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Lord to Gloria  作者: 頭 垂
第一章 すべての始まり
16/49

それぞれの戦い

「面倒臭い」

「そう言わないでよ、お姉ちゃん……」


街の北端にある門の前に立っているのは二人の子供。

ギルド《セレーノ》の異能者の双子だ。

姉であるセキルは大きなため息をついている。

そのやる気のない姉を宥める弟のヘキルはおどおどとしている。


「グローリアさんの作戦なんだから。ちゃんとやらなきゃだめだよ」

「わかってる。わかっている。理性を超えて面倒臭い」

「そんなこと言って、脇を抜かれちゃったら、怒られちゃうんだよ? お姉ちゃんはグローリアさんから怒られてもいいの」

「嫌」

「なら、頑張ろうよ」

「しょうがない」


二人が立っているのは戦場の中でも最前線と言ってもいいような場所。

だと言うのに、二人は特に気にした様子もなく、平時と変わらないような下らない会話をしている。

その姿に緊張感は見受けられない。


「グルルル…………!」


双子の前には百近い犬型の魔獣の姿がある。

魔獣たちの目の前にいるのは、何の戦闘能力もなさそうな小さな子供。

魔獣たちと比すると弱く、脆いような存在でしかない。

その牙で噛み付き、爪を軽く一振りするだけで、双子は地に無残で無様な骸を晒すことになるだろう。

……だと言うのに、魔獣たちは攻めあぐねていた。

野生に身を置く動物と言うのは、人間などよりもずっと本能や勘が鋭いと言われている。

そんな動物などよりも、常に野生の中で生きているだけでなく、それにプラスして魔化したことによって手に入れた魔獣は勘や肉体能力、本能が鋭い。

そんな魔獣たちの本能が脳に危険信号を送ってきているのだ。

あの子供は、見た目通りの子供ではない。

これだけの数がいても、自分たちが魔獣だと言っても、勝てる相手ではない、と。

警戒心をあらわにし、行動することができていない魔獣たちを他所に、セキルとヘキルは変わらずに会話を続けている。


「かかってこない」

「何でだろうね? 理由はよくわからないや」

「関係ない」

「そうだね。関係ない」


二人の手先に少し変化が生じた。

セキルは右腕から、ヘキルは左腕から。

前腕の中ほどから、手の先にかけて、半透明の刃のようなものができている。

透ける刃には色がついていて、セキルは紅、ヘキルは蒼だった。

手の延長線上まで伸びているそれは末端から末端までは三十センチほど。

前腕の辺りは幅が広い刃は、先に行くにつれて細くなっていき、先端で両方の線が交わっている、二等辺三角形のような形をした刃だ。

刃の厚みはなく、驚くほどに薄い。刃を正面から見てしまうと、あるのかどうかも分からなくなってしまうほどだ。


「僕たちに与えられた命令は敵の殲滅。かかってこなくても、殲滅はする。それが……僕たちの『主』からの命令だからね」

「行く」

「うん。行こう。一匹残らず、殲滅しよう」


そこで話を打ち切って、二人は魔獣の群れの中心に向かって駆けだす。

最前線にいる魔獣たちは、自分が勝てないと言うことを認識していた。

だが、魔獣としての本能と普通の生物としての生存本能が混ざりあった結果、口から広域に向けて炎を吐いた。

五匹から放たれた炎は、広域に散るように吐かれたとはいえ、五匹の分が集まれば、それなりの火力になる。

それはさながら、炎でできた絨毯の様だった。


「ヘキル」

「わかった」


セキルは少し勢いを弱め、ヘキルはその逆に少し勢いを強める。

姉の横を抜けたヘキルが左手の蒼の刃を縦に振るう。

それだけだと言うのに、重なった炎の絨毯は断ち切られ、中央に道ができる。

魔獣の思考が驚愕に染まるよりも早くに二人は魔獣の群れに突っ込む。

最前線にいた炎を吐いた魔獣は一瞬と持たずにただの肉塊となる。

周囲の魔獣たちは一気呵成に数で押しつぶすために、一斉に二人に向かって突撃を敢行する。

すべてが一瞬で斬り伏せられた。

二人の振るう半透明の刃は魔獣たちにあたっても、一瞬の抵抗すら感じさせずにすり抜けていく。

刃にかみつこうとした魔獣がいたが、牙は空を切る。

その魔獣も一瞬後にはただの肉となった。

二人は交互に両者の背を庇うようにして舞い続ける。

合図のための言葉どころか、目配せも、仕草の一つも共有することはない。

だというのに、二人は相手の位置を完璧に把握して適切にカバーしている。


「つまらない」

「そうだね」


二人は服を血で汚すことを嫌って、本気を出せていないようだ。

それでも、魔獣の中に二人を傷つけられるようなものは一匹たりともいなかった。





場所は西門。

ウルヴァーンは肩を回したり、関節を鳴らしたりすることによって、体の調子を確認していた。

と言っても、さっきグローリアと模擬戦をする前に嫌というほどコンディションの確認はしたし、戦闘前と言うことで、気分も高揚している。

要するに、ベストコンディションだった。


「……にしても、守りきれんのかね? これ」


ウルヴァーンは東門の扉を閉めて、その扉の目の前に立っている。

扉を閉めているのは、背水の陣のためとか、背後を奇襲されたくないからだ。

だが、それだけが理由でもない。

もう一つの理由は、純粋に敵を一匹も背後に通さないようにするためにはウルヴァーンは力不足だからだった。

ウルヴァーンの『才能』は多対一を想定したものではない。

