すべては枝分かれをする
「セイちゃんここよー」
町外れにある一階建ての古びた店舗に鈴中は興奮した表情のセイを案内する。
「ようこそ!1982年櫻塚町の鈴中堂へ!」
店舗用のレコードラックがぎっしり壁に並んだ店内をセイはゆっくり見回りだし
「凄いな……どれだけの人間を転生させたんだ?」
「ザッと千人ってとこよね」
セイは急に鋭い目つきとなり、背後で腕を組みニコニコしている鈴中を振り返ると
「この世界は空がひび割れている。時空間が壊れてるとセイ様は思うんだが?ここから転生させたのか?」
鈴中は思わず噴き出し
「そう。ここ不安定だから隔絶してたんだけど、繋げてますね」
「……タカユキ探索に必要なのか……?」
「いや、もう見つけたけど、簡単には近づけないし、私の腹心の皆様が裏切り始めててねえ」
苦笑いしだした鈴中の言葉にセイは大きく息を吐き
「……ここを起点に何かするつもりだな?」
鈴中はニッコリと笑って頷くと
「セイちゃんには、私を盛大に裏切って欲しいの」
セイが黙って次の言葉を待つと
「シゲパー達やナーニャちゃん達と組んで徹底的に私の足を引っ張ってくれない?」
「……何でだ?いや、一応聞いておく。セイ様は聡い女だ。お前の意図も次に言うことも分かっているが」
鈴中は1枚の綺麗なレコードをセイに差し出し
「私が愛するあの人の横に立つために、あなたの全力の妨害が必要なの」
セイは思わず苦笑すると、鈴中が差し出したレコードタイトルの「この全てを捧ぐ」という日本語を眺め、真顔で
「……つまり、セイ様に二択を迫っているわけだな?」
鈴中は黙って頷き
「そう。あの人への愛を取るか、他の全てか」
セイは暫く考えると
「私とお前に友情なんてものがあると、心底では微塵も信じていないと思っていたが」
鈴中は寂しそうに
「与え続けないとね。上っ面だけでも」
セイは「フッ」と笑い
「タカユキが我々を女として愛すことはない」
鈴中は黙ってセイを見つめる。
「けれど、目の前の大馬鹿は不可能を可能にしようと涙ぐましい努力を続けている、ならば、セイ様もそれを見習うか」
「セイちゃんっ!」
鈴中はレコードを横の棚に置き、セイを強く抱きしめた。セイは置かれたレコードを長い右腕を伸ばして掴むと
「ミイ、セイ様は貴様に便乗する。そして言っておく。タカユキも諦めない。二択なんて知るか、全部貰うのみだ」
鈴中はセイの胸に頭を埋めると
「それでもいい。あなたを信じるわ。何一つ追跡しないから」
セイは何とも言えない表情で
「本気で足を引っ張るからな」
と言うと、ようやく鈴中の身体に左腕を回して抱き返した。
「マイカさんは、このパズルを通して、延々と可能性の話をしています」
操縦桿を片手で気楽に操作し始めたアルデハイトが言う。三人はもはや黙って聞いている。彼はさらに
「すべては枝分かれをするということです」
と述べる。但馬急に噴き出して
「そういうことか……でもなあ」
何とも言えない表情になり、クラーゴンも同じく
「どうでしょうねえ。それできるの?」
コイナメは首を傾げる。アルデハイトはさらに
「しかし、ここまであの宇宙ゴミを引き込む必要があります」
但馬は本気で嫌そうな表情になった。アルデハイトは構わずに
「現段階で、あのゴミは私やマイカさんの造ったトラップに延々と引っかかっているので、こちらには来られません」
「やばいんじゃなかったのか?」
但馬の問いに、アルデハイトは苦笑いして
「なぜか、宇宙ゴミの腹心たちが一致団結してゴミへの目眩ましを始めていますね」
「どうなってるんだ?」
アルデハイトは苦笑いして
「薄々、マイカさんの残照があちらにもヒントを与えているはずなので、気づいたのではないでしょうか。……そういうことにしておいてください」
その深意に気づいたらしきクラーゴンが大笑いしてから
