天気雨
「家族に会いたいってだけでいいのか?」
アルデハイトは腕を組みながら深く頷いて
「純然たる願いを叶えるためならば、タカユキ様の力が、フォルトナの性能を十全に発動させるはずですよ」
「マイロード、もはや貴方様にとって全てはイージーなのですよ。貴方様はブラックホールでも再現しきれません」
クラーゴンが立ち上がり恭しくお辞儀する。コイナメも立ち上がり、レンの姿に戻ると
「頑張って!タカユキ!」
腕を上げて応援し出した。
但馬は二人に頷いて、縦にしたフォルトナのグリップを握ると、静かに両目を閉じた。
何一つ、視覚的には変化していない操縦室内には隙間なく温かい感触が満ちていく。それは、細長く古いロボの宇宙船全体を柔らかく包み込み、周囲の宇宙空間全体へと広がっていく。クラーゴンが両目から涙を大量に流しながら
「これは、愛だわ……マナちゃん……」
レンも泣きながら
「ああ、優しい……ずっとタカユキは……」
アルデハイトは真顔で
「……感動されているところ申し訳ありませんが、まだ1段階目の終盤辺りです」
冷静に告げると操縦席に座り直し操縦桿をゆっくりと前方に倒した。
但馬の放った愛のような温かさは、鈴中の入り込んだブラックホールのみ迂回し、宇宙中へと拡がっていく。
但馬たちの居る操縦室から見えるモニターに映るホワイトホール3939888にも、明らかに多少不快な蠢きを軽減するような視覚的な変化があった。アルデハイトはその様子を眺めながら
「入り込みましたね。あっちの仕掛けはまだ先ですがね」
と言い、両目を閉じて動かないままの但馬を眺める。
セイとシゲパーたちや、山口たちの居る剥離した夕焼けのグラウンドに、静かに温かい天気雨が降ってくる。セイは両目を閉じて立ち上がり、顔を天に向ける。
シゲパーがホッとした表情で
「届きましたね」
アグリゲスとポスィも頷いて
「完璧だと思う。十分」
「道路が減衰させず届かせたな。さあ、彼女を復活させるか」
ジョニーが首をかしげ
「最後のピースのフォルトナとかいう剣はないんだろ?」
山口が苦笑しながら
「この雨がフォルトナだ。お前、ホントに惑星の神か?」
「ああ、但馬がフォルトナの力を別宇宙から流してる的な」
キョウスケがジョニーの肩に手を回し
「そうだよっ!残って戦い続けた男の嘘のない軌跡だ!」
肩を組まれたジョニーは塩顔で不敵に笑うと
「ヤンキーなのに不快じゃない。確かにお前はそんなヤツだった」
体操着に着替えた高崎が苦笑しながら
「キョウスケは良いやつだよ。それでシゲパーさん、どうするの?」
シゲパーは優しく笑うと
「雨が降っている間に、あの人影に、六分割されたものや人のカケラを渡します」
グラウンド端の階段に座り込んで、こちらを眺めている女子高生の人影を見つめる。
他全員と共に、シゲパーは人影に近づくと、まず着物姿のシュエ、制服姿のミラムーン、ワンピースと麦わら帽子のロックハートの写真を重ねて手渡す。
ゆっくりと腕を伸ばし受け取った人影はそれらを熱心に見つめだす。
さらにアグリゲスが錆びたタンカーの模型、ポスィがミニチュアダイソン球を手のひらに乗せて近寄る。ジョニーが首を傾げて
「図書館司書はどうするんだ?」
シゲパーが延々と「鈴中」と貸し出し者欄に書かれている図書カードをポケットから取り出す。ジョニーは苦笑いして頷いた。
温かい雨が降り注ぐグラウンド端の階段で、人影は渡された写真や、横に置かれた模型、そして異様な図書カードを交互に、繰り返し眺める。
次第に人影の輪郭がはっきりしていき、櫻塚高校の制服姿だとわかっていく。あやふやだった髪型も、前髪を上げて背後で長く束ねたポニーテールへと変化していく。
シゲパーが変容していく人影を眺め
「ミラムーンは、ミラクルムーン、つまり満月です。そして杉多アカエさん、漢字は朱江、赤い月が入江に満る時」
ジョニーがすかさず
「岩の心が現れるんだろ!ロックハートで!」
