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長すぎる大人の階段   作者: 痛瀬河 病
第一章 長すぎる大人の階段
3/15

突然追走

 僕は、深会先輩のあとを一歩後ろからついて行っていた。

 僕って大した大和撫子だなと思いました。

 校舎を出て部室棟に向かう。

部活棟は正門とは真反対にあり、勧誘合戦の声も一歩ごとに小さくなっていく。

そんな音に耳を傾けていると、さっきから湧いていて、まだ処理しきれていなかった疑問を思い出して深会先輩に尋ねた。

「深会先輩、本当に勧誘の方はいいんですか?」

 深会先輩は、一瞬こちらの方見て

「心配いらないわ。今年必要な分の部員はもう確保できたから、もう店仕舞いにしたのよ」

 なんと。

それは予想外の回答だった。

あんな勧誘の仕方で、もうノルマを達成してしまったのか、少し怪しいが元々映画部は部員が少ないらしいし、ノルマ自体もそんなに高く設定していないのかもしれない。

 深会先輩の容姿とかにつられて、案外簡単に入部した部員とかがいないとも言い切れないしな。

「それで、部員ってどれくらい必要だったんですか?」

 素直な疑問だったのだが、そこは何故か秘密らしくて

「それはモゴモゴよ」

 と言葉を濁されてしまった。口でモゴモゴ言っている人を僕は初めて見たが、深会先輩の場合表情もあまり変わらないから冗談かどうか判断に困って、笑うに笑えない。

 そうこうしているうちに、部室棟に到着した。

 全四階建の横に長い、どこの学校にもありそうな鉄筋の建物なのだが、僕には部室棟として使うには少々立派かなという感想を覚えた。

 築百十何年とか、木造校舎いうわけではないのだが、やはりどこか年期を感じた。

これが長年多くの生徒たちが、使い続けた伝統というやつだろうか?

 かすかに人の気配もする。

勧誘合戦をサボっている部員や部室待機組の人たちかも知れない。

「場所は知ってたけど、結構大きいんですね。これなら、深会先輩が迷うかもと思ったのもわかる気がします」

 正直な感想がついこぼれる。

なんだかんだで、授業以外で初めて触れる高校の設備なので緊張も少しあったかもしれない。

「でしょう? 中は結構複雑だから、最初は部員が一緒に行かないと迷っちゃう新入生も多いの。うちは比較的分かりやすい方だと思うけど、それでも三階の奥の方にあるから笹箱君が心配でね」

「へー、そうだったんですか。なんか、すいません。色々、気を使ってもらって」

 なんだかよく聞けば、深会先輩の考慮もわからなくはないなと思い、さっき大声をあげてしまった自分を恥ずかしく思う。

「いいのよ、気にしなくて、私がしたくてやっていることだから」

 そんなやりとりをして、いざ部室棟に足を踏み入れる。

 一歩踏み入れたそこにはエントランスのような形式の広い空間になっており、どこかそこそこいいとこのホテルを思わせるのだが、ところどころに、どこの部活の物かもわからない備品が転がっていたり、端に山積みにされたりしている。

「中は流石に、高校生たちが使ってるって感じですね」

「そうね。お世辞にも、綺麗に使っているとは言えないわ」

 深会先輩もあまり同じ感想らしく、ゆっくり首肯した。

 真っ直ぐ進むと、「若いんだからいけるでしょ」と言わんばかりの、うんざりするような傾斜の急な階段の前に着いた。

傾斜は急なくせに、横幅はしっかりあるところが余計腹が立つ。

 勿論、もう見慣れている深会先輩にとっては何ともないのだろう。

 普通にさっさと階段を上がっていく。

 僕もそれを見て、慌ててついていく。


 三階に必死の思いで辿り着いたが、もしかして息が切れてる? 嘘? まだ高校一年生なのに! 

深会先輩はケロッとした顔で勿論息一つ乱してないし、途中何度もちゃんとついてきている確認された時は、情けなくて死にたくなった。

「大丈夫?」

 その上こちらを覗きこんで心配の言葉までかけてくれるもんだから、情けなさも一入(ひとしお)だ。

「ふっ、全っ然大丈夫です。ヒッヒッフー」

「……ラマーズ法が必要なほどの人は、大抵病院に行くべきなのだけれど」

 あれ、なんだか深会先輩が呆れているように感じるのは気のせいだよね? 

