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「じゃあ、行ってくるよ」
戸口でそう言った僕に、「ふぁーい」と眠たげな声がする。
「おにーたん、いってらっしゃ~い」
「なんだ、起きてたのか。お前も早く幼稚園行けよ」
ぱたんと戸を閉めて、門を開け、通学路へ足を踏み出した。
始業式から三日目。まだ授業は本格的には始まっておらず、穏やかな時期だ。中間のことなど頭の片隅にもない僕は、学校では近くの席の子と話し、家では母親や妹とともに、父親の帰りを待つといった様子だ。周りを見ると、どうやら僕は例外ではないようで、男子生徒はあちこちを駆け回り、女子生徒は黄色い声でおしゃべりをしている。寄り添って歩く男女もいる。
彼らの頭の上には、新しい学年を迎えた俺たちに微笑みかけるように、花びらを舞い落とす、桜、桜、桜。
ここの桜並木には名前が付いていて、『桜女神』というそうだ。ひょっとしたら、本当に僕たちを祝福してくれているのかもしれないが。
そんなこんな考えつつ、ようやく僕も桜並木に足を踏み入れた。
上も下もピンク色で、軽くめまいがしそうだ。だが、こんな僕の視界にさえ、小さなピンク色が、はっきりと飛び込んでくる。
ひらひら、ひらひら。
ふと鞄を見ると、一枚の花びらがちょこんと腰かけていた。かわいらしいものだ、と思った矢先、僕は目を見張った。
「・・・え?」
その時、ザザァッと木々が揺れた。あちこちからきゃあきゃあと喚き声がする。彼らの声を聞いている余裕は、僕にはなかった。
いや、嘘だろ?
あわてて目をこする。
もう一度、花びらを見る。
途端、安堵の息が漏れた。
「・・・なんだ」
よかった、ただの花びらだ。
気が付いたら風もおさまって、生徒たちもまた、元通りに歩き出していた。
俺も、また歩き出す。
ただの見間違いだよな――――――
――――――――桜の花びらが、完全な紫色だったなんて。