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Lord to Gloria  作者: 頭 垂
第一章 すべての始まり
12/49

やりすぎの訓練

グローリアたちが来たのは、ギルドホールから直結している居住空間の中でも、トップクラスの広さを誇る場所だ。

屋外で、グローリアたちの周囲には四方にわたってリング代わりの壁が囲んでいる。

足元の土は均されていて、戦闘するにも足場はあまり気にしなくていいだろう。

ここは居住空間の中庭だ。天気がいいときなどは、子供たちがここで日向ぼっこをしていたりもする。

ここは広く、尚且つ屋外であるために、戦闘の訓練をするにはもってこいだ。

グローリアが屋内で戦闘をすると、それはそれは酷いことになる。

過去に一度やったことがあるが、その時のリテラエの怒りとやるせなさがないまぜになったような顔は面白く、グローリアの脳に強く印象付けられている。

それにこの壁を傷つけないように等の縛りがつけやすい場所でもあるので、グローリアは模擬戦のときはここを好んで選んでいた。

そこにグローリアとウルヴァーンが相対していた。

目測で距離は十メートルほど。模擬戦が始まれば、一瞬で詰められる程度の距離。

まだ開始の合図が鳴っていないからか、二人とも適度に弛緩した空気を纏っている。

グローリアの服装はさっきから変わらず、黒のシャツに長めのチノパン。

ウルヴァーンの方は、服装こそ変わっていなかったが、さっきまでは掃いていた靴を脱ぎ払っていた。


「それで、テメェはどのぐらい手加減すればいいんだ?」


相手によってはただの無礼な発言にしか聞こえないものだが、グローリアとの実力差をよく理解しているウルヴァーンは悔しさなど欠片も感じなかった。

だが、いつまでも手加減がいると思われているのは少しだけ癪だ。

だから、少しだけ調子に乗ってみようとウルヴァーンは思った。


「今日手加減要らないって俺が言ったら……団長はどうする?」

「ふむ……」


ウルヴァーンの言葉に少しだけグローリアは思考する。

大して時間も掛けずに結論を出したグローリアは何気なく考えた末の結論を口にする。


「自殺願望があったのかと、思うところだ」

「……その言葉の意味は?」

「お前が実力差について理解していないはずもない。だと言うのに、ハンデは要らないと言う。それは体のいい自殺と何の違いがあるのだ? テメェに教えてくれ」


本当に、グローリアはただ思っていることを口にしているのだろう。嫌味を言っているような雰囲気は欠片ほども感じない。

ウルヴァーンは少しだけ悔しさを噛みしめる。

これでもウルヴァーンの持つ『才能』は《セレーノ》の中でも戦闘――それも、防御系統に特化したものだ。その『才能』をうまく使う訓練も独自にしているし、『才能』に甘えることもしていないつもりだ。

ある意味、『才能』を武器の一つと考えているので、『才能』がなくとも問題なく戦闘できるような訓練は行っている。

それでも、グローリアにとってウルヴァーンは、本気で戦ってしまったら容易く殺せてしまうほどの実力しか持っていないように見えるのだ。

その事実を改めて認識したウルヴァーンだが、いつか勝てるようになればいいやと自分を慰める。

そんな圧倒的な強者に模擬戦をしてもらえるのだ。

感謝しなければ。

頬をパンパンと叩くことで、ネガティブな感情を追い払う。


「……そうだな。実力差については俺自身が一番把握できている。ハンデはいつも通りが良い」

「となると……『硬化している部位以外に対する攻撃禁止』。『殺すの禁止』。『武器の生成禁止』。……こんなところか?」


グローリアが確認のためにウルヴァーンに視線をおくると、頷いている。

どうやら、この内容で問題ないらしい。

二番目はともかく、一つ目と三つ目は随分とグローリアの実力を縛り付けることとなる。

それでも、良い勝負になったことはこれまでに数えるほどもない。

今日ぐらいは良い勝負になると嬉しい。

そう考えながら、グローリアは壁まで移動し、壁際に立てかけておいたある大量の闘剣の中から、一本の直剣を手に取る。

刃渡り七十センチ、柄三十センチほどのどこにでもあるような直剣だ。一般的に流通しているものとの違いは、訓練用に刃を潰してあるところぐらい。行ってしまえば、何の変哲もない面白味のない剣だ。