あとこのラマーズ法は演技だからね。ジョークだよ。嘘じゃないよ。

「あとはもう真っ直ぐだから、ちょっとごちゃごちゃしているのだけれど頑張ってね」

 なんで僕は部室に来るだけで、エールをもらっているのだろう。

これ入部したら大変かも。

三階の雰囲気は一階のエントランスと大差なく、深会先輩が言ったように各部活の備品やらで、ごちゃごちゃしていた。

廊下を真っ直ぐ歩けば、すぐに映画部と書かれた、少しオシャレな木製のプレートのかかった周りの部室のものより少し古い木製のドア見えてきて、確かに他の部室に比べてわかりやすいなと思った。

深会先輩が部室のドアの前に立って、カーディガンのスリットポケットから鍵らしきものを取り出す。

「今、部室誰もいないんですか?」

「今と言うか、基本的に部室には私以外あまりいないわ。ほとんどは幽霊部員なの」

「へっ?」

 この人、何気に重要なことサラッと言わなかった?

「今なんて?」

「聞こえなかったの? 笹箱君はほんとにおっちょこちょいね。だから部室は私以外あまり誰も使ってないわ。スカスカよ。幽霊部員ばかりですもの」

「えっ? でも昨日片付けの時、他の部員がいるからって」

「いるといっただけで、あとから来るとも、手伝ってくれるとも言ってないはずよ」

 屁理屈だよー(泣)。

「あぁでも言わないと、あなた意地でも手伝おうとしたから」

 別に手伝ってもらえばいいじゃん、と言いたいが、それは深会先輩なりの意地なのだろうと思ってなにもいわなかった。

「じゃっ、じゃあ映画とかどうやって作るんですか?」

 流石に、一人で映画が作れないことくらい素人の僕でもわかる。

「何、言ってるの? 日頃ゴロゴロって言ったでしょ? 映画なんて作らないわ」

 マジで? 

じゃあ深会先輩ってただ単に映画部を自分の私物化して、部室に溜まり場にしているだけの人?

いや一人だから溜まってるって言わないか。

「僕に、才能があるって言ったのも嘘ですか?」

「それは嘘じゃないわ。とにかく落ち着いて部室で話しましょう」

 深会先輩は部室のドアを開けると、チョイチョイっと手招きをして僕を部室に招き入れた。




 部室の中は、とても綺麗に整理されており、綺麗な溜まり場と言う矛盾した語句が生まれそうなほどだった。

 部屋の広さとしても一般の三、四十人が授業を受けている僕らの教室の広さと大差ない。

 しかし、当たり前だが一人で使うには大層広いと思う。

 部屋の中央には、長机とパイプ椅子が一つ。

地面にはきれいな赤いカーペットが敷かれているので、パイプ椅子が少し浮いていておかしい。その長机の上には、ノートパソコンと飲みかけのコーヒーの入ったクマの絵柄の入ったマグカップ。

 部屋の隅のほうには、あまり大きくはないがテレビも置いてあり、テレビの前には柔らかそうなソファ、壁際の本棚や戸棚にもびっしり漫画や小説に、何やらわからないファイルのようなもので埋まっている。よく見ると冷蔵庫や電気ポットも置いてあり、エアコンも完備されていて寒さ暑さにも対応可能だろう。

 僕は高校の部活の部室を始めて見たが、これはかなり設備の整ったほうではないだろうか?

「今、椅子を出すわね」

 深会先輩が、部屋の隅に掛かっていたパイプ椅子を一つ出してくれる。

「どうもです」

 出してくれたパイプ椅子に腰掛けていると、深会先輩が冷蔵庫の方に近づいて行って

「飲み物は何がいい? オレンジとグレープとコーラとサイダーと牛乳とカフェオレとイチゴ牛乳とヤクルトスワローズとコーヒーと紅茶と麦茶があるけど、どれがいい?」

「バリエーション豊富っすね。じゃあオレンジで。あと今、助っ人外国人の当たり率の高いプロ野球球団が交じってませんでした?」

 この部室の設備半端ないな。

深会先輩は冷蔵庫からオレンジジュースの紙パックを取り出すと戸棚から新しいウサギの柄の入ったマグカップを取り出して、そこにコポコポッとオレンジジュースを注ぐ。

そのマグカップを持ってきて僕の前においてくれて、深会先輩は元々出されていたノートパソコンの前に置いてあったパイプ椅子に腰掛ける。

「さて、どこから話したらいいのかしら。こればっかりは何度やっても慣れないものだわ。何から聞きたい?」

 どこか物憂げな顔の深会先輩は飲み掛けのコーヒーに口をつけて、こちらの様子を伺ってくる。

 何から聞きたい? 

