6 罰ゲームは×××
夏が終わった。
全国大会への駒を例年どおり進めたうちの中学は、準決勝で惜しくも敗れ第3位となった。
俺は観客席からの応援だったけれど、この夏の試合は、きっと忘れないであろう心に残る試合だった。
いつもなら斜めから分析しているところだが、今年は三輪と一緒に応援に来ていたからかもしれない。
いつしか一人一人のプレーに目を奪われていた。そんな姿も人に見せられるようになった。
「おつかれー」
部室での簡素なお疲れパーティの時に『それ』は突如出現した。
レトルトじゃないゴーヤカレー
緑色にうごめくルー(?)に、イボイボのついた緑の物体がプカプカと浮いたり沈んだりしている。ルーの色こそ緑でないことに安心したが、どう考えてもそのゴーヤの量はおかしい。そしてゴーヤ、豪快にぶつ切りにし過ぎだ! あと、赤色に染まってる綿の部分をもっと丁寧に処理しろ。モザイク処理をかけたい様相を呈しているぞ。
ニンジンやかぼちゃ、ジャガイモは煮込まれすぎて、もはやスライムとの区別がつかないほどに形が崩れている。そのため、余計に形が残っているゴーヤの存在感が半端ないのだが。そういえば肉はどこへ行った?
「せめてレトルトなら……っ」
あまりのグロテスクさに部員は、退きに退きまくった。そして、まだ商品化されているものなら『かろうじて食える体裁』を保ってくれていたはずだろうにと涙する。
「市販のルーは使ったわよ?」
具に1品追加されただけで、こんなにもえぐい仕上がりになるのだなと俺は感心した。
こんなに冷静に見ていられるのは、俺がこの罰ゲームの対象者ではないからだが。
そう、彼ら1軍レギュラーは
「三輪! 全国大会で優勝したら1軍マネージャーとして戻ってきてくれるよな!」
「じゃあ、優勝できなかったらゴーヤカレーよ(ハート)」
という賭けに負けてしまったから仕方ないのだろう。
「潔く食べなさい」
「三輪は試食したのか?」
「ごめん……私には無理。そしてこれを女の子に食べさせる勇気もない!」
「ひいいい」
「お、俺は得点王っすから見逃し……ガフッ!」
最初の犠牲者は嵐山だった。
やつは大の肉食動物で、ピーマンやニンジンなどの野菜が嫌いだった。ましてや苦味のあるゴーヤなんて癖の強い野菜に勝てるわけもない。三輪にスプーンを口に突っ込まれたまま、盛大に涙を浮かべ、口元を押さえたまま必死で嘔吐をこらえていた。
どうか安らかに成仏しろよ。
次々と犠牲になる1軍メンバーに向かって、俺は自然と両手を胸の前で合わせていた。
良かった。あれを口にすることなく乗り切ることができて。いやあ、本当に良かった。
三輪との関係は微妙なまま続いた。
彼女も俺も、友達の域を出ることはなかった。
それで良かった。
実は全国大会の前に、寮の食堂で彼女の作ったゴーヤカレーを試食(という名の毒見)することになっていたのだが、三輪の父親の再婚騒ぎでそれどころではなくなり、流れてしまった。
ここしばらく週末は実家に帰っているようだという噂は聞いていたが、まさか1ヶ月にも満たない期間で顔合わせから結婚式まで行ってしまったとは思わず、後から聞かされたときには盛大に驚いたものだ。
「たまには俺に相談しろよ」
いつも俺ばかり彼女に頼っているように思えて仕方なかった。せっかくのチャンスだったのに、と言うと
「だって私、ほっとんど悩まなかったからな」
って、けろりと返されてしまった。
「普通こう、もっとなんかドロドロしたもんがあるんじゃねーの?」
いきなり新しい母親ですなんて紹介されたところで受け入れられない気がするのだが。
「本人達が幸せならいいんじゃない? 私も寮に入ったきりだからあまり関係ないし、実の母もきっと許してくれると思う。勿論いいことづくめとは言わないけれど、一つ一つ長所と短所をピックアップして天秤にかけたら……どう考えても私が反対するような問題じゃない」
彼女は情に流されるのを嫌い、割り切ったようだった。
「“彼氏甲斐”のない奴」
お兄さんぶってやろうと思ったのに。
少し微笑んで顔を覗き込むと、三輪は笑いながら一つだけリクエストした。
「じゃあさ、ちょっとだけ背中貸してよ」
またいつものバキボキボキボキかと思ったが、それで気が済むなら仕方ね―なぁ……と、どっかりベンチに腰掛けた。
「好きにしろ」
そしたら三輪の奴、「みかみん男前!」などと喜んでやがる。
……絶対あいつは整体が趣味なんだ(と半ば俺は確信している)。俺が痛がっているのを楽しんでいるに違いない。でも、そのあとすっきりするから文句言えなくて、膨れてる顔をみてさらに笑ってるんだよな。
ああもう! ちくしょう、なんで俺は肩こり体質なんだよ。苦労性だから? そんなの、好きでなったわけじゃねーよ。
「じゃあいくよ?」
三輪の手が肩に触れて……くるか! と思った瞬間、
コツン……
背中に三輪の頭が当たった。
「……あ?」
戸惑う俺に、彼女は顔を俺の背中に押し付けながら笑った。
「なんか、みかみんの背中って好きかも」
「なんだよ、その中途半端な疑問形は」
いつも通りに返した言葉は、
「好き」
思わぬ言葉を引きつれてカウンターパンチをかましてきた。
一瞬にして心拍数が上がる。
「三輪……?」
「背中すごく好き。整体しがいがあって」
……コノヤロウ。
「頑張って、努力して、苦労して、でもどんなに疲れてもそれをなかなか見せないんだよね。そういうところって……嫌いじゃないよ」
三輪の吐息がかかるたびに
俺は本当に、
本当に、
困ってしまった。
俺のことを言うフリをして……なあ、三輪。実はお前自分のこと言ってんじゃねーの?
そんな気がして。
色んな人の思いが飛び交おうがなんだろうがお構いなしに時は流れている。
いつしか魅上&三輪ペアの噂も薄まっていく。段々公認という形になっていったわけだけれども。
「あの二人ってクールだからラブラブには見えないけれど、なんとなくいい雰囲気だよな」
本当は
恋人同士というわけでもなく、
ただの友達というわけでもなく、
不思議な関係なのだけれども。