人がいる大部屋に向かう。
部屋に入るとそこでは、老ゴブリンとマイカに押さえつけられている
セミーラが出て行こうとしているところだった。
「あぁん!!連れてきてくれたんだね!」
発情したような顔のセミーラはモーラへと投げキッスすると
ジャケットを脱ぎ捨て、再び下着姿になり
「マスター!!一発やらせてください!!
オークの習慣では惚れたら、相手とまずはやってみるのです!」
ああ、そういうことか。シモ的な話だな……。
俺は大きな胸を寄せ、上目遣いにこっちを見つめながら迫ってくるオーク女を
手でゆっくり押し返しつつ、言葉を返す。
「う、うん。ごめんな。俺の種族にはそういう習慣にはないんだ……」
変な女小人に絡まれたと思ったら、次はこれかーい。
もはや、名前例えられシリーズに続いて
変わった女子につきまとわれるシリーズとでも名づけるか……。
「セミーラ、気持ちは分かるが、マスターはオークではないぞ……」
老ゴブリンのナーズルはセミーラを呆れながらも諭す。
「そういうのは……あいての……きもち……かんがえろ」
「ほら、マイカ様もこう言っておる」
いつの間にか"様"付けになったマイカが、セミーラの肩をポンポン叩く。
「どうしてこうなったの?」
「いや、なんかマイカと二人で、旦那のエピソード話していったら
だんだんこいつが顔を赤らめてきて……」
「だって、かっこいいじゃないのさ。マスターは偉いよ。
みんなの為にだけ行動してる」
俺の頬へとキスしようとしてきたセミーラを
マイカがすばやく間に入って止める。
いや、別にみんなのためだけというか、成り行き上こうなってるだけの気がする。
「ナーズル、私はマスターについていくよ!」
「本気か!?ここは人間の国の中で、お仲間には魔族もおるんじゃぞ?」
「本気さ。オーク女としては一発やるまでは国には帰れないじゃないか」
「旦那、ここはもう今からしてやれば……」
モーラが申し訳無さそうに提案してくるが
「いや、すまん。人としての一線は守りたい」
俺は毅然と答える。
そういうのはやはり互いの合意とか愛とかがいるだろ。
元の世界では同級生から、据え膳食わぬは何とかという話もきいたが
誰でもいいという訳ではないのではなかろうか。
「……というわけだ……セミーラ……めいわくはいけない……」
「はぁい……」
マイカがきちんと釘を刺してくれたのだが
相変わらず惚れた目で俺を見つめてくるムチムチの
オーク女のウインクや投げキッスを素早く避けながら、うな垂れて部屋を出て行く。
ミーシャが風邪治ったら大変だぞこりゃ……。




