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長すぎる大人の階段   作者: 痛瀬河 病
第一章 長すぎる大人の階段
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突然訪問

 次の日の朝、登校中に昨日説明聞いて回った部活を思い浮かべてみる。どれもかなり魅力的だったが、やっぱりあの(・・)部活の印象が強い。

 駄目だな、朝はどうも頭の回りが遅い、元からそんなに早くはないけどね。

「おっす! ビックリ箱! 部活決めた?」

 伊勢の声だと振り返らなくてもわかる。

 と言うか、ビックリ箱なんて呼ぶのはあいつぐらいしかいない。

 家が近所なので、登校中の早い段階でよく合流するのだ。

「朝からテンション高いな。あとビックリ箱いうな」

 後ろから声をかけられて、思わず苦い顔になる。

朝テンション高いやつって朝テンション低いやつからしたら天敵である。

「まぁ、いろいろ聞いたから迷うよねー」

 あと、テンションの低いやつの話を全然聞かないよねー。

「まぁ昨日大抵周ったからな」

 二、三十は勧誘の説明を聞いた気がする。

「それより笹箱、あんたあそこ(・・・)の説明は聞かなくていいの?」

 急に笹箱なんて呼ばれたから何かと思えば

「……いいんだよ」

 色々あるから、全部は周りきれないしな。

伊勢は、それ以上追及せずに別の話題に変えてきた。

「あっ、でも映画部はないよねー。部長が感じ悪すぎ」

 ……伊勢は、どうやらまだ昨日のことを根に持っているらしい。体育会系って、文化系よりも、陰湿と言うか根暗なところあるよね。真の根暗は明るいお外にいる!

「そうかー? 割と面白いかもよ」

「ちょっと、あそこだけは許さないからね」

「なんで、お前の許可がいるんだよ。お前はうちの愛犬か」

「……何でワンちゃんに許可求めてるし」

 ほら、散歩の時間とか打ち合わせしないといけないし。

多分一番部活を始めて迷惑がかかるのはうちにワンちゃんだと思う。

ちなみにワンちゃんと言うのはうちの愛犬の名前であって犬の可愛い呼称の方ではない。

ほら世界のホームラン王みたいでしょ? 

多分僕は自分の子供とかに期待のかかりすぎた名前とか付けるタイプだと思う。

「とにかく、あそこはやめときなよー」

「少し興味があるだけだから、まだ何とも言えないけどな。って、言うかそういうおまえは何に入るか決めたのか?」

 伊勢は何言ってんの? という顔をして

「取り敢えず、あんたに体験入部させまくって良さそうな所に入るわ」

「……最低だな」

 げんなりである。

それにそれじゃあ結局こいつと同じ部になっちゃうし。

僕らは、その後も他愛のない会話をしながら、無事学校に到着したのだった。




 新入生の最大の課題と言えば、人間関係の構築にあると思う。

これに失敗すると、悲惨な目にあうということは、大抵の人はわかると思う。

 僕の場合、伊勢を含め何人か知人がいたから、そこまで大変じゃなかったが、高校は中学と違って義務教育でないので、学生たちは自分で進学する高校を選ばなくてはならない。

 そうすると、おのずと中学の知人とはバラバラになっていく。

まぁ、何を重視するかにもよるけど、意外と仲の良い友達が多く行くからって高校選ぶ人もいるって言うし。

 僕の場合、家からの近さと学力のバランスで選んだし、……伊勢と同じ高校だと知ったときには、自分の学力が知らない間に下がってしまったのかと疑ってしまったが、どうやら伊勢が頑張っただけのようだ。

 で、何が言いたいかというと、僕は今までいまいち机を挟んだ上下左右のクラスメイトと、うまく会話するきっかけがなかったりする。

正確に言えば僕はグラウンドが見える方の窓側の席に座っているので左側の席の人はいないけど。

 だが今日は登校して、すぐ右隣の席の確か名前は伊万里さんとか言ったかな。

基本的に友達には元気ハツラツって感じの子だが、まだ春先で友達以外とは距離感を掴みかねていたみたいだったんだが、

「ねぇ、ねぇ、笹箱君、昨日映画部の勧誘説明受けてたよね? どうだった?」

 今日はいつも友達と話すようなテンションだ。

「えっ、いや、別に特別なことはなかったよ」

 だが質問の意図が要領を得なかったので、僕は最低限の愛想笑いと当り障りのないコメントで返した。

「嘘だー。私ね、チア部に入ったんだけど、まず先輩たちに、映画部には関わらないでねって言われたんだよ。理由聞いてもはぐらかされるし、すっごい気になるじゃん⁉ で昨日チアの新入部員確保のための呼び込み手伝ってたら、映画部の説明受けてる笹箱君を見かけたわけ、こりゃ事情を聞きたくもなるよ」

