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それは、始業式でのことだった。
「えー、私は皆さんの担任を務めさせていただきます、蜜野撫子です、よろしく~」
教卓に立って、笑顔で僕たちに挨拶するは、本人も言っている通り、僕らの担任だ。
肩までのカールした髪に、にこやかな笑みに、どことなくふんわりとした雰囲気に、僕たちはみな安心していた。
僕たちの教室は、一階の職員室のすぐ近くで、大きな窓の向こうには、何本もの桜が立っている。みんながみんな、花を咲かせ、僕たちに笑いかけている。
「では、皆さんに自己紹介をしてもらいましょう」
蜜野先生はそういって、一番前の席の生徒を指名した。
「では、宮川さん」
宮川と呼ばれた生徒は、「はいっ」と明るい返事をして、席を立った。
僕の席は前から三番目の窓際で、つまり僕からは彼女の後ろ姿しか見えないんだけど―――
きっちりと着こなした制服に、鮮やかな金色がかかっている。二つに結ばれる金髪は、腰のあたりまで続いている。それを結ぶのは、真紅のリボン。
僕がそこまで認識したところで、彼女は後ろ(つまり僕たち)を振り返って―――
「はじめまして、私の名前は、宮川さくら(みやかわさくら)です。三月までアメリカに住んでいて、四月に引っ越してきました!」
途端にクラスがざわめいた。「え、アメリカ!?」「ハーフなの?」「てか超かわいくない?」「髪の毛ながいなぁ・・・」
いやぁ、僕も驚いた。そして、あんなに鮮やかな金髪で、しかも一番前に座っているのに、さっきまでずっと気がつかなかった、自分の鈍感さにもびっくりした。
「父は日本人で、母はアメリカ人です。この金髪は母譲りで、私はとても気に入っています。趣味は音楽を聞くことで、洋楽が一番好きです。あと、かわいいものを集めるのも好きです。これから、よろしくお願いします!」
そこまで話すと、宮川さんは一度ペコっと頭を下げ、そして、桜に負けないくらいの満面の笑みを見せた。
「きゃ~~~かわいい!!」
「なんだよあの子、超美人じゃん!」
「やばいやばい、芸能人みたい!!」
クラスが一気に沸騰し、さっきよりもざわついた。
うむ、ま、かわいいよな、確かに。
「はいはい皆さんお静かに~。宮川さん、ありがとう。では次―――」
そんな調子で、自己紹介は続いていった。みんなの笑い声など、平和な空気に、僕は思わず笑みを浮かべ、何気なく外を見ると―――
そこには、ありえないものがいた。
窓に二番目に近い桜の太い枝に腰かけているそれは、何もせず、そう、何一つせず、ただ僕に笑いかけていた。
少女、らしい。
地面に立ったら床に余裕で付くような青い髪が、腰かける枝に絡みついている。服は全体的に白く、陰陽師を思わせる。ゆったりと頬杖をついて、僕を見つめ、にこやかに笑っている。
はっきりいって、すごくかわいい。
そして、あまりにも小柄だった。
なぜ、あんなところに少女が・・・
「―――では次、天音くん」
僕を呼ぶ蜜野先生の声に僕ははっとして、慌てて席を立ちあがった。
「え・・・と。天音慎一郎です。得意教科は数学と英語です。遊ぶことが好きです。これからどうぞよろしく」
それなりに上手く話し、それなりの評価を貰って、僕はもう一度、窓の外を見たけれど―――
そこには、桜だけで、少女の姿など、跡形も無かったのだ。