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長すぎる大人の階段   作者: 痛瀬河 病
第一章 長すぎる大人の階段
10/15

変態の金言

 僕は今、伊勢に精神的傷をえぐられ傷心中であった。


だから、できるだけ人に会いたくないので、今日はもう部活をサボってしまおうと思っていたのだ。

 しかし、習慣とは悲しいもので、入学してから間もない僕の数少ない行動パターンの一つである放課後の栄華部直行が起動してしまい、少し昨日の読み掛けの漫画の続きが気になっていたことも手伝い、気付けば僕のポンコツな足は映画部の部室の前まで来ていた。

 だが、繰り返そう。

僕は今傷心中なのだ。

できるだけ人に会いたくないのだ。

部室の前まで来てしまい、昨日の続きの漫画を読むからには、最低でも深会先輩に会う事までは覚悟していた。

 …………だが、しかし、今部室の前にいる能天気(ふしん)三星(しゃさんに合うのは、想定の範囲外だった。

 エンカウントを回避しようにも、三星さんは部室の扉のまん前に立っているのだ、難易度はトリプルエスである。

 取り敢えず様子見をと思って、少し離れたところの物陰から見ていたが、どうやら部室のドアがセキュリティー強化されたことにより、中に入れなくて困っているようだ。

インターホンを押して中から、深会先輩に開けてもらえばいいと思うけど、なかなかそうしようとしない。

 非常に気が進まないが、こうしていても埒が明かないので、三星さんに声を掛けることにした。

三星さんの背後まで言って、肩を易しめに叩く。

「あの、ドアの隣についてるインターホンを押したら、中から開けてくれると思いますよ」

 すると、外見だけは綺麗な三星さんが、年上美女のように髪を少しなびかせながら、こちらを振り向くと

「私を叩くときは、もっと強くお願いします‼」

「何、言ってんだ、アンタ‼」

 案の定これですよ。

「あっ、なんだ敬馬くんじゃないッスか。知らない人かと思って遠慮しちゃったッス。敬馬くん、サンダーファイヤーパワーボム掛けてみてくれません?」

「そんな子供の考えたみたいな技の掛け方なんて、僕は知りませんし、三星さんは、人との親密度によって要求する技が変わってくるんですか?」

「そりゃあ、そうッスよ」

 そんな満面の笑みで言われても、困るんですけど。

初対面の時は四の字だったのに、ずいぶん距離感埋まってない? 

こんなに仲良くしたくない人初めてだよ。

ちなみに後日、調べたら本当にありましたサンダーファイヤーボム。動画を見たけど、普通の人が学校の廊下なんかでしようものなら、掛けた方も掛けられた方も死ぬんじゃないかと思う程激しかったです。

 三星さんのペースで話していたら、いつまでたっても本題に入れないので、僕は最初の問いに話題を戻した。

「で、とにかくインターホンを押せば入れてくれますよ」

 先ほどは無視されて話が変わってしまったが、今回は片手で頭の後ろを掻きながら照れくさそうに三星さんが反応した。

「いや、勿論最初に試したんッスよ。でも、深会先輩ってば全然反応してくれなくて」

「えっ? それは気になりますね。深会先輩いないのかな?」

「それは、ないはずッス。中から紙をめくる音や足を組み替える音、椅子を引く音にスカートが太ももに触れ合う音とがするッスから」

「最後のどうやって聞いたんだよ‼」

「興味があるならパンツが太ももの付け根と擦れあう音を、聞き分ける方法を伝授してあげてもいいッスよ」

 僕は、そんな戯言は後から詳しくご教授賜るとして、そもそも深会先輩が部室の壁は防音性のものだと言っていたから、中の音が聞こえること自体すごいのだが、三星さんは何気に優秀なので、嘘ではないかもしれない。

ただ、優秀さが犯罪者寄りだが

「おかしいですね。僕が押してみましょうか」

 即時実行、僕はインターホンを押して見る。

 ……ピーンポーーン

 若干、長押ししてみたが、反応がないかな? 

