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03話 生誕・リビュート

 空を圧迫して轟くそれは、まさしく架空上の生物――、ドラゴンだった。

 コウモリのそれに似た巨大な翼、うねるほど長い首、鋭く巨大な爪、振り払うだけで地面がえぐれてしまいそうな禍々しい尾。

 

 ドラゴンは、俺達が出てきた石造りの建物の上空で浮遊している。

 校舎に似た建物が、小さく頼りなく見えるほど、ドラゴンは凶悪な大きさだった。

 


 だが、そのドラゴンのような存在は、生物ではないように見えた。

 トカゲのような生々しい鱗は持たず、代わりに鉄かプラスチックのような硬い素材が、複雑に集合し、有機体的な形状を造っていように見える。

 人工的な模造品。

 ――ロボット。


 しかしそんなことは些細なことであった。圧倒的で暴力的な巨体が俺達の目の前にいるという事実だけで、身も心も震え上がり、硬直してしまう。



「――わかっただろ、これで」


 野太い声が響く。大蔵だ。


「ここが、どういう場所かよぉ!?」



 奴は建物の屋上にいた。表情は分からないが、腕で口を拭うところは見えた。

 ドラゴンが大蔵に接近する。襲うわけではない。むしろ大蔵を敬うような丁重な動きだった。


 ドラゴンの胸の辺りから、腕のようなものが伸びる。先端には繭のような楕円系のものが付着している。

 大蔵はその繭の中に入っていった。その繭が胸の中に戻ると、途端、ドラゴンは本能を呼び覚ましたかのように、威圧的な咆哮をあげた。



「あれに大蔵が乗って――、動かすのか!? 」


「た、鬣くん……」



 望ちゃんはオロオロと俺に側に寄る。

 彼女は困惑と恐怖で塗り固められ、身動きが取れない状態のように思えた。

 絶望という段階まで、思考が追いついていないのか。はたまた、相手がクラスメイトということに希望を抱いているのか。

  

 俺はそんな彼女を守らなければならない。

 理由はなかった。だだ、そうしたかった。

 だがどうやって。

 マナと呼ばれる力だけで、対抗できる相手なのか……?


 ――ドラゴンと視線があった。そう思った。

 そこから感じる、明らかな敵意。 


 

 反射的に俺は逃げ出した。望の腕を強引に取り、背を向けて、脱兎の如く走る。

 喉がカラカラだった。汗が噴き出ていた。気温が高いか低いかも分からない。


 ドラゴンは飛翔する。空気を切り裂く重圧音が、俺達の背中に迫る。

 逃げられるのか。

 そう思った瞬間には、ドラゴンは俺達の上に既にいて――。強襲。


 ドラゴンは着地した。蟻のような俺達を踏みつぶすことを目的としているのは、明らかだった。

 着地点を中心に、盛大な地割れと地響きが起きる。

 


 心臓はバクバクと動いている。まだ生きている。

 間一髪、望と共に横に飛んだおかげだろうか。

 地面に擦った右肩の学ランが破けている。痛みは感じない。

 巻き上がる土煙を吸ったせいか、望は咳き込んでしまって苦しそうだが、無事だ。

 しかし、俺達は地面に這いつくばった状態である。


 次は……避けきれない。

 


 ドラゴンは俺達を見る。見下している。

 生物のそれとは違う、ロボットの、偽物の顔のくせに。良い表情をしている。

 大蔵のそれに似て、品性を感じない、その顔。



「あのなぁ……、俺は既に一人やってるんだぜ。わかるか? やるってのは、殺したって意味だぁよおぉお!」


「大蔵……!」


「俺は人を殺せるんだよぉ! お前達だって、すぐにペチャンコになぁあ!!」



 人を殺した。殺せる。それが本当かどうかは定かではないが、この立場の差は歴然のものだった。


 勘づかれないよう右腕にマナを貯めている。これを大蔵がいるドラゴンの胸部分に攻撃すれば、あの巨体の動きを止められる可能性はある。

 しかし……。上手くいったとして、そこからどうする?

 この何もない荒野で、俺と望は、恐怖しながら、ただ闇雲に逃げるしかないのか。

 

 ……何処に?


