大老ランハム
俺たちはそのまま道沿いに半日ほど進み続け、平原のいくつかの村を通り過ぎ、
山と山を繋ぐ北と南に数十キロ伸びている高さ三十メートルほどの
巨大な長城の門の跡を潜る。
防衛用の城壁かと思っていたが、よく考えると長城の先もローレシアン領のはずだし
近くで眺めてみると、これらは全て過去の遺跡のようなもので
苔むして朽ちているようだ。長城の上には
一応ローレシアンのものである派手な旗が立てられているが
人気はほとんどしない。
「ルーナムさん、これは何なんですか?」
馬上のルーナムに俺は尋ねてみる。
「わかりません。城壁なので古代に何らかの防衛に使われたはずですが……。
英雄スガ様がこの地を征服されたころからあったようです」
「邪魔じゃないですか?」
「そうですね。第三王子領を分断するように南北に伸びているので、
邪魔と言えば邪魔ですね……」
「向こうの山にも?」
「ええ。かなりの長さがありますね」
考え込む俺に、ミーシャが
「ロ・ゼルターナ神の戦が、昔、昔、ここ中原でありました」
とライオネルの上でいきなり語りだす。
「いーからきいてっ」
「う、うん」
「ロ・ゼルターナ神は、七つの空中要塞と
十五体の巨大兵を作り、当時ドラゴンと魔族に虐げられていた
中原の人間たちをあっという間に解放しました」
「そしてロ・ゼルターナ神は言ったのです」
「再び戦極まるとき、我は必ず帰ってくるだろう。
今度は貴様らを滅ぼしに。
我をあがめ続けよ。平和を堅持せよ。
人同士で争うな。他種族と調和せよ。我の教えを常に忘れるな」
「神書の第八章ですな」
「そだよっ。村長と子供のころ行商でここらを通ったときに
聞かせてくれたんだ」
「そのロ・なんとか神は、みんな知ってるの?」
こっちきてから、よく聞くような気がする。
「私たち人間の守護神様だよーっ。戦神として他種族にも崇められているね」
ミーシャがえっへんと胸を張りながら教えてくれる。
「でね。村長は言ってたよ。この長城はその時の激しい戦いの跡なんだって」
やっと城門跡をぬけて、頭上には再び青空が顔を見せる。
平原や山間部にポツポツと幾つか、農村や小さな町が見える。
「王都まではどのくらいかかるんですか?」
「順調にいって最短五日くらいですね」
すれ違った騎兵隊の警備兵たちから敬礼を受けながら
ルーナムが答える。
「うわー。先は長いですね。ってかローレシアン広いなぁ」
「そうですね。人間族でもっとも広大な領土を持つのが我が国です」
ルーナムが微笑む。
そこで後ろからミノが走ってくる。
「旦那たちぃ!そろそろ昼飯にしませんかー!」
「あ、忘れてた」
「アルナちゃんのお腹がさっきから鳴りっぱなしで
見てらんねぇんすよ!」
後ろを振り向くと、アルナが御者をしているマイカの後ろで
俯いてへこたれていた。
俺たちは近くの町に入り、小さな食堂を見つけて入り込む。
馬や馬車は近くに繋いで、マイカとミーシャがお世話している。
二人はお腹がすいていないので
馬車に積んでいる食料でいいそうだ。
「積んでいる食料は、大事にしないといけませんからね」
とルーナムは札束をレジの店主に渡しながら話す。
たぶんアルナの大食いのことを言っているのだろうなと
思った端から、アルナがテーブルの料理を凄まじい勢いで食べだして
「おかわり!」
と皿をウエイトレスのお姉ちゃんに差し出す。
「アルナちゃん、太るぞー!」
「もう少し食う量減らせー!」
「痩せるために夜の相手してやろうかー!」
ミノを中心とした元気な無頼たちが笑いながら煽るが
一向に気にしないでアルナは食べ続ける。
ザルガスは、モーラ、パナスと共に同じテーブルで
食べながら何かを話し続けている。
パナスは素早く食事を終えると「ちと、いってきまっさ」と皆に断って町の中へと
髪型を整え、情報収集に出て行った。
俺は相席しているルーナムに
「アルナの食費大変じゃありませんか?」
「そうですね。ラングラール様が彼女の立場をご理解されているので
食費については問題ありませんが……」
たしかにあの異常な力は問題ある。
常人離れした力を手に入れた俺がいうのもおかしいが。
「……あの力を何とか有効利用できないですかね」
「うーむ。道中、せっかく時間があることだし、考えてみましょうか」
ルーナムは頷いて、窓から外の景色を眺めながら
コーヒーの味がする真っ赤な飲料を飲んだ。
甘党の俺はそなえつけられていた砂糖とミルクを足す。
食事を終えた俺たちは再び馬車組と歩き組分かれ出発する。
後方の馬車はミノが御者をして
歩き組が二人乗り込んだ。
前方の大馬車は御者のマイカ、そしてアルナはそのままで
ザルガス、モーラ、そしてパナスが乗り込み
三人とあと三人の別の元盗賊団を交えて中で
情報を整理すると、ライガスが俺に耳打ちで伝えてきた。
もちろん余った盗賊たちは外で歩きながら警備役である。
上手いこと疲労がたまらないように彼らの中でローテーションしているようだ。
俺はライガスに了承して徒歩で
それぞれ馬上のルーナム、ミーシャと共に先頭を進んでいく。
空は晴れていて、延々と伸びている前方の道は、
遠くで緩やかな山道へと入っていくのが見える。
低い草木が周囲に生い茂り、蝶が飛び回り
遠くには山鳥の「ピピピ」という囀りも聞こえる
山道を俺たちは登って行く。途中の平らなところで、
馬を休憩させ、水を飲ませたりしながら
ゆっくりと進んでいく。空は晴れ渡っている。
