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02話 イセカイタイケン

 俺は目をつむって、寝ている。


「ツンツン。鬣くん、朝だよ、たぶん!」


 俺は頬をつっつかれ、起き上がる。


「こ、ここは、どこだ……?」


 隣には、クラスメイトの心石 望ちゃんがいた、何やら嬉しそうでいる。


「鬣くん、後ろ見て!」


 俺の後ろ、レンガの壁には『イセカイヘヨウコソ』という文字が彫られている。見なくても分かる。


「ここは、まさかっ――、異世界!?」


「そうだよ、そう! ここ異世界! やばいよ! げきやばっ!」



 今の俺は、たぶんすっごく白々しい表情をしていることだろう。それは、俺の中の姑息な抵抗であるが、相手はそれに応えてくれない。

 むしろノリノリである。



「ねえ、望ちゃん……」


「えっ、なに?」


「俺、君のこと好――」



 そう喋ろうとした途端、頬に拳が飛んできて、俺の告白は中断させられた(本日二度目)。



「それ言ったら! さっきと同じでしょーっ!」

 


 と、今度は息巻いて怒っている望ちゃん。おこおこしてて、かわいい。



「だって、目を覚ますところから仕切り直しって言ったのは望ちゃんだし」


「私がやり直したいって言ったの、何でか分かってないのー!?」


「……ごめん。芝居してる望ちゃんも可愛かったから、つい脅かしてみたくて」



 望ちゃんは顔を真っ赤にしながら、再び気恥ずかしい口論となった。

 それで、二人で今後の方向性(良い響きだ)を話し合った。

 こんな茶番な仕切り直しはどうせ無理があったので、仕方ないだろう。


 ということで、俺と彼女の間で、以下の条約が締結された。

  ・勝手に告白しない。(告白の許可を取る方法は明示されなかった!)

  ・でも嘘はつかない。(さっきの芝居のようなことは面倒だからだ)

  ・キスはダメだが、手をつなぐのは条件次第で良いかもしれない。(うれしい)



 つまり『友達以上恋人未満の関係で、自然にいよう』というのが大まかな方向性であった。関係が進展したとも言えるし、うーん、どうしようかなって感じでもある。

 まぁこんな異世界に来てしまったのだから仕方ないのかもしれない。俺的にはチャンスなはずなんだけど……。





 お互いのわだかまりが無くなったことで、これで本当の仕切り直しが始まった。

 なにせ俺たち異世界に来たというものも、この部屋から未だ一歩も出ていないのである。木製の扉が今か今かと開くのを待ちわびていることだろう。うぜえ。ずっと閉まってろ。


 というわけにもいかないので、扉を開けて先に進むことにした。俺が前で先導して、少し薄暗い廊下を進む。



「なんかワクワクするね、冒険、ボウケン~」


「ダンジョンなら宝箱くらいあったら良いんだけどね」



 ここはレンガ造りの建物だ。しかし建物といっても、何階建て、……その前に、ここが何階であるのかも分からない。窓から景色を見下ろせたことから、地表からある程度高い位置ではあるだろう。


 廊下を進み、いくつか物置と化している部屋を探索したが、これといった発見はない。

 俺たちが寝ていたのと同型の木のベッドや、汚れて白さを失くしたシーツの塊など、放棄された生活用品や家具をいくつか見かけるくらいだ。

 

 分かったことは、人の気配が全然しないこと。

 建物自体は学校の校舎のように、広大で何かしらの法則で構成されていること。

 あまりダンジョンとしての機能はなさそうだ。



 すこし安心したのが、命に関わるような悪意に直面することが無く済んだことである。

 胡散臭い装束を纏った集団とか、頭がブタ面の巨人の集団とかと対面するかと思ったが、実際はクモやトカゲすら見る影もない。

 拉致とか監禁とか、そういう可能性は限りなく低いだろう。


 

 しかし逆に謎は深まる。

 俺と望ちゃんには、修学旅行帰りのバスに乗っていた記憶は確かにあるのだ。

 それに服も、それぞれ学ラン&ブレザーと、その時着ていた制服のままである。

 

 何故、ここにワープしたのか。

 ワープしたのは、俺と彼女だけだろうか。バズに乗っていたクラスメイト全員が巻き込まれたのだろうか。

 魔法とか、そういう超常現象が起きたというのだろうか。どうも異世界らしいから、そういう不思議があってもおかしくはない。

だとしても、なにか理由や必然性があるはずだ……。



「あ、鬣くん。あそこに階段あるよ、外出られそうだね。実はクラスのみんなが外で待ってたりするのかな?」


「そうだったら嫌だな。なんかドッキリというか、ハメられてるみたいだし」


「あ! これ、テレビ番組の仕掛けって可能性あるよね。監視カメラでイチブシジュー撮影されてるの。……って、それじゃ、さっきの撮られてることになるよっ!? ダメダメ、それは一番ダメッ!」


