暗中模索
どうも初めまして病です。ペンネームは友達にアナグラムしてもらったやつ使ってます。
今まで本当に親しい人に10pぐらいの短編を読んでもらうぐらいで今回長編を書くのも投稿も初めてで緊張しています。
内容についてや誤字等の意見して頂けると幸いです。
拙いところだらけですが何卒宜しくお願い致しますm(__)m
おそらく彼女は笑っていた。
僕はそう記憶している。『おそらく』をつけたのは僕が今まで見てきたどの笑顔よりも美しかったので、本当にそれが笑顔と呼んでいいものなのか自信がなかっただけだ。歯が浮きそうなのは分かっている。
彼女の真っ直ぐな透き通った瞳が、僕を捉えて放さない。
ただですら、その綺麗な瞳に見つめられて動かないのに、次に彼女の桜色の小さく整った形の艶やかな唇から洩れた言葉が、僕の身動きを更に拘束する。
「私を大人にしてね」
思春期、反抗期、発情期、モテ期、様々な時期が交差することも珍しくないであろう高校一年の春。
取り敢えず彼女の唇と言葉に色っぽさを感じ、言葉の裏を邪推した僕が発情期なのは確定なのだろうが、なかなかどうして得てして中高生の思考など大抵が妄想である。
それが中高生男子なら、イチローもびっくりの十割といっても過言ではないかもしれない。この時も例外に洩れず、これから起こる高校生活のことなど都合のいい妄想ばかりしてる僕には微塵も想像出来なかった。
僕はこの笑顔に騙されたのかもしれない。
僕、笹箱敬馬はこの春からめでたく高校一年生になった。
なんて出だしから始まると、あまりにも有り触れ過ぎていて面白くないが、事実なのだからどうかお目溢しをお願いする。
更には今日から、部活動勧誘週間で部活巡りをするなんて言った日には、学園物の漫画を読めば、二冊に一冊くらいの頻度で見つかりそうな展開だから手がつけられない。
でもそんな有り触れた展開でも、いざやってみる側からすればワクワクするもので、僕は期待に胸が第二次成長期だった。
放課後になり、いよいよ部活動を見学する時間帯になると、教室の外から生徒たちの騒がしい声が聞こえてくる。
おそらく先輩たちが、一人でも多く新入生を獲得しようと、呼び込みの準備をしている音だと思う。
我が想出高校は、部活動の種類やそれぞれの実績も万遍なく優秀なことで知られている。
それ故に、部費の交渉材料の一つとして部員数はかなり重要となってくるので、毎年新入生獲得競争は熾烈を極めるのだという。
まぁ、全部、今この学校で二年生やってる、中学の先輩の受け売りなんだけどね。
何はともあれ僕も早く部活動を探しに行かないといけない。
この時期を逃して入部すると、既に人間関係ができてしまっている部活で疎外感を味わうことになる。
どこの世界も異物排除には積極的である。
部活を選ぶ際、参考になってくるのは中学で何の部活をやっていたかなのだが、僕の場合、中学ではスポーツ系の部活をやっていたが、高校までそれを続けるほどのめり込んでいたわけでもないので除外である。
となると他には、元から興味があったものや趣味を生かした部活だが、これも全く何もないというわけではないのだが、ここでそれ一つさっさと決めてしまう程、視野を狭くしてはまっているわけでもないのである。
つまり、完全に受け身の体制で部活の紹介や雰囲気で決めようと思っている。
しかし、これは一歩間違えば、結局決まらずに帰宅部コースになってもおかしくないので、早め早めに行動していく必要があるのだ。
僕は帰り支度を済ませ、鞄を持ったまま見て周るのも面倒だと思い、自分の机に鞄を置いて、いざ部活動見学へと教室の後ろの方の扉へ手を伸ばすと、聞き慣れた声に呼び止められた。
「ちょっと、ちょっとビックリ箱! 部活見学なら私も周るってば!」
声のする方を振り返ると、小さい頃から近所が近く小中高と同じになってしまった伊勢 甘が小柄な体躯を精一杯伸ばし仁王立ちでこちらを睨んでいた。
「そのビックリ箱っての止めろって言ってるだろ」
「何言ってんの、あんたの名前、反対から読めば驚箱って読めるじゃない。つまりビックリ箱でしょ?」
その口頭では微妙に伝わりにくいあだ名を言われ、もう幼い頃から何度やったかもわからない返しをする。
「敬と馬を一つにして驚くと読むな。あと笹はどこにいった?」
そう言われると彼女は大体、
「うん? 笹でできた箱なんじゃない?」
と適当に返す
「なんで、ディティールそんなに甘々なんだよ。名が体を表してるぞ」
とまぁ、こんな感じの間柄だと言えばわかってもらえるだろうか?