「盗賊とかって大丈夫なんですか?」
元盗賊団に襲われた経験のある俺がルーナムさんに問い
同じく経験のあるミーシャが馬上で噴出した。
「ローレシアン国内はいないと思いますよ。
お優しかったスガ様のご威光で、今でも民を安んじてますから」
汗を拭きながら、ルーナムが答える。
「平和なんですね」
「そうですね。国内はほとんど問題ありません」
含みのある言い方でルーナムは、ゆるやかに続いていく山道の先を眺める。
「ここを越えると、第三王子領の西部を統括する大城パーシバルが見えてきます」
「城主のランハム様がいらっしゃればよいのですが」
「どんな人なんですか?」
「ラングラール様の政治的な補佐役としてこの地方に置かれた大老のお一人です。
この大穀倉地帯を三十ラグヌス(年)無事に保っている名城主でもあります」
「けっこう凄そうなんですけど……」
「会えば分かります。気さくで良いお方ですよ」
俺たちは山を乗り越えて、広い平野のようになっている頂上にたどり着くと
ホワイトリール城を見たときと似たような驚きに包まれる。
なだらかに伸びていく反対側の斜面一杯に
真っ青なミカンのような果物が生い茂っている。
おそらく人工的にこれらの木々は埋められたのわかるが、
しかし、朝日があたる東側ではなくて西側の斜面とは……。
「マカルは西日で育てますから」
ルーナムが先読みして俺に教えてくれる。
「あったかい環境がいるんだよー」
ミーシャもマカルの生えた木々を馬上から眺めながら補足する。
その先の平野に広がる大穀倉地帯のど真ん中には、
盛り上がった広い丘陵に沿って造られた高い城壁に
囲まれた大きな街が見え、
ど真ん中には小さな城郭らしきものも見える。
城と街で分けられていたホワイトリールとは違い、
ここは全て一体型の城のようだ。
俺たちはマカルの青々と生えた木々に
囲まれた山道を下っていく。
とても緩やかな下り道なので、後ろを振り向くと
後方の二台の馬車も支障なく運行できているようだ
「マイカは覚えるの早いですね」
ここまでまったく支障なくマイカは大馬車の御者を続けている。
「そうですね。頭は抜群に良いのですが、なにぶんあの性格で……」
「どうして城のメイドに?」
「……あの子も、シンタロウ様から預けられたのです」
「……?アルナと何か関係があるんですか?」
シンタロウはマイカの亡くなった父親である。
ルーナムの知り合いでもあったというところまでは聞いた。
たしかアルナがやっと生まれた一人娘だったはずだが……。
「いえ、おそらく城に来るまでは会った事もないかと」
ルーナムはいい難そうだ。そこで俺は閃いた。
静かにルーナムに向けて顔を近づけて囁く。
「あの……もしかして隠し子とか?」
「可能性はあります。しかし、青髪のアルナは面影が確かにあるのですが
マイカはまったく、生前のシンタロウ様と似ても似つかない」
「そして私が知っている限りですが……繊細なシンタロウ様は、
女性に対してはとても奥手で、年の離れた奥様一筋だったはずなのです」
ルーナムは白髪をかきあげると馬上で考え込んでしまった。
アルナの父から詳しくは聞かされていないんだなと俺は理解する。
そうこうしている内に平たい道になり、大穀倉地帯に入る。
「いいなぁ……豊かなところなんですね」
ミーシャが左右にところせましと生い茂る穀物を見回して羨ましがる。
「この第三王子領西部は、ローレシアン王国の食糧貯蔵庫といわれています」
気付いた農家の人たちがこちらへと手を振り、ルーナムはにこやかに手を振り返す。
そのままゆっくりと進み続け、夕陽が射すころに
俺たちは中心部の広い丘陵に立てられたパーシバル城の中へと入っていく。
「おお!ルーナムか!若様から話はきいとる。明日の朝までゆっくりしてきや」
土で真っ黒になったシャツとカーゴパンツを履いている
日に焼けた七十くらいのおじいさんが汚れた手をタオルで拭きつつ
カンテラに照らされて、必要最小限のものや人しかない
シンプルな作りの狭い城主の間で、ルーナムと握手を交わす。
「こんかたが新しい流れ人様かぁ、えらいめんこいのぉ」
俺の隣に立っているミーシャを眺めながら握手をして
ルーナムから耳元に囁かれ
「あ、これは失礼したぁ。こちらは妹さんですな。
よろしくミーシャさん」
と焦る様子もなく、俺に握手を求めてくる。
"大老"という恐ろしげなイメージとは違う温和そうな老人の手を
俺は安心して握り返して
「よろしくお願いします。但馬孝之と言います」
「あんれまぁ、硬い赤土のようなお名前ですなぁ。
しかし長いこと工夫したら皆の渇きを癒す大農地になりそうだ」
名前例えられシリーズは確かこれで五回目である。
笑顔で頭を下げて、受け流した。
続けて、後ろに立っていたザルガスが進み出る。
「但馬の旦那の、一番部下のザルガスっていいます。
ランハム様の武名と名統治は、我々も聞き及んでおります」
と何故か緊張しながら手を差し出す。
「いんやぁ、昔んことだわ。だいぶ前にマサキ様も死んじまってなぁ。
よろしくねぇ」
ザルガスの震える手をニコニコしながら老人は温かく握り返した。
「スガと面識あるんですか?」
思わす空気を読まずに尋ねてしまった俺に、
不思議な顔をしたランハムに再びルーナムが耳打ちをする。
目を見開いた老人は、鋭い目となり俺の全身をしばらく観察すると
「嘘じゃねぇな。あなた様はマサキ様と同じく素直な方だわ」
と笑顔で俺に告げた。