「それについては、俺がちゃんと脳内でしっかり撮影と記憶してるから大丈夫だよ」


「た、叩いて脳壊す!」



 ひ、ひえっー、と呑気に逃げ回っていた。

 ――ところに。



「おうおう、騒がしいと思えば、二人同時か。なるほど、だからマナも強力だったわけか」


 

 いつのまにか……、本当に気づかなかった。

 目の前の螺旋(らせん)状の階段を上がってきた、客人。

 俺達のような制服ではなく、黒色のマントのようなものを纏っている、いけすかない男。

 ――だが、知っている。


 クラスメイト。

 同い年。目つきが悪い。長髪金髪。典型的なエセ不良。

 大蔵(おおくら) (りゅう)

 再開だ。でも感動しない。

 こいつは――、好きじゃない。



「大蔵くん! 良かった、やっぱりみんな近くにいるんだねーっ!」


「そうだな。結構集まってるぜ、俺達のところにもよぉ。綾菜(あやな)とか、愛綺(あき)とかさぁ。そう、だから望を迎えに来たのさぁ。分からないことだらけだろう? 俺がちゃんと教えてやるよ、この世界のことを」


「この世界の……?」


「そう、俺達の新しい世界だ。俺達の為にある極楽さぁ!」



 望ちゃんはきょとんしている。相手の勢いに飲まれてしまっているのだろう。

 口を挟みたかったが、今はあいつに喋らせることにした。



「さあ、行こうぜ。ここには何も、ありゃしねえよ」


「待って、待って。鬣くんも一緒じゃないと……」


「ああ、あいつ、そんな名前だっけか。まあそうだなぁ。雑用として働くなら連れていってやらねえこともねえな」


「そういうの、よくないよ!」


「そういう甘えことは言ってられないんだぜ? この世界で生きるためにはよぉ」


「……よくわからないけど、今の大蔵くんは嫌だよ。怖いよ、それに、何か無理してる」


「俺はお前のこと想って言ってやってんだぜ!? つべこべ言わずに、来いよ!」



 大蔵は望の腕を握ろうと手を伸ばした。

 だがそれはさすがに許せなかった。俺は間に入って、やつの手をはじく。



「んだよ、てめぇ?」



 そういうドスを効かせただけの声で、人を威圧しようとする。本当に嫌いなタイプだ。



「女の子を誘うなら、もう少しやり方があるだろう、大蔵」


「偉そうだな、たてがみぃ? 惚れてる女の前では格好つけようってか?」


「ああ、その通り」


「ハッハッハ、キメェな! ヒョロヒョロのモヤシのくせに、ナイト気取りかよ!?」


 

 体躯の差は歴然だった。大蔵は体つきがよく、俺とは猿とゴリラくらいの差がある。喧嘩もたぶん慣れていることだろう。俺はそこそこ優等生だから喧嘩とは縁がない。

 殴り合いでは勝ち目はない。だから俺はこう言ってやる。

 


「大蔵、殴るなよ。殴るな。俺達はいま口論をしているんだ。喧嘩じゃない」


「あ? 何様のつもりだよ……、ふざけてんのかテメェ」


 イラついていた大蔵の表情が、急に嫌らしい笑みへと変わる。


「わかった、殴りはしねえよ。優しく教えてやるよ……、この世界をな!」



 大蔵は、握りしめた右手を俺に向ける。

 グーからパーへと変形する、その一瞬、手が輝き――。

 辺りの空気とか、光が、爆発した。爆発したかのように思えた。


 俺は吹っ飛んだ。

 身体は壁にたたき付けられている。呼吸がうまくできず、苦しい……。

 ただ意識はハッキリしていた。痛みも体中から発せられている。吐血もしているようだ。初めての経験だ。口から血を吐くなんて漫画だけだと思ってた。



「鬣クンっ!!」



 望ちゃんの叫びが聞こえる。ああ、心配させちゃったか。失敗。

 このまま気絶していれば、どうなってたかな。これは夢で、家で目を覚ますことになってたかもしれない。

 でも夢じゃない。この確かな痛みがそれを証明する。



「別にさぁ、俺はお前達をここでやっちゃってもいいんだぜ。調子に乗るなよぉ? ガキすぎるぜ、まったく」



(確かに……、手の甲が光った)


