地中の廃虚群
ネーグライク城が遠くに見える小さな森の中に
ゴンドラは着地した。肌寒いが、雪は降っていないようだ。空は晴れている。
降り立った七人が外に出ると
近くで待っていたアルデハイトはすぐに近寄ってきて提案する。
「まずはネーグライクの国の女王に謁見しましょう」
「分かった。行こう」
「ワクワクするなー」
目を輝かせたタガグロは不安よりも、これから何が起こるのかという
期待のほうが勝っているようだ。
「……ミサキ……行くのか……」
マイカがミサキに確める。いつの間にか白布に包まれた機械槍に加えて
錆びた万象の杖も背中に差している。
「もちろんですっ!タカユキ様が戦おうとしているものの正体を
確めねばなりません」
「……サーニャ……守れ……」
「はい。マイカ様」
白布に包まれた双雷槍をもったサーニャがスッと進み出て、ミサキの横に付く。
俺たち七人はネーグライク城まで歩きながら
必要な情報をマイカたちに伝えた。
ついでにザルグバインの居なくなった中央山一段目の領主に
サーニャを推挙したことも告げる。
「……わ、私ですか……」
怖気づくサーニャに
「……受けていけ……これで……国王領……タカユキ様派のみ……なる……」
「うわ、そうか、そうなるのか」
一段目サーニャ、二段目ザルガス、三段目モーラで
さらに王都の大老ミイと女王ミサキは俺支持派なので
何か凄く自然に国家の乗っ取りをした気がする……。
いいような、何か悪いような……。
「……わかりました。お話がきたら受けようと思います」
「……気にするな……何か……あれば……我ら……助太刀する……」
「ふふ、見えてきましたよ」
アルデハイトが指差す。
「いかにも小国の首都って感じやな。うちは好みや」
「タカユキ様は女王様のご養子なのですよね?」
「あ、そうか……女王の息子と言うことになってるんだった……」
完全に失念していた……。
俺はこの国の王族で、息子の居ない女王の王位継承者なのである。
すべては小国ネーグライクが生き残るための施策であることは
分かった上で受けたので、それ自体に不満はないが……。
個人的には気まずいなぁ……と思いながら
と七人で、ネーグライク城の城門を潜る。
商人、旅人、住人などの冬着の人々が行き交い、
突っ立っている衛兵は、欠伸をして暇そうだ。
武器をもって居る俺たちも、厚着の人たちが多いので、
それほど目立たずに、自然と人波に紛れ込んで進む
城内の街を王宮に向かって雑談しながら歩く、それほど広くはないので
すぐに辿りついた。
王宮の門番たちは俺の顔を見るなり、
「す、少しお待ちください」
と慌てて宮殿内に走りこんでいく。
すぐにナブリスと名乗る裾に白いヒラヒラのついた貴族服を着込んだ
禿げ頭の男が出てくる。
「おお、王子様。ローレシアンの謁見室以来でございますな。
覚えておられますか?国務大臣のナブリスでございます」
誰だっけ……というか王子?ああ、俺のことか
と思っていると、男は禿げ頭を摩りながら
「あの時はカツラをつけていましたから、普段は蒸れますので
外しております」
と快活に笑う。その表情を見て俺は何となく思い出した。
「ああ、思い出しました。あの時はありがとうございます」
「こちらこそですよ。あれで我が国の安全が確保されました。
立ち話もなんですし、お仲間たちも王宮へどうぞ」
俺たちはナブリスに連れられて、王宮内の巨大な応接間に案内される。
待っていると、すぐに女王が数人のメイドや大臣達を連れて現れた。
そして、不意に抱きしめられる。
「タカユキ様。どれほどの感謝を我が国が貴方にしているか……」
「いえいえ、気にしないでください……妹のミーシャの気持ちがあったからこそですよ……」
タジタジになりながら、何とか抱擁を解いてもらい
今日来た理由を女王に告げる。
ここにローレシアン女王のミサキがいるを知ると大きな混乱を生みそうなので
それはあえて黙っておいた。というかアルデハイトがそう耳打ちした。
ミサキも黙って微笑んでいるので、それでいいようだ。
「……虚無の王の使徒ですか……それが我が国の地中に……」
女王は急な話にかなり戸惑っている。周囲の人々もどよめく。
しかし、これは想定内だ。
とりあえず使徒の封印されている場所への行き方のヒントさえ
教えてくれたらいい。
「アルデハイト、本太郎見せてあげて」
「了解しました。本太郎さんよろしくお願いします」
アルデハイトが本太郎のページを開いて、