 望は、呆然としているだけで、何も言わない。


「おらおらぁ! 死にたくなければ土下座して命乞いしてみせろよぉ! ついでに一発ギャグもやれよ、服を脱いで裸踊りでも良い! 俺を楽しませろよおぉ、ハッハッハッ!」


 俺は勘づく。あいつは俺達に対して苛ついているが、殺すことは躊躇っている。

 それならリスクを重ねるより、あいつの言うとおりしたほうが、生き残れるチャンスがあるだろう。

 死ぬくらい嫌だが、死ぬのを回避するなら、その選択しかないだろう。

 それにこれは俺だけの問題でもないのだ……。



「大蔵くん!」


 望は立ち上がって。ドラゴンと対峙している。

 なぜ、いつのまに?



「中学一年の時、大久井君とケンカしたときのこと、覚えてる? 私、あの時に君の言ってたこと思い出したよ、今!」


「ああん?」


 彼女が何を言い出すのか検討がつかない。


「大久井君、ロッカーに頭をぶつけて針で縫う怪我しちゃって、みんなビックリして大変だった。私その時、保険委員だったから……。そうじゃなくて! その時、大蔵くんは言ったんだよ。『悪いことしちまった』って、辛そうに!」


「そ、それが、いったいどうしたってんだよ!?」


「私、その時思ったから言ったと思う。ムカついたり、嫌なことあっても、暴力はダメだよって。だって、痛いでしょ? 相手も痛いし、自分の手も、心も。……ムシャクシャしたって、まず自分の中で決着つけないと、そうじゃないと痛みが拡がるだけだから!」



 望はこの状況に絶望していたわけではなかった。

 ずっと、大蔵のことについて考えていたのだろう。


 そして説得している。和解できると信じてか。

 こういう奴でも、クラスメイトだから。それを信じている……。

 

 常に威張って、何かあれば暴力を振るってきた、大蔵 竜。

 だが、こいつにとってそれは不器用なコミュニケーションの手段だった。

 本当は慕われるのが好きで、バカ騒ぎしたがって。

 不器用な、愚直な奴だ。


 常識外の悪という程の人間ではない。現に修学旅行では何も問題を起こさなかった。



「言っただろ! 俺は人を一人、殺してんだよぉ、あの時とは全然違うんだよぉおお!!」


「違う、変わってない! 私たちはクラスメイトで友達! だから少しは耳を傾けてよ!」


「うぜええ!」



 ドラゴンは急に屈むと、その巨体の右手を振り上げ……、望に殴りかかる!


 俺は瞬時に奴の足元に、蓄積していたマナを撃ち込む。距離が近く対象が大きいため、外しはしない。


 地盤が崩れ、ドラゴンは体勢を崩して前のめりに転び、手を地面についた。

 それだけで大きな轟音と突風が発生して、俺は怯んでしまう。


 しかし望は怯むことなく、近くに倒れた巨体から逃げることもせず――。

 その時の彼女は、今まで見たことのない表情をしていた。

 


「この、バカーッ!!」



 望は怒鳴り、叫ぶ。

 イライラが限界に達して爆発したのがよく分かる、がむしゃらな怒りの表情だ。



 でも……、何で怒るんだ、今!?

 

 

「もう! 君はもっと我慢しなさい! みんな色々我慢してるの! あ、言っちゃった……!」


 言っちゃった! じゃない。俺は本気でたまげる。


「あのねっ、全部言っちゃうよ! ホントは、私も怒ってる! 無茶苦茶なことする大蔵くんに激オコ! 殴りたいと思ってんの!! でも 私はしないの! 何でか考えて!」


 ドラゴンは俺達を睨みつけながら立ち上がる。



「知るかよ、知るかよぉお! クソがああぁあ! 」


 本意ではなかっただろうが、結果的に望の言葉は挑発となった。

 興奮した大蔵を止める術はもう、無い。



 起きあがったドラゴンは首を振り、喉に眩しい光を貯め始める。

 それがマナの光なのは何となく分かった。


 その龍の息吹に、どれほどの殺意と破壊力を秘めているのかも、想像はついた。


 あれを喰らったら生きてはいられないだろう。

 死ぬ? こんなわけのわからない世界で、死ぬ……?