「虚無の王様も悪いお方ねえ」
と楽しげに笑う。
閉鎖された世界の図書館にキョウスケとテーブルを挟みシゲパー達3人が再び座る。
キョウスケの隣の高崎は参考書に埋もれて未だ眠っている。
「トキメ、復活させるのか」
シゲパーは頷き、ポスィが
「キョウスケさんとトキメさんが揃えばゲロサイコ師匠を封印追放できるはず。歴史の修正者にはシゲパーが立ち向かえる」
キョウスケは半ば呆れた顔で
「因果崩壊が効かねえって、因果を歪める但馬以外だと聞いたことねえけど」
シゲパーは苦笑いしながら
「生まれが特殊なものでして」
「深くは聞かないことにする。心強いことは確かだな」
アグリゲスがやるせない表情で
「ノリマロさん関連もキョウスケさん補強は表向きで、結局はフォルトナ探索がサイコの裏目的なんだよ」
「あー……」
シゲパーが真顔で
「歴史の修正者が初手で狙ったのは、ノリマロさんです。彼の内部に融合していたフォルトナを抹消したかったのでしょう」
キョウスケは思わず笑い出すと
「でももう無かったんだろ?」
シゲパー達3人が同時に頷くとキョウスケは真顔になり
「……トキメや、俺、もしかしていなくても、もう鈴中は掌の上かもしれないな」
小さく呟くと
「佐山もどうにかしてやってくれ」
アグリゲスがシゲパーに
「邪神討滅号で直接連れ帰ったらダメなんだよな?」
「そうですね。できれば自分たちの手で帰って貰った方が時空間の歪みが出ません」
「仕方ない、じゃあキョウスケさんの提案通りゲシウムに連れてくまでにするか」
ポスィもキョウスケも頷いた。
静かに波打つ朝の浜辺の近くに着陸した邪神討滅号から、ぞろぞろと佐山達が降りてくる。
バスガイドの様な格好をしたアグリゲスが
「はーい、みなさーん、お疲れ様でしたー。ここがゲシウムですよー」
ファイナが自慢気に
「わたくし、よく知っていますわ!」
佐山はポカンとした表情で
「ここなら爺さんのポンコツ転移装置が動くのか?」
シゲパーと大仰なメーターが大量に表面についた大釜を運び出してきたポスィが
「うん。もう帰れるよ」
ペップが笑いながら
「じゃ、製作者の爺さんから実験してみるにゃ。まー君もついでに行っとくにゃ」
「ちょっと待て!心の準備が……あああーっ」
「待つだーよ!うわわわ」
白衣を着た白髪の剥げた老人と年老いた小人を佐山やバム、ペップが担ぎ上げ、有無を言わさず大釜に放り込んだ。そしてファイナが計器のボタンを押すと桃色の閃光と共に大釜の中身は空になる。ファイナがホッとした表情で
「では、お先に」
「私も行くにゃ。バイにゃ」
ペップと共に大釜に入り込んだ。ハムがボタンを押すと2人も消え、憔悴した表情のピグナが
「いやー……悪夢だった。星の方はもう良いんだね?」
ポスィが真顔で頷いて
「本来の支配者が復活するから大丈夫。ゲロサイコ師匠がご迷惑おかけしました」
深く頭を下げた。ピグナは右手を力無く横に振り
「いやーもういいよ。全員無事だし」
そう言いながら大釜に飛び化むと閃光と共に消える。
残った佐山とハムにポスィが
「そういうことで、佐山さん残る?」
彼は頷くとバムを見た。彼女も頷き、アグリゲスが右手を上げ
「はーい、じゃあ今度は閉鎖された世界に2名様ご案内ー」
佐山達を邪神討滅号へと再び乗せていく。
シゲパーとポスィが大釜へと手を翳し、チリ粒まで粉々にすると、邪神討滅号へと乗り込んでいった。
ジョニーと山口、そして高崎を連れたシゲパーたち三人は、但馬たちの地元中学の旧校舎一階にある女子トイレ前の廊下に立っていた。
常夜灯が薄ぼんやりと辺りを照らしている。
シゲパーが深刻な表情で
「彼女の一部は、ここで自害しました」
ジョニーが苦笑いで
「分離保存とかされた半身か?」
「いえ、七分割されたひとつです」
ジョニーが口をあんぐりと開けて絶句する。