それを肩に当てながら、グローリアは元の位置まで戻ってくる。

そして、さっきから空気のように一言も発してこなかったヘキルに声をかける。


「ヘキル。スターターは頼んだ」

「わ、解りました」

「それと……テメェがやりすぎそうになったら、止めろ」

「えぇっ!? む、無理です! 僕程度の実力ではお二方の模擬戦に割って入ることなんてできませんよ!」

「テメェがウルヴァーンを殺しそうになったらでいいんだよ。それに、そうなったらお前の異能の発動条件満たせんだろ」

「そう、ですけど……」

「俺のこと殺す気できて良い。わかったか?」

「……わかりました。でも! グローリアさんが気を付けてくれれば僕がそんなことしなくてもよくなるんですからね! 気を付けてくださいね!」

「善処はするよ」

「本当ですよ……?」


疑り深げな視線を向けてくるヘキルにてきとうに手を振ることで合図を促す。

もうグローリアがヘキルと話している間に、ウルヴァーンのほうは戦闘準備が済んでいるようで、重苦しい殺気をグローリアに向けてはなっている。

六十点。

その殺気をてきとうに評価しながら、剣を直手に持つ。

両者とも戦闘準備が終わったと確認したヘキルは、ポケットから硬貨を取り出す。

西大陸で流通しているごく一般的なものだ。

それを親指で器用に宙に弾く。

くるくると無軌道に回転しながら、硬貨は宙を舞い、驚くほどに短い滞空時間ののちに地面にぶつかり、甲高い音を上げる。

その音が模擬戦開始の合図だった。

硬貨が地面にぶつかった音の余韻がまだ耳に残っている間にウルヴァーンがグローリアの下に突っ込んでくる。

文字通りの目にもとまらぬ速さ。

その速度のままに、グローリアの目の前で思い切り地面に足を叩き付け、硬く握った右拳をグローリアの顔面めがけて突きこんでくる。

気が付けば、そのウルヴァーンの拳は両方肘から先が水色の鱗に包まれている。

両膝から先もまた同様。

グローリアはその拳を軽く首を横にずらすことで特に苦もなく回避する。

だが、ウルヴァーンの追撃も早い。

普通、拳を突きこんで外したのなら、体が流れてしまうものだが、ウルヴァーンは衝撃だけを相手の体に残すために拳を伸ばしきる前に、引き寄せていた。

そんなウルヴァーンが次に選択したのは頭を勢いよく背後に下げること。

頭を背後に下げ、それと共に脚は勢いよく地面を蹴りつける。

そうすることによって、ウルヴァーンのつま先が一直線にグローリアの顎に向かう。バク宙と原理は大して変わらない。

その跳ねあがってきた脚を一歩背後に後退することによって避ける。

グローリアの眼前には攻撃に使用された無防備な脚。

その無防備な脚をグローリアはつかもうとするが、そうやすやすと掴ませるほどにウルヴァーンは馬鹿でも場慣れしていないわけでもない。

バク宙のような形になり、まだ勢いが後ろ方向にのっていたので、その勢いを殺さずにバク宙に移行する。華麗に足から着地すると、一度、グローリアから距離を取り、一息つく。

ウルヴァーンの動きを見たグローリアは少しだけだが感心していた。

ウルヴァーンは確かに『才能』も戦闘寄りで、実力もある。だが、実戦経験の少なさからか、とっさの対応を行うときに一瞬動きにラグが生じてしまう。そんな癖があった。

それが少し見ぬ間に改善されている。

一昔前のウルヴァーンだったら、脚を掴み、その脚を振り回して地面に叩き付けるところまでできたはずだ。

それと比べれば今のウルヴァーンはだいぶましである。

せめて、一発ぐらい避けられない攻撃が欲しかったが……それは望みすぎなのだろう。

それどころか、まだ一度も剣を振るっていない。

ウルヴァーンのほうを見ると、息を整えるためかこちらの方を窺っているだけだ。

その選択は非常に危うい。

実力が自分よりも勝っている相手に攻撃のチャンスを与えるなど愚の骨頂だ。

それを……教えてやらねばな。


「……行くぞ」


小さくそうつぶやき、グローリアはウルヴァーンに向かって駆ける。

それを見たウルヴァーンが驚いたような表情をしている。

それもそうだ。ウルヴァーンとは幾度となく模擬戦をしているが、グローリアから動いたのはこれが初めてのことだ。

本気を出せと、冗談でも言ったウルヴァーンに対するグローリアからの餞だ。

グローリアは何も考えずに、真正面からウルヴァーンに向かう。フェイントの一つも入れない愚直な直進だ。

さっきのウルヴァーンのように足を止めて、拳にのみ勢いを乗せるなんてことをグローリアはしない。思い切り剣を振り上げ、ただ大上段から振り下ろす。軽くジャンプすることによって、全体重も勢いと共に刃に乗せる。

この攻撃は最初に立てたルールから違反している。

そう考えるウルヴァーンだが、その剣の勢いだけは本物で、グローリアが何の容赦もなく剣を振り下ろそうとしていることがよくわかる。

目を見て真意を見ようとしたウルヴァーンは、グローリアの目を見て戦慄する。

グローリアの目には欠片ほどの感情も宿っていなかった。

それで悟った。その目を見て、たった一つの事を悟ることが出来た。

これは本気でガードしないと、刃がついている、いないに関係なく自分は死ぬ。


「ちっ!」


両腕を重ね合わせて盾代わりにする。それと同時にグローリアの振るった剣がきた。

ズガン!