 どうすればいい……、あれを止める方法はあるのか。



 考える。

 考える。

 考えろ!

 


 そして理解する。

 止める術は――、どこにもない。



 望は、隣で、静かに大蔵を見上げていた。

 その横顔は、どこか儚く……しかし、揺るぎの無いものの気がして。



 ――何かが、崩壊した。

 


 振り返る。

 後方。俺達が目を覚ました建物、それを構築していたレンガが、一つ一つ、崩れ落ちていた。



 そして中から現れたのだ。



 人のように、二本の脚で立つ巨人だった。

 ロボットみたいで、生物のような、未知なる存在だった。

 どこかから、微かに、赤ちゃんのうめき声が聴こえた気がした。




 ドラゴンは口から火を放つ。

 赤い強大なマナが空を覆い、降り注ぐ。


 だが俺達は無事だ。マナは俺達まで届かなかった。


 建物の中から現れた巨人は、一瞬で飛んできて、俺達を守ってくれたからだ。


 ドラゴンから放たれたマナは、巨人に触れた瞬間に閃光となり、そして、反射した。

 反射したマナは、塊となって、ドラゴンの方向に飛んで行く。


「な、なんだとぉ!」


 ドラゴンは避けることができず、胴体に直撃。

 巨体はよろめいて、しまいに地にへばりついた。



 その光景はどこか華麗で、綺麗だった。

 命が救われたことよりも、まずそのことに感動した。


 

 巨人はすかさず、俺と望を拾いあげる。


 その巨人には腕があり、手があり、指あるのだ。人間と同じだ。


 俺達は対面する。顔と顔を見合わせる。

 人間のような瞳や口があるわけではない。でも何故だろう、優しい顔をしているのは、はっきりと分かった。


 巨人の全身が複雑な曲面の蓄積で構成されていた。その装甲は、柔らかそうなミルク色である。何か芸術的な造形物のようで、不思議に整っている。

 手足は細いが頭部は大きく、人間に比べるとアンバランスな体型であることにも気づく。


 大きさはドラゴンより一回り以上小さいようだった。ドラゴンが立派なマンション程の大きさだとすると、こいつは手頃なアパート程度の大きさだった。


「俺達を助けてくれた!?」



 巨人は返事の代わりに、胸にある繭状のもの――たぶん、コクピットだ。それを開放する。

 俺は中を覗き込んで、息を呑んだ。

中には操縦席があったが、誰も乗っていなかった。完全な無人だ。



 こいつは力だ。俺達に今、必要な。生き残るために必要な。



 巨人は腕をつたい、俺をコクピットの中に入る。

 俺が中に入った途端、繭の内側が、まるでガラスになったように、外の景色を映すようになった。

 天井も地面も壁も、一面全部、コクピットの位置を起点に外を描写しているのだろう。

 