と言われても何を聞けばいいのかがわからないが、取り敢えず手近なところから聞いてみようと思い、最初に浮かんだ疑問から適当に聞いてみた。

「あの、僕には才能があるっておっしゃってくれましたけど、何の才能なんでしょう?」

 これは、まぁ勧誘の為のお世辞のようなものかもしれないので、さほど期待はしているわけではない。仮にあるとしても、まともに映画を作っていないに映画の才能を見抜けるわけわないと思うし。

だとしたら何の才能だ? と思うぐらいだ。

「そうね。才能というより、素養かしら。最初にあなたが私を部長と思った理由を言ったでしょう。あれは別にお世辞とかではないのよね?」

「はい。別にお世辞とかではないです」

 と言うのは、半分嘘で半分本当って感じかな。確かに只ならぬ雰囲気を持っている人とは思ったが、そんなの独特の人なんて大抵そんな感じだし、オーラが見えるとかは少し大げさな表現だったと思う。

「それならいいわ。では、さっそく核心に触れましょう」

 深会先輩は、僕の言葉を確認して安心しようで、そこから本題ですと言わんばかりに背筋を伸ばし、姿勢を正す。それに釣られて僕も姿勢を正す。

 スゥっと息を吸い、形の整った唇をすぼめる。


「私は、大人になれないの」


 まるでスローモーションで見ているように、唇の動きが一文字一文字はっきり見えて艶かしい。

しかし、それら一文字一文字を噛み締めて聞いてみるが、全く意味がわからない。

「ハッ?」

 おっといかん、いかん。先輩にタメ口になってしまいそうになった。

だが、それだけじゃあ意味が分からないので致し方ないと思う。

深会先輩は、大して気にした様子もなく続けた。


「私は、今まで三十二回ほど三年生をやっているわ」


「ハッ?」

 おっとやばい、やばい。

でも、今のところだけ聞くと誤解しか生まないと思う。

「三十一回も留年してるんですか?」

 普通そう思う。でも三十一回も留年なんて、できるものなのか? 

 そもそも、深会先輩は、僕らとさほど年代が違う様には見えない。

その質問にも眉ひとつ動かさずに深会先輩は続ける。


「違うわ。私は永遠と十七歳と十八歳を行き来して、三年生を繰り返しているの。年は取らないの。そういう呪いなの。私が高校三年生の一年間で大人になったと判断された時、呪いは解け、この学校から卒業できるの」


「ハッ?」

 ハッ? 

この人は、何言ってるんだ? 

聞けば聞くほど訳が分からなくなっているぞ。呪い? そんなものを信じろとからかっているのか? なんだよ、永遠の十七歳って? どこのアイドルさんなんだよ。

「いや、いや、何なんですか呪いって! そんなの信じろって言うんですか!」

 僕の慌てぶりとは反比例するかのように、深会先輩は落ち着いている。

「……そう。勿論、こんなことを言って普通は信じてくれないわ。でも、私一人ではこの呪いを打ち破るには足りない。それを、私は痛感している。だから毎年、協力者がいるの。だからなるべく理解の早い生徒を探すの。それが、今年はあなただった」

 まだ、信じられない。当たり前だ。

「……なぜ、僕が理解が早いと?」

「私を見た初見の感想がすべてよ。同じ上級生たちと比べても、私が違うとあなたは言った。それは私が繰り返してきた三年生の厚みが、その違和感を生んだんだと思うわ」

 いや、それはあなたがただ単に変わってる人って、だけな話だけなんじゃないかなと思うんだけどな。

「結局、僕にここに入部しろってことですか?」

 口を辛うじで動かして、会話について行っている風に見せているが、頭はパンク寸前なところを整理中で大忙しだ。

「別に入部を強制はしないけれど、できれば入ってくれると助かるわ。さっき言った必要な分の部員っていうのは、笹箱君のことだから、笹箱君が入ってくれないと今年の部員はゼロよ」

 そもそも、そんな冗談のような話に本当に付き合わないといけないのだろうか?

