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Lord to Gloria  作者: 頭 垂
第一章 すべての始まり
11/49

寧ろ、不幸と不憫で二倍どり

扉に向かう後ろ姿を目で追いながら、リテラエはグローリアが深く追求してこないことに安堵していた。

あのことは思い出すのも、口に出すのも苦痛だ。

このギルドの子供たちは尋常じゃないほどにグローリアになついている。グローリアを信奉していると言ってもいいほどに。

そんなグローリアが予定よりも帰還が一週間も遅れたのだ。

……あぁ、そうだ。子供たちはグローリアの安否を知るために行動を起こしたのだ。

具体的には、グローリアがどんな依頼に行ったのかを包み隠さずに話すことを要求された。

さすがに戦闘能力もなく、年端のいかない子供たちに依頼の話をすることをリテラエはためらった。それ以前に、守秘義務の問題もあるし。

そのことを伝えると、子供たちはあろうことかギルドの居住空間に籠城を始めたのだ。

アグレッシブな子供たちである。

それをもう少し別の方向に向けてくれればと思わないでもなかったが。

その結果、無様にリテラエは全部を吐かされたという訳だ。

無様すぎて笑いすら起きない。

そんな放心状態で魂が抜けかかっているリテラエにウルヴァーンたちが追い打ちをかける。


「あの時のリテラエは見てられなかったよな」

「ぐっ!」

「酷く狼狽していた」

「がっ!」

「なんていうか……可愛そうでしたね」

「げぶわぁっ!」


カンカンカン。

三連コンボでK.O。

そんな言葉がリテラエの頭の上に浮かび、リテラエはテーブルに突っ伏す。

何気にウルヴァーンの言葉よりも、セキルの言葉よりも、ヘキルの一見優しげな言葉が一番心に突き刺さった。

……優しさとは時に凶器にもなりえるのである。それを学んだ。

リテラエがそんなことになっているとは露にも思わないグローリアは背後のことなど気にも留めずに奥へと続く扉へ向かう。

そして、扉のドアノブに手を掛けたところでグローリアの動きが止まった。


「? どうなされたのですか?」


いつものように背後につき従っていた月夜が疑問を投げかける。

月夜の中では、グローリアは一瞬も止まらずにすぐにドアを開けると思っていた。なのに、動きを止めたことが少し不思議だったのだ。

そのまま動きを止めているので、前に回ってグローリアの顔を見ていると、わかりやすく面倒くさそうな表情をしていた。

その表情の意味が解らない月夜は首を軽く捻る。

改めて扉に目をやってみると、その理由に納得がいき、柏手を打った。


「……良いのではないですか?」

「……怪我とかしないと良いが」

「そこまで虚弱な人間はうちにはいないと思いますよ?」

「そうか。なら……いいか」


疲れたようにため息をつきながら、横に避けつつグローリアは扉を開いた。


「ぅわぁっ!」

「ひゃ~」


扉を開けると、可愛らしい声が二つ聞こえ、ギルドホールに二人入ってくる。

下になっているのは紺色の髪を片した程度まで伸ばしている少年。体つきは良いとは言えないが、虚弱そうに見えると言うほどでもない。特徴的なのは、血のように真っ赤に染まっている瞳孔、右頬に書かれたスペード、左頬に書かれたハートの三つだ。その少年は何処となく危うさを感じさせる雰囲気を纏っていた。

上にいるのは、円いレンズの眼鏡をかけたのんびりとした穏やかな雰囲気を纏った少女。少女は白っぽい服を着ているのだが、服のところどころや顔にカラフルな染みがついている。リテラエと同じように尖った耳がピクピクと動いている。