滲み出てきた始原の巨兵についての記述を女王に見せる。
「……これですか……マーリヌグス神のことかもしれません……」
「マーリヌグス神とは?」
「我が国の守護神です。東方の浜辺に古代神殿がございます。
今は祭祀の行われる時期ではないので、誰も居ませんが……」
「そこだろうな」
「そこですね。地下へと進む道などはありますか?」
「いえ……無かったと思いますが……あ、ナブリスもしかすると……」
「"鍵"でございますね。取ってまいります」
そういうと女王の脇についていたナブリスは素早く室外へと走っていった。
「鍵とは?」
「わが王家に伝わる鍵です。わが国は小国ですが、遥か何千ラグヌス前の太古には
マーリヌグス神の力を借りて、この大陸の大半を支配していた時期もあると聞きます」
「流れ人みたいなもんやな……」
「そうかもしれませんね。この水棲族の方の顔どこかで……」
「あ、うちは但馬様のただの家来なんで。気にしないでください」
正体を気付かれそうになったタガグロが慌てて口を閉じる。
「タカユキ王子、素敵なお仲間が増えましたね。
そういえば、ミーシャさんはお元気ですか?」
「元気にしてますよ。今は北西の方で新しい国を造るのを手伝っています」
「もしや噂の大空白地帯に造られているというゴブリンやオークたちの国ですか?」
「ええ。彼等も俺の仲間ですよ。姿は厳しいですが、純朴ないい人たちです。
妹もついていますし、警戒する必要はありませんよ。
むしろ仲良くして、交易でもしてあげてくださいね」
さり気なく売り込んでおく。こうしておけばこの国のためにもなると
何となく思ったからだ。ただの勘である。
「……思ったより、遥かに大きなお方だったのですね……」
女王は何とも言えないため息を吐く。
にゃからんてぃはさりげなく女王の膝の上に潜り込んで寝始めた。
今日のマントの色は黒である。
「このマントを着た猫ちゃんも、お仲間なのですよね?」
「そうですよ。俺の心強い仲間ですよ」
「……私も、もう少し若ければ、タカユキ王子と冒険をしたかったですね」
ネーグライク女王は微笑む。
古びた小さな宝石箱をもってきたナブリスが室内に駆け込んできた。
「はぁ……はぁ、少し探すのに手間取りました。どうぞ王子様」
俺は手渡された宝石箱を開ける。
中には、太い一本の錆びた白い鍵が入っていた。
「どこで使うのかは分からないのですが、恐らくは神殿に関係すると思います」
ナブリスの補足に感謝を告げて、
俺たちはネーグライク女王や大臣やメイドたちにも丁重にお礼を言い
鍵を借りて、王宮から出る。
ネーグライク城から出るとすぐにアルデハイトが
「浜辺の神殿に誘導装置を設置してきます。皆さんは先ほどの森まで
戻ってから、ゴンドラで移動してください」
と翼を広げて素早く飛んで行った。いつものことながら頭が下がる。
俺たちは再び、ネーグライク国からゴンドラの停まっている森の中へと向かう。
向かって居る途中で、夕暮れが近い太陽を見ながら
「あまり遅くなると、また失踪を疑われるな」
と俺は呟く。女王であるミサキに皇族のタガグロも居るのである。
トリプルでやばい。よく考えたら国が一、二個傾くレベルである。
皆の熱に浮かされて、ここまで来てしまったが
しっかりとやるべきことはやらないといけない。
「……私……大老ミイ……報告してくる……泊まりで……遊ぶ……言っとく……」
すぐに察したマイカが布で巻かれた機械槍をサーニャに渡しながら言う。
そんな中学生みたいな言い訳が通じるかは疑問だが
言うのがマイカなら何とかするだろう、と思って任す。
「……あとから……中央城裏庭……から……直通で……向かう……先……行ってて……」
そう言ったマイカはゴンドラで中央城裏庭へと向かって行った。
残った五人は、しばらく森の中で待つ。
まずはマイカが裏庭に到着するまでゴンドラが使用できないからだ。
おそらく二十分も待てば大丈夫だろう。
にゃからんてぃは近くの低い木の上に昇って
虫とにらめっこをし始めた。
「緊張するな……使徒を倒すんだろ?」
「そうなるやろね。いよいよ、その双雷槍とうちの忍術の出番やで」
「ワクワクしますね」
サーニャは目を輝かせている女王の隣にピタッとくっついて周囲を見ている。
マイカに言われたことを忠実に実行しているようだ。
「ピクニック気分でいいんだろうか……」
「だいじょうぶやって。そんな大げさなもんやないはずよ。