いや、大抵わかんないな。僕が説明される側の立場だとしても、「はっ? 何? 幼馴染自慢?」とか思うかもしれない。
確かに伊勢は、身長こそないものの、胸もそんなにないものの、頭もそんなによくないものの、意外とコミュ障なものの、嘘も平気でつくものの、力は強いのに運動神経はイマイチなものの、容姿にはそこそこ恵まれている。
……そろそろ、容姿ぐらいじゃ挽回できないんじゃない? ものの。
「……今、あんたすごく失礼なこと考えてない?」
何こいつ? 人の考え読めるの? よかったじゃん、長所もう一つ見つかって。
「そんな馬鹿な。ものの」
「ものの?」
しまった。つい口から思考が洩れた。純粋無垢な偽ることを知らない心を持った、僕の悪い癖だ。
「まっ、いっか。早く見に行くよ」
伊勢は、どうやら諦めてくれたらしく僕に先を促すかのように教室を出て、顎でクイッと勧誘合戦をやっている正門側を指す。……男前という長所を加えてもいいかもしれん。
一年生の教室は、我が校では一応屋上を除けば最上階である四階にあり、高校生の体力とは言え少し疲れる。
気を紛らわせる意味もあるが、伊勢に少し気になっていたことを聞いてみる。
「なぁ、伊勢、お前もう高校ではソフトしないのか? 中学まであんなに頑張ってたじゃん」
僕の素直な疑問に、伊勢は少しムッとした顔をして
「……それ、あんたに言われたくない」
伊勢にも何か思うところがあったのかもしれない。 明らかに何か言いたげな雰囲気だが、それを呑み込み、この話題をさっさと切り上げた。
「うちの高校のソフト部が弱そうだから、別のとこ見てから決めてもいいかなって思っただけ」
素っ気無いが、あながち完全に嘘という雰囲気でもなかったので、僕は自分でした質問の答えとしては納得して「ふーん」と適当に頷いた。
下足箱で靴を履きかえて、正門の方へ向かう。一歩校舎を出れば教室からでも大きな声だと思っていた音が騒音レベルに跳ね上がる。ジャイアンのコンサート張りである。少し歩けば周りがあっという間に部活動の先輩方で溢れていく。
「サッカー! サッカー! サッカーに興味ない⁉」
東から元気のいい運動部(汗臭い)の声がすれば
「料理、料理に興味ないですか?」
西から可愛らしい女子たち(あざとい猫なで声)が、プラカードを持って人を呼ぶ。
「漫研どう? 楽しいよ」
北から独特の雰囲気を持った方々(一段と汗臭い)が、独特な客引きをすれば
「私たちとボランティアで汗を流しませんかー」
南から少し真面目な青春してますって感じの部員たち(きらきら鬱陶しい)も、負けずに叫ぶ。
「すごいね」
そんな雰囲気に呑まれたのか伊勢が感嘆の声を上げる。
「あぁ、中学とは比べるまでもないが、多分、他の所の高校でもここまではすごくないだろうな。大きな大学とかにも匹敵するんじゃないか?」
かくいう僕も、少し呑まれているけど。
一歩、歩く度に色んな部活動の人に捕まっていく同志たち。
女子ならスカーフの色で学年はあっさりわかるが、一年生男子も勧誘に引っかかっているのはどういうことだろう? やっぱり先輩方には、制服の着こなしか何かで分かってしまうものなのか?
「君、一年生? よかったらうちの部の説明聞いてかない?」
油断したら、後ろから声をかけられた。
「えっ? いや、……僕はその」
僕は急に後ろから声をかけられたのもあって、少ししどろもどろしていると
「あっ、もしかして、二年生? ごめん、ごめん」
なんて言って、片手を挙げて、すまなそうな仕草をして次の生徒に声をかけに行った。
どうやら僕が少し言い淀んだのを間違えて二年生に声をかけてしまったと思ったようだ。
「なんだ。手当たり次第、声をかけてるだけじゃん」
僕の気持ちを代弁するように伊勢がボソッと呟く。
「そうだな。なんだか必死って感じだよな」
なんにせよモチベーションが高いことはいいことだ。
いくつかの気になった部活動の説明を聞いた後、他にも面白そうな部活はないかブラブラと伊勢と歩き回っていた。
「なんか他にも気になる部活あるー?」
伊勢ももう一つ二つ見て回りたいのか、僕に尋ねてくる。
「そうだなー、この学校、部活数も結構あるからな。何か見逃してるのがあるかも……」
と、そこまで言って僕の足が止まった。一つの部活勧誘に目を奪われたからだ。
正確に言えば、本当に部活勧誘をしているのか怪しいのだが。
なぜ、そう思うかというと、僕の目に留まったそれ(・・)は他の部活勧誘とはある意味異質だった。
長机にポツンとパイプ椅子に座った部員が一人、それも本を読んでいて呼びかけなどしているわけでもない。おまけに何の部活なのかも、どこにも書いていない。
両左右の部活勧誘は長机にデコレーションをしたり、旗を立てたり、部活のユニフォームを着て何人かで呼びかけをしたりしているから、余計に目立つ。
興味を惹かれた。それが僕の正直な感想だ。
異質のものと出会った時、人は何を思うだろうか?
