出発
「今の音は、タジマ様が……?」
駆け寄ってきたルーナムが、両手を振って
焦げた臭いを飛ばしている俺に焦って尋ねてくる。
「アルナさんだよ。俺は受け止めただけ」
「わっわたし、まさか、こんな……」
自分の異常なパンチ力に戸惑っているアルナは
パニックを起こしかけて、ルーナムから抱きしめられ
やっと落ち着きはじめた。
「みんな!なんでもない!続けてくれ」
「ちょっと、俺がはしゃぎすぎたみたいだ!怪我人もいない」
体育館もどきの武道場の中へと俺は笑顔で呼びかける。
ミーシャや元盗賊団たちは首をかしげながらも
俺の無事が確認されたので、皆組み手に戻っていった。
壁の近くに設置された長いベンチにルーナムさんと
彼を不安げに抱きしめるアルナ、そして俺の三人で並んで座る。
「これは……まずいでね」
ルーナムさんが俺から事情を聞いて、すぐに言う。
「どうしてだ?」
才能が有るのがはっきり分かったから、むしろ祝うべきことではなかろうか。
アルナは相変わらず不安げな表情で老齢のルーナムに
抱きしめられている。
「私のイメージでは、少しずつアルナの才能が開花していくはずでした」
「しかし、すでにこれほどだと……」
「……」
よくわからないが、とりあえず黙って耳を傾ける。
「ローレシアン八宝の使用者に欠員が二人出ているのは
先ほどお話しましたね?」
「流れ人に殺されたってやつ?だいぶ前なのにまだ使用者が居ないの?」
たしか半年前とか言っていた気がする。
「メグルスも実はそうなのですが、あれらは体力的才能が凄まじく秀でた国民を
強制的に徴兵して使用させています。
王族でもスガ一族でもごく一部を除き、関係なく連れて行かれます……」
ルーナムはそして嘆くように天井を見上げて呟く。
「そして、適応者は滅多におりません」
「ああ……」
つまりばれると兵士として連れてかれるわけか。
メグルスの何となく感じる情緒不安定さは、そこから来ているのかもしれない。
「現在欠員が出ているのは、ドラゴニアンバスターと怒りの神槌の二体です。
両方とも常人ではありえない腕力を必要とします」
「つまりアルナさんにピッタリだと……」
「恐ろしいことですが。その通りです……」
「俺が使えないの?強い武器なら旅のおともに欲しいかも」
気楽に言った俺を、ルーナムさんは困った顔で見つめて
「一般人が使えば、一撃ごとに"穢れ"が身体にダメージを与えますが
……確かにタジマ様なら」
「しかし、危険な威力を持つ国家の最終兵器なので
間違いなく許可は下りないでしょう」
確かに森で見た獄炎剣は恐ろしい威力を誇っていた。
しかも使用の手順がとんでもなくめんどそうだったのは覚えている。
「ともかく、アルナのことは隠すに限ります。
徴兵などされたら、シンタロウ様に顔向けができません」
「よいな……?」
ルーナムに抱きしめられながら強く見つめられたアルナは
「はぁい……」と力なく呟き、ルーナムの服を握り返した。
そして「ぐーっ」と再びお腹が鳴る。
そう言えば、俺やミーシャも何も食べていないなと思い出し、
ミノの汗まみれで、組み手を続けている妹を呼んできて
皆に断ってから、食堂へと向かう。
途中でミーシャが「シャワー浴びてくるよ!」
と自室へと駆け出していって
三人で真っ白な刺繍が施されたテーブルクロスがかけられた長い机が並ぶ
食堂へと入る。兵士たちのお昼はもう終わったらしく閑散としている。
仕込みや皿洗いをしていた数人のコックに
ルーナムが話しかけ、そのうちの何人かが食事を作り出した。
「良い匂いらぁ……」
椅子に座ってへこたれているアルナは、顔を机につけて
漂ってくる料理の匂いをかぎながら、ぼーっと外を眺める。
ここから見える城の中庭には、菜園や庭園が並び
色とりどりの果物や花々が、見るものを和ませている。
へこたれているアルナにため息を吐きながら、
ルーナムは毅然とした座り方で
「こんな子ですが。重ね重ねよろしくお願いします」
と頼み込んでくる。
「はは。頑張ってみます」
俺は受け流して、外の風景を眺める。
「この城って、やはりマサキ・スガさんが設計されたんですか?」
「はい。ローレシアン内の大城はほぼ英雄様の意匠ですね」
「あの武道場って俺が元居た世界の、俺たちが通っていた学校の体育場そっくりなんですよ」
「ほんとうですか……」
ルーナムは始めて知ったらしい。ということはこの世界の人は
ほとんど誰も知らないはずだな。
「もしかして、あいつ、元居た世界が恋しかったんじゃないかなって思って」
「……少し気にかかっていたのですが」
「なんでしょうか」
「以前の世界でスガ様とお知り合いだったのですか?」
ああ、良く考えたらちゃんと話してなかった気がするな。
彼の子供の名前に俺の名前がつけられてるから
みんな知ってる前提でずっと話してた。
「ええ。学校では一つ下の後輩ですよ。知り合いっつうか友達に近いかも」
「おお……」
ルーナムは胸元から四角い装飾品がついた首飾りを取り出して
目を潤ませながら、何かを祈る。
「ロ・ゼルターナ神……恵みを感謝いたします」
