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恋愛恐怖症候群  作者: アルタ
恋愛恐怖症候群
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7 ヒーローインタビュー

 ――夏の全国大会が終わり、3年の先輩が引退した。


「魅上、1軍へ昇格だ。お前にはこれからチームの司令塔として10番を任せる。……今まで良く頑張ってきたな」

 監督の声が優しく響く。肩をぽんぽんと叩かれた瞬間涙が出そうだった。

「皆、異論はないな?」

 残った1年と2年の1軍メンバー、引退する3年の先輩、今まで一緒にやってきた2軍のみんな、それから3軍メンバーまで、全員笑って拍手してくれた。

「魅上先輩しかいないっすよ」

「ありがとうございます。精進しますので、よろしくお願いします」

 認められたことが嬉しくて嬉しくて、本当に幸せだった。


 監督が去り、先輩との別れを惜しんだり引継ぎを行っている間も、まだ、もしかしたら夢なんじゃないかという気持ちに包まれていた。1軍入りしていきなり司令塔の10番を任されるなんて思ってもみなかったし。

「監督はこの4月、お前を1軍に引き上げるか悩んだらしいぞ」

 こっそり3年の先輩から聞かされた。監督は俺が部活後も練習したり色々分析ノートを作っているのを知っていたらしい。

「でも、今1軍に上げても司令塔にはなれない……って」


 2軍にいて、2軍の人を使うのは抜群に上手い。

 しかし、これからは自分より上のメンバーを動かさなければならない。そのとき、今の魅上で素直に皆がまとまるだろうか……。

「お前の努力や才能を知った上で、心の成長が追いつくのを待ってたんだな」

 ふわりと笑いかけられて、俺は今までの努力が報われた気がした。


 知ってたんだ。誰にも省みられていないわけじゃなかった。

「魅上先輩が努力家だってことは、学校じゃなかなか知られていないっすけど、このサッカー部じゃ有名っすよね」

 だからこれからゾクっと来るような司令を飛ばしてくださいよ、と嵐山は笑った。

「俺の命令に痺れるなよ。ガンガンこき使ってやる」

 負けじとこちらもなるべく人の悪い笑顔を浮かべてやれば、「魅上のデビルスマイルだな」と笑いが起こった。


 三輪と会ってから少し俺は自分の懐に人を置ける余裕が出来たような気がする。

 かつかつで、自分しか見ることが出来なかった頃に比べて、人当たりが少しだけ柔らかくなった。抱え込むことも少なくなったし、一人でこもることもほとんどなくなった。

 1軍に昇格できたのは、あいつのおかげだな。


「それじゃあ、三輪先輩が1軍マネージャーで帰ってくるんですね!」

「「「「「やったーーー!」」」」」

「おい。俺の1軍昇格祝いじゃなくて、三輪のマネージャー復帰祝かよ!」

 まあ、それでもいいか。

 少し苦笑して、俺は「三輪に報告してくる」と保健室に向かった。



 ヒーローインタビューで「この気持ちを誰に伝えたいですか?」と聞かれたら、真っ先に俺は「三輪に」と答えるだろう。

 一番仲の良い友達に、この喜びを伝えたい。


 有難う!

 ありがとう。

 これからもよろしく。

 三輪がいてくれてよかった。




 辺りは少し暗くなり始めていた。

 まだ三輪は保健室に残っているだろうか。俺の報告を聞いてくれるだろうか? ……喜んでくれるかな、なんて考えると口元がにやけそうになる。

 運動場では、みんなまだ話し足りないのかガヤガヤと喋りながら撤収準備をしていた。1軍に上がったら、しばらく2軍のメンバーと練習する機会が減るんだなと思うと、少しだけ寂しい気もした。皆気持ちのいい奴らだったから、もっと一緒にサッカーやってても良かったなと思ってしまう。もうホームシックだなんて笑ってしまうけれど。


 1軍には1年の嵐山魁あらしやま かいがいる。そして、俺と同じ年だが嵐山に比肩するくらい才能に恵まれた醍醐勝也だいご かつやがいる。強豪であるうちの学校でも他から頭一つ分飛びぬけて優秀な二人だ。運動神経や恵まれた体格に加えて野生の勘まで兼ね備えたあいつらは、神の恩恵ギフトを持ちながらもまだ飽き足りずに練習している。天才がさらに努力するなんて、凡人である自分との差を考えると落ち込むばかりだ。


 でも、あいつらは敵じゃない。規格外の強さに愕然とさせられることは多々あるけれど、味方だ。それに努力型の凡人だからこそ役に立てることがあるかもしれない。

 1軍でも頑張ろう。三輪に支えられなくても、ちゃんと立って自分の居場所を見つけ、そこへと歩いていけるように。


 すこしずつ足取りは速くなっていく。

 校舎に明かりがつき始めた。夏の夕方は暗くなり始めると早いな。

 保健室まで後少し。


 三輪は喜んでくれるだろうか?

 そんな淡い期待を胸に抱きながら、グラウンドから校舎まで一気に駆け寄った。保健室にも明かりが付いているのが見える。それから彼女らしき人影がいるのも。

 長い髪……華奢な手足。見間違えるはずがない。


 ――けれども、俺は窓の下まできて凍ったように動けなくなってしまった。


 人影はもう一つ。シルエットは男のもの。

 さーっと熱が引いていくのが自分でも分かる。

 保健室だから誰か怪我人が来ていてもおかしくはない。けれど、これは勘だった。こいつは怪我人なんかじゃない。明らかに彼女に近い場所にいることを許されている感じだ。

 じゃあ、何者なのだというのか。分からなくて喉がからからに渇いていく。

 開いた窓から声が少しだけこぼれてきた。


まさる、どうしたの? 珍しいわね、貴方が学校まで押しかけてくるなんて」

 どくん……と心臓が跳ねた。

 カムフラージュとはいえ彼氏である俺ですら名前で呼び合ってはいないのに。


 ――カムフラージュ……その言葉で思い出してしまった。


「三輪はいないのか? 好きな奴」

「片思いだから平気」

 もしかすると三輪の片思いの相手なのかもしれない。そう思うと胸が締め付けられるような気がした。

「環に会いに」

 将と呼ばれた男は、そう言うと三輪に近づく。


 それ以上見ていられなくて、俺は心に蓋を被せるようにして引き返した。

 何故だか分からないけれど胸が軋んで仕方なくて。

 息が出来ない位苦しくて、苦しくて。

 何かを手に入れる代償を、人は必ず払わないといけないとしたら、俺はもしかしてとんでもないものを払うことになったのだろうか?


 でも三輪は最初から俺のものじゃない。

 友達なんだ。

 友達は……側にいられるけれど、ある一定のところから近づくことは許されない。そんな微妙な位置にいるんだ。


 まさか外から三輪が攫われるのを、指をくわえたまま見ていることしかできないなんて。

 そんな日が来るとは思ってもいなかった。

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