獄炎剣
ラングラールが周囲の兵士に命じて、すぐに斧を二本もってこさせた。
それも特大のである。本来なら大男が両手でもって一本やっと振り回せるかどうか
という代物だ。携えてきた二名の兵士も、両方2メートル近い長身だ。
「行軍に邪魔な障害物を排除するためのものだ。これでよいのか?」
ラングラールは冷静な顔で俺に訪ねる。
「もってみてもいいか?」
「好きにしてくれ」
俺は試しに右手で斧を片方もってみた。
一瞬、そのあまりの重さに、これは無理だ。と言いかけたが
不思議なことに身体が慣れるというか、力を思いっきりいれると
身体が徐々に慣れていくというか、斧が軽く感じていき、
最後は片手で軽々と持ち上げられた。
「おぉ……」
周囲の兵士たちが感嘆の声をあげる。
さらに右手にその大斧をもったまま、左手で同じように残った大斧を持ち上げると
こんどはもっと早く身体が順応して、俺は大斧を二刀流にした。
最初に思い描いていたイメージより、ずっと凄い感じだ。
「……次はどうするのだ。タジマ殿」
生唾を飲み込みながら
俺を見つめるラングラールを振り向き、無言で頷くと
俺はゆっくりと三体のうち正面で暴れている巨大な樹精に近寄っていく。
周囲を群れて戦っていた数百人の兵士は、
巨大な大斧を縦に二刀流もった異様な姿の俺に
道を大きくあけていく。
そのままゆっくりと、十五メートルはある大木の化け物の正面へと
進んでいく俺は、不思議とまったく冷静だ。
殺気のない俺に気付かないのか、巨大な樹精は
目前まで来た俺に一切攻撃をしかけてこない。
周囲を取り囲んで、弓や槍で樹精を攻撃していた兵士たちも次第に
俺に視線を集めていく。
もういいだろう、この辺りだ。俺は歩みを止める。
完全に止まって見える樹精に向け
俺は両手にそれぞれもっている斧をクロスした形になるように振り下ろした。
次の瞬間、気付くと
目の前の大きな樹精は立ったまま中心部から四つに分けられ
そして、地面へと崩れ落ち、ただの四つに切られた大木へと変化する。
一瞬の沈黙の後に
「ヴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォオ!!!!」
という千人ほどの兵士たちの地鳴りにも似た大きな歓声が響き、
冷静にラングラールが、背後の道に待機していた兵士たちを
もう千人ほどこの開けた広場へと入れる。
勝機は今だと思ったのだろう。こんな場面を漫画読んだことあるなと
俺は両腕に大斧をもったままボーっと突っ立って
そんなことを考えていた。
二体になった樹精は、数を増やした兵士たちに押されていく。
だが、抵抗がその分頑強になったようで、
兵士たちの負傷者は増えていっているようだ。
背後の道からやっとザルガスが広場へと入ってきて
ミーシャから短く状況報告を受けると、
突っ立ったままの俺に駆け寄ってきた。
「ついてきてよかった!!やはりあなたは本物だった!!」
と背中をガンガン拳で叩くと、ザイガスはマッチで煙草に火をつけて咥える。
そして
「ちょっくら武功、あげてきますわ。
俺らも使えるってことを、ラングラール殿にアピールしねぇといけねぇしな」
と俺に告げ、ミーシャを手招きして
手前から見て右側で抵抗を続けている巨大な樹精へと向っていく。
それを見て正気に戻った俺も大斧を手元へとガシャアと大きな音をたて、
落とし、腰の剣を抜き、近くへと向う。
近寄ると走り回るザイガスが口元の煙草の火を、懐から次々に取り出す手榴弾のようなものにつけ、
あらゆる角度から樹精の幹に向けて投げまくり、何発も爆裂させ続けている。
ミーシャも周囲を駆け回るライオネルの上から正確な弓の射撃で
ザイガスを援護して、樹精の長く鋭い手足から繰り出される攻撃の的を絞らせない。
「旦那ぁ!!きたんですかい!!」
「兄さん!!とどめ頼むよ!!」
「わかった」
俺は助走をつけて、周囲を囲む兵士たちの頭上へと飛び上がり
というかこんなにジャンプ力があったのかと内心驚きながら
樹精の幹の穴が三つ空いて、歪んだ顔のようになっている場所へと
空中で思いっきり剣を振り、五発ほどの鋭い衝撃波を叩き込む。
大きく深い斬り傷が、いきなりいくつも幹についた巨大な樹精は
ザイガスが投げ続ける手榴弾の爆裂の中へと沈んでいった。
「よし、あと一体!!」
残った最後の樹精との戦闘に向おうとした俺たちを
騎乗したまま駆け寄ってきたルーナムが、自らの馬を横にして遮る。
「ルーナムさん、どうしたんだ?」
不思議な顔で尋ねる俺たちに、
「流れ人ご一行のお力は、重々と分かりました。分かりましたから……
少しまってやってください……」
と焦った笑顔で、微笑む。
すぐに理解した顔のザイガスは、手元の手榴弾を全て懐に収めると
吸っていた煙草を足元に落とし、もみ消した。
「旦那。メンツの問題っすわ。待ってやりましょう」
「そうか……三体とも倒したら、私たちだけの手柄になっちゃうのか」
ミーシャはうんうんと頷き、
雰囲気を察したライオネルが誇らしそうに「バヒヒッ」と嘶く。