しばらくの空白をはさんで

「…………………はい、餃子の少将です。ご注文は?」

「…………………」

 どう考えても深会先輩の声なんですけどね。一応、事情を聴いてみようかな。

「どうしたんですか?」

「……外に呼んでもいない(へんたい)がいないかしら?」

「いますね。深会先輩が呼んだわけじゃないんですね」

「呼ぶわけないじゃない、あんなの」

 日頃から散々都合よく使っておいて、ひどい言い方だ。

しかも僕らの会話を聞いてて三星さん、悲しむどころかニコニコしてる。

「あの、僕、中に入りたいんですけど」

「ごめんなさい。外にゴキブリクラスの害獣がいて、中に入れたくないからドアを開けられないの。笹箱君が、駆除し終わったら呼んでちょうだい」

 …………本当に、ひどいな。

僕は後ろでニコニコの三星さんの方を向き直る。

 僕は駆除ではないが、なぜ呼ばれてもないのに三星さんがここにいるのか訪ねてみた。

「取り敢えず、呼ばれてもいないのに、なぜ三星さんは今日ここに来たんですか?」

 その質問に珍しく、若干寂しそうな表情で上目遣いもプラスして

「用がなくっちゃ、来ちゃダメなんスか?」

「三星さんは、俺の彼女か何かなんですか?」

 深会先輩的には、全力で来ちゃダメっぽいですけどね。

 後、普通に仕事中じゃないんですかね。

 僕の言葉に一丁前の女子みたいにうぶな反応を見せる。

 体をくねらせながら、ぼそぼそと喋りだす。

「えっ、敬馬くんさえよければ彼女になってもいいですよ。あっ、でも朝と夜のボディー暴力は忘れないでくださいよ」

「犬の散歩のようにバイオレンスを強要しないでください」

「精神的なのもありッスよ」

 前言撤回、女の子らしさなんて皆無ですた。

「要は、用もなく来たってことでいいんですね」

「そうですね。あんまりにも麻薬の元締めやってるヤクザの取り調べが、暇でしょうがなかったので、妹に任せて遊びに来ちゃいました」

「そこは、普通に他の同僚に任せたらいいんじゃないかなー‼ いや、普通にサボっちゃダメだけど」

 この人クビにして、妹さんを正規雇用したほうがいい。

妹さん、今頃怯えてなければいいけど。

一通り会話を済ませて疲れてきたので、そろそろ駆除するか。

「もう、今日は深会先輩、門前払いの姿勢なんで帰ったらどうですか?」

「いや、こうなったら死なば、もろともッス。ギリギリまで私がここに残ることで、敬馬君も部室に入れてもらえなくなればいいッス」

「三星さん、その快活な喋り方で、性格ゲスいんですね」

 ますます、良いとこなくなっちゃったよ。

 三星さんが、どこまで本気か知らないけれど、今日は抵抗する元気もないので、ここまで来ておいて少し尺だけど、大人しく帰ってしまおうかな。

ただ、このまま帰ってしまえば完全に階段の上り損なので、大人しくついでに大人に質問をして帰ろう。目の前にいる人を、大人と呼べるかは、わからないけど

「三星さん、つかぬことをお聞きしてもいいですか?」

「いいッスよ。スリーサイズッスか? スリーサイズッスね? 男子高校生が女の人に聞くことなんてスリーサイズしかないッスよね?」

「あんま男子高校生舐めんなよ」

 まぁ、否定はしないけどね。

思わず三星さんのスレンダーなボディーに目がいってしまう。

「そんな目線で言われても、説得力ないッス。ちなみに、私は即逮捕できる立場にあるッス」

 しまった。初めて三星さんをツッコミに回らせてしまった。

「そうじゃなくってですね。聞きたいのは何というか、夢て言うか、三星さんて昔から警察官になりたくて警察官になったんですか?」

 そう、聞きたかったのは、今、僕がぶち当たっている問題の延長線上にあること。

 子供の頃の自分が、大人になった時の自分にちゃんと繋がっているのかってことだ。

 三星さんは、特に悩んだ様子も見せず、かといって明確な答えを言うでもなく、僕の質問をフリートークの話題程度の感覚で、口先で転がす。

「夢? 夢ッスかー。そうッスねー、確かに子供のころから警察官になりたかったからかと言われればノーッスね。最終的にこの道を決めたのも、高三の進路決定に迫られたころぐらいだったと思いますしね」

 昨今、大抵の学生が結局高校ではやりたいことが見つからず、何かやりたいことを探して、モラトリアムの延長戦をしに大学へといった具合の中、それでも高校生の時点で道をそこまで絞れた三星さんは、珍しいほうなのかもしれない。

「でも、警察官って結構特殊な仕事ですよね。それも三星さん一応刑事ですし、高三の時期に何か決定的なことがあったとか?」

「いやー、別に大したきっかけなんてなかったッスね。強いて言うなら、深会先輩が『そろそろ、警察関係のコネを強化したいから、あんた警察官になったら?』って言ったのがきっかけッスかね」

「あんたの人生、本当にそれでいいのか⁉」

 もしかして、そんな感じで他の栄華部も振り分けられていくのか? 