一対一であれば、自分よりも大きな、強い相手とも防戦一方になるだろうが何とかなる。

しかし、多対一となると、『才能』の関与しないただの技量の問題になる。

そうなってしまうと、ウルヴァーンに一匹も通さない自信はなかった。

だからこそ、この扉を破壊しようとしている魔獣を対処療法的に一匹ずつ叩き潰そうとしているのだ。

これがウルヴァーンにできる一番被害を減らすための作戦だった。


「……おいでなすったか」


立ち上る砂煙を確認する。

砂煙は徐々にこちらに近づいてきていて、近づいてくるにつれて、軽い振動と足音も聞こえてきた。

敵がきた。

それを認識したウルヴァーンは戦闘態勢を取る。

と言っても、姿勢には大した変化はない。普通に棒立ちだ。

変化があったのは、姿勢ではなく、ウルヴァーンの姿。

何時の間にやら、ウルヴァーンの肘から先と膝から先が水色の鱗で覆われている。

その鱗が陽光を反射して硬質な輝きを放っている。


「さて、いい天気だってのに面倒なことしやがって、クソどもが」


もう、すぐそこまで迫ってきている魔獣たちに向けてウルヴァーンは悪態をつく。

首を軽く回すと、ゴキリと音が鳴る。


「我が『主』からの命令だ。一匹残らず殺す」


そう言ったウルヴァーンの顔には、感情の色が欠片も残っていなかった。

一番前をかけてきた魔獣がウルヴァーンに噛み付こうと跳びかかってくる。


「舐めるな。駄犬が!」


その魔獣の鼻っ柱に真正面から拳を叩き込む。

拳を叩き込まれた魔獣の鼻はへし折れ、頭蓋骨はひしゃげる。そして、背後に吹っ飛んでいき、背後の魔獣たちを巻き込んでいく。

両側からウルヴァーンの頭めがけて跳びかかってくる魔獣に腕を差し出す。

その間に、正面からきた魔獣に踵落としを食らわせ、脳漿を弾け飛ばせる。


「キャイン!」


ウルヴァーンの腕にかみついた魔獣は本物の犬のように悲鳴を上げる。

腕にかみついたら牙がへし折れたのだ。

離れようとした両側の魔獣の頭を掴み、正面でかち合わせる。

頭がつぶれ、魔獣は悲鳴を上げることすらもできずに地に沈んだ。


「さっさと次来いや! まとめて殺してやる! 俺の時間を無駄にすんじゃねぇ!」





東門の前では、東門の前に座り込んだリテラエが面白くもなさそうに空を眺めながら鍵束を弄んでいた。


「実に面白くない」


人差し指でくるくると回したかと思うと、それを宙に放って落下してきたのをキャッチしたりと、一言でいうと実に暇そうにしていた。

北門と西門では熾烈な戦いが繰り広げられていたというのに、東門は平和なものである。

その平和の理由はリテラエの目の前にあった。


「…………」


地面に倒れ伏している魔獣たち。

目立った外傷は一つもなく、周囲には争った形跡すら一つもない。

だと言うのに、リテラエの前には百匹を超える魔獣が倒れている。

これらがすべて死んでいるというのなら、別段驚きもないだろう。

だが、この魔獣たちは一匹たりとも死んではいない。皆、等しく身動ぎ一つできないように拘束されているだけである。

それでも疑問が残る。

魔獣たちには拘束具なんてつけられていない。

だと言うのに、拘束されているというのだから、今の状況がどれほど異常なものなのかよくわかるだろう。


「にしても……こんなに一気に鍵かけたのいつ以来だ? 最近はこれ使うこともめっきり減ってきたしな」


立ち上がって、尻から土を払いながら呟く。


「ペットが欲しいって言ってたから拘束したが……面倒だな」


本当に面倒くさそうに魔獣たちを見ながら呟く。

この程度の雑魚ならば、何百匹きたところで対した手間も労力も掛けずに拘束することが可能だ。維持するのも簡単だ。

だが、あまり離れてしまうと、拘束が緩んでしまうのが欠点でもあった。

少数であれば、時間的距離的制限は全くないのだが、百を超える数の拘束となると、そう言うわけにもいかない。

だから、拘束が住んでもリテラエはこうして暇しているのだ。


「……半分ぐらいは要らないか」


そういいつつ、リテラエは鍵束からいくつか鍵を外す。

尋常じゃない量の鍵が鍵束にかかっているのだが、その中から適当にという訳ではなく、しっかりと選んで取っているということがわかる手つきだ。

大体、鍵束から半分ぐらいの鍵を外す。

すると、グローリアはおもむろにその鍵を二つかち合わせて、鍵を歪めはじめた。

魔獣たちを拘束している媒体がこの鍵だ。

その鍵を破壊してしまうか、歪めて使えないようにしてしまえば、魔獣たちの拘束が外れる心配はしなくてもいい。

リテラエ本人は無尽蔵で鍵を作り出せるが、他人が鍵をつくることは叶わないし、鍵以外に拘束を外すすべもない。

鍵を以て、物体や精神などのあらゆるものを拘束する。

それがリテラエの異能『鍵生成キー・サクセサー』の効果の全てだ。

鍵束から取り出した鍵をすべて使えない状態にして、魔獣を完全に行動不能にした後にリテラエは立ち上がる。


「……うん。このぐらいなら離れて問題ないか。なら……広場にでも行って住人を護りますか。プリスだけだと心配だしね」


リテラエの中に、敵の主戦力と戦っているであろうグローリアを心配するような感情はなかった。

その程度で死ぬような奴を団長と仰いできた覚えはない。

それに……


「ロアが死ぬところなんざ想像つかん」


これがリテラエの本音だった。


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