「……拒否権は、ないんですか?」

 その答えを深会先輩は悩んでいるのか、右手を口元に持っていく。

「……比較的ないと思ってもらって構わないわ。それに、当然見返りは用意するつもりよ」

「見返り?」

 こんな言葉にだけ食いついているなんて、存外僕はがめつい人間なのかもしれないな。

「これはある意味、私の呪いの証拠にもなりえると思うのだけど、当然私は卒業できない間も多くの学生たちは卒業していくわ。そして、最初は私の後輩だった人も同級生になり年上になっていく、でも不思議なことに卒業すれば私の呪いの詳細は忘れるのだけれども、卒業生した彼らにとって、私は年下なはずなのに高校時代の恐ろしかった先輩や恩のある先輩と同認識で体は反応してしまう。」

 ―それってつまり

「うちの学校が、そこそこの進学校ってことは知ってるでしょう? 卒業生の中には政治家、弁護士、医者、教育界なんかに進んで出世していったものもゴロゴロいるわ」

 ―まさか

「そんな彼らは、私に余り逆らえないの。ちなみにここの今の校長もここの卒業生よ。そしてこんな映画部らしい事なんて、なんにもやってない部に対する明らかに行き過ぎた部屋と内装。わかるわね?」

 ―ゴクリ思わず生唾を飲み込む。

「さらに補足として、この映画部に入部して卒業していった先輩方の平均年収は千百七十万円よ」


「入部させて下さい!」


 気が付いた時には、僕は地面に頭をこすりつけて土下座をしていた。

お望みなら、五体投地でもいいですよ。

なんていうリアルな勝ち組年収なんだ。

 そんな僕を深会先輩は大して軽蔑した様子もなく、僕の頭の前でスッと腰を下ろして優しく話しかけるのだ。

「頭を上げて、これが入部届よ。あなたがスルスルっとすんなり入部してくれて嬉しいわ」

 僕は顔を上げると、深会先輩のスカートから見える、レースの付いた黒色の綺麗な花の柄があしらわれたパンツを一瞬も見ることなく…本当に目もくれず、明るい未来の約束された入部届を手に取った。

再生紙か何か使っているはずの入部届も、今は金粉の散りばめられた羊皮紙よりも高価なものに見える。

「私の部は、今言った財政上の高い安定感から、密かに私は栄えるに華と書いて栄華部とも言っているわ」

 それは朝伊万里さんが言ってたし、あんまり密かにできてないようですよと言いたかったが、わかりづらいが、若干深会先輩がドヤ顔だったので言うのをやめた。

「あと、今言った私の呪いのことについては口外しては駄目よ」

「勿論、それはわかっています」

 急に呪いがどうとか言いだすやつがいたら、僕だったら痛い奴だと思って心の要注意人物リストに入れちゃうからね。

「でも、具体的には大人になるってどんな事をするんですか?」

「それの話し合いも込みで、活動するの」

 なるほど、でも今改めて言われて考えて見ると、大人と子供の境界線ってかなり曖昧というか、なかなか答えの出ない永遠のテーマっていうか、かなり骨の折れる活動になるかもな。

 単純に二十歳になれば大人とか言う人もいるにはいるが、成人とみなされる年齢なんて国ごとに違うし成人式に馬鹿やってる奴らを見て「こいつらも大人になったなー」とかは思える人も少ないと思う。

「結構考えてみると大人と子供の境界線って難しいですね」

 そんなこと一番深会先輩が分かっているだろうけど、一応自分の頭を整理させる意味で言ってみた。

「……えぇ、ここ何十年も色々試してみているのに、私は大人とみなされないみたいなのよね」

 僕なんか見たら深会先輩の落ち着いた口調や佇まいから十分大人の女性に見えるのだが、それは僕のようなガキすぎる奴からの視点なんだろうか? 

小学生にとっては中学生が大人に見えるみたいな感じ?

「あっ! でもそれじゃあ深会先輩って実年齢ってごじゅ-」

 ズン- 鈍い音がして、気付いたら僕は腹部に激しい痛みとともに床に転がされていた。

「笹箱君は、何を言おうとしたのかしら。ちなみに私は永遠の十七歳よ」

 ❘あなた、大人になりたいって言ってるのに、十七歳教に入っちゃったのかよ。

そこ絶対直したほうがいいよって言いたいけど、腹痛すぎてそれどころじゃない。というか、もう一発食らうのが怖いので、違う話題にしておいた。

「そもそも、その呪いって誰が書けたとかわからないんですか?」

 これは最初、話を聞いた時に浮かんできた疑問だ。

誰がそんなことを? 