 爆発の直前。

 奴の手が開いたとき、その手で何らかの力を発生させたと推測。

『マナ』という言葉。

 自分の右手の甲に、紋章のような、何かの図形が、蛍光ペンで描かれたように薄く刻まれていることに、初めて気づく。

 そういうことだ。なら。



 大蔵は不敵な足取りで俺に近づいてくる。



「だいたいさぁ、お前がいるから望も俺のお誘いに迷っちまうんだよ。お前、何なの、何でいるんだよ? 彼氏なわけ? んなわけねーよな? ただのガキだろ、お前は!?」


「未来の彼氏だよ……っ!」



 手の甲に、あらゆる神経を掻き集めて、収束させて、接続する――、そういった感覚。

 さっきみたいに怒りに任せるわけではなく、むしろ、何かを願うような安らかさを覚えた。

 右手を振るい、大蔵に向ける。

 小さな太陽を握りしめているのだろうか。安心する暖かさが右手から伝わる。


 確信。いける。


 グーから、パーへと、手を解放させる。見よう見まねのパクリ攻撃。



「な、なにぃ!?」



 右手が()ぜた。痛くはなかった。


 はじけるような衝撃波が、大蔵の身体を飲み込み、吹き飛ばす。

 奴の攻撃より強力なのは自覚できた。轟音が反響し、建物がユラユラと揺れる。


 埃の煙が廊下全体で舞いあがった。不気味な静けさが訪れる。



 興奮した身体を一呼吸して落ち着かせ、確認する。

  

 10m程離れた廊下の、その奥まで吹き飛んだ大蔵。

 ぐったりと倒れており、状態は分からない。

 気絶しているのだろう。それを確かめる気は起きなかった。


 その、自分の力と行為に畏怖(いふ)する感情は、まだ沸いてこない。

 それより早く、この状態から脱出する方が先決だと思った。


 

 望ちゃんは、階段に身を隠すようにして、こちらを見ていた。

 怯えているようには見えたが、思いのほか冷静な目をしている。



「ごめん、俺の都合だけど……、ここから、あいつからは離れたい。他に誰がいるかも分からないけど、会うならもっとマシなクラスメイトがいい」


「……うん。いろいろ分かんないから、どうすればいいんだろうって、思うんだけど……、ごめんね、混乱してる」


「落ち着いて考えるには、安心できる場所じゃないと、ね」


「そうだね……、うん」



 望ちゃんと俺は自然に手を取り合う。俺の左手と、彼女の右手。

 彼女の右手にも、何かの図形は刻まれてることに気づく……。





 息を荒くしながら、ようやく建物の出口に辿り着いた。 

 

 だがそこには、他のクラスメイトはいなかった。窓から見た景色と同じだ。

空が緑色である異世界。

 大地は乾いている。そして清々しいほど、何も無かった。

 空けた土地。雑草も生えていない荒野に、岩山がポツポツとそそり立っているだけだ。



「どこに行けばいいんだろう、これ……」


 途方に暮れる、とはこのことだった。ここは町ではない。当然交通機関なんかもない。地図もない。どこに行けば何があるかも分からない。食べ物もない。


 異世界の端っこに、手ぶらで放り出された。それが俺達の状況だと、今頃悟った。



「大丈夫だよ、鬣くん。きっと進んでいけば、なにかあるよ、ね。行こっ」


 

 彼女はニコッとそういうことを言ってくれた。望ちゃんだけなら、今から大蔵の元に戻って、奴の住処にでも連れて行って貰うほうがずっと安全で、その可能性にも気付いているだろうに。

 

俺を選んでくれたことに嬉しさを感じる以上に、無力感からの不甲斐なさで心が押しつぶされそうになる。


 でも、ナイトになったのは俺の意思で、俺の責任だ。

俺がしっかりしないといけない。当然だ。そうだ。俺が今ここにいる意味を考えろ。


 彼女の手を握りなおす。これは決意だ。

なにがあるか分からないけど、分からないから、俺は彼女を守っていく。

 

「うん。それじゃ、行こう――!」


 これから何があっても、この気持ちだけは忘れないでおこうと思う。



 そう、突然だった。

 何か、不気味な強力な圧力を突如、感じる。

 俺達を照らしていた日射しが遮られる。

 上空に何かが、凶悪で暴力的な何かが現れたのだ。


(うごめ)く、それ。(きし)む、それ。(とどろ)く、それは。



「今度はなに、なに!?」



 俺達は呆然と、その巨体を見上げるほか無かった。

 冷や汗がじわりと、頬を伝わる。



「まさか、ドラゴンっ……!?」


 

 あまりにもケタ違いの存在に、俺は心底から恐怖した。

 ここが異世界である意味を、本当の意味で知った時であった


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