 うちの高校では部活動勧誘週間は四月の末に行われ、当然入学前から入部したい部活が決まっている生徒やスポーツ推薦で入学している生徒は、もう上級生に交じって部活動に参加しているわけで伊万里さんもその一人らしい。

 ついでに、もう一つ伊万里さんについてわかったことは、どうやら変わった噂話が大好きなようだ。

朝から隣席のクラスメイトのことを知れて、実りのある朝だった。

「それにしても、よくあれで映画部だってわかったね」

 僕は、あの何の情報も与えてくれていない質素な外装から、よく映画部だと分かったなと、ふと疑問が湧いた。

「あぁ、それね。いや、あんだけ最低限の準備で、勧誘してるとこがあったら気になるでしょ。それで、周りの先輩たちに聞いたら気まずそうに映画部だって言うから、へー、あれがそうなんだって思って。で本当に何もなかったの?」

 よっぽど興味があるのか、ズズズッと顔をこちらに近づけてくる伊万里さん。

少し釣り上った大きな目が、僕の顔を下から上目遣いで覗き込む。

伊万里さんは女性としては正直反則。

「いや、ホントに何もなかったよ。強いて言うなら、部長さんが独特の雰囲気を持った人だなってくらいで」

 その言葉にさらに前のめりになる伊万里さん。

後ろに束ねたポニテとそこそこに大きな胸が揺れる。

僕も諸になりそう。

なんで、スポーツ少女のポニテとのコンボってなんでもエロくなるんだろうな。

個人的には、巨乳か年上属性との相性が最強。

強いて言うなら、ポニテを頭の低い位置でなく高い位置でまとめてくれたら完璧なんだけど、割と三次元にはいないんだよね、アレ。

「えっ、それって深会先輩でしょ。その人、すごい有名だよ。映画部って結構大きな部だったんだけど、深会先輩が映画部に入部してから、部員はどんどん減少していったみたいなんだけど、逆に部費はどんどん上がっていったんだって! 不思議だよねー。通称栄華部(・・・)! 栄える華と書いて栄華! 部費で好き勝手やってるんじゃないかって、みんな言ってるよ。絶対校長とか理事長とかにコネがあるとかも」

「へー、そりゃすごいね」

 何、この子?

 めちゃくちゃ詳しいな。情報屋さん? この調子で各ヒロインのパラメーターとか教えてほしいな。

 そうこうしていると、担任のホームルームを終える早さには定評のある、三十路前の鈴原先生が億劫そうに教室に入ってきて、

「おーい、ホームルーム始めるぞー」

と眠たそうな眼で締まらない声をだす。

個人的感想だが年上女性のだらしのない口調のハスキーボイスが好きだったりする。

 ホームルームが始まるので伊万里さんは自分の席に戻る。

「まぁ、どれも噂話ばかりで信用性に欠けるし、また何かあったら教えてよ」

 ……なんで、僕が映画部にかかわるのが決定事項になってるんだろう? 

いつの間にか、僕のほうが情報屋になっているじゃないか。

不思議なこともあるもんだ。

 伊勢には映画部に関わるなと言われ関わりたくなって、伊万里さんに関わって来てと言われたら急に関わりたくなくなってきたよ。

人の性なのかな? ただ単に僕が天の邪鬼なだけなのかな? 




 昼休みになって、モソモソと昼飯の新作菓子パン『メロンアンパン』を食べていた。

前々からメロンパンには表面の皮は美味しんだけど中身を何にするかが鬼門だと思っていたが、中々餡子も合うな、革新的かもしれない。

 昨今はメロンパンの中身はクリーム系が席巻していたが、これが追い抜く日が来るかもしれない。

ただ非常にのどが渇くんだけどな。

メーカーはどこだろ。

餡の中にデザート用のゼラチンを入れたほうが、さらにおいしくなるって教えてあげよう。 

僕はメロンアンパンの入っていた袋の裏のメーカー名を見ていると

「笹箱君! 笹箱君! 廊下に君を訪ねて来ている人がいるよ!」

 そこに伊万里さんが嬉しそうな顔をして、こちらに小走りで駆け寄ってきた。

……なんか子犬みたい。

 まだ入学したてで、知人が少ないにもかかわらず、僕を訪ねて来る人って誰だろ?

