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恋愛恐怖症候群  作者: アルタ
恋愛恐怖症候群
8/42

8 一番最初に×××

「将、どうしたの? 珍しいわね、貴方が学校まで押しかけてくるなんて」

「環に会いに」

 ゆっくりと立ち上がって、将と呼ばれた男は三輪に近づく。まるで狼のように引き締まった体格によく日に焼けた肌の……いわゆる男前だった。年齢は三輪や俺と変わらないくらい。

「なんで?」

「さあ、なんでだと思う?」

 彼は彼女の顔を覗き込むように、かがんで笑った。





 ――男と会ってた。しかも名前で呼び合っていた。

 相手の顔は見えなかったけれど、背は俺よりも高かったかもしれない。

 まさか恋人とかじゃないよな。そうだよな。三輪は片思いだといっていたはずだ。両思いになったとか、付き合うことになったとか、そういうことになったら俺にちゃんと言うはずだろ? 普通……。「別れてくれ」って。


 ――カムフラージュ?

 違う!

 三輪が俺をカムフラージュに使う理由なんてないじゃないか。

 保健室が見えなくなる場所まで遠ざかる。こっそりサッカー部のグランドをみると、まだ少し人が残っていたので、そのまま少し角度をずらしてブラブラ歩き出す。


 ――友達でいような。

 そう宣言した俺が馬鹿みたいだった。

 こんなに、

 こんなに、彼女の周りの男に嫉妬して、やきもきして、

 友達のくせに……なんで、なんで応援の一つもしてやれねーんだよ。


 馬鹿だな。

 ペタン……と体育館裏の壁にもたれかかったまま、ずるずるとずり落ちるように座り込む。雑草が抜かれていないそこは無法地帯さながらで、ちくちく俺の足に刺さってくる。


 日は沈んで、少し夜に傾いた北風は肌寒い。

 ぼんやりとしゃがみこんだまま空を見上げると、まるで舞台の照明が落とされるように、光が失われていった。

「……格好悪りぃ……」

 自分が惨めで、呟いたのはこれで2回目。

 この前呟いた時は保健室でのことで、その時は三輪がいたのだけれど、今はいない。


 ――友達で……

 どこから友達で、

 どこから恋人なんだろう。


 ただ一緒にいて楽しいとか、幸せとか、元気になるとか……そういうのは全部変わりなくて同じようなのに、とても近いようでいて遠い二人の関係。その境界線はどこにあるというのか。

 今の俺にあるのはただただ情けないくらいみっともない独占欲。

 ――他の奴に名前呼ばせんなよ。

 ――他の奴に笑いかけるなよ。

 ――他の奴と…………付き合うなよ。


「……ほんと格好悪りぃ……」

 勿論あいつが三輪の想い人だなんて確証はないけれど、それでもいつかきっと俺なんかより良い奴が、彼女の隣に現れるのかもしれない。


「格好悪くなんてないけど、このままじゃ風邪引くよ」

「!」

 ふと、今の今まで思い浮かべていたはずの三輪の声がして、顔を反射的にあげる。

 やべ……今俺泣いてたりしてなかったよな!

 な!?


「風邪なんかひかねーよ」

 脚をくすぐる雑草をスパイクで踏みつけるようにして立ち上がる。

 そうしたら、

「一軍昇格おめでとう」

 三輪がこぼれるような笑みで笑った。すごくすごく嬉しそうだった。

 それだけで嬉しくなってしまう。胸がいっぱいになってしまう。


「あったり前だろ?」

 先ほどまでの謙虚な俺はどこへやら。精一杯虚勢を張る。


 ――気づかれないように。


 心を覆いつくそうとする不安を。

 そしてドロドロとした嫉妬心を。

 友達にあるまじき……その感情を。


 ――気づかれないように。


 そっと、

 そっと聞いてみる。


「三輪、今付き合ってる奴いるか?」

「みかみん」

 ーっ! そーじゃねーだろ!

 即答しやがって。

「じゃあ、好きな奴……とは上手くいってるのか?」

 質問を変えると、三輪は「さあ」と不思議そうに答えた。


 ――将って誰だよ!

 喉のすぐそこまできている質問が出なかった。

 もし、もしも「私の好きな人」って答が返って来たらと考えただけで怖くなる。

 この居場所を盗られそうな気がして。

 そして、そんな嫉妬にも似た感情を見破られてしまいそうな気がして。


 そんな姿を見られたくなくて、

「ごめん。変なこと聞いた」

 そこで質問を打ち切ることにした。俺にそれを聞く資格なんてない。

「別に。ああ、でもちょっと嵐山から聞いてたのと違ったからビックリしたなぁ。あいつってば『今ごろプレッシャーで押しつぶされてるのかもしれないっすよ~』って言ってたから」

「え? あ、ああ、そういえばそんなこと考える余裕なんてなかったな」

 歩き出した三輪の横につけて歩き出す。


 この居場所を失いたくない。

 さっきまで寒くて仕方がなかった風も、二人でいるとそうでもなくて、心の中が空っぽになっていくような脱力感もどこか遠くにいってしまっていた。まだチリチリと胸の奥でくすぶってはいるけれど。

 2人で歩く。

 何も言葉は交わさないけれど、ただそれだけでなんか幸せだ。


「環先輩~! 見つかったっすか?」

 その時間も長くは続かなくて、向こうから走ってきた嵐山に三輪は軽く手を振り返す。ってか、お前が三輪の名前を呼ぶな! 苗字にしろ!

 いや、むしろここは魅上先輩と呼ぶべきじゃねぇの?

 奴が近寄ってくる前に、俺はガシッと三輪の腕を掴む。


「『環』って呼ぶからな。それから他の奴と付き合いたくなったら、絶対に絶対に俺に一番最初に報告しろ。いいな、絶対だぞ!?」

 それが精一杯の譲歩。

 今の俺に言える精一杯の気持ちだった。


 ぽかんとした彼女を置いて俺はグラウンドの方に駆けていく。

 途中、通りすがりの嵐山にラリアットをかました。なんとなく俺より先に三輪の名前を呼んだのが気に入らなかったからだ。まあ、八つ当たりだが、嵐山も反撃してきたのでクロスカウンターになってしまった。




 ああ、どこから友達で、どこから恋人なんだろう。


 ただ一緒にいて楽しいとか、幸せとか、元気になるとか……そういうのは全部変わりなくて同じようなのに、とても近いようでいて遠い二人の関係。

 その境界線はどこにあるというのか。

 今の俺にあるのはただただ情けないくらいみっともない独占欲。


 だけれど、

 もしもこれが恋というならば、

 恋愛事は苦手だけれど、自分の気持ちに素直になりたい。


 認めよう、こんな自分を。

 みっともなくて、格好悪くて、独占欲ばかり強いくせに、意地っ張りの俺。




 ――他の奴と付き合いたかったら、絶対に絶対に俺に一番最初に報告しろ。いいな、絶対だぞ!?

 たとえカムフラージュだとしても、今は、この瞬間の三輪環は、俺の彼女だって自惚れていたい。

 隣にいるのは俺なのだ。

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