 そのため、俺達と椅子は、まるで空に浮いているように見えて、少し興奮する。

 ――これは全周囲モニター型のコクピットだ。アニメやゲームでのロボット兵器のコクピットに、用いられることもある。

 俺が昔プレイしていたアーケードゲーム『機甲のBurstAmras』にも、採用されている。


 コクピット。そして、操縦桿。


「全部、BAと同じ……!?」


 ゲームセンターでプレイしていた時の感覚が、勝手によみがえってくる。

 操縦桿は、BAの専用コントローラーと全く同じだった。

 コンソールやパラメータ計などは無く、飛行機や戦車は当然、自家用車のそれと比べても寂しい操縦席であるが、BAと同等で俺には見慣れたものであった。


 額から汗が一筋流れる。


 これには、なんの意味が込められているのだろうか。

 誰かの意志で、何かを試されている、そういう感覚に陥る。

 夢にしても、あまりに都合が良すぎる。


 でも、そんな不安とは裏腹に、心のどこかでは興奮を感じていた。

 こんな巨大で強力な力を、動かすチャンスが今ここにあることに。

 これは、俺の愛機なのだ――。




 鈍く響く音が聞こえる。


 外を見る。ドラゴンがヨロヨロと起き上がっていた。



『リビュートが産まれただと……!? お前達は本当に俺をバカにしやがってえぇ!』



 大蔵の怒りが響。自分が今、やらなければならないことを思い出す。

 まだ決着はついていないのだ。



『鬣クン!』



 モニターに映る、ロボットの手の上にいる望ちゃん。心配そうな表情をしている。



「望ちゃん、ごめん。俺、戦ってみるから」


『で、できるの、……大丈夫?』


「抑え込むくらいなら、ね」



俺は操縦桿を握り、ロボットに指示を出す。彼女を安全に地面降ろさせる。

望ちゃんは不安げで、側にいてやれないのが辛いと思う。でも、少しだけ我慢していてね。



この巨人には強大なパワーがある。

 数倍の体積の差があるにもかかわらず、ドラゴンの攻撃をはじき返すことができるのだ。

 それも、無人の状態で、だ。

 

 だが勝負となると別だ。性能だけで勝敗は決しないことは、ゲームの中でよく学んだものだ。

 油断はしない。ゲームの技術が活きるとも思わない。でも今度は勝つ気でいく。  



「いってくる」 


 命令を出すと、ロボットは静かに浮遊して、前に出る。



 俺の動きに呼応するように、ドラゴンは空に飛び立ち、俺の真上を取る。

 

 こちらが上空へ高速移動できないと見ての行動だろう。

 地の利を活かすのは正攻法の戦術であり、大蔵もただの脳筋野郎ではないようだ。


 ドラゴンの動きを視線で追いつつ、戦術を練る。

 相手に合わせることはない。こちらも、得意な間合いで戦う。


 右操縦桿の武器変更パネルを操作すると、武器が一つだけ表示された。

『リミシェレイド』と日本語で表示されたそれは、射撃用・非実弾兵器であった。


 俺は表示されるスペックを一瞬で読み取る。親切なことにBAと同じ形式でパラメータが表示されている。

威力、射程範囲、装弾数、弾速、連射速度、リロード速度、リコイルレベル。

 それをBA内での装備と仮定して、射撃の手応えを脳内で構築する。

 こういうことを癖でしてしまうことに、内心笑ってしまう。


(長距離レンジを持つ単射型高威力武器か……。弾は三つしか装填されていない。狙撃で、一撃で決めるしかない)


 武器『リミシェレイド』を装備する。

 背中にマウントされていたそれは、大きな筒であった。

 巨人はその筒を、手袋のようはめる。まるでドラえもんの空気砲みたいだ。

 なんとなく、射撃武器としては頼りがたいもののように思えてくる。



 ドラゴンは旋回して、真上から俺達に向かって突撃してくる!

 その口から膨大なマナを放つと、身体に纏わせていった。

 奴の本気だ……!



『これで終わりだよぉお! たてがみぃいいいい――!』



 大蔵の爆発した怒りとは裏腹に、俺は神経を研ぎ澄ませ、冷静になっていく。


 直上という死角からの強襲。俺達に攻撃はできないと踏んだか。

 速度を活かした直線的な、破壊力重視の単純な攻撃だ。

だが強烈な速さだった。マナを纏うことで、速度を殺さずに落下できるのだろう。


迷っている時間はない。

 通常の手なら回避。防御はリスクが高い。


 だが俺は攻撃をすることを選ぶ。

チャンスでもあるからだ。

『リミシェレイド』を装備した右腕を天に突き刺す。


 コクピットの真上に映るドラゴン。そして照準器(クロスヘア)

 俺は見上げながら、巨人の右肩の角度を微調整して、すぐにトリガーを引く。

 狙撃に時間をかけてはならない。躊躇ってもいけない。

 

 直撃するかどうかは、撃つ直前でだいたい分かる。これは直撃だ。

 そう思った。

だが、少し想像が外れた。


「なっ……!」

 

 トリガーを引き、銃口からマナが発射される瞬間――、心臓が飛び跳ねた。



 ――マナの力が、思いの外、強力過ぎたのだ。

 スペックで書かれた数値を大きく裏切る威力など、想像もしていなかった。

 


 どうして……、これでは!?