結構大きな声だったので、教室の前の方で仲の良い女子たちと昼飯を食べていた伊勢もこちらに注目する。


ツカツカ、ツカツカ


 こちらに向かって歩いてくる上靴の音がする。

学校なんて、ヘビーメタルバンドのライブの次ぐらいには騒がしい場所なのに、この時、この音がなぜか耳に入ってきた。

ちなみにヘビーメタル好きの人たちはヘビーメタルをヘビメタと略して言われると怒るらしい。

理由は忘れたけど、むやみに怒られたくはないから僕はヘビーメタルと言う。

世の中、何でも略したがるの反対!

 そんなどうでもいい思考など関係なしに、僕の席がある教室の中央に、その音が近づいてくる。

 僕に特別なシックスセンスもなければ、未来から来たのび太甘やかしロボットのような特別な力もないのだが、なぜか誰が訪ねてきたのかの予想と結果が合致した。

 いや、それはちょっとした願望だったのかもしれない。

 視線をメロンアンパンから視線を来訪者の方に上げると、そこにはやはり深会先輩がいた。

 ジーっとこちら切れ長の目を薄っすら細めて見下ろし、無言で佇んでいる。

 その佇み方もまた様になっていて、黒いニーソックスとマッチした綺麗な長い脚がピンと伸びていて、まだ少し寒いのか胸元がゆったりとしたVネックの長袖のベージュのカーディガンを着て胸の前で腕組をしている。

 無言の深会先輩と周りのざわめきに耐えられず僕が会話の口火を切った。

「あの、深会先輩ですよね。何か僕に御用ですか?」

 たっぷり五秒ぐらいおいて

「……部室棟の三階の突き当たって、一番奥に映画部の部室があるわ。興味があるなら、来てみるといいわ」

 一瞬、僕と聞き耳を立てていた伊勢の時間が止まった。

周りで聞いていた伊万里さんたちギャラリーは「?」ってな感じだが、僕らからしたら今のセリフは大変処理に困るセリフだ。

 なぜなら、それは昨日きいたセリフだからだ。

 僕は恐縮しつつも

「……あの、深会先輩。それ昨日も聞いたんですけど」

 そのセリフにも、大した動揺も見せず

「いいえ、全然違うわ。部室棟の三階と言うことは伝えていたけど、三階のどの位置にあるのかは伝えてなかったから、もしかしたら来たくても来れないのではないかと思って、伝えに来たのよ」

「へっ?」

 ゴクリと「それだけ?」の言葉は、わざわざ来てくれた深会先輩に悪いので、何とか飲み込んだ。

「理解できなかったなら、もう一度行った方がいいかしら?」

「いっ、いや、いいです。いいです。わざわざありがとうございます」

 僕は慌てて手をぶんぶん振って誤魔化した。

「そう? 大丈夫? 部室棟の位置分かる?」

「はっ、はい! 大丈夫です」

 お姉ちゃんが、歳の離れた弟に言い聞かせてせるみたいな口調に思わず、ピシッと背筋が伸びる。

「中々、部室に来ないから迷っているのかと思ったわ」

 この人、実は天然なのか? 

まだ昨日の今日だし、まだ昼休みなので、そもそも行くタイミングなんてまだないし、まず大前提として僕が興味があったらって話だから、行くと確約したわけではないんだけどな。

「じゃあ、これで迷わず来れるわね。これで私の用は済んだから、これで失礼するわ」

「……別に迷ってないんだけどなー」

 深会先輩に聞こえないくらいの声で僕はぼやいた。

 深会先輩は、その場で綺麗にターンして、少し明るめ長い髪を揺らしながら教室を後にした。

 深会先輩の去った後の現状としては、教室の空気は完全に凍っていて、伊万里さんはにやにや笑っていて、伊勢が自分のクラスで深会先輩が傍若無人に振舞ったのが許せないのか、箸を片手で握りつぶしながら歯軋りしていた。因みに割り箸じゃなくてプラスチックのやつ。

 しばらくしたら教室の空気も元通りになり、当然僕は質問攻めにあったよ。 

へへっ、今日は友達がたくさん増えたぞ、母ちゃん喜ぶかなー。

みんな僕の事なんて名前も覚えてないのか、呼び方に「なぁ」と「君」が目立ったけどね!


