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恋愛恐怖症候群  作者: アルタ
恋愛恐怖症候群
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5 噂から始まる嘘

 嵐山の噂によって俺と三輪はどうやら彼氏と彼女の関係ということになってしまった。

 悪かったと謝れば、

「別にいいんじゃない? よかったね~、私だったら女子からの呼び出しもないしカムフラージュには最適じゃない」

 と、彼女は長い髪を一つに束ねながらさらりと言ってのけた。


「三輪はいないのか? 好きな奴。その……誤解されたら困るんじゃねーの?」

 心配したつもりで言った言葉は、すぐに後悔に変わった。

「片思いだから平気。今すぐ気持ちを伝えるつもりもないし」

 何故だかそのときズキンと心が痛んだ。


 三輪もよくラブレターとかもらってるから、俺との噂が流れてしまえばそういうこともぐっと減るだろう。だからその点については彼女にとってもカムフラージュになる。けれど、それで良いのだろうか。勿論、一度流れた噂を収拾させるのは難しく、否定しても信じてもらえないであろうことは、これまでの経験から考えても容易に予想がついたが。


「じゃあ、なんか変な関係だけど……さとる、よろしくね」

「……っ! そんなに気安く男の名前呼ぶなっ!」

「あらあら。じゃあ、りょうさん?」

「それじゃ、とある派出所の警察官みたいじゃねーか。みかみんでいいよ、もう」


 ふてくされた俺を見て、三輪は楽しそうに笑った。楽しんでからかってるな、コイツ。

 まあ、本当は名前で呼ばれても悪い気はしないけど。両親くらいしか使わないその名前を呼ばれることで、心をくすぐられるというか、妙な気持ちになるのは俺だけだろうか? 

「純情だね~……みかみん」

「その同情するような目はやめろ。と、とりあえず、嵐山には何が何でも謝らせて撤回させるから」

 あと10分でもそこにいたら、俺の心臓がもたなかっただろう。慌てて俺は部活へ向かった。


 これは恋なんかじゃない。

 恋愛なんざ持ち込んでたまるか!

 それで今まで何回傷ついただろう。

 ずっと一緒にいたいから、三輪とはそういう関係になりたくない。

 だから、あれはカムフラージュだ。

 ……そして、俺は三輪のカムフラージュなんだ。


 少しずつ加速していく。

 部室の前に来る頃には全力疾走する形になってしまっていた。

「大丈夫か? 魅上、顔が赤いぞ?」

「ゼハッ、す……すみませ、ん。ゴホッ、走って、来た、んで」

「練習熱心なことはいいことだな。でもまだ時間はあるから大丈夫だぞ」

 こう見えて意外と真面目なんだよなー、なんて先輩は笑いながらタオルをこちらに投げかけた。


 コートの向こう側では早速1軍の練習が始まっている。

 その中には嵐山の姿があった。そして、俺と同学年であり1年から1軍のレギュラーになった堅物の奴もいる。

 ずば抜けてすごい奴とはいるものだ。そういう奴は、常にトップから始まって走りつづけるんだ。才能と言うか、ボールに愛されている気がする。

 俺は女運が悪い。だからきっと勝利の女神とやらにも嫌われているのだろう。

 あながちそれが間違っていないような気がして、苦笑してしまう。


 この前、やっと三輪に聞いてみた。

「いつまで自主謹慎してるつもりだ? 」

「んー、別に期限は決めてないけれど……みかみんが1軍に入ったら?」

 それは冗談だったのかもしれないけれど、俺は「そんなのすぐだぜ? 忙しくなるな」って即答できなかった。

 努力して越えられないものがあるのかもしれない。そんなあきらめに似た苦い思いが込み上げてくる。

 ……らしくない。

 俺はふと思い浮かんだ答えを振りほどいて走りこみに出かけた。



◇◇◇



「みかみんは真面目すぎるよね」

「三輪先輩もそう思うっすか?」

 窓からサッカー部の練習を見て彼女は呟いた。その隣には、休憩時間を利用して『魅上先輩から言われて謝罪しに来た』嵐山の姿がある。謝罪しに来たわりには「まあ、そんな迷惑じゃないっしょ?」と、くるりと大きな目を瞬かせて開き直ったのだが。


「そこが長所でもあり、短所でもあるんだけどさ」

 パタンと、机の上に広げていた宿題を片付けると、三輪は冷蔵庫から程よく冷えた麦茶をコップに継いで飲み干した。そのコップをひょいと取り上げ、嵐山は麦茶を継ぎ足し自分も喉を潤す。

「ん、美味い。他人のものは2割増しで美味いっす」

「そういうことやってると女の子に誤解されるぞ」

「誤解してくれても良いっすよ? 魅上先輩だけずるいっす。付き合ってないなら俺にしませんか?」


 にかっと笑った笑顔にはまだ幼いものが混じっていたが、その目は本気だった。

「お子様はお呼びじゃないの。それに、みかみんと違って君はどこも凝ってないから触り甲斐がないの! 健康体、つまんない」

「おおっと、S発言……って、ふぎゃあ」

 キュッとぷにぷにするほっぺたを摘むと、大げさに嵐山は痛がる演技をしてみせた。

「なんだかみかみんって思わず手を差し伸べてみたくなるんだよね。いつも強がってて、弱さを出せなくて。まあ、それが1軍になれない原因でもあるのだけど」

 サッカーグラウンドに視線を戻し、彼女は呟く。


 ねえ、嵐山。

 あの人は優しいでしょう? 

 無愛想だし、好意も皮肉を混ぜてしか表すことが出来ないけれど、時にすごく才能がある人に嫉妬しているけれど、努力している人や、頑張っている人、根性のある人には優しい。

 それはね、自分が努力家だからなの。生まれ持った才能も運動神経も体格もなくて、ただひたすら努力して、工夫して、自分なりにまとめたデータを使って自分のプレイを考えている。だから、自分と同じように努力している人には優しいのよね。


 でも1軍では、自分より格上の人ともやっていかなければいけない。

 そういうところにはアンタみたいにサッカーが好きで感覚だけで上手い奴も居るし、自分の意見を通そうと思うと理論だけでは無理なことも出てくるわ。そういうところを、そういうものだと理解できていないの。


「はっきり言いますね~。それ、魅上先輩が聞いたら傷つくっすよ」

「もちろんそうね。だからのんびりと気がついてくれれば良いと思う」

 大器晩成型だから、アイツ。それに何も悪いところばかりだなんて思わないし。

「苦労や挫折を味わっている人間ほど伸びることができるし、苦労して上がってきた人間はまわりに優しくなれる。失敗無しで上がっていったら、傲慢になっていったり、失敗に弱くなってしまうこともある。みかみんにはそんな奴にはならないで欲しいなぁ」


「魅上先輩には優しいっすよね。もったいないっすよ~、こんなに見てくれているのに、あの先輩ってば友達宣言したんですよね?」

「そうだぞ。もうちょっとこの私と噂になっていることを感謝してもいいってのにね。こんな幸運二度とないぞー」

 あははと三輪が笑うと、嵐山はぽつんと呟いた。


「早く戻ってきてください。ここから見えるサッカー場ってほとんど2軍ですよね。1軍で、俺の勇士を間近で見てください。マジで惚れますから」

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