関わらないでおく。
遠くから眺める。
排除する。
色々な対応があるだろうが、僕は積極的に関わってしまうタイプだ。
「なぁ、あそこの部活の説明聞いてみないか?」
僕は伊勢にそこを指差し同意を求めた。
「えー、なによアレ、ってか何部?」
当然そんなわけのわからないものに伊勢は怪訝そうな顔をする。
「いや、なんか気になるじゃん」
「えー、部員の人も無愛想そうだしやめとこうよー」
伊勢の当然の反応に、尚も食い下がる僕。
「説明聞くだけだからさー」
「えー」
どうしても気の乗らない伊勢。あんまりしつこいとラブホテルの前で食い下がってる男みたいなので、僕だけで行こうと思い。
「もう、わかったよ。僕だけで聞いてくるからさ」
なんて言うと伊勢は、それはそれで気に入らないようで、唇を少し尖らせ
「なによ。そんなに行きたいなら、ついて行ってやるわよ」
さてさて、かなり粘り色々と理由を付けたが正直に言おう。その本を読んでいる部員の方が超絶美人さんなのである。もろタイプです。男なんて何かと理由をつけて可愛い子や綺麗な子とお話がしたいものなのだ。
僕は小走りで、美人の部員さんのもとへ向う。少し緊張しつつも、こちらには新入生が部活の説明が受けたいという大義名分があるので、思ったよりスムーズに声をかけることができた。
「すいませーん。ここって何部の説明してるんですか?」
声に反応し、目線が読書中の本から僕の方に向く。
少しきつそうな印象も受けるが、大きくてパッチリとした透明度の高い水晶のような透き通った瞳が。
こちらに。
でも肝心のレスポンスがない。
「あのー」
僕は、困ったように少し頭を掻きつつ声をかけるのだが、『ジーー』って声出してるんじゃないかってほど僕を真っ直ぐ見つめるだけだ。思わず目を背けたくなるような視線。
あれ? 今、もしかして時間が止まってる? スカートめくるのアリ? そんな馬鹿のこと考えているところに割って入る声があった。
「ちょっと! 何部かって聞いてるんですけど」
声だけでなく、体も僕たちの間に割り込んできたのは伊勢だった。なんだ、あんまりにも見つめられるから二人だけの世界に迷い込んじゃったかと思ったよ。
伊勢の少々荒々しい声掛けにも落ち着いていたので、また反応がないのかと思っていたら今度はパタンと本を閉じて返事を返してきた。
「ここは、映画部よ。他に何か聞きたいことは?」
明らかに、機嫌が悪そうである。読書の邪魔をされたからかもしれない。僕はその顔を見ただけで、それだけで次に発する言葉が出なくなった。だが、無神経体育会系の伊勢はその程度では怯まない。
「へー映画部なんですかー。活動とか日頃何してるんですか?」
今日、唯一伊勢が役に立った瞬間かもしれない。
だけど怯まないのは、相手も同じようで素っ気なさと冷気が一・五倍した。
「日頃ゴロゴロよ」
春先とは思えない冷気が渦巻く。少しふざけたことを真顔で言うあたりが、攻撃色の高さを表していた。
これには無神経体育会系伊勢の神経にも触れてしまったようで、伊勢からも攻撃色がちらほら見え始める。やや伊勢の顔が引きつっているのが、良い証拠かもしれない。
「へっ、へーゴロゴロですか。映画部っぽい活動は何してるかって聞いたつもりだったんですけどわかりませんでした?」
お互いの額に怒りマークついているように見えた。
「ゴロゴロと言ったらゴロゴロよ。あなたはゴロゴロの中にある言葉の真意も読み取れないの?」
「読み取れるかー! ってか、質問を質問で返すなって親に習わなかったんですか?」
俺はもう帰りたくてしょうがないのだが、このまま帰ったらどちらかがどちらかを仕留めるまで終わりそうになくて、ハラハラして動けなくなっていた。
「それも質問に質問よ。……あと親のことを初対面の人に聞くものではないわ。亡くなってたり、複雑な家庭環境の方も少なくないでしょう。はぁ、これだから脳筋は」