 かくしてちょっと変わった出来事に脳の容量を占拠され、午後の授業がたいして頭に入らないまま放課後を迎えた。

 そして、ここからが問題である。

映画部の部室にお邪魔するのかしないのかが問題である。

 あそこまでされてしまうと正直行かなくてはならない空気だ。

僕が熟考していると、伊勢が近づいてきて若干力強く、

「今日も、部活の勧誘合戦見に行くんでしょ?」

 半ばそれしか選択肢を用意していない、という雰囲気すら感じられる。

 そんな伊勢のセリフから、僕は正門の勧誘合戦の図を思い出しながら、一つあることに気付いた。

 あっ、そもそも映画部も勧誘合戦の方にいて、今部室訪ねても誰もいないじゃん、ってことにである。

勧誘合戦は夕方の六時まで行うことが可能だから勧誘資材の撤去の時間まで考えれば最大で六時半くらいまで部室に誰もいないんじゃないのか? 

それとも深会先輩以外の部員が待機しているのか?

 とにかく、部室に行かないでいい理由ができてしまった。

大義名分を持ってしまうと、人間はどこまでも傲慢になってしまう。

今日は行かないでおこうという気持ちが、八割近く締めてしまった時、伊万里さんが横から肩を優しくトントンとたたいて弾んだ調子で声をかけてきた。

「笹箱君、あれ見てよ。あれ」

 振り向くと、伊万里さんは教室の後ろのドアを指差していた。

 そして、ドアを白くて細く長い綺麗な指でチョコンと掴んで顔を半分だして、こちらを見ている深会先輩がいた。

 ……なんでいるんですか。

 僕はドアの方に近づいていくと、

「……なんでいるんですか」

 心の声をそのまんま吐露した。相変わらず深会先輩は、シレっとした顔で、

「場所、ちゃんと分かるかしらと思って、様子を見ていたのよ」

 この人のことも少し分かってきたつもりだったが、まだ全然のようだ。

色々言いたいことがあるのだが、それを最近の「何々の成分、五百個分!」みたいな怪しいサプリメントぐらいギュッと凝縮して簡潔につっこむ。

「だから、大丈夫だって言ってるじゃないですか! あと、必ずしも今日行くとは言ってませんし‼ そもそも行くとも言ってませんし‼ って言うか正門に勧誘しに行かなくていいんですか⁉」

「笹箱君、リアクションが長いわ」

 大分短くしたつもりだったが、長いと深会先輩に言われてしまうとは心外だ。

つっこまれることが多い方が悪いのに。

僕はそんな抗議の意味をこめた視線を薄目にして精一杯向ける。

 すると、表情に変化が少ない深会先輩の顔が僅かに曇り、シュンって効果音が入りそうなほどになる。

「……ごめんなさい。笹箱君は才能がありそうだから、遂うちに来てほしくて焦ってしまったわ」

―この状況に罪悪感を覚えない者が全男子高校生のうち何割いようか。わかっている。

相手の方が非常識で、どちらに非があるかと言われれば向こうにある。

 でも! 男なら美人に、こんな顔をさせてはいけないと脳内で危険信号が出るのだ。

 ……あと、それ以上に周りの目が痛いです。

「今日は帰るわね」

 深会先輩が、帰ろうと踵を返したので僕は慌てて呼び止める。

「ちょっ、ちょっと待ってください! ちょうど見学させていただこうかと思ってたところだったんです。よければ迷ってしまうかもしれないので連れて行ってもらえませんか?」

 ピタッと深会先輩の足が止まる。

少し離れた所から伊勢が「ハーー⁉」と声を荒げる。すぐ近くでは伊万里さんが、「うん、うん」と満足げに頷く。

「そう、それはよかったわ」

 深会先輩は、こちらを見て視線でついてきてと促す。

慌てて、僕は深会先輩のあとについて行く。

遠くから伊勢の咆哮がいつまでも校内に響いていた。



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