もっともな疑問じゃないだろうか。

「それがわかれば、そんな奴活火山の火口から簀巻きにして、コロコロと落としてやってるわ」

 ……効果音は可愛いですけど、かなり凶悪なこと言ってますね。

いや、でも長い間、自分の人生を弄ばれているのだ。

そんな事を思っても、仕方のないことかもしれない。

……うん、仕方ない。

「ちなみに、活動は具体的に何曜日とか決まってるんですか?」

 これからお世話になることが決まったわけだし、その辺の細部も聞いておかなくてはならない。

「週七シフトよ」

「へー……休日返上⁉」

 余りにもサラッと言うもんだからスルーしそうになっちゃったよ。

「……深会先輩、労働基準法って知ってますか?」

「えぇ、知っているわ。部活動って便利な言葉よね。ほら、たまに運動部で地域の人達にイメージアップしてもらおうと美化活動とかしてるじゃない。あんなの実質部活動でも何でもなのに、部活動って名目を置けば、若い労力をタダでジャブジャブと制限なしに湯水のように使えるからすごいわ」

「真っ黒だ! この部活、真っ黒だ!」

 ここに、すごいブラック企業があるんですけど!

「輝かしい未来のためには、仕方のない代償でしょう?」

 ぐっ、それを言われると辛いな。

「ほら、野球とかサッカーの強豪校なら毎日休みなしなんて当り前でしょう?」

「一体、ここは何の強豪なんですか? ……それに、今時の本当にスポーツの強いところは、適度に休みを取ってガス抜きもさせますよ」

「あら、詳しいのね」

「別に今時、常識ですよ。いつまでもスポ根ばっかりじゃあないですよ」

 そんなことばっかりしてたら……あっという間に怪我して終っちゃうしな。

「取り敢えず、今日は帰っていいわ。頭がいっぱいになってるでしょうから整理する時間も必要よね。でも明日からしっかり部活はするからそのつもりで」

「こんなビックリな事態に、一日じゃあ整理はつかないと思うけど善処します」

 