「わかった。俺たちは別に、手柄が立てたいわけじゃなくて
無事に森を出たいだけだ。待つよ、ルーナムさん」
腰に剣を収めた俺の言葉にルーナムはホッとして
「若様を急かしてきます。あの焦りのなさは大物と言うかなんというか……」
と小言を言いながら、ラングラールの居る方向へと馬を走らせる。
すぐにラングラールの
「獄炎剣の使用を許可する!!」
という威厳のある大声が響き、数人の長身の兵士が棺のような
錆びた鎖でぐるぐる巻きにされた大きな漆黒の木箱を
最後の樹精と戦闘している数百人の兵士の集団の方向へと、担いでいった。
「俺たちも行きましょう。恐らく"ローレシアン八宝"の一つですぜ。
……こんなところでお目にかかるととは」
ザイガスは俺の背中を押して、残った樹精霊の方へと歩かせる。
首をかしげたミーシャもライオネルに乗ったまま続く。
「そのローレシアン八宝って何なんだ?」
「ローレシアンに伝わる、恐ろしい古代兵器です……まぁ、見てりゃ分かります」
俺たちは、樹精を取り囲む兵士たちの輪の近くまで、歩いていった。
漆黒の棺は、マスクと手袋をした兵士たちによって鎖を解かれ
周囲の兵士は遠巻きに見守る。
その背後では最後の樹精と数百人の兵士たちが激闘を繰り広げている。
棺が開けられ、開封した兵士たちが全員棺から離れると
今までどこに居たのか知れなかったメグルスが、
ふらっとその前へと歩いて行き、
棺の中から、刀身が二股に分かれた燃え盛る大剣を両手で取り出した。
「獄炎剣が二十セカム後に使用される!!付近の兵たちは備えよ!!」
ルーナムが大声でそう告げてまわり、
樹精の周囲を囲む兵士たち大半が素早く下がり
それと交代で背後から、身体がすっぽり隠れるほどの大盾をもつ兵士たちが
前進してきて、樹精の周囲を囲んだ。
「行きます……」
メグルスは、樹精霊の鋭い手足の攻撃をさけながら
幹の根元にたどり着くと
真っ赤な髪をなびかせながら、物理法則を無視した動きで
水平にその幹を駆け上がっていく。
走る速度で幹に擦り付けられるその刀身から炎を上げる大剣は
幹に下から真っ直ぐ真っ赤な燃える一本の切り傷を伸ばしていく。
「達人だね、ありゃ……」
「ただの変態じゃなかったんだ……」
俺の隣で二人はメグルスの動きに感心している。
そのまま真っ黒な葉が生い茂る頂上まで走りきると、
メグルスは飛び上がり、両手持ちした燃える大剣を振り上げ
二十メートル近い、三体のうちでもっとも巨大だった樹精を上から一刀両断した。
燃え盛りながら二つに割れ、倒れていく樹精を
大盾を構えた兵士たちが縦や横に列を乱さずに、上手く避けて行く。
メグルスは、二つに割れ、燃え盛る樹精の中心で
あのビキニアーマーで、両手で獄炎剣を持ち、
フラフラと兵士や俺たちが見守る、こちらへと歩いてくる。
「炎神みてぇな女だな……」
それを見ていたザルガスが呟いた。
「あんなに強力な武器をもっているなら、最初から使えばよくないか?」
素直な疑問を口にした俺に
「……たぶん、見ていたら分かりますぜ……」
ザルガスは煙草を再びつけながら、低い声で答える。
ミーシャも固唾をのんで、ゆっくり歩いてくるメグルスを見守っている。
不意にメグルスが獄炎剣を前方に投げ出し、うつ伏せに倒れた。
マスクと手袋をした兵士たちが素早く駆け寄り
獄炎剣は、漆黒の棺の中に収められ、そして再び錆びた鎖でぐるぐる巻きにされる。
メグルスには、マスクをした五人の兵士たちが
その手にもつ小瓶から、銀色に光り輝く水垂らし、ひっきりなしにかけていく。
かけ終わると、ラングラールが馬から下りて駆け寄り、
メグルスの鎧を脱がし、その身体を
何らかの祈りか呪文を囁きながら
ふかふかのバスタオルのようなもので、丁寧に拭いていく。
「ザルガス、なんだあれ?」
一連の変な儀式みたいなのを見た俺は訊いてみる。
「あれですが……たぶん、穢れを祓っているんでしょうな」
「穢れ?」
「強すぎる力は、大なり小なり代償を伴うってことです」
そしてザルガスは
「旦那たち"流れ人"は、それがねぇからやばいんですが」
と小さく呟き、つけたした。
メグルスの身体を拭き終えたラングラールは
そのまま俺たちのところまで駆け寄ってくる。
「世話になった。もう大丈夫だ。
ここさえ越えられれば、この厄介な森もすぐに抜けられるだろう」
兜を脱ぎ、サラサラした金髪の爽やかな笑顔で
俺に手を差し出して、握手を求めてくる。
俺は照れながらその手を握り返し、
相変わらず鳥肌のたっているミーシャの前にザルガスがスッと入り
代わりにラングラールと両手で握手した。
俺たちが広場から最後部の元盗賊団へと戻ろうとした時だった。
焦った様子で早耳のパナスが駆けこんでくる。
「旦那!!御頭!!ミーシャさん!!」
「どうしたぁ!!」
「ライガスが森んなか、連れて行かれた!!」
「なんだと!?」
割れたサングラスをしているピンクのモヒカンヘッドのライガスの顔が
すぐに浮かび、俺たちは徒歩や馬で一斉に最後尾へと駆けて行く。
背後からは何事かを察知したらしいルーナムが
素早く馬で俺たちについてくる。