そんな音と共に尋常じゃないほどの衝撃がウルヴァーンの両腕に伝わる。

衝撃を殺そうにも、上から振り下ろされてはどうしようもない。全身の筋肉の力を振り絞って、上からかかる圧力に抗う。

乾いた音と共に腕にかかる圧力がなくなる。

先に衝撃に耐えられなくなったのは、ウルヴァーンではなく、グローリアの持っている剣の方だった。

ウルヴァーンの腕に当たっていた辺りからへし折れている。

安心と共に、一瞬だけ気が緩む。

それがウルヴァーンの最大にして最悪の失敗だ。

誰も模擬戦が終了とは言っていない。

それに、グローリアの戦意も使っていた剣が折れた程度ではなくなったりしない。

その一瞬の間に、眼前に迫っていたのは横薙ぎに振るわれた剣。折れていて短い分、先端にかかる遠心力が少ないと言っても、当たれば肋骨が何本か折れるであろうことは簡単に予想がついた。

反射的に体の前で両腕を交差させる。

辛うじて間に合ったのは、ウルヴァーンの反射神経がよかったからなのだろうか。

それとも、単純に運が良かっただけなのだろうか。

何はともあれグローリアの件を防ぐことには成功した。だが、それだけだ。

咄嗟のことすぎて、脚で踏ん張ることができずに、ウルヴァーンの体は勢いよく吹っ飛ばされる。

この吹き飛ばされる勢いを見るに、踏ん張るために指を地面に突き立てていたりなんてしたら、指がもげていただろう。踏ん張らなくて正解だったのかもしれない。

ウルヴァーンは吹き飛ばされつつも、何とか体勢を立て、足で制動を掛ける。

すごい勢いで地面を削っていくが、すぐには勢いが止まらない。二十メートルほど地面を削りながら進み、やっと止まった。


「……折れちまったか。またリテラエに小言を言われそうだ」


特に気にした様子もなく、ボロボロになっている剣を見ながら言う。

ウルヴァーンがまだ立てないのをいいことに、戦闘中だと言うのにウルヴァーンに背中を向け、壁際に大量に用意されている武器の下に向かう。

その中から、迷いもせずに武骨なクレッセントアックスを手に取る。

全長百二十センチほど。クレッセントアックス特有の三日月刃は陽光を反射して、狂気的な光を放っている。

もちろん刃はひいているが、この重みだったら、人間など容易く圧殺できる。

グローリアが元の位置に戻っても、ウルヴァーンは膝をついて肩で息をしている。

その両腕両脚についている鱗は、傷一つどころか、くすみひとつない。

頑丈だな。そうグローリアは一人ごちる。


「……おい」


息を整えたウルヴァーンは立ち上がると、グローリアのことを睨みつけながら低い声を出す。


「何だ?」

「さっきのは、最初に設けたルール違反じゃないのか?」

「ルール違反?」


言葉の意味が全く理解できないというような表情をグローリアは作る。

さっきの攻撃は明らかに、グローリアが最初に設けたハンデのうち、二つに抵触している。

『硬化している部位以外に対する攻撃禁止』。『殺すの禁止』。

この二つに明らかに抵触しているはずだ。

ウルヴァーンは頭部に鱗を生やすことができないし、あの威力は即死だっただろう。

だというのに、グローリアは全く理解できないと言う表情だ。

そのことがウルヴァーンの神経を酷く逆なでしていた。


「何ゆえに?」

「それは……」


さっき考えたことをウルヴァーンが口に出す前に、グローリアが口を挟む。


「お前はあんな解りやすく、単純な攻撃をそのまま喰らうような馬鹿なのか? 違うだろう? あんなのは防げて当然だ」

「当然って……一歩間違えたら、俺は死んでたんだぞ?」

「テメェに、冗談でもハンデを要らないというような奴が、そんなに弱いはずがない。そうお前を信用した結果だが?」

「…………」


癪に障るが、グローリアの言っていることはもっともだ。

あんな見え見えの攻撃は確かに防げて当然だ。


「それに……お前が瀕死の重傷を負ったところで、仮に死んだところでイツマが直す。何の問題もない」

「問題しかねぇよ!」


グローリアの言葉に、思わずウルヴァーンは怒声を上げる。

脳裏に一瞬よぎった子供の笑顔を振り払うために、頭を思いっきり横に振る。あの実験動物を見るようなニヤニヤとした笑いは背筋に怖気が走る。

イツマの異能であれば、確かに傷ぐらいならすぐに直すことが可能だろう。

その代わりに、薬物か痛みに対する耐性実験……いや、薬物と痛みに対する耐性実験の実験台にされることは確実だ。

ぶっちゃけた話。ウルヴァーンはイツマに治療されるぐらいなら、自然治癒を選ぶ。

即死ならば、そのまま死ぬことを選ぶ。

そのぐらいには、イツマに頼りたくない。


「さて、話は済んだろ? 続けるのか?」


ウルヴァーンの膝はさっきの二撃のせいで笑ってしまっている。

この状態で、さっきのような一撃が来たら、間違いなく防ぐことはできない。

その結果、死んでイツマの人体実験の実験モルモットにされる。

そんなのは御免だ。


「……無理だ。これ以上やったら死ぬ」

「ふむ……そうか。良いだろう」


ウルヴァーンは後背に倒れこむ。

空は突き抜けるほどに青く、鮮烈なほどに高かった。

全身がしびれて立ち上がることもできない。さっき立ち上がったのは、ただの意地でしかない。

数分はこのまま、空を眺めていたかった。


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