二人とも身長も体つきも幼く、セキルヘキルとどっこいどっこいだ。

実際の年齢も同じくらいだろう。正確な年齢はグローリアも知らないが。


「随分と元気だな。ビル、ミケラ」

「ちっ。気づいてたなら、もっと優しくしてくれてもいいじゃん!」

「そうですよ~。痛かったんですからね~」


少年は斜を向いて悪態をつく。

少女はほんわかとした雰囲気に合った、ゆったりとした喋り方だ。

少年の名はビル・イコノミー。

少女の名はミケラ。

二人とも、《セレーノ》に所属している子供だ。

好奇心がだいぶ強いので、今回のように変なことに首を突っ込みたがる。

厄介な性質だなと思いつつ、そういう質の子供もいたほうが楽しいなと思っているグローリアは二人の性質を気にしていない。

リテラエはよく隠し物を暴かれたりして困っているようだが……所詮リテラエの事なので究極グローリアの興味の向うことでもなかった。


「何で、今回は遅かったんだよ。暇だったじゃんか」

「そうなんですよ~。ビルったら、パパがいなくって寂しくて泣いてたんですよ~?」

「なっ!? な、なな泣いてないわ! ミケラもガセを撒くな」

「あはは。ガセじゃないですよ~? 本当の事じゃないですか~。寂しくてミケラの部屋まで来たくせに~」

「わー! わー!」


ビルはミケラの言葉をグローリアに聞かせないために、大声を上げている。

だが、グローリアは音の識別がわりと得意な方だ。そのおかげか、ミケラの言葉はしっかりと最初から最後まで聞き取ることができている。

要するに、ビルの行為は全くの無駄なのである。

とりあえず、何となく二人の頭に手を置き、撫でる。


「……ただいま。心配かけて悪かったな」

「し、心配なんてしてねぇし! 勝手なこと言うなよ!」

「パパに頭撫でられるのなんて久しぶりですね~」


反抗的だが、まんざらでもないようで手を振り払おうとはしてこないビル。

ぽわぽわとした癒しのオーラを放ち始めるほどにうれしそうなミケラ。

少しの間、撫でた後、本題であるユニコのことを話すことにする。

手を頭から離したとき、二人ともまだ物欲しそうな顔をしていたが、腕を上げるのが疲れてきたので努めて無視することとする。


「それじゃ、本題だ。昨日……か? から、《セレーノ》に入ることになったユニコだ。当面はうちのほうで過ごすことになるが、たまに会うことにもなるだろう。よろしくしてやってくれ」

