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リグ・ベイシャ

「何ミニター(分)前だ!!」

戦闘があった広場の方向へと前進し始めた兵士たちの列の脇を

早耳のパナスと併走しているザルガスが怒鳴る。

「大体、十ミニターくらいです!!」

耳を塞ぎながらパナスはザルガスに叫び返す。

「わかったあああああ!!!」

戦闘でかなり疲れているはずなのにザルガスは

筋肉を盛り上げながら、真っ赤な顔をして走る速度をあげ、

パナスもヒイヒイ言いながら必死についていく。

俺とミーシャはその後ろを無言で続く。

付き合いがまだ短いとは言え、二人ともかなり心配している。

パナスが地面から出ていたつまづき、当たりそうになったライオネルと俺が彼を飛び越えた。

「先にいってくだせぇぇええええ!!!」

パナスの叫び声に俺が後ろを振り返ると、

ルーナムが自身の馬へとパナスを引き上げるのが見える。


青い顔をした元盗賊団が固まっている場所まで

俺とミーシャがたどり着くと

止まっている元盗賊団と、前進している最後尾の兵士たちが、もうかなり離れていたところだった。

先にたどり着いたザイガスが、茫然自失としている隊員たちの

頬を全力でぶったたきながら、正気を取り戻した者から事情を聞いている。

「くそっ、俺がいなかったから……」

悔やんでいるザイガスは、この地点から手前右側、つまり森の北側へと

ライガスは何かに手を引っ張られるように歩いていったらしい。

馬に二人乗りしたルーナムとパナスが追いついて

ルーナムは、俺とミーシャとザルガスにあのレイス避けの銀鈴を

一つずつ素早く渡す。兵士たちから集めてきたようだ。

「私がパナス殿と、ここにいるお仲間を共に広場へと誘導します。

 お三方はお仲間を助けたら、広場へとすぐに向ってください」

「すまねぇ!!爺さん、恩に着るぜ!!」

ザルガスはそう言うと、すぐに道を外れ草を分け入って

鈴の音をさせながら、北側の方角へと進んでいく。

「……ミーシャ」

「……兄さん、怖いけど行こう。仲間は見捨てちゃダメだよ」

「ライオネル、いける?」

ミーシャはまたがった愛馬へ声をかける。

「バヒヒィン!!」

ライオネルは"任せてください"と大きく嘶く。

「よし!!行くか!」

徒歩の俺と、ライオネルにまたがったミーシャも、

鈴の音を響かせながら、道を外れて草木の生い茂る北側へと進んでいく。

俺たちは歩みを速めて、ザルガスに追いつき声をかけた。

「旦那……ミーシャさん、すまねぇ……」

ザルガスは目頭を拭うと、再び前方を見渡して進み始める。

俺たちも彼へと続く。

不意に俺の頭の中に


 そこを左じゃ……


という女性の声が響く。二人に聞こえたか訊いてみても首を振るだけで

どうやら俺だけらしい

「どうする、左へ進むか?」

「……幽鬼たちの罠かもしれねぇが、確かに……

 このまま進んでもたどり着けねぇような気します……」

「髭もじゃおじさん!!兄さんを信じろ!!」

いきなりミーシャは真っ赤な顔をして大声をあげた。

戦闘に続いて、恐ろしい森の雰囲気に緊張がピークに達していたようだ。

その声が木霊すると同時に森中に

「フヒヒヒヒ」「アハハハハハッ」「キャキャキャ」

という不気味な笑い声がそこら中から響く。そして俺の耳に


 静かにせぃ……


不快そうなさっきの女性の声が響く。

「また聞こえた」

「よし。旦那たち、ここは従って左に曲がりましょう」

「……ごめん。やっぱり怖かったんだ……」

ミーシャはうな垂れて謝りながら、左方向へと曲がったザルガスについていく。

三人のもつ、鈴の音が「リーン……リーン……」

と反響しながら、深い森の中へと吸い込まれていく。

進み続けると、小川の流れる場所に出た。