『リミシェレイド』から放たれたマナが、光の線となって天に昇っていく。

 それは空の色さえも飲み込む程眩しくて、コクピット越しにも伝わるくらい強烈な衝撃波を起こしていた。

 地を震撼させる閃光。

 空を切り裂く輝き――。



 凝縮された光はドラゴンの横をかすめた。

 ドラゴンはそれだけで翼がもがれ、半身を焦がし、地に落ちていった。



 銃口からマナが放たれる直前、俺は瞬時に射線を逸らすために操縦桿を引いた。

 それにより射角が極微量だけズレ、何とか直撃せずに済んだようだ。

だがそれでも、敵を倒してしまった。

 



 規格外の威力。嘘のスペック。

そして操縦系はBAと同じであること。

 わけが、わからない。


 敵を倒したのに、俺は素直に喜びの気持ちを出せない。

 どうしてだ。ゲームなら、こんなに面白いことはないのに……。

 


 俺は、地に落ちた大蔵の側に寄る。

 墜落したドラゴンは、もう動く気配はない。戦闘できる状態ではないのは明らかだった。 



『ちくしょう……こいつ、もう動かけねえぇ。トンズラすらできねえな……』


 大蔵の声は、しぼみ、弱々しいものになっていた。


『俺の負けだぁ。あー、なんでこんなことになっちまったんだ……』


「お前がそうやって調子に乗るからだ」


『あぁ……そうだよ、俺の悪いとこだ。あのときも、それで、ユリを……。殺す気なんて無かった。でも、やっちまった、やってまってよお……』


 ドラゴンの殻の中にいる大蔵の表情はうかがうことは出来ない。

 でもそれで良かった。涙でボロボロになった奴の顔など見たくないからだ。


『なあ、俺を殺してくれよこのまま! もう、俺はダメなんだよぉ……、この世界なら上手く出来ると思ったのに、この有様だ……。頼むよ、たてがみぃい!』


「……そういう情けない態度を、今更とるなよ」



 同情なんて、本当にお前が望んでいるものでもないだろ?

 まして、死ぬなんて……。 


 俺は奴から背を向ける。もう脅威ではなくなったと判断したからだ。

 それにこれから友好的な関係を結ぶのも難しいだろう。

 クラスメイトだといっても、ただの社会単位で、全員と分かち合えるわけではない。

 仕方ない。仕方ないと思う。仲良くなれない人間とは、距離を置くしかない……。




『だめだよ。ちゃんと殺さないと』




 不意に、そんな声が何処からか聞こえる。

 鈴と響く、不気味な女の声だった。



 そして、グシャっと何かが潰れる音が響く。



「っ……!?」


 

 絶句する望。俺は望を見ている。

 彼女は口を塞ぎ、何も言わない。

 なにが起きたのかは、まだ分からない。


 ただ、前は見たくなかった。直感がそれを拒否した。

 バクバクと、どうしても心臓が鳴る。

 


『ためらってると、死ぬのは君なんだよ、鬣くん?』



 誰だ。誰が俺の名前を呼ぶ。

 その嫌らしい声で、俺を呼ぶ!?


 そして俺は、ようやく、前を向く。



 横たわったドラゴンの上に、黒い巨人が立っていた。俺が乗っているのと似た、小柄なタイプだ。

 大蔵はたしか『リビュート』と呼んだ気がする。

 なあ、大蔵。そうだったよな。



 その黒いリビュートは、ドラゴンの胸に収まったコクピットを踏みつぶしていた。

 跡形もなく、ぺしゃんこに。



『それじゃ、またねっ』



 突然現れた黒いリビュートは、俺達に愛嬌よく手を振って、サッと飛び去っていく。

 

 操縦者という命を無くしたドラゴンは、次第に粒子状の光に変化して、空に消えていく。


 俺はその神秘的な光景を、呆然と見ることしかできなかった。

 脳の、処理が止まっている感覚。理解が追い付かない。



 何があって、どうして、こういうことに?

 大蔵は、どこへ……?

 死んだのか……?



 怒りとか、悲しいとか、そういう感情が湧いてこない。

 ただただ、空へと昇っていく、リビュートだったものの輝きを眺めるしかなかった。


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