シゲパーとアグリゲスとポスィが同時に首を横に振り
「ただのコンプレックスの投影です」
「ゲロサイコ師匠の嫌がらせなだけ」
「あいつのそういうところが駄目なんだよなあ」
ジョニーは頭を下げ、キョウスケ達の背後に下がり
「大事な時にすまんかった。続きどうぞ」
シゲパーは咳払いをすると
「赤い月が入江に満る時、過ぎた時が雨となり降り注ぐ、そうですね」
一呼吸置くと
「暁時雨さん」
人影に語りかける。薄ぼんやりしていた彼女は完全に姿を取り戻すと、百六十台半ばの背筋の伸びた姿勢でスッと立つ、そしてまずジョニーを見て、ニコッと笑い
「ジョニー、トキメよ。しぐれじゃないから」
ジョニーは塩顔の細目を見開いて
「しぐれええええええ!!そうか!しぐれだったかああああ!」
と絶叫して、暁と呼ばれた女子に駆け寄ると一瞬抱きしめようとして
「いや、そういう関係じゃないよな?」
と首を傾げる。
暁は迷いなくジョニーを強く抱きしめると
「ジョニー……私のジョニー……ただいま」
ジョニーは少し戸惑った後
「う、うん……おかえり。おかえり、しぐれ」
ぎこちなく抱き返した。
抱き合うのをやめた暁はジョニーと固く手を繋ぐと、山口と高崎に軽く笑いかけ、シゲパーたちを見て
「どうも、ありがとう」
深く頭を下げる。
「ははっ……はははっ!弱いじゃないか!驚かさないでくれよ!」
宇宙空間に浮かぶ制服姿で黒い山羊の顔をしたシゲパーが目の前で細切れになった透明な気配に念話で叫ぶ。
「許されぬ……許されるわけが無い」
無機質な声色の念話が響き、シゲパーは多少身体を震わせながら
「うるさい!僕は居ないんだ!僕は僕を探さないといけない!お前らのように作られたものを消す方が許されない!」
気配が消え失せると、シゲパーが黙って全身から虹色の闘気を一度微かに噴出させると、宇宙空間を進み始めた。
「あっちだ……わかるんだ。未来の匂いがする」
そう呟いた。
「……あんた、私に似てるけど、どっちかで産んだっけ?」
興味無さげにセーラー服姿の鈴中が人間の姿のシゲパーに話しかける
2人は真っ白な世界で対峙している。
「僕はあなたが産んだ子供ですよ」
そう言って跪いたシゲパーに鈴中は右耳をほじってよく聞こえないふりをしながら
「私って、無数に子供がいるもんだから、あんたみたいな変わり種でも覚えられないのよねえ」
シゲパーは微笑むと
「それで良いです。好きに使ってください」
鈴中はニヤーッと笑い
「歴史の修正者を潰す存在は、私、いや我々が欲していたものよ。まあ子供ってとこは聞かなかったことにしてあげる。我が使徒として働きなさい、シゲパー君」
シゲパーは頬を紅潮させて頭を深く下げた
剥離した夕暮れのグラウンドで走る野球服姿の鈴中を、校舎の上からシゲパーと鈴中が眺める。
「櫻塚一揆への介入もあっさり済んだわ。巨大亀型の歴史の修正者も、あなたが食って乗っとっちゃったし」
「良かったです。これで退避保存している皆さんの因果をかなり安定させられましたね」
鈴中はしばらく黙った後、剥離した夕暮れを見上げ
「……シゲパー。私ってダメな母親?……あなたみたいな超優秀な息子の父親を、想像すらできないの。生まれは農家って言ってたわね?何度も話してくれてるのに、どうしてもそこ以外理解ができなくて」
シゲパーは優しく微笑むと
「気にしないでください。僕は主と会えてからずっと嬉しいんです。何処までもついて行きますよ」
鈴中は大きくため息を吐くと
「ごめんねえ……血縁があろうとも、そういう言葉すら、もう、信じられなくてねえ」
シゲパーは微笑むと
「信じて貰えなくて良いですよ」
鈴中はグラウンドで走り続ける自分を見つめながら
「……ずっと寝てる出来の良い愛弟子と、セイちゃんの娘みたいなドラゴンが居るんだけど……」
「頼もしそうですね」
鈴中は黙って頷くと、しばらくグラウンドを見下ろし
「チームで動けるようにしておくから」
シゲパーは深く頭を下げる。