だとしたら僕の将来が不安すぎる。

「別に、無理強いされたわけじゃないッスから問題ないッスよ。それに意外とやってみると面白いッスよ」

「そう思うなら、ちょいちょい妹に丸投げするのをやめてあげて下さい」

 そんなツッコミを軽やかにスルーして、胸元から携帯を取り出す。

どうやらバイブしているようなので誰かから着信があったようだ。二、三言話すとすぐに携帯を切る。

「妹が麻薬の入手経路を、すべて吐かせたみたいッス。ヤクザが最後に泣いて妹にカツ丼を奢ってくれるオマケ付きッス」

「はい、三星さんは明日から小学校に通いましょうね‼」

 真面目に、役職交代した方がよさそうだな。

妹さん、マジすごいな。

どうなってんだ、もしかして妹さんも三星さんみたいな変人だったらどうしよう。

「えっ、幼児プレイなんッスか⁉ お望みとあれば、今から妹の服、剥ぎ取ってきましょうか? あっ、ちなみに今のは来ましょうかと着ましょうかが、かかってるんス」

「あんた、妹に迷惑をかけることでしか存在できないのか⁉」

 ごめんなさい、妹さん。

妹さんが、変人なわけないよ。

ただの苦労人じゃないか、多分この三星(へんじん)さんに迷惑かけられている間に器用になっていったんだね。

そんなことも知らずに、脳天気に三星さんは、会話は続ける。

「ところで、敬馬くんは進路について何か悩んでるんスか? まだ一年生ッスよね? 随分早くから考えてるんッスね」

 ここに来て、散々ふざけ倒しておいて真面目な話に戻しやがった。

急な話題転換に僕の心の準備が間に合わなかった。何より今の現状を、話すべきかどうかが悩みどころかだしな。

「まぁ、そんなとこです」

 急に、僕の長ったらしい身の上話をされてもあれだろうし、別に三星さんを信用してないとかいうわけではないんだけれども、今回は事情を伏せておくことにした。

 三星さんは「ふむ」と口に出して顎に手を当てる。

「へぇ、偉いッスね。どこの団体に所属するんッスか?」

「なんでプロレス限定なんですか⁉」

 この人と三十秒以上、真面目な話をするのは無理のようだ。

「すいませんッス、どういう方向に進もうと考えているのかの間違えでした」

 三星さんは少し照れながらも、そう聞いてきた。

思った以上にまっとうな質問で、適当に話を合わせていたので、どう答えるか少し逡巡してしまう。

「そうですね。まだ、今考えてる段階なんで、何とも言えないですね。それこそ深会先輩の考えなんかも聞いてみたいし」

 心の中で少し動揺してしまったが、三星さんには伝わってないと思う。

 すると、三星さんからの反応がない。

どうしたのだろうと見てみると、珍しく何かを考え込んでいるようだった。

もしかしたら、僕の同様を見破られたのかと思い、慌てて呼びかけてみる。

「三星さん? どうしました?」

 三星さんは、いつもの元気な調子とは打って変わって、まるで深窓の令嬢が如く相手の耳に届くことなんて考えないように呟く。

「……………………………………………………素直じゃないんッスね」

 三星さんは、目を細めいつもの快活な笑いとは違い、微笑みかけるという表現がぴったりな笑みだった。

「………………………へっ?」

 今、なんて言ったんだ? うっすらと僕の耳まで届いたと思うが自信はない。でも、聞き逃してはいけないような言葉だった気がする。

「素直じゃないって言ったんス」

 そんな僕に親切にも、三星さんはもう一度繰り返してくれる。


『素直じゃない』


 そう言った。そう聞こえた。

 また僕は自分にしなくてはならないのか? 今日何回目だ? 自問自答。

 何に対して、素直じゃないのか? 