ちょっと影のある表情をする映画部の彼女。これには伊勢も何か感じ取ったのか、あからさまに勢いが落ちる。
「えっ、そのごめんなさい。ちょっと無神経でした」
シュンっとなる伊勢。
「ちなみに私の両親は毎年結婚記念日に夫婦で旅行に出かける程度の関係よ」
「めちゃくちゃ仲睦まじいじゃない!」
声を荒げる伊勢。そろそろ我を忘れかけてフーフー言いながら肩で息をしているのでドクターストップが必要かもしれない。
僕は伊勢の代わりに映画部の彼女に質問する。
「あのー、すいません。あなたの他に部員とかいないんですか? と言うかあなたが部長さんですか?」
その質問にも相変わらず彼女は冷たい。
「何言ってるの? 一人で部活が成り立つわけがないじゃない」
「そっ、そうですよねー。すいません」
僕は軽く頭を下げる。
「あと、私が部長だけど、どうしてそう思ったの?」
小首を傾げて不思議そうな顔をして、こちらの顔を覗き込むので少し戸惑ってしまう。
なんでと言われても雰囲気というか、一人しかいなかったから消去法と言うしか言いようがないのだが、うまく説明できる気がしなかったので適当にお茶を濁してみた。
「いやー、先輩がなんだかとっても大人びて見えたと言うか、他の先輩方ともオーラが違うなーと思って」
少し映画部の先輩さんはキョトンとした顔をして、コホンと咳をして顔を整えて
「そう。あと私の名前は深会都。三年生よ。あなたの名前は?」
褒めたからだろうか? 多少友好的になったように感じたのは僕だけだろうか? でもだとしたら、意外と可愛い人かもしれない。
「僕は笹箱敬馬って言います」
「そう笹箱君ね」
それを聞いて多少落ち着いてきた伊勢も自己紹介しようとする。
「あっ私は伊勢あま―」
「別にあなたには聞いてないわ、女」
「ちょっと! なら変なところだけ切り取って呼ばないでよ。ってか、女にアマってフリガナ振って呼ばなかった⁉」
こういう時の伊勢の野生の感は鋭いので、おそらく当たっている気がする。深会先輩は伊勢には相変わらず冷たいようだ。折角クールダウンしてきたところだったのに、また油を注がれてしまった。もうほとんど敬語で話せてないし。
「まぁ、もうそろそろここも片付けないといけない時間だから、興味があったら部室棟の三階に映画部の部室があるから来てみるといいと思うわ」
深会先輩は立ち上がってパイプ椅子を畳んで片付けを始める。周りをよく見ると他の部の人たちも片付けを始めていた。
ちなみに部室棟とは、僕らのいつも授業をしている校舎を本校舎と呼び、そこから少し離れたところにある多くの部活の部室がある校舎を部室棟と呼ぶ。
グラウンドからも近く運動部系も文化系もごっちゃになり、大抵の部活の部室はそこにあるらしい。
「一人で大丈夫ですか?」
「大丈夫よ。これぐらい一人で持てるわ」
そうはいっても、流石に女の人に一人で長机は重いだろうと手を伸ばすと
「ここは、それぞれの部活の部員たちが片付けるべきよ」
それを、右手で制する深会先輩。その右手を口元に持っていくと顔の表情自体はあまり変わっていないのだが、それでもどこか悪戯っぽく
「それとも今から入部する?」
その顔はとても魅力的だった。今のは自分のことは自分でやりたいタイプかもしれない深会先輩なりのお茶目なのだろうけど、こんな顔もするんだなーと少し呆けてしまった。
「ほら、いいって言ってんだから、行くよ!」
伊勢が、僕の服を引っ張って帰ろうとする。
「あら、あなたは手伝っていってもいいのよアマ」
「なんでよ‼」
最後まで、しこりを残す形になった二人だった。それにしてもさっき深会先輩の僕に対する態度が変わったのはどうしてだろう? それとも割とああいう性格で伊勢にだけ冷たかったのかもしれない。
……うん、そっちの方が可能性がありそう。