多少木々の密度が減ったので、日差しも指している。

俺たちは足元に注意をしながら、水が流れてくる方向へと

小川沿いに進んでいく。

進み続けると、水が流れ出てくる洞窟がぽっかりと穴をあけている。

洞窟内の川脇には、ちょうど狭い道のようになったスペースがあり

そのまま歩いて入れそうだ。

「……どう考えても罠だが……旦那はどんな感触ですか?」

ザルガスは俺の顔をじっと見つめる。

俺は洞窟の暗闇の先を目を細めて少し眺めてから

「怖さはないな」

と正直な感想を述べた。

「ちょっと、トイレ……」

慌てたミーシャがライオネルから素早く降りて、脇の茂みへと駆け込んでいく。

「若いミーシャさんも、うちの三下のために、ようついてきてくれたもんだ」

ザルガスが俺にボソッと感謝を告げる。

「仲間だから見捨てるな。と言っていたぞ」

「そうか……ありがてぇな」

「ごめんごめん。少し、落ち着いた」

ズボンをあげながらミーシャが茂みから走ってくる。

流れる小川で手を洗うと、弓を背負いなおし、素早くライオネルに飛び乗った。

「じゃあ、行くか」

ザルガスとミーシャが力強く頷く。

洞窟の中は、蛍のような虫が薄緑色発光しながらに飛び回り、そこら中に張り付いているので

明かりをつけなくても問題ないくらいだった。

俺たちは狭い道を一列に並び歩く。先頭はザルガスが申し出て

二列目がライオネルに乗ったミーシャ、そして最後尾が俺だ。

全員相変わらず鈴を鳴らし続けている。

「水光虫か…………」

肩に止まったその虫を手に乗り移らせたザルガスが

歩きながら観察して傷つけないように丁寧に近くの石に乗せる。

「珍しい虫なのか?」

「水神ラ・ダーナシャの化身だと云われている虫ですぜ」

「水がほんとうに綺麗なところにしか居ないって村長から聞いたよ」

「そうか。しかし多いな」

「普通はこんなに居ないはずなんですが……」

洞窟の小川に沿った小道は、曲がりくねってずっと続いていく。

「思ったより時間がかかってるな。ラングラールたちは待ってくれているだろうか」

「俺たちはともかく、旦那を見捨てるわけがねぇすよ」

ザルガスがそう答えた。

「なら安心だ」

そのまま進むと、円形の高いホール上に開いた地形の下に

大きな地底湖のようになっている場所に出た。

頭上の土壁はいくつか大きな穴が空き、

午後の日光がそこから湖に射し込んできている。

苔むした岩や湖の水が光に反射してキラキラと光り輝く。

「うぉ、秘境だな……こりゃあ」

「きれいだ……」

ミーシャとザルガスは驚愕して止まったまま見つめている。


 遅いではないか……


またあの声が俺の耳の中に聞こえ、

「ザバァァァァァァアアアアアアアアアアア」

という大きな水が跳ねる音と共に地底湖の中から

巨大な真っ青な肌をした短髪の女性が現れる。

十メートルはあるだろうその女性は、上半身を湖からむき出しにして

俺たち三人を見つめる。

何も着ていない潤った肌には、乳房がふたつついていて

短く刈りそろえられ立てられた髪は真緑だ。

同じく緑色の大きな両目を細めながら

口を微笑ませて、湖の中にその長く巨大なしなやかな右腕を突っ込むと

その中から、大きな泡に包まれたライガスを取り出した。

そしてこちらへと静かに置くと泡が割れ、ライガスはうつ伏せに倒れこんだ。

ミーシャがすぐにライオネルから降りて介抱にかかる。

「水神ラ・ダーナシャ様なのか……?」

女性を見上げながら呟いたザルガスに、巨大な女性は洞窟中によく響く声で

「あはははっ!!違う。わらわは、通りすがりの水棲族じゃ」

と美しい顔で微笑みながら答える。

「どうしてライガスを連れて行った」

俺の問いには

「連れて行ったとは心外じゃな。迷っていた友を助けた。と言って貰いたい」