そして恐る恐る俺へと尋ねる。
「では……タカユキ様はあなた様から……」
「そうだと思いますよ。ミイってのも俺の親友の名前ですし」
「何と言うことだ。本当にすばらしい……」
年甲斐もなく猛烈に感激しているルーナムの隣でへこたれたままのアルナが
「お肉の匂いがしゅる……うへへへ」
と、はしたなく呟いた。
その後、俺はルーナムに学校時代のスガのことを根掘り葉掘り聞かれ
彼がとても真面目でいいやつだったこと
きっと元の世界に居たらスポーツ選手にでもなっていたであろうこと
を丁寧に聞かせた。
「なになにー?私の知らない兄さんの話ー?」
とこざっぱりしたミーシャが食堂へと入ってきて興味深そうに俺の隣に座ると
十人分ほど山盛りの肉料理がドカンッとテーブルへと置かれ
うんざりした俺たち兄弟を他所に、一気に元気を取り戻したアルナが
凄い勢いで食べ始める。
「よく食べるでしょう?」
アルナを指差しながらルーナムが困った顔で言う。
「おいひーっ!」
感嘆の声を上げながらアルナは食べ続ける。
俺たち三人はアルナを横目に見ながら、少しずつ料理を食べつつ
スガと俺の元居た世界……地球の話をゆっくりとした。
語り終わるころ
「やっぱり私……その世界に兄さんと生まれたかった」
地球の話を聞くのが三度目のミーシャが羨ましがり、
「スガ様やタジマ様が人格的にすばらしいわけだ……」
と何故かルーナムが納得する。
俺は自分の性格が良いとは欠片も思わないが
この世界基準ならそうなのかもしれない。
「そんなに凄いですかね?平和なだけでほんとつまんないですよ」
「でもお父さんとお母さんがいて、毎日同じ学校に通えて
ごはんも食べられるんでしょうー?」
「そうだけど……」
「それって、ほんとに羨ましいよ……」
「そうか……」
珍しく悲しい顔をしたミーシャのバンダナをした頭をなでてやると
「もっともっとー」
と元気になり、調子に乗ってせがんできたので腕を引っ込めた。
元気に頬を膨らませ、ぶーたれたミーシャに安心して
お腹をパンパンにして居眠りしだしたアルナを見つめてから
「まぁ、ともかく明日から王都に向かうので
ルーナムさん、俺らの案内をよろしくお願いします」
と俺はルーナムに頭を下げる。
ルーナムも微笑んで下げ返してきた。
外は晴れていて日差しが眩しい。
その後は
明日への準備や打ち合わせなど城内でずっとしていて
結局俺たちはホワイトリール城下町や城内を探索する時間は、結局無かった。
ザルガスはパナス、モーラと共にずっと消えていたので
たぶんかわりにローレシアン王国内の内情を調べに行っていたのかもしれない。
ピンクモヒカンのライガスもずっと見ないが、ミノに尋ねてみると
笑いながら黙って首を振るだけだった。
楽しんでるんで、放っといてやってくださいと
いうことなのだろうと俺は解釈した。
その夜も女子三人に囲まれて色々と危なかったが、
我先にとシャワー室に乱入してこようとする三人を凌ぎきって
二人を何とか寝室に行かせ、ねばるミーシャを再び昔話で寝かしつけた。
ホッとしてから俺は目を閉じる。
翌日、
早くも御者をマスターしたらしいマイカが
新たに第三王子領から支給された二台目の馬車の御者席に座り、
その少し後ろ隣にアルナが緊張して座っている。
二頭の強靭な白馬から伸びている手綱を握る。
その後ろには屋根つきの大きな馬車が引かれている。
荷物以外にも六人くらいは乗れるそうだ。
目立たないように日が出る前に別々に城を出て
ホワイトリールの近郊に集合した俺らは、
背後の山々から射してくる眩しい朝日を拝みながら、マイカのその大きな馬車と
ネーグライク国から貰い受けて、
これまで共に旅をしてきた小さな馬車二台で王都を目指すことにした。
もちろん飼葉をしっかり与えられて、ピッカピカに磨き上げられた
ミーシャの愛馬ライオネルも居る。
先頭で先導するルーナムさんも愛馬にまたがっている。
元盗賊団のクジで勝った七人ほどが二台の馬車に分かれて乗り込み
残りの八人は歩きになった。
ザルガスはあえて歩きを選んだようでクジには加わらなかった。
「も……しばらく女はいいっす……」
この二日間で何があったかは知らないが、頬がこけて若干全体的に干からびている
ピンクモヒカンのライガスは何とかクジに勝って
後方の馬車へ、ヨロヨロと入っていった。
「たくさん絞られたんかー!うらやましいねぇ!」
歩き組のミノが囃し立てて、他の元盗賊団も口笛で煽っている。
馬上のミーシャがその隣で立っている俺に
「絞られたって何を?何で絞られたの?」
と純粋な顔で聞いてきて
「体力だろ。体力。きっと秘密の特訓をしてたんだよ」
「ふーん。ライガスも頑張ったのかぁ」
俺は微妙にごまかしおいた。
後方の馬車の御者席に早耳のパナスが座るのを見届けると
ルーナムが
「いきますよー!では出発!」
と号令をかけ、馬車二台、馬二頭、
俺を含めて徒歩九人の小集団は西の方角へと
平原の道をまっすぐに歩き始めた。
遠くには山と山を繋ぐ細長く巨大な長城が見える。




