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01話 イセカイコクハク

 ツンツン。


 

 それは久しぶりの感触、の気がする。



「ツンツンツン」



 こしょばいような、むず痒いような……。

 可愛らしい、声。

 ……?



「あ、起きた」



 目が開くのと同時に、脳が回転し始める。

 だが状況はまだ呑み込めない。

 起こされた。どうして?


たてがみクン、おはよう。朝だよ、たぶんね」



 それは自分の名前だ。たてがみ 七也しちや。変な名とはよく言われる。

 ライオンぽいと言った、安直な奴もいたけど。



「でも起きてくれて良かったよ。こんなとこに一人じゃ、寂しくて死んじゃうとこだったよー」



 そう、本当に嬉しそうな顔で言うのは……、望ちゃんだ。心石こころいし のぞみ。同じ三年二組のクラスメイトの女子。


 クラスで最も背が小さくてで、小動物みたいだから頭を撫でたくなって、ショートカットを可愛いピンで止めていて、冬服の紺色のブレザーが少しミスマッチな、愛らしい子だと思う。


 でもなんで彼女と……、二人きり? 

 無防備にも女の子に起こされる貴重な体験をしてしまって、そのことにこっそり照れてしまう。



「俺達、修学旅行からの帰りのバスに乗っていなかったっけ?」


「うん、私はトランプしてたよ。七ならべ」


「バスの中で!? き、器用だね」



 そうじゃない。どうして俺はここで寝ていたのか聞きたかっのだ。

 中学三年最後のイベントである修学旅行。それが何事も無く無事終わり、バスに乗車して帰路についているところだったはず。


 俺は起き上がる。身体は少しダルイが、特に怪我などはなさそうである。





 ここは小さな部屋であった。電灯は備え付けられていない。だが窓から差し込む光で十分に明るかった。

 部屋には、俺と望ちゃんがそれぞれ寝ていた木製のベッドが二組置かれているだけだ。他に目ぼしい物は見当たらない。


 知らぬ間に交通事故を起こして病院に担ぎ込まれた……、というわけではなさそうだ。


 壁や床全面がレンガ造りで、薄汚れている。何か現代の日本的ではない部屋だと思った。



「望ちゃんも、さっき目を覚ましたの?」


「うん。だから私もなーんにも分からないよ。ね、なんで私たち二人なのかな?」



 何でだろう。心当たりはない。

 誰の、何の作為があって、俺達は隔離されたのだ。





「あ、でもね、一つだけ発見したんだよ! メッセージ。ほら」


 

 と、彼女は俺の後ろをピョンと指さす。

 俺は振り返り、――そして、ハッと息を呑むはめとなる。



『イセカイ へ ヨウコソ』


 そう、レンガの壁に大きく彫られていたからだ。


 小学生を驚かすでもあるまいし、アホらしい。普段ならそう思って無視したことだろう。

 しかし今の落ち着かないこの状況では、何か確かな感触が欲しくて、危うい可能性まで考えてしまう。


 非現実。


 イセカイ。


 知らない世界。


 何かが、何かが始まろうとしているのか?





「イセカイって、このホテルの名前かな?」



 真面目に色々と考えているときに、そんなこと言うので俺は吹き出しそうになる。危うい。色々。



「い、いや、たぶんね、異なる世界で『異世界』だと思うよ」


「うん? それってどんな世界なの?」


「そうだなぁ、ファンタジーというか、ゲームのような世界のことになるんじゃないかな」



 と、自分自身で疑わしいことを言っているな、と思う。

 望ちゃんもしっくり来てないようで、腕を組んで悩んでいる。

 

 俺は立ち上がり、窓に近づく。

 外の景観を見れば、ここが何処なのかハッキリすると思ったからだ。

 望ちゃんも誘って、一緒に見てみる。

 そうして、俺達は把握した。



「あー、わかった! これが異世界なんだ!」


 

 望ちゃんの快活な一声は、俺の心の内を代弁してくれた。

 そう、ここは紛れもない異世界だったのだ!