 諺に聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥。

 自慢できるほど、難しい諺でもないが、僕はこの諺は心理を突いているなと昔から思っている。

 今、目の前には僕に悩みの種を提示してきた人間がいて、今日僕は一日中自分に問いかけっぱなしだ。この人に何かを尋ねれば、今、抱えている問題が解決するのではないか。

安易な考えだが、恥をかいた程度で解決するかもしれないが、喜んで僕は、恥をかこう。

「………僕のどこが素直じゃないですか?」

 今日は、さんざん人に問われた。

だから、そろそろ人に問うてもいいかもしれない。 答えをくれるとは限らないけれど。

 三星さんは、人差し指を口の端に当てて、人差し指で口の端を少し釣り上げニコッとする。

「大抵、人に相談するときって答えが出てるもんッスよ」

 僕は、胸のあたりがドキッとした。

 これって、もしかして図星ってことか? 

 僕自身が、今の言葉を聞いて、的確に今の僕を表現されたと思ったってことか?

 そうかもしれない。そんなのかもしれない。

 でも、

「…………わからないんです。僕のことなのに、僕が何をしたいのか」

 そんな奴がいるのか? 自分で、自分のしたいことがわからないなんて滑稽だ。

 三星さんは、そっと僕に近づいて僕の頭を(かか)えるように()いてくれた。安い表現だけれど、暖かい。

「……………案外、人ってそう言うもんすよ。自分の中にある心は、一つとは限らないんッス」

 三星さんは、優しく、優しく話しかけてくれる。

「……………僕は、どうしたらいいんでしょう?」

 情けなくも僕は、三星さんにすがってしまう。

「詳しくは、私は聞いてないんで何とも言えないんスけど、敬馬くんは今なにか壁にぶつかってるんでしょう?」

「……はい」

 伊勢に、鈴原先生に、秋山に、彼らは僕が半年以上目を逸らしてきた壁があることを気付かせた。でも、その登り方は、誰ひとり教えてくれなかった。

 当たり前と言えば、当たり前、僕の人生なのだから、気付かせてくれただけ、僕は周りの人に恵まれている。

 でも、だからこそ、僕は登り方のわからない自分に歯がゆさを覚える。

そんな僕の心の長での葛藤が伝わったのか、三星さんは僕を抱く力が強くなる。

「困ったら遠慮せずに自分の中だけで解決しようとしないで、誰かに頼ればいいんスよ。私これでも結構後輩には甘い性質(たち)なんで」

「………………ありがとうございます」

 未だに答えは出ないが、なぜか少しすっきりした。三星さんは僕を抱くのをやめ、僕の両肩に手を置くと、いつもの快活な笑みでとどめの励ましをくれる。

「案外、悩んでるときはパーっと体動かすとスッキリするッスよ。今度キャッチボールとかどうッスか? 私、野球見るのもするのも好きなんッスよ」

 三星さんがピッチャーのような感じでボールを投げる真似をする。

 これはまた、意外な共通点もあったものである。

「奇遇ですね。僕も野球好きなんですよ」

 そう本当に好きなんだ。今も、怪我をしても、こうして引きずるぐらいには。

「本当ッスか⁉ いやー最近は同世代はサッカーの方にばっか流れちゃって、野球好きがあんまりいないんスよねー。じゃあ、今度プロ野球の試合もチケットとっとくッスから観に行きましょうよ」

「ぜひ」

 三星さんは、同士を見つけたことが嬉しいのか、少し興奮気味だ。

「そうと決まれば、さっさと問題を解決してしまうに限るッスね」

「いや、だからどうしたらいいかが、まだ」

 僕の自信なさげな言葉に、三星さんはプッと笑い、僕の肩を強めにバシッと叩く。

「言ったッスよ。頼ればいいって、今回は、私はあんまり役に立ちそうにないッスけど、頼りになる先輩が扉一枚挟んですぐそこに行っるッスよ」

 僕は思わず栄華部の頑丈そうな扉を見る。

「きっと、力になってくれるッスよ。亀の甲より年の功ッス」

 そう言って三星さんは僕に軽く手を振って、帰っていった。

 窓の外を見れば、もう陽がだいぶ落ちて、空はオレンジ色になっている。下校時間まで、後どれくらい話せるだろう。

 三星さんの最後のセリフ聞かれてたら、絶対殺されるだろうなと思いつつ、僕は栄華部のインターホンを鳴らす。



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