愛のスケール
赤い炎で囲まれた小型ユーフォーで
上昇しながら、渦巻く潜ると
いきなり辺りが漆黒になった。
「……深海に戻ったな」
キドは間髪入れずに、レバーを操作して
海中を上昇させていく。
「作戦前の、状況説明は必要かな?」
「お願いします」
「いるにゃ」
「んーシーレラントの次の神である
わったっしはー必要ないかもしれな……」
調子に乗ったモンスターサイコの口を塞いで
ペップが
「次言ったら、昨夜の再現をするにゃ……。
貴様からは邪なエッチな波動が流れ続けているから
その気になれば簡単だにゃ……」
耳元でそう囁くと、美射はピシッと
俺の膝の上で姿勢を正し
「キドさん!よろしく!よろしゃっす!」
必死な顔で頼みだした。
キドは振り返らずに苦笑いして
「空中要塞は、主が居なくなって無数の時が
過ぎているはずだが、今も自動で空を飛び続けている。
全長は約三キロ半だ」
「冒険だにゃ……」
ペップが猫耳をピクピクさせている。
美射が真面目な顔で
「あの、要塞とかはわりとどうでもいいんですけど……」
ペップから思いっきりにらまれながら
「超巨大気象生物が何体居るかとか……。
あと、にゃからんてぃとの関連も
教えていただけると……」
今度は低姿勢で尋ねだした。
なんだこいつ……さっきまで訊く気ですらなかったのに
……いや、いつものことか……。
俺は黙っておくことにする。
さらにキドは
「ご明察だ。空中要塞中核部分に
例の猫人の……いや、にゃからんてぃの巨大な神像があるはずだ。
廃軍事施設で読んだ、破れた設計書に書かれていた。
そして、要塞に纏わりついている大型気象生物は
三体。全て雷と暴風を伴った長さ十数キロに渡る大雲だ」
「……確かに、面倒だわ。
で、どうせ三体とも神のつもりなんでしょ?
大型気象生物の流れ人は、ムカつく神気取りだらけ
だった……」
「……まあそうだな。そして彼らのフェティシズムは
シーレラント最大の空中浮遊物に注がれているようで
定期的に、取り合っているようだ」
美射は、やるせない感じで首を左右に振り
「そういうのは、但馬とキドさんに任せますー」
「おい……お前もがんばれよ」
キドが小型ユーフォーを操作しながら
「いい考えがあるんだが……」
と俺たち三人に提案してきた。
一時間もかからずに
深海から、真っ青な空へと
赤い炎に包まれた機体は上昇していく。
俺たち三人は黙りこくっている。
キドが提案してきた作戦が
確かに、アイデアは面白いが
可能かどうかの確証がないのだ。
ペップは難しい顔をして
「んにゃー……キドさん、タカユキと二人で
やったほうがいいんじゃないかにゃ?」
キドは振り返らずに操縦しながら
「いや、彼らの要塞へのフェティシズムは
深いエロスを感じさせる。そして悪いが
その思考はやはり曲がっていると思う」
「んにゃー……んーん」
ペップはまだ迷っている。
「どちらにせよ、彼らを退かさないことには
安心して要塞の探索ができない」
「んーしらにゃいですよー?」
「ダメもとでやってみてくれ。バックアップはする」
俺も黙ってペップに頷いた。
「しょうがないにゃあ……」
遠くに、暗雲が広がり、雷鳴が響きだした。
気象生物たちは近いようだ。
キドは赤い炎で小型ユーフォーを包んだまま
雷雲に突っ込んでいった。
辺りは、何本もの太い雷の柱が
轟音を響かせながら落ちては消えを
延々と繰り返している。
凄まじい風圧にも晒されているが
キドの赤い炎は、まったく揺るがない。
「トウマクルゥの体内だ。要塞から西に追いやられている
三体のうちで、もっとも弱い個体だな」
「これが、一番弱いのかにゃ……」
美射は苦み走った顔で
「うーやな予感が……」
雷鳴が幾重にも落ちる轟音と止まない暴風雨と共に、
「キドおぉぉおおおおおおお!!」
天地を貫くような甲高い声が左右から響いてきた。
「怒ってるにゃ……」
キドは苦笑いしながら
「俺たちの存在に気づいたようだな。
ここは、放置していこう。
彼女には、さすがに俺の愛は注げない」
「メスなんですか?」
俺がつい尋ねてしまうと、美射が顔をゆがめて
「……気象生物は、人格がメインよ。
身体的な特徴は無きに等しいわ。
気象現象として大きいか小さいかくらいね。
……つまり、トウマクルゥは女性的な人格が好みなのよ」
話している間にも
「キドおおおおおおおおおおおお!!
姿を現せええええええええ!!」
甲高い声が風雷と混ざり合ってまた聞こえてきた。
ペップがネコミミをピクピクさせながら
「好かれてるにゃー。キドさん彼女と何か
あったのかにゃ?」
キドは珍しく大きなため息を吐いて
「愛は、時に間違うものなんだ。
寄り添えると思ったが、スケールが違いすぎた」
「……師匠、クソみたいな気象生物にまで
無限の愛を……」
「種族ごとクソは言い過ぎだにゃ」
「そうだぞクソは言いすぎだろ……」
同じ気象生物仲間のはずの、ヒハニーキはいい奴だった
……元気にしているだろうか。
あっ、思い出した。
「あの、キドさん、俺の仲間だった小さめの気象生物は
身体を物理体に溶け込ませたりして
別種族の女性と付き合ってたって聞いたんですけど……」
あと、何か、前に倒した気象生物が
人間として生活していたみたいな話も聞いた気がする。
キドは三度、自分の名前が響くのを聞き流しながら
「大きすぎる気象生物は、ふつう、自らの身体を細切れにするのを嫌う。
ここまで成長する年月が相当にかかってるからね。
トウマクルゥは、この身体で俺を愛そうとした。
俺も彼女の愛に全身と全能力で応えようとしたが
やはり、圧倒的な種族差は如何ともしがたかった」
「……さすが愛の師匠、失敗すらも哲学的だわ」
ペップが言おうかどうか、しばらく黙って口を開いてを
何度も繰り返してから
「ごめんにゃさい……言うにゃ……キドさん、アホなのかにゃ?」
言ってしまった。
確かに最初から気象生物を愛そうとは思わない。
キドは振り向いて、サングラスを取ると
竜眼で、固まった俺たちを見つめながら
「……愛とは愚直なものだ。
自らの身体よりも小さな、空中要塞を
取り合っている彼女の虚ろなエロスに真の愛を
与えられないかと、真剣に想ってしまった俺の過ちだ。
トウマクルゥには、今でも悪いと思っている」
サングラスをかけなおしながら
また前を向いて、操縦し始めた。
「……愛のスケールが違うわ……」
尊敬の眼差しを向けているのは、美射だけである。
俺とペップはただ竜眼にヒビって
固まっている。
そんな間も小型ユーフォーは轟雷の中を進んでいく。