「…………よろしく」


グローリアや月夜には慇懃な態度を平然ととるユニコだが、今に限っては借りてきた猫のようになっている。少し警戒もしているようだ。

何故か、こいつは初対面の相手全員を警戒しているような気がする。

人見知りなのか? 詳しい理由はよくわからない。


「話には聞いてた。よろしくな!」

「よろしくお願いします~」


好意を抱かせるには十分な態度だ。

それに、穢れを知らないような子供の無垢な笑顔を見せられては警戒心を維持するのも辛いし、何よりも馬鹿らしいだろう。

その軽い言葉と笑顔だけでユニコの警戒心は氷解してしまったようだ。

この分なら、二人にユニコのことは預けても大丈夫そうか。

ビルとミケラがいろいろなことをユニコに質問している。

ユニコは少し困惑したような表情をしつつも、嫌そうな雰囲気は出していない。それどころか、二人と話をするのは結構好きなようだ。


「ビル、ミケラ」

「あん?」

「何ですか~?」

「ユニコを中にいる他の奴らにも紹介しておいてくれ」

「えー、面倒臭い」

「パパは来ないんですか~? みんな、パパと会いたいって言ってましたよ~?」

「会いたいことは会いたいのだがな、テメェが行くと、ユニコの紹介にならんだろう。お前らが言ったほうが、ユニコも、他の奴らも楽だろうと思ってな」


何よりも、自分が楽だしな。

心の中ではそう思っていたが、決して表情にも態度にもあらわしたりはしない。表に出してしまうほど自分はわかりやすくない。

そうグローリア自身は思っていた。


「……釈然としないけど、わかった。それじゃ、行こっか? ユニコお姉さん?」

「パパの心のうちはわかりますけどね~。今日はパパの言うとおりにしてあげます。後でご褒美にナデナデしてくださいね~?」

「いくらでもやってやるよ。その程度で良いならな」

「やった~。それじゃ~、行きましょうか~。ユニコお姉さん」


ミケラとビルがユニコの手を引いて、奥に引っ張っていく。

お姉さんと呼ばれたことに一瞬だけ驚いていたようだが、すぐにうれしくなって相好を崩していた。

本当にユニコの表情筋はわかりやすくていい。

自分がするべき仕事をミケラとビルに丸投げしたグローリアは一仕事やり遂げたかのような満足げな表情でリテラエの下に戻る。

気づくとリテラエがテーブルに突っ伏して死んでいる。

実に邪魔で仕方がない。

それに、リテラエたちが食事をとっていたテーブルは四人掛け。椅子も当然のことながら、四つしか置いていない。

その一つを死体が占領しているのだ。本当に邪魔で仕方がない。

グローリアは大して考えることもなく、椅子の上にある死体を掴みあげ、その辺に放り捨てる。


「げばぁっ!」


そして、空いた席に腰を下ろした。

月夜は他のテーブルから椅子を持ってきてそれに座っている。

そうか。そうすればよかったのか。

考えの足らない自分の考えを恥じるが、さっき行ったことに関しては欠片も後悔していないグローリアは、その恥じ入ろうとする自分を意思の力でねじ伏せた。


「さて。予期せずに時間が余ってしまった」

「『余った』、じゃなくて『余らせた』」

「丸投げとも言うと思うがね」


セキルがグローリアの語尾をただし、ウルヴァーンが注釈を入れる。

それに対してグローリアは軽く肩を竦めるだけだ。

……にしても、本当に予定が空いてしまった。

子供たちに会うために来たというのに、面倒臭くなってそれを丸投げしてしまっては本末転倒ではないか。

だが、今更混ぜろと言ってついていくわけにもいかない。三人の気配も随分と離れてしまっている今行っても、ただの迷惑な馬鹿になり下がることだろう。

そのぐらいなら、今度改めて会いに行った方が建設的だ。

子供たちの夢を壊すわけにもいかない。壊れるほどの夢などないのかもしれないが。


「……どうしたものかな。月夜、何か案あるか?」

「それなら、私といっしょ……」

「暇なら、俺と一戦模擬戦してくれないか? 久しぶりに団長と手合わせしてみてぇ。俺が強くなったってことを見せてやんよ」

「……ふむ。まぁ、いいか。少しだけならな。昨日までで嫌ってほど戦闘はしてきたからな」

「わかった。なら、中に行こうぜ」

「へいへい。……月夜? 何固まっているんだ?」


グローリアが月夜のほうに視線をやると、月夜が手を少し出した状態で固まっていた。

月夜がこんな姿をさらすなんて珍しいな。

そう思っているグローリアにセキルから声がかかった。


「私が連れて行く。先に行っていて」

「そうか? なら、頼む。ヘキルはテメェと一緒に来い。レフェリー役はいるだろ」

「わかりました」


グローリアたち男三人が奥の方に行った。一応、ギルドホールから直接つながっている居住スペースの中には、戦闘に足るような広い空間は一つ二つある。そこに向かったのだろう。

広い広いギルドホールに取り残されたのは少女二人と死体が一体。

ポテポテと月夜の横に移動したセキルが月夜の肩に手を置く。


「ドンマイ」

「……あと少しで旦那様と二人でのお買い物デートでしたのに……」


そう言って肩を落とす。

が、すぐに復活すると、月夜はウルヴァーンに対する呪詛を連ねはじめた。


「それに、ウルヴァーンもウルヴァーンです。私が旦那様に提案しようとしていたところに自分の案を出すなど。あの場で旦那様に意見を求められていたのは私のはずです。あの場でウルヴァーンは黙っていればよかったものを……!」


言っているうちに熱くなってしまっているのか、声は徐々に大きくなっている。

このままだと、止まらない。それどころか珍しく戦闘をするグローリアを間近で見るチャンスだと言うのに、月夜のせいで見逃すのも癪だ。

そう思った、セキルは魔法の言葉を使うことにした。


「いいの?」

「何がですか?」

「あなたの旦那様が模擬とは言え戦う。見なくていいの?」


そのセキルの言葉によってやっと我に返った月夜は立ち上がると、一度目を閉じ、右目の上に手をやって隠してから、左目を開く。

大きく見開かれた左目は目の前の情景を捉えているようには見えず、どこかここではない遠くを見やっているような不思議な瞳孔の動きだった。

ほんの数秒ほど宙に視線をやっていたかと思うと、すぐに目を閉じる。

大して時間は立っていないと言うのに、目が疲れたのか軽く眉間をもんでいる。


「行きますよ。旦那様の位置は把握しました」

「……この程度のことに『テラ・サイト』まで使う」

「しょうがないじゃないですか。旦那様の勇姿を目に焼き付けられないなんて、切腹ものです」

「切腹がわからない。でも、大体同意。行こう」

「えぇ、急ぎませんと。もう少しで始まってしまいそうですから」


二人は小走りでギルドホールの奥にかけて行った。

広いギルドホールに痛いほどの静寂が流れる。

そのギルドホールに取り残されている動きもしないリテラエの死体は酷く憐れだった。


不幸キャラって愛らしいですよね

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