 

 外は果てしなく広がっている荒野で、人も建物などどこにも見当たらない。

 それだけなら海外のどこかの光景だったかもしれない。


 だが空の色が違った。それが決定的な差異だったのだ。

 綺麗なエメラルドグリーンが、この世界を覆っている。

 雲一つない空を支配するのは、青ではなく、圧倒的な緑色。

 

 たったそれだけで、『俺達がいた世界』であることを強烈に否定したのだ。




 

 横を見ると、望ちゃんはとても活き活きとした笑顔を作っていて、驚いた。



「ねぇ、鬣くん、今ね、私すごくドキドキしてる。修学旅行でジェットコースター乗ったときよりも! 今から、何が始まるのかな!?」



 普通は怖がったり、不安になったりするものかと思う。

 

 謎の世界に、何故か本当にワープしているっぽい現状は、異常だからだ。


 夢であることを願い、震えて、元の世界に戻れることを闇雲に想像する、そういった反応が自然だろう。



「なんかさ、修学旅行がもう終わりで、悲しい~! って思ってたからね、延長戦って感じがしてね、わくわくするよ。変かな?」



 俺は首を横に振る。変とは、思わないよ。

 かわいいと思う。

 



 

 そう、俺も、心情は彼女と全く同じものであった。

 この異世界には、俺達の世界にない刺激があることは間違いなかった。

 きっと、普通じゃない何かがある。 


 ファンタジーやゲームの世界。上等である。

 俺のようなガキの為に用意された世界の気さえしてくる。

 高揚が留まらない。今でも叫んで走りたいくらいだ。

 

 『ドキドキ』と『ワクワク』。この時はこの気持ちでいっぱいであった。





 でも、この世界で生きる前に、一つだけ用事を済ませておこうと思った。いや、ずっと思っていた。現実世界で出来なかった、忘れ物だ。


 もしかしたら、不用意なことかもしれない。こんな機会に甘えているのかもしれない。彼女が困るかもしれない。  


 そんな言い訳で、俺はずっと自分の臆病を誤魔化してきた。どうしようもない奴だ。


 今が節目。やるしかない。やるしかなかった。

 

 そう言い聞かせたら、身体が動いた。



 俺は改まって、彼女に向き合う。

 彼女は、どうしたんだろうと、無垢な瞳をこちらに向けてくれる。



「こんな時に卑怯だけど……、いや謝ったら余計に卑怯かな。だから、俺のワガママなんだけどさ……」


「うん? どうしたの?」



 もう言い出したからには、引けない。

 言える。決心した。

 

 俺のドキドキとバクバクの音が相手に聞こえていないかな。



「俺……、望ちゃんのこと好きなんだ、好きだから。――付き合ってくれたら、嬉しいな」



 俺は表情をできるだけ硬直させて言い放った。照れという照れを、内面に抑え込んだ。いま伝えるべきなのは、確かな想い、それだけだからだ。

 しかし、もっとこう、なんというか……。


 あああぁ……!! バカみたいな告白になった!!!!

 もっと格好いい、決まった言い方があるだろうに……!


 心が後悔で破裂しそうである。いっそ爆発してしまえば楽だなと思う。

 だが俺は今にも暴れだしそうな心身を抑え込み、彼女の返答を冷静に待つ他ない。


 彼女も、顔を真っ赤にしていた。

 どうしていいのか分からないのか、ソワソワと体が揺れ動いている。

 俺の気持ちが彼女を動揺させたと思うと、少しだけ満足感があった。


 

 沈黙が流れる。ツンと刺さるような静けさ――。



 地獄である。無力感と焦れる気持ちで憤死寸前だ。

 だからだろうか。自分の気持ちを隠すように、俺は言葉を吐いてしまう。



「望ちゃんには彼氏いないって聞いてるけど、もしいたとしても、俺は本気だし……、俺、君の一番になる努力ができる男だよ。これは誓える。結婚を申し込むわけじゃないけど……、君を幸せにするよ、俺は!」


  