山口が苦笑いして
「ここから助け出すのか?」
シゲパーは首を横に振り
「彼女はすでに但馬さん達により助け出されています。現場を見せたかっただけです。次の場所に向かいましょう」
全員が頷いた。
岩のような顔の女性が高級住宅のバルコニーから穏やかな海辺を眺めている。それを遠目から全員で見つめる。
「ロックハートさんです。このあとハクトウ家の傑物と幸せな結婚をします」
ジョニーが顔をしかめて
「あの人も一部なのか……」
シゲパーは黙って頷く。ポスィが嫌そうな表情で
「師匠の見た目へのコンプレックスを存分に投影させてる。でも彼女は打ち勝った」
「そうですね。知的生命体の中身は多様です。最も簡単に変化可能な外見など極僅かな要素でしかないと思います」
ジョニーが意外そうな表情で
「あいつ別に見た目普通だろ」
シゲパーは苦笑いしながら
「但馬さんに選ばれず、野球も上手くいかず、夢だった文芸部設立も別の方に立ち上げられ、コミュニケーションも不器用な人です。コンプレックスだらけになったんですよ」
山口が真顔で
「次に行こう。あと5人なんだろう?」
アグリゲスが真剣な眼差しで
「七人じゃない。七分割だ」
フンドシ姿の高崎が鋭い目つきで
「人だけではないんだ……」
ポスィは頷いて
「だから、厳重封印だし、最も厄介」
と言った。
移動したシゲパーたちは、小さな恒星を幾重にも金属の輪が取り囲んでいるミニチュアダイソン球といった様相の物質を見上げていた。そこら中に巨大な血管が張り巡らされ、足元も体液で濡れた肉の上だ。
「このグロい場所は何だ」
というジョニーに、アグリゲスが
「ネルモグというリングリングを模して造られた超巨大海洋お掃除生物の心臓部分だ」
ポスィがミニチュアダイソン球を指さして
「あれが、七分割の三つ目。彼女の有り余る生命エネルギーを分割したもの」
「そんなエネルギッシュな人だったのか」
驚く山口に、シゲパーが頷いて
「はい。生命体として格が違うとは言い過ぎでしょうが、それに近いです」
ほぼ全員が黙り込む。
次にシゲパーたちは、稲光が轟く漆黒の海を漂う廃タンカーの操縦室にジョニーたち三人をいざなう。船体の錆びた鉄が軋みをあげながら不気味な海上をタンカーは揺れ動く。山口が尋ねようとする前に、アグリゲスが
「思念と現実世界の狭間だ。現実的な処理装置のネルモグと違い、滅びた10万ラグヌス前の報われぬ思念的な後始末をしていたタンカーだな」
シゲパーが真顔で
「このタンカーというか、この世界そのものが、分割された彼女の一部ですね」
山口が笑うしかないと言った顔で
「これで四つ目か、凄まじい才能に満ちた人なんだな」
ジョニーが塩顔をしかめて
「ミイより、ラスボス感が出てきたな」
シゲパーは右腕を回すと黒く渦巻く縦穴を作り出し入っていく。全員が続く。
次は真夜中の校舎の図書館だった。入ってすぐの場所に司書や図書委員のように人影が座っている。シゲパーはその異形を見つめ
「5つ目です。彼女の影を、あの方の核である異界の書の守役にしてここに縛り付けています」
ジョニーが首を傾げ
「異界の書って何だ?」
ポスィとアグリゲスが口を揃え
「トーキング フォー ザ リンカーネーション」
と言った。シゲパーが補足するように
「元々はあの方のクラスメイトへの悪口日記でした。現在はあの方の歴史全てが描かれた書物です。その実態は本の姿をしたあの方のエネルギー核そのものですね。触れた者たちの運命をも狂わせます」
ジョニーが真剣な表情で
「そんな怪しげなものは燃やそう。それで色々捗るだろ」
シゲパーは首を横に振り
「燃やしても、新たなものが現れます。それに実際に燃やそうとした方は存在が消えかけました」
山口がため息を吐いて
「……あと二つ、紹介してもらおうか」
シゲパーは頷いた。