あくまで前哨戦よ。腕慣らし腕ならし」
タガグロは気楽そうに微笑んだ。
俺もその笑顔に救われて、少し気が楽になる。
使徒の一体だというマガルヴァナはそんなに強くなかったしな。
まぁ、気楽に行ってもいいかもしれない。
時間になったので、俺たちはゴンドラを呼んで皆で乗り込み
「我移動せんと欲す。ネーグライク東部浜辺」
と告げた。
夕暮れに照らされながら、光の線にゴンドラは
ネーグライク国東端の浜辺にある石造りの大きな古代神殿近くに着陸する。
「うわー!すごいすごい!!なんて綺麗な景色!」
ミサキは、被っていた帽子を脱いで、真っ赤な夕暮れに染められている
高い段差の上に立つ古びた古代神殿と、浜辺を前にはしゃいでいる。
確かに綺麗だな。地球でこんなところがあったら観光地や
デートスポットとして人気だろうな。と俺は人気のない浜辺を眺める。
神殿の中から、アルデハイトが出てきて
飛んで、俺たちに近寄ってきた。
「とくにめぼしいものはないですね。入られますか?」
「そうだな。日が沈む前に、入り口を見つけよう」
「たっくん、うち、ちょっと泳いできていい?」
「いいよ。ついでに海の中に、何かないか見てきてくれる?」
「任せといてっ!」
タガグロは瞬く間に着ていた服を脱ぎ捨てると、
スポーツブラとショーツだけになり
青い肌で豊かな金髪を揺らして、浜辺へと走り出した。
何かそれをずっと見ているのも悪いので、俺は仲間たちといそいそと神殿へ登る階段を上がる。
高い天井の神殿内は、石造りで、所々古びていてひび割れている以外は
綺麗なものだった。定期的に管理者が掃除にきているのだろう。
常時、開けっ放しだからだろうか、祭具などもまったく置かれておらず
中はガラガラで、潮風が窓から吹き入ってくる。
小部屋を皆で分かれてしばらく探索する。
しゃがみこんだり、天井を見上げて目を細めたりもしたが
何の変哲もない石造りの部屋ばかりで、特に鍵穴のようなものは無かった。
皆で合流して話し合うと、どこも同じようだ。
床下など、人の入れないところを探索してきたにゃからんてぃも
首を横に振る。
「私も先ほど待って居る間に、祭祀の行われる大広間を探索しましたが、
特に目を引くようなものはありませんでした」
「タガグロ待ちかな」
「そうですね。それがいいかもしれません」
ミサキは海辺に面した窓辺で、潮風に当たりながら
少しずつ暗くなっていく海を眺めている。
隣ではサーニャがカンテラに火を灯した。
俺たちは神殿を出て、近くの浜辺で焚き火をして待つ。
食料品を山と詰め込んだバッグを背負ったマイカが
ゴンドラで神殿の近くに来たころに
やっと下着姿のタガグロが戻ってくる。
駆け寄ってくるショーツを履いた足はどこかぎこちない。
「足に戻すと、歩きにくいのよなぁ。あ、たっくんあったで」
俺に手渡されたタオルで身体を拭きながら言う。
「どこに!?」
「近海の海底に目立つように大きな祠が置いてあって、そこに小さな鍵穴見つけたわ」
「よく見つけたな……」
「さすがタガグロさんです!何があるんでしょうか」
タガグロに服を手渡すミサキは期待に目を輝かせたままだ。
完全に遠出を楽しんでいる一人の女子である。
その横にはサーニャがピッタリと張り付いている。
「それでしょうね。さあ、回すと何が起こるのか……」
「少し休憩してからでええかな?久しぶりに本気で泳いで、疲れたわ」
「……食べ物……ある……大老ミイから……貰ってきた……」
マイカが素早く全員にまだ温かい弁当を渡していく。
にゃからんてぃも謎の緑色の液体が入ったコップを手渡されて
「イエス!!アオジル!!アオジルオオー!!」
テンションをあげていた。
しばらく全員で焚き火を囲んで、黙々と食べる。
ミサキがポツリと呟く。
「こういうこととは、私は一生縁がないかと思ってました」
確かにちょっとした若者のバカンスの一シーンみたいではある。
俺もこういうベタなのは再放送されていた昔のドラマの中でしか見たことない。
みんなミサキに優しく微笑んで、再び食べ始める。
三十分くらい焚き火を囲んで食べ続け、そして満足したらしいタガグロが
「アルちゃん鍵かして」
と鍵を見回しているアルデハイトから受け取る。
そして再び服を脱いで、タオルを受け取り、真っ黒な浜辺へと駆けて行く。
しばらくドキドキしながら焚き火を見つめる。
「何が起こるのでしょうね」
「あまり大掛かりじゃないといいんだが……長引くとな……」