 彼女がアワアワと動揺しているのは分かった。

 急に攻めすぎたかな。でも、言っておきたかったから。

 違う高校に行くまえに、俺の本心を。


 彼女の返答に、自信があっての告白というわけではない。

 

 でもやっぱり、期待も当然ある。

 何万回と俺はこの日を、このシチュエーションを想像してきた。


 好きな子と一緒にいて、楽しく過ごしたい。

 そういう、誰にもでもある恋という欲求だと思う。

 


 実れば、いいな。



「あ、その、えーと……」



 しかし期待していた結果にはならなかった。

 むしろ、予想外過ぎて、俺は取り乱しながら、現実の厳しさを実感するハメになった。



「ば、ば、バカッーーっ!!」

  


 彼女は叫ぶと同時に、俺の胸を殴打した。物理でだ。



「え? え、いきなり!?」



 鬣七也、すっごく困惑中。

 彼女は顔真っ赤なまま、涙目でやけに怒ってる! なんで!?



「そ、そんなの、いきなりダメだよっ!! そう、卑怯だよ、卑怯! 自分でも言ったじゃん、こんな時に言っちゃダメッ! いま、異世界に驚いてるとこだしっ!」


「そ、そんなーっ! 俺は本気で、いつでも伝えたかったんだよ!? 好き好きマジで好き! 超好き!」


「軽い、すっごく軽いよそれ! さっきまでは超真剣だったじゃん! うー、愛を語るのって、なんかこう、口で喋れないようなことだよ! 今の鬣クン、ダメダメ、本当にダメ! ダメダメ言う大人よりダメ!」


「そ、それって、俺はダメってこと!? 俺の愛はノーサンキュー!? ご、ごめんなさいってこと……?」


「そ、そうじゃなくて、タイミングがすっごく悪いってこと! そんなの、浮いている女の子の隙を狙っちゃってるからだよ! 日本人の情緒を思いだして!」


「わかった! 今日の晩、夜空の下で満月を見上げながら告白する!」


「ちがうよー! ただの憧れでしょそれ! しつこいと本当に嫌いになるよっ!」


「それって、じゃあ今の俺のこと嫌じゃないんだね! 付き合ってくれるってことでしょ! やったー!」


「だーれーも! そんな話してないよぉ! 激おこになるよ!」


「じゃあ、今の俺の告白は何だったの!?」


「知らないよ!」


「好き!」


「……じゃあ嫌い!」



 俺は言葉を無くした。衝撃の絶望である。

 まさか、告白することも許されないなんて。

 ど、どういうことやねん。

 

 そうして、俺は生きる屍となった……。

 


「ごめん、今のは違う! そのね……、今はね、ダメなの。今度、きっとそういう時が、それまで保留にしてて、お願い! 私も気持ちに整理つけて、ちゃんと考えておくから……、ね?」


 望ちゃんは天使だった。その言葉で俺は救済された。

 しかも頬を染めながら上目遣いで、そう言うのだ。

 彼女は身長が小柄で、男として見栄を張れない身長の俺でも見下ろせてしまうのだ。

 かわいいなぁ。写真撮りたい。



「うん。今度は望ちゃんに、いいよって言ってもらえるように、ちゃんとやるよ」


 

 やりたいと思う。

 そう決心すると、なにかヘンテコな告白劇を経てしまったにもかかわらず、充足感があった。


 今はこれでいいのだろう。


 元の世界から持ってきたしまった忘れ物を、これで解放することもできた。

 代わりに宿題ができてしまったけど、これも、やりがいのある目標だ。



「あっ、いっぱい喋ったらお腹すいたね。グーグー」

 


 いたいけに彼女は笑う。

 チョコでも持っていたらあげたかったな。尻尾を振って喜んでくれたと思う。





 異世界という、よく分からない場所に来たみたいだけど、今は俺と君がいるから、そんなに変わった世界でもなかった。

 寂しくもなかった。外に出なくてもよかった。



 だがそれは、この世界を知らなかったからなのだろう――。

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