 僕が部室を出ようとすると、深会先輩も今日は帰るらしく、身支度をして部室を出ようとする。

一足先に部室を出ると、すぐに部室から深会先輩も出てきて、部室の鍵を締める。

こちらに気付くと、

「あら、待っててくれたの? ありがとう」

「……紳士ですから」

 そんな深会先輩の素直なお礼の前には下手な照れ隠しをするのがやっとだった。


 また長い階段を降りて、部室棟から校舎の方に帰ろうとすると、校舎側から誰かが凄い勢いで走ってきた。

その人影が僕らの前で急ブレーキをかけて止まった。

「ハーッ、ハーッ…やっと辿り着いた」

 両膝に手をついて、肩で息をしている伊勢だった。

「どうしたんだよ、伊勢? そんなに慌てて」

「あんたがその女に連れていかれたから、慌てて追いかけてきたんでしょうが‼」

 声を荒げる伊勢に対して、深会先輩は不思議そうな顔をして首を傾げる。

「変ね。それにしても時間のかかり過ぎじゃないかしら。部室棟まで校舎から五分もかからないはずよ」

 その疑問は一瞬で解けるので、僕が深会先輩に耳打ちをした。

「伊勢は、かなりの方向音痴なんです」

「あぁ」

 正直、自力でここまで来れただけでも、大したもんだ。

 深会先輩は、まだ息の整ってない伊勢に声を掛ける。

「わざわざ出迎え御苦労様。アマ。帰っていいわよ」

「誰が出迎えじゃ! て言うかアマって呼ぶな‼」

 お前も、僕が何回ビックリ箱って呼ぶなっていっても、お前も聞かないけどな。

「でも、やることは全部済んだから本当に帰っていいのよ」

 深会先輩は、手首でシッシっと猫でも追い払うかのような仕草をする。

「ハッ? 何が済んだのよ?」

 伊勢が、深会先輩の追い払う仕草を無視して、疑問をぶつける。

「何って笹箱君の入部手続きに決まってるでしょう」

 深会先輩が、小さく肩をすくめて「何言ってんのこいつ?」みたいなポーズを取る。

「……笹箱に何かしたの?」

 ここで一旦キレることやめ、冷静になる伊勢。ここが、かろうじて獣と伊勢の違いともいえるかもしれない。

何か獣的直観で違和感を感じ取ったのだ。

……結局獣じゃん。

「何もしてないわ。平和的な話し合いの末、快く入部してくれたわ」

「笹箱は、高校の部活をかなり決めかねていたわ、そんなあっさり決めるはずないでしょ」

 バチバチ❘❘両者に火花が散る。

「どうなの、笹箱?」

「何も問題なんてないわよね、笹箱君?」

 ヤバイこちらまで火の粉が回ってきた。

二人が、こちらに向き直る。深会先輩に至っては、レアな笑顔付きだ。

……目が笑っていらっしゃらないけど。

「……はい、入部しました」

 蚊の鳴くような声とは、今の僕の声ぐらいの音量のことを言うんだと思います。

「なにか弱みでも握られたんじゃないの?」

 伊勢が、訝しむようにこちらを注視する。

「なっ、なんでもないよ。僕が心から望んだことですよ。はい、マジで」

 慌てて手をブンブンと振って、目線を逸らし、口笛を吹く。金に目がくらんだなんて、言えないしな。

「正直に言いなさい」

 伊勢は、僕のハリウッドスター張りの名演技もあっさり看破して、こちらに詰め寄ってきて目力を強める。

「いや、昔から映画作りに興味があるって言ってたじゃん」

「初耳よ! そもそも、この部映画作ってないし。と言うか、あんた面白そうな映画がとかあ   

っても『どうせ二、三年後には地上波で見れるし、わざわざ金払って今見たくねー』とか言って、私が何度映画とか誘っても来ないじゃない!」

 最後の関係ない気がしますんで、そんな恨めしそうな目で見るのやめてね。

 うーん、そうなってくると、もう入部する言い訳がなくなってくるな。

どんだけ、栄華部中身スカスカなんだよ。

ここは、古今東西ありとあらゆる言い訳をし尽くしてきた僕の実力を見せる時がやってきたか。

「いやー、実は深会先輩があんまりにも美人さんなんで、ついつい入部しちゃった(テヘッ)」

 最後に、冗談めかして言うところが肝である。

多少恥ずかしいが、思春期にありがちな入部理由だし、本当のことをばらしたら不味いだろうから、深会先輩も秘密を守るための嘘だとわかってくれるだろう。

 ちらりと、深会先輩の方を見ると両手で自分の体を抱くようにして、顔を赤らめながら、なおかつ目は軽蔑するようにこちらを見るという器用なことをやっている。

わかってるよね? わかってくれてるよね? あなたのために就いた嘘なんですけど。

 ピキッ-何かの切れる音がした気がした。

多分、伊勢さんの血管が切れた音かも。

だって、その証拠に目の前の伊勢が、何か目に見えないどす黒いオーラを撒き散らしてるもの。

おらゾクゾクしてきたぞ。

「へぇー、あんたそういう子が好みなんだー。そんな表情筋の死んだ、元気という言葉をベビーベットに置き忘れてきたような奴が?」

 こうなった時の伊勢の罵倒は、少々独特である。例えどんなに欠点のなさそうな人からでも、     罵倒を生成する悲しき怪物(モンスター)になってしまうのさ。

「おっ、落ち着けって伊勢」

 このままでは、伊勢と深会先輩の第二ラウンドのゴングが鳴りそうなので、僕は慌てて伊勢を諌める。そんな僕らを見ていた深会先輩は、何かを悟ったのか、きらりと目を一瞬光らせ、フッと微笑して

「あら、ごめんなさいね。私(、)の(、)部員の笹箱君があなたに迷惑を掛けたみたいで、私(、)の(、)部員の笹箱君はまだ至らないところも多々あるけど、これからも私(、)の(、)部員の笹箱君と仲良くしてくれると嬉しいわ」

 やたらと、私(、)の(、)を強調する深会先輩。

 あと部員のところは、気持ち小さく言っています。

 伊勢は、肩をわなわなさせている。

 爆発するか?

「……グスッ、もう帰る。あんたは、せいぜいその女の無表情を定点カメラでも使って、いやらしく観察してればいいじゃない」

 予想が外れ、伊勢は校舎の方に、とぼとぼと肩を落として歩いて行った。

その光景を、深会先輩と二人でNHK特集の山に帰る熊でも見るような気持ちで見送った。

「ねぇ、笹箱君。伊勢さんってあなたのことが好きなんじゃない?」

 深会先輩は目線はこちらに向けず、真顔で思ったまんま事を直球で口にしてきたので少々面喰ってしまった。

「さぁ、小さい頃からの遊び相手をとられて、機嫌が悪いだけなんだと思いますけどね」

「それ、本気で言ってるの?」

「どうでしょうね」

 世の中、ブラックボックスに閉まって置いた方がいいことなんて山ほどあるのだ。



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