「……氷の女王……戦うまで……確かに……時間無い……」
「何がきても皆さんが居るから大丈夫ですよっ」
ミサキは完全に俺たちを信頼しきっているようで、不安が微塵もないようだ。
しばらく待っていると
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ
という地鳴りのような振動がして、神殿の近くの海が裂ける。
唖然としていると、向こうの浜辺からタオルで髪を拭きながら
タガグロが走ってきた。
「あぶないあぶない。鍵回したら、周りの海が裂けていって
危うく全裸で道に放り出されるとこやったわ」
「裸で泳いでたのですか?」
「うちら人魚は、泳ぐとき服着ないよ、しらんかった?」
「前会ったリグもそんなだったかな……いや、それよりも!」
俺は立ち上がって、暗闇の中で確かに割れている海を見つめる。
浜辺から数キロ先まで割れているようだ。
「道みたいだよな?」
「そうですね……明らかにあの先に誘われていますね」
アルデハイトも首を捻る。
素早く服を着た終えたタガグロが、
「いこか。待っていても仕方ないで」
と短く皆を促す。
全員で立ち上がり、焚き火を消して
カンテラをもつマイカや、サーニャの先導で浜辺から
裂けた海の真ん中に出来た道を進んでいく。
左右の裂けて壁のようになった海をカンテラで照らしながら
「……おそらく……透明な……バリア壁が……左右……押し開けている……」
マイカが推測する。
「マシーナリーの技術ではないですね」
「こんなんみたことないわ。うちらの国でもないな」
「何なんだろうな……」
黙っているミサキはサーニャに手を引かれながら
この異常な光景を楽しんでいるようだ。
俺はそれに安心しつつ、にゃからんてぃを肩に乗せて進む。
しばらく進み続けると、道が途切れて、袋小路のようになっていて
その中心に円形に線が引かれる様に区切られた地面があり、
その中心に大きな祠を見つける。
「これやこれ。ほら鍵入ってるやろ?」
石で造られた祠の中心部の鍵穴に差し込まれた
鍵を俺たちは確認する。
「ここからどうするんでしょうね?」
アルデハイトが周囲を見つめる。
なんかこの区切られた地面どっかで見たことあるなと思った俺は
全員にとりあえず、
その円形の線の中に入ってみるように言ってみる。
全員入ると、円形に区切られた線が光り輝き始め、
すぐにそのまま下降し始めた。
「お、おお、降りるのですか……」
と下降し始めた地面にアルデハイトが驚いたのは一瞬だった。
すぐに眼下に天井からのいくつもの薄暗い光に照らされた
巨大なビル群の廃虚を俺たちは見つける。
「な、なんや、ここ……」
「魔族国の大都市のような感じです……しかしもっと文明が進んでいるような……」
「……滅びた……街……みたいに……見える……」
「すごい!!こんなところがあるなんて!」
驚く全員と裏腹にミサキは機嫌よくはしゃいでいる。
この人は怖がらない人なんだなと俺は思う。
「静寂と廃墟とは秋刀魚の埋められた骨と昔ついていた肉の関係に似ています。
掘り出してしゃぶっても、もう遅いと言うことです」
にゃからんてぃは真面目な顔で久しぶりに意味不明なことを述べる。
「人の気配はしないけど、残留思念だらけだと言うとるよ」
「……」
マイカは無言で下を見下ろして指差す。
「うわっ、人すげぇ歩いてるな」
「ここの都市の住人でしょうか?」
カラフルな格好をした大量の人々が、アスファルト道がひび割れた
廃虚の街を不自然に行きかっている光景に俺は驚く。
しかし俺たちが乗っている地面が下に近づくにつれ、
まったく、人々の喋り声や生活音が聞こえないのが分かってくると
鳥肌が立ってくる。
「あれ、全部幻なんやな……」
「……残留思念……これだけ……残すことは……ふつう……ない……」
「幽鬼ですらないようです。一切意志を感じません」
アルデハイトも下を眺めながら言う。
周囲を見回していたミサキが遠くを指差して、
「あの、壁にめり込んでいるのが始原の巨兵でしょうか?」
と俺たちに尋ねてくる。
そこには、廃虚のビル群の遥か向こうの岩壁に
真っ黒なフルフェイスの兜を被り、真っ赤な地肌の上に鋼鉄のプレートメイル
を着込んだ。筋骨隆々とした百メートル近い背丈の人型モンスターが
壁にめり込んだまま静かに佇んでいた。
驚愕している俺たちにお構い無しに、乗っている円形の地面は下降していく。