少し不満そうな顔で、横を向いた。

「……旦那が失礼をした。助けてくれてありがとう、このご恩はわすれねぇ」

謎の水棲族との会話を早く終わらせようとするザルガスに

「ちょっと待て、わらわはそこの男に用があるのじゃ」

青い肌の女性は大きくしなやかな指先で俺をさししめす。

「俺に?」

「……わらわの別荘であるこの湖で寛いでいると、

 "流れ人"であるお主が近くを通ったではないか」

「しかも、"穢れ"そのものである古代兵器まで近隣で使用しおった。

 ……使ったのはよもや、お主ではないよな?」

「ああ、俺じゃないぞ。ローレシアン軍戦士だ」

"ローレシアン"という言葉を聞いて女性の顔が曇る。

「……御主たち、わらわと今から水棲族の国にこぬか?粗末な扱いはせぬぞ」

「……どういうことだ?」

「大方、ローレシアン王国軍に丸め込まれておるのじゃろう?」

「いや、どういうことか分からないんだが」

本当に意味が分からない。ザルガスは髭もじゃの顔に手を添えて考え込んでいる。

ミーシャは意識のないライガスの塗れた身体を拭いたりして介抱するのに必死だ。

「親切な水棲族のねぇさん」

「なんじゃ」

ザルガスが真っ青な女性を、真剣な顔で見上げながら、野太い地声で喋りだす。

「大事な仲間たちが、ローレシアン軍と一緒に居るんだ。今はいけねぇよ」

「そうか……残念じゃな」

「また機会があったらよろしく頼むぜ。俺はザルガスで、旦那は……」

ザルガスに促された俺も慌てて名乗る。

「但馬だ!!但馬孝之だ」

「ふむ……嵐のうねる海の名じゃな。

 しかし落雷に照らされた海底に、揺らめく珊瑚礁も微かに見える」

大きな青い女性は俺の名前を評したあとに

「リグ・ベイシャという。いつかまた会うことがあれば」

よく響く声でそれだけ告げると

「バシャアアアアアアアアアアンンン」

と大きな音を立てて、大きな銀色の尾ひれを見せ、地底湖の奥へと潜って行った。

介抱に必死で名乗りそこなったミーシャがとぼけた声で

「あれ、いなくなったの?私も名前教えたかったな」

俺たちに残念そうに声をかけて

「あのでっかい人魚は、悪いやつじゃなさそうだが、

 素性の分からない他種族には名乗らない方がいいんだぜ」

ザルガスがミーシャの背中を叩きながら笑う。

「俺や旦那は、名前売っとく必要がどうもありそうだったんでね」

と俺に意味ありげにウインクをした。


意識を取り戻したが衰弱しているライガスをライオネルに

縄で括りつけて乗せ、

俺たち三人は馬を引きながら徒歩で、洞窟を早足に出て行く。

「急いだほうがいい。ラングラールも日が暮れるまで森に居たくはねぇだろ」

小川を伝いながら早歩きをするザルガスが忠告する。

「そうだね……考えたくもないかも」

「たしかに……」

日が照っている間もこの暗さと怖さなので、夜間は"推して知るべし"ある。

ふふふ、ラノベや歴史漫画の表現でおぼえたのだ。頭良さそうでしょ?

おっと馬鹿なことを考えている場合じゃなかった。

と小川から森側に入っていく場所で来た道を探している、

ザルガスとミーシャに加わる。

「んーっ、目印でもつけとくべきだったな……」

「たしかに……いっぱいいっぱいで忘れてたぁ……」

泣きそうなミーシャの隣で俺も必死に森の中を見ていると


 心配してもどったら、やっぱりか……そこからしばらく直進じゃ


と再び耳元にさっきの巨大な女性の声がする。今度は全員に聞こえたようで

「ねぇさん、ありがてぇ……旦那、ミーシャさん、早くいこうぜ」

「うん!これで元の所に戻れるね!」

「リグ、ありがとな」

俺はきこえるかは分からないが、小さく感謝を呟いた。

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